第八章 たとえ、カムラを敵に回しても
クラスBハンターであるシュウゴ投獄の噂は、瞬く間に広まった。
彼は秘密裏に魔物をカムラへ連れ込み、使役して手柄を立て、それによって成り上がった地位を利用してヴィンゴールの側近に収まろうとした、極悪人だという噂だ。
最終的に、討伐隊によって悪事が暴かれ投獄されているとも。
彼の仲間の一人、甲冑の亡霊は捕まったが、未だに竜の魔物と死人の少女は逃走を続けているという貼り紙が広場の掲示板に貼ってある。
その貼り紙を読み終えたハナメは、掲示板からそれを無言でちぎりとり、無表情のままグシャッと握りつぶした。
掲示板は魔物襲撃の際、周囲の建造物同様に破壊されたが、討伐隊によって再び立てられた。
大した労力や費用が必要でないにも関わらず、情報の発信源としては非常に重要だったからだ。領民たちはここでカムラの復興状況を逐一把握している。
今も掲示板の周りにはホームレスやハンターが集まりつつあったが、ハナメから放たれている灼熱の怒気が彼らに近づくことを許さなかった。
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噂を聞いたシモンは、いてもたってもいられずシュウゴの家を訪れた。
室内は何者かに荒らされた後であり、人の住めないような酷い惨状だ。おそらく、シュウゴの素性や仲間たちの足取りを探るために討伐隊がやったことだろう。
シュウゴ……
シモンが悲壮に満ちた声で呟く。
彼も、この家には何回か来たことがあったが、来るたびに賑やかになっていたものだと懐かしむ。
根暗で鍛冶屋一筋だったシモンは、シュウゴの状況が少し羨ましかった。
それでも二人が親友として信頼し合ってこれたのは、シュウゴの人柄のおかげであることに間違いない。
シモンは、なにも考えられないまま室内の惨状を眺めていると、無性に寂しくなった。まるで、大切なものを失ったかのような虚無感がこみ上げてくる。
君は凄い奴だよ……霊体の騎士、屍の女の子、そして竜。彼らに信頼され共に戦い抜いてきた。そんなこと、シュウゴ以外の人間にはできやしない
シモンは両手を強く握りしめ、悲しげに、誇るように呟くと、討伐隊に見咎められないよう、足早に去って行った。
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シュウゴの罪状についてはカムラ中へ知れ渡り、全カムラ領民へ衝撃を与えたが、彼を良く知る者は彼の冤罪を強く信じていた。
――くそっ! なんだってんだ!
夜の酒場、アンナが怒りに任せ麦酒を暴飲していた。
この酒場は先日の魔物襲撃で倒壊しかけたものの、店内の備品の回収に成功し、今は外の平地にテーブルと椅子を並べ、オープンテラスのようにして営業している。
エレキライト鉱石による照明が配備されていることによって、夕方以降も営業できていることが非常に大きい。
周囲のテーブルでは、復興作業で疲れ果てた討伐隊員たちが酒を楽しんでいた。
また、料理の余りものは、広場に住んでいる人々へ配られたりしている。
そんなテーブルの一角に、顔を真っ赤にしているアンナとハラハラしながら彼女をなだめているリンの姿があった。
リンはギョッとした。
罪人として捕まったシュウゴを擁護するような発言は、彼との関係を疑われ討伐隊に連行されかねない。
リンが慎重に周囲を見渡すと、こちらを気にしているような人はいなかった。
リンは安堵に胸を撫で下ろすが、アンナは人の気も知らずリンを睨み付ける。
そんなことはないよ。でも今は、言動に注意を払わないと
リンにたしなめられ、アンナはぶすっとした不満げな表情で酒を飲み干す。そして深くため息を吐き肩を落とした。
私だって同じ気持ちよ。シュウゴさんが悪人なわけがない。今すぐにでも無罪を訴えて助け出したいぐらいだよ
リンも浮かない表情で酒を少しずつ口に運ぶ。
そのとき、彼女たちの元へ静かに歩み寄った女がいた。
あなた方のその気持ち、嘘偽りはありませんか?
二人が凛として透き通った美声に顔を上げると、そこにいたのは清楚な着物姿のハナメだった。
カツカツカツと薄暗い空洞に二人分の足音が響き渡る。
地下へ続く階段には一つの松明も備えつけられてはおらず、人が持つ松明の灯だけが視界を照らしていた。
キィィィッという甲高く不快な音が響き、牢獄の通路の扉が開く。
――いい気味だな
険の含んだ声で呟いたのは、装甲の薄いシルバーの鎧を着た三十歳ほどの討伐隊員だった。
彼と、その隣に立つ平凡な体格で若い男の二人は、投獄されたシュウゴの食事を運んできた。
声に反応し、シュウゴが立ち上がって牢屋の柵の前まで歩く。
一つ一つの牢屋は非常に狭く、シュウゴの部屋にあるのは硬い寝台と便器くらいだ。彼の右足首には鎖が嵌められ、部屋の壁に繋がって固定されている。デュラは別の部屋で全身を縛られ転がっていた。
食事は手前の配膳口から放り込まれるのが通常だが、今回運んできた男たちは食器の乗ったトレーをいつまでも渡そうとしない。
シュウゴは柵を挟んで彼らの前に立ち、力なく口を開いた。
気分はどうだ?
憮然とした雰囲気で問う隊員に、シュウゴは涼しげに返した。
緩んだ頬はこけており、顔からは生気があまり感じられない。
新しい魔物の呼び込みに失敗したからだろ?
怒りを滲ませた隊員の声に困惑し、シュウゴは首を傾げた。
とぼけるな! お前は新しい仲間を増やすために、海の魔物を呼んだんだろうが。俺たちはお見通しなんだぞ
お前ぇっ!
シュウゴの反応に腹が立ったのか、手前の男が手の松明を後ろの仲間へ渡し、柵を開けて牢屋内へ入り込んだ。
そしてシュウゴの囚人服の胸倉を掴み、横の壁へ叩きつける。
ふざけるなよ。自分が出世するために魔物を使い、カムラを壊滅まで追い込んでおいて、知りませんでしたじゃ済まさねぇぞ!!
男はシュウゴを至近距離から睨みつけ、今にも殴りかかりそうな剣幕で怒鳴った。
しかしそれは悲しい誤解。シュウゴは目を下へ逸らし、無実を訴える。
誤解だ
まだ言うかぁっ!?
――ガダァンッ!
男はシュウゴを一度壁から離し、再び叩きつけた。
もう一人の男も食事を部屋の隅の床へ置き、仲間の後ろからシュウゴを睨みつけた。
ああ。絶対にゆるさねぇ
そのとき、シュウゴは弾かれたように顔を上げ、目を見開いた。
目の前にいる二人は、よくよく見るとヒューレの隊にいた者たちだ。以前、酒場でクロロと話していたから覚えている。そして察した。
彼らはカムラが危機的な状況になったから怒っているのではない。ヒューレが犠牲になったから怒っているのだ。
あんたたち、今でもヒューレさんのことを……
ちっ、お前なんかが隊長の名を口にすんじゃねぇ。不愉快だ
しかし、シュウゴは構わず続ける。
ヒューレさんは素晴らしい人だった。誰よりもカムラのことを一番に考え、他の誰かを助けるために、誰よりも速く動く。だから最期も、部下のために……
知ったふうなことを
後ろの男が眉を寄せ不愉快そうに呟く。
お前さえいなければ、ヒューレ隊長は死ななくて済んだんだぞ
それは違う
ちっ
シュウゴはまっすぐに男を見つめ返し答えると、男はシュウゴの胸倉から手を離した。
分かってんだよ。ヒューレ隊長が死んだ一番の原因は、俺らの力不足だって
二人は頬を歪ませ奥歯を噛みしめた。悔しかったのだろう。
だから、その苛立ちをシュウゴにぶつけることで気を紛らわせようとしていた。
だが、シュウゴの疑いが晴れていないのも確か。
それでも、俺たちはお前を信じちゃいない。どれだけ綺麗ごとを並べようと、信じられるか!
信じる信じないじゃないだろ。ヒューレさんは素晴らしい隊長だった。俺が伝えたいのはそれだけだ。それは自分のことを信じてもらうために言ってるんじゃない。それとも、ヒューレさんが素晴らしい人だってことが信じられないとでも言うつもりなのか?
シュウゴの熱のこもった言葉に、二人は目を見開いた。それ以上の言葉が出てこない。
当然だ。ヒューレに対する敬意は、彼らとなんら変わらないのだから。
……行くぞ
二人はそれ以上なにも言わず、牢屋を去って行った。
……メイ、ニア……どうか無事でいてくれ
松明の灯がなくなってしまった真っ暗な牢屋で、シュウゴは寂しくパンをかじるのだった。