第55話 狂った聖者【滅亡世界の魔装設計士 第九章】

第九章 王家の墓の死王

 

 

 

処刑場での一件の後、シュウゴは無事に釈放された。

もちろん、海の魔物を呼び込んだという噂も、ヴィンゴールの側近となって成り上がろうとしていたという噂も、全ては偽りであったとされ、冤罪が認められた。

 

デュラやニアをカムラへ連れ込んだ件は、今回の冤罪の詫びということで相殺そうさい

投獄されていたデュラもすぐに解放され、シュウゴたちは今まで通りの生活に戻っていった。

大きく変わったことと言えば、カムラで有名人になったため、外を歩くたびに様々な視線を浴びるということか。

好意的なものが多いが、やはり負の感情を持つ者は存在する。

 

ハンター
――ガウンさん、ありません

 

紹介所の依頼掲示板に集まっているガラの悪いハンターたちは、クラスBハンターであるガウンのパーティーメンバーだった。三人で目的の依頼票を探している。

横の椅子に深く腰をかけ、気怠そうに首をもたげていたガウンは舌打ちした。

 

ガウン

そんなわけねぇだろ。ちゃんと探せよ

 

仲間の三人にそう指示しつつも、ガウンは立ち上がりカウンターの前まで歩み寄る。

 

ガウン

ちょっといいかい?

ユナ

はい、どうされましたか?

 

声を掛けられたユナは、ガウンの野獣のような雰囲気に気圧されることなく笑顔で答えた。

 

ガウン

ちょっとクエストを探しててな。汚染された都市で確認されたカオスキメラの討伐なんだが、昨日あったはずなのになくてよぉ

ユナ

承知しました。すぐにお探ししますので、少々お待ちください

 

そう言ってユナは机に立てかけてある冊子を取り、パラパラとめくり出す。すると目的の書類はすぐに見つかった。

 

ユナ

えっと……商業区で商売されているコンヌさんからのご依頼でしたら、昨日で完了されています

 

それを聞いた途端、ガウンが声を荒げた。

 

ガウン

なにっ!? 一体誰がやったってんだ!?

ユナ

え、えっと……あっ、カジ・シュウゴさんです

 

そのとき、ユナの声のトーンが少し上がった。嬉しそうである。

しかし、ガウンはその態度が気にくわない。

なにより、シュウゴの存在を快く思っていないのだ。

ガウンは面白くなさそうに舌打ちする。

 

ガウン

あのもやし野郎か……くそっ、調子に乗りやがって!

 

ガウンが額に青筋を浮かべ、苛立たしげに机を叩く。

 

ユナ

っ!

 

ユナは頭のハーフツインをビクッと跳ね上がらせ、肩を震わせた。

ガウンの仲間たちは何事かと、彼の後ろへ集まって来る。そして、ユナの手元のクエスト報告書を見ると、状況を察した。

 

ハンター
あの赤毛のハンターですかい
ガウン

ああ、あの野郎だ。この間だって、たまたま運良く助かっただけだってのによ。調子に乗りやがって。だいたいキジダルさんは詰めが甘いんだよ。あんなやつ、強引にでも処刑するべきだったんだ

 

ガウンは腹を立てていた。

結局、シュウゴはヴィンゴールの側近にはならなかったが、代わりに誰かがなったわけでもない。

当分は、一人のままでいいとヴィンゴールが決定したのだ。この大変な時期に、一人でも最前線で働く人間を減らしたくないという配慮だろう。

それによって他のクラスBハンターたちは、絶好の機会が水の泡になり、その怒りの矛先をシュウゴへ向けていた。

 

ガウン

魔物を引き連れてるおかげで手柄を立ててることは変わんないんだ。野放しにしてたらカムラのためになんねぇぜ。なあ、あんたもそう思うだろ?

ユナ

い、いえ……

 

ユナは怯えながらも、首を縦には振らなかった。たとえ本心でなくとも、シュウゴのことを悪く言いたくないのだ。

そんな態度がガウンの神経を逆撫でする。

 

ガウン

なんだ、あんたも奴の味方すんのか?

 

 

アンナ

――やめな!

 

そのとき、彼らの後方から乱入して来た者がいた。

クラスCハンターのアンだ。その後ろにリンの姿もある。

ガウンは背後を振り返ると、失笑を漏らした。

 

ガウン

なんだ、獣人族のザコじゃねぇか。この間は処刑場でなにもできなかったろ? てめぇはひっこんでろ!

アンナ

なんだと!?

 

ガウンに怒鳴られるが、アンも負けじと睨み返す。

すると、リンが後ろから声を挟んだ。

 

リン
待ってアン
アンナ

邪魔すんなリン! シュウゴをバカにされて黙ってられるかよ

リン

いいから周りを見て

 

アンが渋々周囲を見ると、他のハンターたちが注目していた。

彼らの眼差しは険しく、ガウンへ向けられている。

 

ハンター
ガ、ガウンさん……

 

分が悪いと感じたのだろう。ガウンの仲間たちは額に汗を浮かべ、後ずさっている。

しかしガウンは物怖じすることなく、その場の全員に怒鳴り散らした。

 

ガウン

ちっ、んだてめぇら! 文句あんのか!!

 

するとリンが気丈に言い返す。

 

リン

それはありますよ。シュウゴさんはいわばカムラの恩人。彼の功績を知った人は皆、シュウゴさんに感謝し、尊敬しています。あなたのような、無駄にプライドが高く、自分のことしか頭にない人を除いてね

ガウン

このアマァ……

 

ガウンは憤怒の形相でリンを睨みつける。彼女の前にはアンが立ちふさがり、背の斧に手をかけていた。

一触即発という雰囲気だったが、三姉妹の長女であるユリが気丈に言い放つ。

 

ユリ

争いをするつもりなら、即刻立ち去ってください。この場所では、ハンター同士のいざこざは認められていません。これ以上、私たちの業務を妨害するのでしたら、すぐにバラム会長へ報告しますよ

ガウン

…………ちっ! てめぇら、行くぞ

 

ガウンは最後に大きく舌打ちすると、仲間たちを連れ荒々しい足取りで紹介所から去って行った。

 

ユリ

……アンさん、リンさん、ありがとうございました

 

ユリが二人へ頭を下げ、恐怖で泣きそうになっていた三女のユナも深く頭を下げる。

周囲は既に賑やかな雰囲気を取り戻し、自分たちの用事に意識をいていた。

アンは歯を見せて快活に笑い、リンも柔らかく微笑み頷く。

 

アンナ
どうってことないって
リン

ええ。シュウゴさんをけなすなんて、いい神経してますね

アンナ
まったくだ。ああいうのは、死ぬまで気付かないんだろうな。自分じゃ逆立ちしたってシュウゴに敵わないってことに

 

アンがため息を吐き、呆れたように言うと受付嬢の三人は頷いた。

 

 

シモン

――体の調子はどうよ?

シュウゴ
もうとっくに完治してるさ

 

シュウゴとシモンは、鍛冶屋の小さな机に湯のみを並べ、ゆったりと語りあっていた。

メイとニアは教会の手伝いに向かい、デュラは討伐隊の助勢で狩りに出ている。

シュウゴが投獄中にわずらった病気は、リンの継続的な治癒魔法によって既に完治していた。

 

シュウゴ
……そういえば、討伐隊のクロロさんが隊長に就任したって言ってたな

 

先日、シュウゴは酒場でクロロと会った。

そのとき彼は、自分がヒューレの隊を引き継ぐことになったと嬉しそうに語っていたのだ。

 

シモン

クロロさん? 一番最初に君を助けようとした勇敢な騎士か。隊長といってもまだ若いだろ?

シュウゴ
まあな。でも、あの処刑場での戦いが高く評価されたみたいだ。彼の行動は反乱ではなく、破滅の道を辿ろうとしたカムラを正す勇気ある行動だってね。確かに隊の部下はほとんど年上だろうけど、クロロの勇姿を見てからは文句の一つも言わないそうだぞ

 

シモンは感嘆の声を漏らし、茶をすすった。

 

シモン

へぇ~。そんなおとぎ話みたいなこともあるんだな

シュウゴ
シモンの方はどうなんだ? 知名度が上がって、商売繁盛してるんだろ?
シモン

まあなぁ……

 

シモンが浮かない顔でため息を吐く。どうも歯切れが悪い。

 

シュウゴ
なにか問題でも?
シモン

シュウゴのファンだって若手が増えてきてなぁ……商売の話をしに行くと、たいていは『設計士様』を紹介してくれってみんなうるさいのよ。このままじゃ耳にタコができちまう

 

シュウゴはへぇと心底驚いたように声を漏らした。

設計士とは、ヴィンゴールから直々に与えられた称号だ。所属に関わらず、一定の影響力を持つ。いわば、教会におけるシスター『マーヤ』のような存在だ。

普段はシュウゴの家まで押しかけるような無粋なやからはいないが、たまに熱のこもった視線を感じることはある。

 

シュウゴ
驚いた。そんなに俺の知名度上がってたのか
シモン

この朴念仁! あれだけのことがあって君に注目しないやつがあるか! 今や君は、奇跡の大逆転を遂げた英雄さ。特に鍛冶職人を目指す者なら一度は憧れるよ

 

シモンは深くため息を吐いた。だいぶ疲れが溜まっているようだ。

シュウゴは申し訳なく思いながらも、なんだか嬉しかった。

 

シュウゴ

シモンも大変そうだな

シモン

誰のせいだよ! だ・れ・の!

シュウゴ

でも、あのときシモンが助けに来てくれて本当に良かった。心から感謝してるよ

シモン

よせよ。むず痒いだろ。ま、君のそういうまっすぐなところは美点だと思うがね

 

二人はしばらくのんびり茶をすすった。

しばらくして、シュウゴは真剣な表情で気になっていた話題に移る。

 

シュウゴ

ところでシモン、例の手記なんだが――

 

その質問は想定通りだったようで、シモンは神妙な面持ちで首を横へ振った。

 

シモン

海の魔物のことだろ? もちろん僕も探したけど、載ってなかったよ

シュウゴ

そうか……

 

シュウゴは肩を落とす。

いつも世話になる謎の手記なら、情報が得られると期待していたのだ。

そうすれば、二回目の襲撃を受ける前に対処ができるかもしれないと考えていた。

そんなシュウゴに、シモンが明るい声をかける。

 

シモン

でも、良い知らせもある

シュウゴ

うん?

シモン

この手記、なんとなく読み返してたら、あるページの余白に人の名前を見つけたんだ

 

シモンはそう言ってページを捲り、シュウゴに見せる。

そのページには、ある怪物の解説が書いてある隅に『フェミリア』と雑にしるされていた。

 

シュウゴ
これは?
シモン

人の名前さ。それに聞き覚えがある

シュウゴ

本当かっ!?

シモン

ああ。それに、この怪物の説明をよく読んでみろ

 

そう言われ、シュウゴはそこに記されていた魔物の説明を黙読する。

 

 ~~狂った聖者『アンドロマリウス』~~

 神の加護を得てすぐに死に、その後凶霧により蘇った聖女。

 生前は予言の力を宿していたが、今はもうない。

 上半身は人、下半身は藍色の鱗を持つ大蛇、そして背には天使の翼を持ち聖魔術を駆使する異形の魔物。

 もはや魔神に近い。

 

熱心に読み込んでいたシュウゴがやがて顔を上げると、シモンが言った。

 

シモン

これ、持ち主が書いたんじゃないのか?

シュウゴ

まさか……このフェミリアという人が魔物になって、これを書いたっていうのか?

シモン

俺はそう睨んでる。ともかく、俺はこのフェミリアの正体を調べようと思う。シュウゴもなにか分かったら教えてくれ

シュウゴ

あ、あぁ……