第七章 カムラ急襲
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――それでは、失礼いたします
キジダルがヴィンゴールの執務を後にする。
時刻は夜。
ヴィンゴール、バラム、キジダルの三人は様々な議論を交わした。
目下の問題は二つ。
一つは、不安で夜も眠れない領民たちの恐怖をどのようにして取り除くのかということ。
もう一つは、先日の損害で多くの隊員を失い、総隊長も空席の討伐隊をどうするのかということ。
一つ目は、魔物の調査と一刻も早いカムラの復興という曖昧な方針しか示せず、有効な打開策は未だ模索中。
二つ目は、ヴィンゴールの側近を討伐総隊長へ就任させるという結論で変わりなかった。そして、新たな側近にはシュウゴを任命したいというヴィンゴールの意思とバラムの推薦により、それも確定となった。
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――バラムめ、よくやるわ
キジダルは階段を降りながら顔に深い皺を作り、忌々しそうに低く呟いた。
バラムの腹積もりは読めている。自分の扱いやすい人間を領主の側に置くことで情報をいち早く入手し、商売に繋げるつもりだ。
もしかすると、バラムの意向をそれとなく伝えさせ暗躍しようと目論んでいるのかもしれない。そう考えると的確な人選だ。
キジダルは以前、側近の噂を聞き不公平だと抗議に来たクラスBハンターたちを思い出す。
確かにあの荒くれ者たちでは、バラムも御しきれないのだろう。
キジダルとしては、いくら成長が著しいからといって経験が乏しく、得体の知れない者をカムラへ連れ込むような人間を領主の側に置いておきたくなかった。しかし、それが決定なのであれば妥協せざるを得ない。
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――キジダルさん!
キジダルが領主の館を出てすぐに駆け寄って来たのは、クラスBハンターの『ガウン』だった。
彼は筋骨隆々の肉体をカトブレパスの灰色の毛皮で包んでおり、逆立つような短髪は整髪料でテカテカと光っている。長身で逆三角形の体格をしており、クラスBハンターとしての迫力は十分だ。
彼の後ろにはガラの悪いクラスCハンターが三人、腕組みをして威圧感を出している。
キジダルは険しい表情で忌々しげに言った。
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なんのようだ?
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領主様の新たな側近の件、どうなったんですか?
キジダルは内心舌打ちする。なぜ部外者のガウンがこの会議のことを知っているのか、一体どこから情報が漏えいしているのか、考えただけで腹立たしい。
だが、以前も他のクラスBハンター含め問いただしたが、噂を聞いただけの一点張りだった。
キジダルは苛立ちを隠さず言い放つ。
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もう決まった。そなたの出る幕はない
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んなっ!? まさか、あのもやし野郎に決定したんじゃ……
もやし野郎とはシュウゴのことだ。彼らは新参者で大した覇気もない彼が出世することが我慢ならないらしい。
しかし、そんなことはキジダルに関係ない。
キジダルはガウンを無視し歩き出そうとするが、次のガウンの呟きに足を止めた。
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領主様は、あいつが魔物を呼び込んでいることをご存知なのだろうか……
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……どういうことだ?
キジダルはピタッと立ち止まり背後を振り向く。
すると、ガウンは獲物がかかったとでも言うように、口角をニィと吊り上げた――
――――――――――
その日、シュウゴはヴィンゴールの館に呼ばれた。
ついに来たかと少しばかり緊張する。側近の話は丁重に断ろうと思っていたからだ。
デュラは討伐隊と共に材料採集に出向き、メイとニアが炊き出しの手伝いに出かけるのを見送ってから、シュウゴはヴィンゴールの館へ出向いた。
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――面を上げよ、カジ・シュウゴ
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領主の立つ深紅の絨毯の脇には、討伐隊の幹部が並んでいた。大隊長、技術長、総務局長、広報長官、参謀、総隊長、バラム、キジダルが絨毯の左右に四人ずつ並ぶ。
以前ヴィンゴールの横に立っていた厳つく勇ましい男は、今は幹部の奥、討伐総隊長としてキジダルの横に立っている。ヴィンゴールの側近は右後ろに一人だけだ。
早々たる顔ぶれに囲まれたヴィンゴールが厳かに告げる。
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そなたを呼び出したのは、ハンターとしての実力を見込み、我が側近に任命したいと考えたからだ
シュウゴは緊張に息を呑む。ヴィンゴールは断ることは許さないとでも言うような、据わった目をしていた。もし断りでもしたら激昂しそうな雰囲気だ。
討伐隊の幹部に並んで奥に立つバラムも、当然というようににこやかな表情を浮かべている。
ここが正念場だ。
シュウゴはヴィンゴールの目をしっかりと見つめ、返答する。
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――お待ちください
シュウゴの言葉の途中で急に割って入ったのは、キジダルだった。
ヴィンゴールが眉を寄せ険しい表情でキジダルを睨む。
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なんのつもりだ。今さら異議などと口走るつもりか
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いえ突然口を挟んでしまい申し訳ありません。ですが、どうしても確かめねばならぬことがありましましたゆえ……
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なに?
ヴィンゴールが訝しむように眉をしかめる。
シュウゴにもなんのことか分からなかった。
キジダルは神妙な表情で、重苦しい雰囲気を醸し出しながら告げる。
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カムラでは今、良くない噂が流れております
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噂だと?
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そこのハンターの仲間が、魔物であるとの噂が
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シュウゴはギョッとする。
周囲の幹部たちはざわついた。グレンやバラムも信じられないというように、目を見開いて固まっている。
ヴィンゴールも困惑し聞き返した。
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どういうことだ?
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彼の仲間の少女が先日の魔物襲撃の際、背中から翼を生やし、鋭い爪で敵を難なく切り裂いたそうなのです。それを見た者は彼女を魔物であると言い、そんな者がカムラにいることを領民たちは酷く怖がっているのです
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なん、だと……
ヴィンゴールはショックに唖然とする。
まるで、信じていたものに裏切られたかのように動揺していた。
キジダルは勢いを止めず、ここぞとばかりに畳みかける。
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ですからどうか、彼に真偽を確かめるための時間を頂けないでしょうか?
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……ならん、我が自ら問う。シュウゴよ、今の話は本当か? 虚偽を申した場合は即刻厳罰を下すぞ
シュウゴは想定外の状況に固まっていた。呼吸が早くなる。
今から言い訳などしたところで立場を悪くするだけだ。今は正直に話し、ヴィンゴールの許しを請うしかない。
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再び幹部たちはざわつく。絶滅したはずの竜種がいるのだから当然か。
キジダルが前に出て皆の疑問を代弁する。
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嘘を吐くな! 竜種は既に絶滅している!
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なんだと?
シュウゴの毅然とした返答に、キジダルが眉をしかめる。これにはグレンもバラムも絶句していた。
ヴィンゴールは険のある瞳をシュウゴへ向け、圧迫するかのように問いをかける。
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なぜ黙っていた?
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ふざけたことを抜かすな。現に、混乱を生んでいるではないか
ヴィンゴールが怒りを抑えながら言い放つ。
シュウゴは反論の言葉が見つけられず、頬を歪め唇を噛んだ。それでもどうにか言葉を続ける。
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信じられるものか。本当にそうなのだとしたら、その竜人をこの町へ入れる前に報告すべきだったのだ
シュウゴはなにも言えない。ヴィンゴールの信用を失ってしまったことの重大さをまざまざと感じている。
ヴィンゴールはひどく落胆したというように、深くため息を吐くと、幹部の列の最前に立っているグレンへ目を向けた。
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グレンよ、今すぐ竜人とやらを連れて参れ
ヴィンゴールがそう命じた次の瞬間――
――バタンッ!
荒々しく部屋の扉が開かれた。
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し、失礼します!
慌ただしく一人の騎士が転がり込む。
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なにをしているか無礼者!
グレンが険しい表情で怒鳴りつけた。
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もっ、申し訳ありません!
次いで、複数の騎士に取り押さえられている長身の騎士がそれを振り払い、部屋へ侵入する。
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シュウゴが叫ぶ。デュラには出発前、シュウゴの行先を教えていた。
彼は主の危機を察知し、駆けつけたのだろうか。
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貴様、一体なにをしに来た!?
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グレンが問うが、デュラは答えずシュウゴの元へ駆け寄ろうとする。
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ちぃ!
グレンが剣を抜きデュラに斬りかかると、丸腰のデュラは両腕を交差させ腕甲で剣を受け止める。
その隙に、キジダルがデュラの後ろで呆けている騎士たちを怒鳴りつけた。
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なにがあったのか説明せよ!
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カジ・シュウゴの仲間であるこの者を聴取のため、捕らえようとしたところ暴れ出し、一目散にここへ向かったのです
シュウゴは瞠目した。主を助けようとするデュラの忠誠心に胸が熱くなる。
デュラの元へ駆け寄るべく、シュウゴが立ち上がろうとした瞬間――
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――そこまでだ!
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いつの間にか近づいてきていたヴィンゴールの側近が、シュウゴの頭を床に押し付け、首元へ剣を突き付ける。
主人を人質にとられたデュラは、やむを得ず力を抜きグレンが剣を引くと、背後の騎士たちに取り押さえられた。
そして無理やりその場に両膝を着かされる。
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その者の素顔を晒せ
キジダルの指示により、騎士の一人がデュラの兜の顔面部分を上にスライドした。おかげで、甲冑の内部がよく見える。
明かされた甲冑の内側に全員が驚愕の反応を示した。
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肉体がない、だと……
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バカな、一体何者だ!?
シュウゴは側近に首根っこを掴まれて上体を起こすと、ガックリとうなだれる。
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その答えに、すかさず怒号が飛び交った。
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魔物ではないか!
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ふざけるな! 竜の魔物だけでなく、こんなものまで……
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皆忘れるな、死人の少女もこやつの手先だ
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なるほど……アンデットの少女、竜の魔物、肉体のない霊体。それだけの化け物を揃えれば、クラスBにもなれるというもの
キジダルが怒りを滲ませた低い声で告げる。
シュウゴをよく知るグレンも目を強く閉じ、俯いていた。
バラムは憤怒と羞恥で顔を真っ赤に染めている。
しかしシュウゴには、なにも反論できない。
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もうよい! この者を地下牢へ放り込め!
ヴィンゴールは一喝によってその場の混乱を収め、シュウゴとデュラはこの館の地下に幽閉されることになった。