第九章 王家の墓の死王
まさしく乱戦。
魂と炎が宙を高速で飛び交い、地上では浮遊する骸骨と騎士たちが激しく火花を散らしていた。
デュラも騎士たちと共に、骸骨を真正面から突き崩す。
しかし、倒しても倒しても、バラバラになった骨は再び集まって浮上。さらに、船からの新手も後を絶たない。
シュウゴの表情に焦りが見え始めた。
このままではジリ貧。バーニアを噴射する魔力とて無尽蔵ではないのだ。
それならばと、シュウゴは険しい顔を幽霊船へ向けた。
呟きながら、接近してきた骸骨を叩き斬る。
今、幽霊船まで辿りつけるのは、飛行能力のあるシュウゴとニアだけ。
骸骨と霊体が未だに幽霊船から向かってくるのを見るに、敵戦力は未知数だ。
ニアを連れて行くにはあまりにも危険だと、シュウゴには気の迷いがあった。
しかし、シュウゴがそんな迷いを抱いているうちに、状況は一変する――
クロロの近くで一人の若手隊員が叫んだ。
シュウゴは滞空したまま、隊員が指さした先を目で追う。
その先にいたのは――
行方不明だったメイが、浜辺の隅で佇んでいた。
瞳は虚ろで、まるで誰かに操られているかのように、感情が感じられない。
そちらには、まだ戦いの波が及んでいなかったが敵も気付いたのか、すぐさまアンデットたちが向かって行く。
シュウゴは叫び、肘バーニアで旋回すると、メイの元へと急速に飛翔した。
今のメイは丸腰だ。
薄手な魔術師の法衣を着て武器はなく、いくら身体能力が高くとも、武器を持った敵を相手にするのは危険すぎる。
デュラも騎士たちの間を走り抜け、メイの元へと駆け出した。
周囲に散らばり展開していた骸骨たちが、突然シュウゴへ殺到した。
次々突貫を仕掛けてくる敵を避け、返り討ちにする。
今度は、霊体が猛スピードでシュウゴへ突進してきた。その速さは骸骨の比ではない。
シュウゴは霊体を目前に捉え、アイスシールドを展開するが、
霊体は直前で真横へ方向転換し凍結を回避した。
勘の良いシュウゴはすぐさま首を捻り、背後へ目を向けた。
すると、もう一体の霊体が弾丸の如き速度で迫っていた。
シュウゴは身を捻り間一髪で回避。
しかし隙は大きい。
態勢を崩したシュウゴの目の前には、錆びついた剣を振り上げた骸骨がいた。
目を見開くシュウゴは、それが振り下ろされるまでの間、体が動かない。
死を覚悟するが――
骸骨の体は後ろから払われた爪によって、バラバラになった。
ニアの援護が間に合ったのだ。
ニアが顔の前に掲げた爪を光らせると、シュウゴは頷きメイの元へと飛び出した。
彼女の元へ駆けるデュラにも、骸骨たちが群がり通さんとしている。
ゆえに、討伐隊が戦っていた敵は、急に彼らの前からいなくなり、騎士たちは唖然としていた。
敵の目的は、メイにあると見るのが妥当だろう。
シュウゴは不気味な感覚を振り払い、一目散にメイへと向かう。
骸骨たちは既にメイを取り囲んでいた。その細い骨だけの手でメイの腕や足を掴む。
それでもメイは、反応を示さず俯いているだけだ。
そして五体の骸骨は、慎重にメイの体を横に倒しながら支え、浮上した。
向かう先は幽霊船。
バシュゥゥゥゥゥッ!
シュウゴは迫りくる骸骨たちを体すれすれで避け、叩き斬り、強引に前へ進む。
ガス欠気味になりつつも、シュウゴはメイへ確実に近づいていく。
しかし次の瞬間、強烈な脱力感がシュウゴの全身を襲った。
バーニアの噴射が急に止まる。魔力が尽きたのだ。それも突然。
目を見開いたシュウゴの周りには、複数の霊体が高速で飛び交っていた。
それらは、不規則な軌道を描き、順々にシュウゴの体へ突進し突き抜けていく。
物理的なダメージはないものの、
霊体が体を通り抜けていくたびに、シュウゴの全身から力が抜けていく。
精神力を奪われているのだ。それにより、魔力も吸い取られている。
浮遊する術を失ったシュウゴは、重力に従い海へと真っ逆さまに落ちていく。
メイは既に、幽霊船のデッキへと運び込まれていた。
ニアの悲痛な叫びが響く。
彼女も骸骨たちに囲まれ、らちが明かないのだ。さらに霊体たちも襲い掛かり、ニアの活力をも奪っている。
そして、骸骨たちがトドメとばかりに、一斉にシュウゴへ飛来する。
しかしシュウゴは冷静に、エーテル瓶を腰のポーチからとると、蓋を口で外して叫んだ。
浜辺で孤軍奮闘していたデュラが素早く反応する。
骸骨たちを盾で押し退けると、バーニングシューターの穂先を幽霊船へ向け――
――ドゴォォォンッ!
けたたましい爆発音と共に、ランスの穂先が射出された。
それは弾丸の如き速度で、シュウゴの上空を通過し幽霊船のデッキへ。
シュウゴは回復した魔力で肘バーニアを点火させ、オールレンジファングを射出。上空を飛んでいったランスから伸びている糸を掴む。
再び霊体がシュウゴへ襲いかかり、魔力が急激に減少するが、ランスが船のデッキに刺さったことを確認すると、オールレンジファングの巻取り機構を起動し、体を船へ急速に引き寄せた。
霊体を振り切り、行く手を塞ぐ骸骨に体当たりしながら、船へ一直線に突進する。
デッキ側で、骸骨がランスの糸を切断するが、それでもシュウゴの勢いは止まらない。
そして、ギリギリ船の側板まで辿りつくと、ブリッツバスターを突き刺し、それを支点にデッキまでよじ上った。
デッキに立ったシュウゴは、次の戦闘に備え身構えるが、敵は攻撃してこない。
それどころか、さっきまでいた骸骨たちも、霊体たちも、忽然と姿を消してしまったのだ。
シュウゴは不気味さに体を震わせ、沖の方へ目を向けると、薄紫の霧が濃くなりなにも見えなくなっていた。
揺れの具合から考えるに、カムラの港からは既に出航していると考えられる。
シュウゴは苛立ちに眉を寄せるが、すぐに頭を切り替えデッキの周囲を見回した。
メイはデッキの中央に仰向けで倒れていた。
シュウゴは安堵と不安の入り混じった表情でメイへ駆け寄る。
…………ぅ……ん……?
シュウゴがメイの体を揺さぶり、彼女はようやく目を覚ました。シュウゴに背を支えられ、ゆっくりと上体を起こす。
お兄、様? どうされたんですか? それにここは……
寝惚け眼で眠たげな声を上げたメイは、シュウゴを見上げそして周囲を見回す。
その動きに不自然なところはなく、先ほどまでのように自我を失っている様子はない。
シュウゴは表情を緩め、安堵のため息を吐く。
シュウゴはカムラで起こったことをメイへ説明した。
この幽霊船のこと、骸骨や霊体が襲撃してきたこと、そして自分たちがどこにいてどこへ向かっているのか分からないことを。
メイは心底驚き、開いた口を両手で覆った。
すぐに目線を下げ、顔を歪ませる。
そんなことがあったなんて……私自身、家のお布団で寝てからの記憶がありません。でも、ご迷惑をおかけして申し訳ありません
シュウゴは薄々感じていた。今回襲撃してきた敵は、いわば『死者の集団』。
メイの出自となにかしら関係があるのではないかと。
しかしメイは申し訳なさそうに首を振る。
いいえ、頭に引っ掛かるものはありません。でも、敵の目的が私だったのであれば、少なからず関係はあると思います
シュウゴは立ち上がると、デッキを見回した。
船としては十分な広さを誇るが、床板はところどころ抜け落ち、帆はボロボロで風を受ける性能など期待できない。
長いこと整備されていないことがよく分かる。
メイも立ち上がり、二人で船内へ立ち入ろうと扉の前まで移動した。
シュウゴは、木製の扉のノブをガタガタと押し引きするが一向に開かない。
最初は建てつけの悪さが原因かと思われたが、二人がかりで押しても開かないところを見るに、内側から鍵がかかっているようだ。
中に首謀者がいるんでしょうか……
シュウゴはメイを下がらせると、背のブリッツバスターを抜いた。
お、お兄様、あまり手荒な真似はやめておいた方が……
シュウゴは、メイを落ち着かせるよう頬を緩めると、大剣を振りかざした。
そして、意を決して振り下ろす、その刹那――
ブーーーーーーーーーー!! ブーーーーーーーーーー!!
どこからか、けたたましい汽笛の音が鳴り響いた。
シュウゴとメイは急な音にビクッと肩を震わせるが、周囲を見回してもどこから鳴ったのか分からない。
お、お兄様! あれを!
最初に気付いたのはメイだった。
シュウゴが彼女の指さした先へ目を向けると、薄紫の凶霧の中に沖のような輪郭がうっすらと見えてきた。
シュウゴは持ち上げた大剣を降ろし、絶句した。
二人が混乱したまま徐々に近づいて来る陸地を眺めていると、やがて浜辺へ到達し船は止まった。
シュウゴは緊張に顔を強張らせながら呟いた。
幽霊船はどうやら、ここへ向かっていたようだ。
その目的は定かではないが、今回の件の真相を突き止めるべく、シュウゴとメイは謎の大陸へ上陸した。