第九章 王家の墓の死王
シュウゴとシモンが顔を強張らせ、静かに思考を巡らせていると陽気な乱入者が現れた。

――ああ~シュウくんやっぱりいた~
そう言って入口の暖簾をくぐり、シュウゴの元まで駆け寄って来たのはニアだった。
ウェーブがかった色素の薄い青髪に花の髪飾りを着け、肌触りの良さそうな絹で出来た、緑と白のワンピースを着ている。肩部が露出し下の丈が短めなこともあってか、今どきの町娘という雰囲気だ。
シュウゴが驚いて立ち上がると、ニアが正面から抱きついてきた。

おわっ!?
変な声を上げたのはシモンだった。
シュウゴも驚いて、両手でニアの体を離し問いかける。


今日はあまりやることないから、帰ってもいいってマーヤ様から言われたの~


えっとねぇ、買い物してから帰るって言うから、私は散歩して帰るって言って別れたんだ~。そしたら、シュウくんの匂いに気が付いて~
ニアは嬉しそうにシュウゴの腕に頬をすりすり。シュウゴのシャツの生地が薄いため、義手のゴツゴツした感触がダイレクトに伝わるはずだが、ニアはそれが良いと言う。
二人は、背後で負のオーラが大きくなっていることに気付かなかった。
――ブッチィィィンッ!

こらぁっ! イチャつくのなら、よそでやれぇぇぇっ!
シモンが鬼の形相で怒鳴り、二人は店から追いだされた。
二人は慌てて鍛冶屋を出ると、商業区を北東へ向かって歩き出した。
ニアは不思議そうに首を傾げながら、おっとりした目でシュウゴを見上げる。

シーくん怖いん~?

鈍感な二人。シモンが不憫で仕方ない。
二人が手を繋いで歩いていると、周囲の視線を感じた。



おぉ、さすがは設計士様だ。あんな美少女を連れているなんて羨ましい……

あれは確か、竜種の女の子じゃないかしら?
道行く人々が足を止め、シュウゴへ目を向ける。嫌悪するような雰囲気でないのが幸いだ。
しかしこんなにも注目されているのに、ニアときたらシュウゴの腕にべったりくっついている。
シュウゴはなんだか気恥ずかしかった。羨望の眼差しを受け続けたシュウゴは、耐え切れなくなり歩くスピードを速める。

設計士様、凛々しくて素敵……

けっ、俺もあの人の脳ミソが欲しいぜ
シュウゴは気まずさを紛らわせるために、ニアへ声をかける。

なんかかなり目立ってないか?

みんなやっとシュウくんの凄さが分かったんだよ~。やっぱりシュウくんはカッコいいね~
ニアが嬉しそうに目を細める。

――こらっ、ニアちゃん!
すると、彼らの前方に立ち塞がった人影があった。
呼び止められたニアは、目をパチクリさせてシュウゴと共に立ち止まる。
目の前で肩を震わせて立ちはだかっているのはメイだった。

メイ? 買い物は終わったの~?

終わりましたよ。まったくあなたときたら……家に帰ると言ってたくせに、お兄様を連れ出して……
メイがむぅと頬を膨らませる。
シュウゴは、微笑ましさに頬を緩ませるが、周囲の視線が痛いほど刺さるので、メイの元まで歩み寄った。

そう言ってメイの頭にポンポンと軽く手を乗せると、彼女の手から食材の入った袋を奪い、足早に家へと歩き出す。早く人の視線から逃れたかったのだ。

あっ、お兄様、待ってください!

シュウくん置いてかないで~
二人も慌てて後ろに着いて来る。

シュウゴは内心で祈りながら、帰路につく。

ある日の夜、シュウゴは額を押さえ、青い顔になりながら自宅を目指していた。その足取りはフラフラで頼りない。
幸い道は灯りに照らされているため、酔っていても迷子にはならなそうだ。
シュウゴはつい先ほどまで、酒場で飲んでいた。
アンナに誘われて行ってみると、リンとハナメもいて、思いのほか話が弾んだのだ。アンナの酒豪ぶりは相変わらずで、シュウゴは思いのほか飲まされた。
シュウゴ自身も楽しかったので、文句はないが……
アンナは、ハナメのことを姉さんと呼び慕っている。年はほとんど変わらないはずだが、ハナメの戦いぶりを見て、その強さと美しさに惚れ込んだのだと、リンが語っていた。
しばらく歩いて気分が落ち着いてきた頃、シュウゴはようやく自宅付近まで辿りついた。
もう深夜だ。メイもニアも起きてはいまい。シュウゴがそう思って家に入ると――

メイの姿がなかった。
ニアは灰色の毛布にくるまって小さな寝息を立てており、デュラは膝を立て微動だにしていない。メイだけが姿を消していた。
一度外に出て辺りを見回してみるが、どこにも姿はない。
一瞬、霧のような半透明な気体が目の前をうっすらと漂ったが、すぐに消えた。まるで幽霊のように。

胸騒ぎのしたシュウゴは、慌ててデュラとニアを起こし事情を聞く。

――メイ~? 一緒に寝たはずだけど~
ニアは寝惚けた様子で目をこすり、間延びした声を上げる。まだあまり状況を飲み込めていないようだ。
デュラも、首を傾げるだけで深刻な様子はうかがえない。おそらく彼は、メイが出たことに気付いていたはずだが、すぐ戻って来ると思って気にも留めなかったのだろう。
シュウゴは難しい表情で呟く。


どこかに行きたいとかは、聞いてないねぇ
ニアもう~んと難しい顔で唸る。
すぐに戻ってくればいいが、シュウゴの胸騒ぎは収まらない。

デュラとニアは頷き、支度を始める。
そのときには、シュウゴの酔いはすっかり覚めていた。

シュウゴたちが住宅街から広場まで探しながら移動すると、次第に人通りが多くなっていく。
明らかにおかしい。いくら灯りがあるからと言っても、こんな時間に人が出歩くなど稀のはず。
シュウゴは、慌てた様子で駆けていく男の一人に声を掛けた。


へ? あ、あんたは設計士の……
男はシュウゴの顔を見ると、足を止め事情を話した。


そうなんだよ。討伐隊が来て、みんな避難しろってお達しだ。俺は見ちゃいないが、船の中からバケモノが降りてくるのを見たって奴もいるぞ

シュウゴの背筋に激しい悪寒が走る。もう次の襲撃が来たのかと。以前の触手とは違うのかもしれないが、カムラが再びピンチに陥っているのは間違いない。
シュウゴが礼を言うと、男は足早に去って行った。
「デュラ、ニア、メイを探すのは後だ。もしかしたら、以前の魔物襲撃みたいに、カムラが窮地に陥るかもしれない。デュラは俺と港へ。ニアは、隼の装備を取りに家へ飛んでくれないか?」
シュウゴが指示すると、ニアは灰色の竜翼を広げ、風を切って飛び立った。
シュウゴはデュラと先行して港へ向かう。
港に辿り着くまでもなく、遠目でもその恐ろしい全貌が見えた。
漆黒の巨大な船が、蜃気楼のように揺らめきながら、カムラの浜辺の目の前に停まっていたのだ。その周囲には青色の炎が揺らめき、まさしく幽霊船。霧がかかったかのようにその船体はおぼろげで、まるでホログラムや残像のように実体が掴めない。
しかし、それが放つ絶望感と圧倒的な存在感は、山のようでもある。
シュウゴとデュラは全速力で駆け抜け、すぐに浜辺まで辿りつく。
以前襲来した触手のせいで灯台や柵が壊れているため、浜辺のそこら中に破片が落ち、戦場跡のようになっている。
そんな中、討伐隊の騎士や魔術師たちがそこら中で火花を散らしていた。
上空には、剣を手にした上半身、片腕だけの骸骨や、幽霊のように半透明な人型の霊体が浮遊し、不規則な軌道で地上へと飛来する。

――シュウゴ!
シュウゴを呼び止めたのは、最前線で他の隊長と共に指揮をしているクロロだった。
シュウゴとデュラは、急いで彼の元へ駆け寄る。


俺にもよく分からん! 連絡を受けて来てみれば、この不気味な船があったんだ。今はとにかく、奴らの襲撃を防ぐので精一杯だ。あんたらも力を貸してくれ!

シュウゴが頷くと、デュラは腰に装着していたバーニングシューターとサンダーガードを展開する。
そして彼は、地上で戦う討伐隊の援護をシュウゴから指示されると、疾風のように駆け出した。

シュウゴが眉間にしわを寄せ呟く。
骸骨の上半身は、頭からせいぜい胸までであり、そのほとんどが隻腕である。その手には剣を握り、自由自在に空中を浮遊しながら騎士へ斬りかかっていた。霊体の方は、骸骨の数倍のスピードで飛び回り、魔術師を翻弄している。しかし魔法は効くようで、炎魔法が直撃すると一瞬燃え上がり消滅する。
シュウゴが敵の行動パターンを分析していると、ニアが上空から大剣とバーニアを引っ提げて降りてきた。

はいどうぞ~

シュウゴはバーニアを噴かし、ニアは翼を羽ばたかせ飛び上がる。

シュウゴは上空の骸骨へ瞬く間に接近すると、ブリッツバスターで力一杯袈裟切りにする。
すると骸骨は、呆気なくバラバラになり地上へ落ちて行った。

カタカタカタ――
不気味に歯を鳴らせ、骸骨たちが次から次へとシュウゴへ飛来する。
シュウゴはあくまで冷静に、肘とブーツのバーニアを駆使して立ち回る。

いくら不規則とはいえ、連携もとらずただ剣を振りまわしてくるだけの雑魚など、シュウゴの敵ではない。
今度は左右から、霊体が猛スピードで飛来する。

しかし、シュウゴは右へ瞬発噴射し避ける。
真正面から回って来た霊体は、タイミングを見計らい、アイスシールドを展開すると凍り付いた。
――ガシャンッ!
凍結した霊体を大剣で叩き割り、氷結の欠片に変える。
ニアも空を縦横無尽に飛び回り骸骨を駆逐していく。デュラも地上で上手く立ち回ることで、討伐隊も形勢を立て直した。

よし! このまま守り切れ!
クロロの号令で、カムラ勢力は一気に畳みかける。