第53話 たとえ、カムラを敵に回しても【第八章 滅亡世界の魔装設計士】

第八章 たとえ、カムラを敵に回しても

 

シュウゴへグラディウスが振り下ろされようとした、その刹那――群衆の中に動いた影があった。

 

 

???

――お待ちくださいっ!!

 

声高らかに叫び、処刑場外から柵を乗り越えてきた男がいる。

処刑場の奥、討伐隊幹部やヴィンゴールが並んでいる一角の側方から現れたのは、灰色の法衣と包帯のような布を身に着けた細身の男だった。

彼は、自分が戦場に乱入したことなど気にも留めず、武器も持たずまっすぐにヴィンゴールの元まで歩いていく。

その堂々とした様に圧倒された騎士たちは、動きが遅れた。

 

カイロス

何者だ!?

 

ヴィンゴールの側近で元クラスBハンターの『カイロス』が長剣の切っ先を侵入者へ向けると、彼は足を止め、処刑台のシュウゴを一瞥してから頭を下げた。

既にヴィンゴールの顔がよく見える位置にいる。

 

シモン

バラム商会の鍛冶屋、『シモン』と申します

参謀

鍛冶屋だと?

 

後方で幹部たちが顔をしかめ、不思議そうに首を捻る。

戦闘力を持たない鍛冶屋が一体なにをしに来たのか計りかねているようだ。

 

ヴィンゴール

シモンか、どこかで聞いた名だ……

 

ヴィンゴールも難しい顔で目線を逸らした。思い出せそうで思い出せないといった様子だ。

それを見かねたバラムが横から口を出す。

 

バラム

シモンは数々の有用な道具を量産し、先の銭湯や照明の設置でも積極的に関わった逸材です

ヴィンゴール

おお、そうであった。そなたの報告に出てきた名だ。しかしシモンよ、そなたは一体なにをしに参った? よもや、そなたまでシュウゴの処刑に異議を唱えようというのではあるまいな?

 

ヴィンゴールの表情が次第に険しくなり、有無を言わせないような圧迫感を声に含ませる。

それでもシモンは、緊張に顔を強張らせながらも、射殺そうとしているかのようなヴィンゴールの瞳を見つめ返す。

 

シモン

その通りでございます

 

その返答を受け、ヴィンゴールは落胆したかのように肩の力を抜き、眉尻を下げた。

 

ヴィンゴール

無駄なことはよせ。もはやこの戦いに意味はない。そんなことをしてカムラになんの益がある? 我は、そなたのような優秀な人材を失いたくはない

 

シモンは拳を強く握りしめ、強い眼光を放ちながら堂々と反論する。

 

シモン

私は、カムラの民としてここに立っているのではありません。シュウゴの一人の友としてここに立っているのです。たとえ、カムラを敵に回しても、この立場は譲れません

ヴィンゴール

ほぅ……

シモン

我が友、シュウゴに代わり、彼の無実と『有用性』を、今ここで証明してみせます!

 

 

シモンは己を奮い立たせ、言い放った。

聞いていた民は思ったことだろう。彼を助けるなら無実を証明するだけでいいのではないかと。

答えは否。

彼が無実だったところで、カムラ上層部は無理やり理由をつけてでも殺すはず。であれば、彼を失うことがカムラにとって、どれほどの損害になるかを証明すべきだ。

 

ヴィンゴールは興味深そうに目を細め厳かに告げる。

 

ヴィンゴール

……やってみろ

 

それを聞いてキジダルが口を挟もうとしたが、ヴィンゴールの覇気に気圧され踏み止まった。

 

シモンは大きく息を吸った。

彼は今こそ示さねばならない。

技術者とは、ただ黙々と自らの手を動かし、細々とした作業をするだけの職種ではない。

あるときは言葉を駆使して技術の有効性を示し、扱う者に道を指し示す、それこそが技術者の果たす責務であると。

 

表情を変えずシモンを睨みつけていたカイロスは、ヴィンゴールに肩を軽く叩かれ、剣を引いた。

その後、張り詰めた雰囲気に重く力強い眼光を携えたヴィンゴールが一歩前に出ると、シモンは説明を始める。

 

シモン

領主様、まずはお答えください。カムラが凶霧の絶望から、ここまで立て直し発展を遂げられたのは、なぜでしょうか? 領主様だけではありません。ここにいる全ての方々に考えて頂きたいことです

 

唐突な問いに、ヴィンゴールは眉をしかめる。その表情には怒りが滲んでいた。

討伐隊や見物人たちも気に入らないのか、いらただしげに口をへの字に曲げている。

 

ヴィンゴール

考えるまでもなく、身をにしたカムラ領民の尽力があったからだ。この町で懸命に働く者、外で危険をかえりみず、資源をかき集める討伐隊やハンターたちの尽力あってこそだ。違うと申すのか?

 

ヴィンゴールは冷静に答えた。そして問いをかけ、下手な返答をすれば真正面から叩き潰すといった雰囲気だ。

シモンは迷うことなく頷いた。

 

シモン

いえ、異論はありません。私も、ここにいるカムラの人々も、同じ気持ちだと思っています。では、私たちのカムラ復興という長い戦いにおいて、影で支えてくれた数々の道具があることはご存知でしょうか?

キジダル

ーー回りくどいな

 

ヴィンゴールの背後でキジダルが呟く。シモンは表情を変えずキジダルを一瞥し、彼の気持ちに応えた。

 

シモン

ではその道具の名称を言いましょう。強大な敵を打ち倒すため、活躍しているフラッシュボムやスパイダーネット、劣悪な環境下でのフィールド探索を可能にした浄化マスク。それに先の襲撃事件では、雷を溜め切れ味を上げる剣『電撃剣』が触手に有効だったと聞いています

 

ヴィンゴールが周囲の騎士たちに目を向けると、皆異議なしというように首を縦に振っていた。

当事者であるグレンがハナに背を向け、現場の人間を代表して答えた。

 

グレン

異論はありません

シモン

この数日間を振り返ってください。多大な被害をこうむったカムラの人々が絶望しながらも、なんとか生活してこられたのは、討伐隊や教会の助けがあってこそ。しかし、まだ私たちを救ってくれたものがあります

ヴィンゴール

それはなんだ?

シモン

『照明』と『銭湯』です。夜が訪れても消えない光は、家を失い闇に包まれる恐怖から人々を救い、雷の力で沸く湯は、気の抜けないこの日々の中にあっても、人々の身も心も癒しました

 

いつしか、処刑を見に来た人々はシモンの言葉に真剣に耳を傾けていた。

自分たちのことだからだ。

なに一つ、異議を唱えるヤジが飛んでこないことは、シモンの言っていることが正しいという証拠。

 

ヴィンゴールとて、報告は聞いていたことだろう。彼も納得したように頷いている。

しかし、本題は全く進んでいない。

 

ヴィンゴール

……それも間違いではない。だが、それがシュウゴとなんの関係がある?

 

その問いが来た瞬間、シモンは両の拳を握りしめ、深く息を吸った。

ここが正念場しょうねんばだ。

シモンが緊張で声を硬くしながら、まっすぐに言葉を発す。

 

シモン

それらを考案したのは誰か、ということです

ヴィンゴール

なに? 少なくとも、新設の銭湯や照明はバラム商会の鍛冶屋たちが考え作ったのであろう

 

ヴィンゴールは怪訝そうに言いながらバラムを見る。

バラムはポカンとした表情で聞いていたが、ヴィンゴールのアイコンタクトを受け、首を縦に振った。

他の幹部たちもシモンの言葉の意図が分からないというように顔を見合わせている。

 

ゲンリュウなど、もはや決着が着いたと判断したのか、再び剣をシュウゴの頭上に振り上げていた。

当のシュウゴは、目を固く閉じ肩を震わせている。

しかしシモンは慌てることなく、ここの場にいる全ての人が聞き逃すことがないよう、大声で告げた。

 

シモン

それ自体の発想についてはそうです。しかしそれは、その原理となる『電気回路』の構想が既にあったから生まれたもの。そして、それを設計したのも、他の有用な道具を設計したのも、そこにいるシュウゴただ一人なのです!

ヴィンゴール

バカな……

 

ヴィンゴールが唖然と呟き、ゲンリュウは振り上げていた剣を背後へ落としてしまう。

それが地面に衝突し、金属音で静寂を破った瞬間、一斉に幹部たちがざわめき出した。

それはすぐに群衆へも広がる。

皆、口々に嘘だ、信じられない、と言うが、実際にシュウゴの設計した道具に救われた人々は、どこかほっとしたように満足げな表情をしていた。