第七章 カムラ急襲
その後、シュウゴはメイ、ニア、デュラと合流し、パーティー全員が無事であることを確認した。
討伐大隊長のグレンが戦闘の終了を宣言し、彼らは事態の収拾に取り掛かった。
誰がどう見ても、町の被害は甚大。
住宅街の南方、港、広場周辺の居酒屋や雑貨店、第一教会や孤児院も建物は倒壊し大きな損害を出していた。
死傷者も多数。討伐隊や逃げ遅れた一部の一般人が犠牲になったが、遺体を海中へ引きずり込まれたため、人数と個人の把握が困難を極めた。
また、多くの人が紹介所やヴィンゴールの館へ押しかけたが、彼らを匿うほどの資源も設備もなく、追い返されることになってしまう。
結局、襲撃してきた魔物の正体は一切不明。
カムラは、またいつ襲われるかも分からない底なしの恐怖に支配されるのだった。
数日後、シュウゴはメイとニアを連れ、被害にあった地区を歩いて回っていた。
まずは倉庫街。
厳重に保管されていた物品は建物ごと潰され、どれも本来の価値を失い、産廃品のように埋もれてしまっている。
通路には素材なのか、装備品の一部なのかも分からない布や殻などが金品と共に溢れかえり、道を塞いでいた。まるでゴミ山が雪崩でも起こしたかのようだ。
周辺構造物の倒壊の可能性と、道に転がる鋭利な備品の危険性から、倉庫街一帯を討伐隊が封鎖している。警備係に聞いたところ、ここの処理と復旧はまだまだ先になるらしい。
もしかすると、生活の補助になるようなものがあるかもしれないが、それを探すための労力が圧倒的に不足している。
シュウゴはやむを得ず倉庫街を迂回し、広場へ向かった。
途中、瓦礫の山となった討伐隊駐屯所の近くで、大隊長のグレンが指揮をとっているのが見えた。
こんな状況でも絶望を感じさせない凛々しい表情で気丈に指示を出している。
こんな上司であれば部下たちも安心して着いていけるに違いない。
シュウゴはグレンと目が合ったが、邪魔をしてはいけないと思い、会釈だけして通り過ぎた。
広場に行くと、無惨な光景が広がっていた。
元々水の出ていなかった噴水は、ぺしゃんこに潰れ、周囲の酒場は一件を残して全て倒壊している。
店内から溢れ出たブドウ酒は地面に赤いシミを作っており、痛ましいありさまだった。
広場の空いているスペースには家を失った領民が多数、一枚の布団にくるまって寝ている。
シュウゴは前世でもこんな光景に見覚えがあった。だがテレビ越しに見るのとはわけが違う。

――柊くん、あれ~
ニアがテンション低めに語尾を伸ばし、ある場所を指さす。
そこでは、崩れかけている酒場の裏側を討伐隊員たちが慌てた様子で行き来していた。
気になったシュウゴは二人を連れて様子を探りに行く。

酒場の裏側では、三人の討伐隊員が大きな瓦礫を持ち上げようと踏ん張っていた。一人の中年男性が瓦礫に埋もれているのだ。

あ? なんだあんた……まあいい。手伝ってくれ
濃い髭を生やしたスキンヘッドの大男に依頼され、シュウゴたち三人は男の救出に力を貸す。
話を聞くと、彼は家を失いここに来たようだ。他の男と場所の取り合いで喧嘩になって殴り合い、ここに叩きつけられて酒場の外壁が崩れた。
討伐隊が駆けつけたときに加害者は逃げ、人数の少ない討伐隊は被害者の救出を優先したというわけだ。
シュウゴたちが力を貸したおかげで、男はすぐに無事救出された。
彼は生気の感じない表情でペコリと会釈すると、のろのろと広場の方へ歩いて行く。

おぅあんちゃん、助かったぜ
シュウゴはスキンヘッドの大男にガシガシと肩を叩かれ「いえいえ」と苦笑する。
討伐隊は今から駐屯所へ戻って食事をとるからと誘われたが、丁重に断りシュウゴたちは孤児院のあった場所へ向かった。
昼時の教会跡では炊き出しが行われていた。
いくつかある大きな釜の前に、長蛇の列ができている。教徒と思われる簡素な祭服を来た男女が容器にスープや野菜などを入れ、一切れのパンと共に渡していく。
彼らの後方で慈愛に満ちた笑みを浮かべ見守っていたのは、シスターマーヤだった。彼女は我が子たちを見守るような温かい眼差しで周囲に目を配っている。

――おや、シュウゴさんじゃありませんか
彼女に近づいたシュウゴにも気が付いたようだ。
シュウゴたちはマーヤの元まで歩み寄り会釈した。


ええ。そちらのメイさんとニアさんのおかげでね
マーヤに笑みを向けられ、メイは「そんなこと……」と照れたようにはにかみ、ニアは誇るように鼻を鳴らす。

あなた方のおかげで救われました。本当にありがとうございます。御覧の通り、丁度お食事を用意したところなので、シュウゴさんたちもいかがですか?
マーヤにそう言われると無条件で頷きたくなるが、シュウゴは首を横へ振った。

お気持ちはありがたいのですが、俺たちがご迷惑をかけるわけにはいきません

メイがやる気に満ち溢れた声で提案すると、マーヤが嬉しそうに頷く。

それはありがたいです。お願いしてもいいですか?


私も行く~
メイとニアは早速教徒たちの元へ向かって行った。

本当に良い子たちですね

シュウゴは目を細め、しみじみと呟いた。
マーヤは今の状況について、シュウゴへ語り始めた。
数日前の魔物襲撃によって、教会で管理していたこの南西地区はほぼ壊滅した。
第一教会、孤児院、畑、診療所など。ただ、孤児院の北に作っていた銭湯だけは、メイとニアの奮闘もあり守られた。
今は、この銭湯を無料で開放しており、人々の荒んだ心を癒す唯一の拠り所になっているのだそうだ。
寝床を失った人々は、主に広場とこの教会管轄の地区に寝泊まりし、領主とバラム商会の補助金を得て、教会と討伐隊で炊き出しを行っている。
幸い、紹介所の横にある第二教会は無事なため、教徒たちの多くはそこへ移り様々な復興支援の仕事を請け負っているようだ。

受けた被害は確かに大きいですが、これで済んで良かったと考えなければなりません。不幸にも亡くなった方々のご冥福を祈り、私たちは辛くても生きねばならないのですから

シュウゴは神妙な面持ちでマーヤの言葉に感じ入る。
彼女は全てを話し終え、メイたちの方へ目を向けた。
シュウゴも目を向けたそのとき、不穏な雰囲気を感じとった。

シュウゴの声に困惑が現れる。
マーヤもシュウゴの聞きたいことは分かっていた。
地べたに座って黙々と食事をする人々の中に、メイとニアへ不穏な視線を向けている者が何人かいたのだ。その瞳には、憎悪や憤怒が宿っているように見える。

……良くない噂が流れているようです。ニアさんは竜人の力を使って敵に立ち向かってくれました。メイさんは、常人の域を超えるアンデットの身体能力で敵を攪乱してくれました。でもそれが、一部の人に不信感を与えてしまったようなのです


この状況では仕方ありません。彼らにも心に余裕がないのです
そうは言っても納得はできない。もし彼らの憎悪と怒りの矛先が彼女たちに向いてしまったらと考えると、シュウゴはたまらなく怖かった。

もし、なにかあったときは……

安心してください。そのときは私がこの身を挺してでも、彼女たちを守ります

よろしくお願いします
シュウゴは深く頭を下げ、メイとニアの手伝いもそこそこに去って行った。
シュウゴは次にシモンの鍛冶屋へ足を運んだ。
シュウゴが暖簾をくぐってすぐに、シモンが丸椅子から立ち上がる。

シュウゴ! やっぱり無事だったか。メイちゃんとニアちゃんもよく無事で……デュラはどうした?

シモンは相変わらず灰色の法衣と包帯のような布で身を包んでいるが、やつれているのが丸分かりだった。元からダボダボだった服のサイズがさらに合わなくなっている。

バラム商会も臨時の増税で利益の大半を寄付してるから結構厳しくてね。まあ、屋根があるだけましなんだろうけど
シモンは肩をすくめる。
普段通りのシモンの言動に、シュウゴは安心した。

シュウゴが話し始めてすぐにシモンは首を横に振った。

分かってる。俺だってすぐに調べたさ。でも、あれの情報はこの手記にも書いてなかったんだよ
シモンは手に持った手記を、シュウゴの横にある机へポイと投げた。

ダメか……

ああ。いつ襲われるかも分からない。敵の正体も分からない。そりゃあ誰だって不安になるさ。けど、君は自分の心配をした方がいいぞ

どういうことですか?
真っ先に聞き返したのは静観していたメイだった。ニアは興味津々に店内を歩き回っているので聞いてすらいない。

噂だよ。領主様がシュウゴを側近にしたいと言ってる

それなら以前、掲示板で見たさ。でも、今のこの状況でその話が進むとは思えないけど

それは甘いよ。彼らはボロボロになっている現状を変えたいと思っている。だから隊内の体制をしっかり固めて、カムラの復興に取り掛かろうっていう方針さ。そんなところに放り込まれてもみろ。一体どんな責任を押し付けられて、領民の怒りを買うはめになるか分からないぞ
シュウゴはハッとした。シモンの言ってる内容は、昔読んだ小説でもあった話だ。セオリー通りにいけば、領民の恐怖を怒りと憎しみにすり替えるための生贄にされかねない。
とはいえ、ヴィンゴールがそんなことをするとは思えず、シュウゴは心に留めておく程度にしようと思った。
不安そうに手を握るメイに大丈夫だと呟きシモンへ答える。

忠告感謝するよ。領主様の側近には絶対にならない

そうしてくれ
シュウゴはしばらく、シモンと直近の情報を共有し鍛冶屋を出た。