第46話 計り知れない被害(滅亡世界の魔装設計士 第七章)

第七章 カムラ急襲

 

 

その数十分後、カムラの北東では触手が住宅街まで侵攻していた。

 

アンナ

――ちぃっ! こいつら一体なんなんだよ!

リン

そんなの誰にも分からない! でも、今は戦うしかないの!

 

討伐隊に混じり、アンナとリンが触手と交戦していた。近隣の住民は避難しているため、深刻な被害はないが、住宅街南方の家は次々に破壊されていく。

たとえこの襲撃を乗り切れたとしても、カムラの復興という大きな課題が生まれることは想像に難くない。

それでも戦士たちは、これ以上の被害を出さないよう敵へ必死に立ち向かう。

 

アンナ

おらぁっ!

 

アンナは巨大な斧を触手へ振り下ろす。獣人の腕力と武器の重量が十分な破壊力を発揮する。

一撃で胴体の半分以上を切断された触手は、苦しげにうねり後退。

アンナの活躍によって、住宅街のこれ以上の被害は防げていた。

他の討伐隊やハンターも、触手に止めを刺すことはできないものの、囮となって逃げながら攻撃することで長期戦に持ち込んだ。

 

アンナはがむしゃらに突撃するため、触手の反撃で鉄球の針などによる傷が絶えないが、リンの白魔法で回復し戦線を維持していた。

しかし、いつまでも現状維持は続かない。

 

アンナ

――ぐあぁっ!

 

アンナが戦っている触手とは別の個体に不意を突かれ、鉄球に吹き飛ばされる。

ギリギリで身をよじったが、背中を鉄球の針で裂かれ血飛沫を上げて転がった。

 

リン

アンナ!

 

リンはアンナへ駆け寄り、白魔法を唱えて瀕死のアンナを回復させる。

幸い、他のハンターが触手の相手を引き受けてくれたため、アンナの回復は順調に進んだ。

傷口が次第に閉じ、アンナは苦痛に顔を歪めながらものっそりと立ち上がった。

 

アンナ

すまんリン、しくじっちまった

リン

大丈夫よ。ただ、今の回復で魔力を使い果たしてしまったの……

アンナ

そうかい……

 

申し訳なさそうに眉尻を下げるリン。アンナは冷静に呟いたが悔しさが声に滲んでいた。

前方を見ると、触手の猛威は収まるどころか勢いを増している。

このままでは討伐隊が押し切られるのも時間の問題だ。

 

アンナ

今は逃げ回って時間を稼ぐくらいしかできないか

リン

そうね。最前線で戦っている人たちが、なんとかしてくれることに賭けるしか……

アンナ

ああ、きっとシュウゴがまたやってくれるさ

リン

ええ、信じましょう

 

そうこうしているうちに、二人の元へ触手が這い寄って来た。鉄球の頭を高くかかげ、無情に振り下ろしてくる。

 

アンナ

ちっ!

 

アンナとリンは、左右に分かれて跳び回避する。

しかし、二人は跳んだ後で気付いた。自分たちの背後に人がいたことに。

 

アンナ

んなっ!?

リン

そんな! 人がいたなんて!

 

女性のような華奢な体型ということを認識した直後、鉄球が砂塵を巻き上げた。

おそらく女性に直撃しただろう。

アンナとリンがショックで固まる中、ジジジジという音が聞こえてきた。

 

アンナ

なんの音だい?

 

アンナが訝しげに呟いたすぐ後に、触手がうねり始め体を跳ね上げた。

その先には、あったはずの鉄球がない。綺麗に切断されていたのだ。

砂埃が薄れ状況が鮮明になる。

 

アンナ

……あいつ、一体何者だよ……

 

アンナが驚愕に目を見開き、唖然と呟いた。

何故なら、切断された鉄球の横に佇んでいたのは、着物に甲冑を装着し顔には般若面、両手で太刀を握っている黒髪の女だったのだ。

その太刀の刀身からは、緑色に輝く稲妻が伸び長い刃と化している。

 

リン

あれはっ……クラスBハンターのハナさん?

 

リンはその正体を知っていたようで、信じられないというように呟く。

ハナはゆったりとした歩みでアンナたちの横を通り過ぎ、太刀の切っ先を暴れまわる触手へ向けると、腰を落とし稲妻のように駆け出した。

 

 

港では激戦が続いていた。

ヒューレの率いる討伐隊、クラスC以上のハンターたち。その中には、クラスBハンターもシュウゴを含め三人はいる。

既に一般人の避難は完了しているため、優先順位は住宅街や第一教会へ向かった触手の討伐へシフトしていた。

地面を這うだけの触手の切断など、簡単に思われたが、さらにそれを守る触手がいるため簡単には討伐できない。

 

そうやって手をこまねいている間に、触手の侵攻を許してしまっていた。

とはいえ、大きく損傷した触手や鉄球を切断された触手が引き返して来ることもあり、内地側も奮闘していることが分かる。

討伐隊の死傷者も多数出ていた。

そこで、彼らは戦力増強のために魔術師を投入した。

 

当初、魔法攻撃がメインの彼らでは足手まといになると考えられていたが、電撃剣を用いれば、蓄電石に高威力の雷を溜め斬撃の威力を底上げできる。

そのため、筋力で劣っていようが、回避能力が低かろうが、地面を這うだけの触手への対抗手段としては十分だった。

 

クロロ

――くそっ! こいつら、次から次へと……

 

額に油汗を浮かべたクロロが触手に行く手を阻まれ毒吐く。

 

シュウゴ
くっ、キリがない

 

シュウゴは慎重に周囲を見回しながら、ゆっくりと後ずさる。

 

クロロ
シュウゴ
「「っ!?」」

 

偶然、シュウゴとクロロは背中を合わせることになった。

 

クロロ

あ、あんたは赤毛の!

シュウゴ
あなたは……クロロさん、ですよね?
クロロ

そうだ、加治シュウゴ……こんな戦いさっさと終わらせて、また一緒に飲もうや

シュウゴ
……了解!

 

クロロは前方で奮闘している討伐隊の援護に、シュウゴは広場まで頭を伸ばしている隙だらけの触手へ走る。

 

シュウゴ
――はあぁぁぁ!

 

ブリッツバスターに最大まで溜めておいた稲妻の電撃を放った。

教団の領地まで伸びていた触手は一撃で切断され、苦しそうにうねると、ゆっくり海中へ引っ込んでいく。

それをトリガーに、敵は新たな行動を起してきた。海の中から頭のない細い水色の触手が無数に這い出て来る。

それらは、うねうねと蛇のように蠢き、途轍もない速さで地面を這いずり回る。

 

騎士
な、なんだあれは!?
騎士
き、気持ち悪い……
ヒューレ

皆、気を引き締めろ! これ以上、バケモノの好きにさせるな!

 

動揺で動きを止めた隊員たちをヒューレが一喝する。

しかし、新手との交戦に身構える討伐隊を尻目に、細い触手たちは人の死骸に巻き付き海へ引きずり込んでいく。

 

クロロ

い、一体なにがしたいんだ……

騎士

食事、ではないでしょうか?

騎士

コイツらの本体か

ヒューレ

今は、あの太い方をやるぞ!

 

呆けていた討伐隊は細い触手を無視し、再び内地へ伸びている触手の排除に取り掛かった。

しかし、当初死骸にしか興味を示していなかった触手は、やがて生ある人間へ牙を剥く。

 

 

騎士

――う、うわぁっ! た、助けてぇぇぇ!

 

一人の若い隊員の右足に水色の触手が絡みつき、途轍もない力で海へ引きずっていく。

 

ヒューレ

させるか!

 

一番近くにいたヒューレは、一人で部下を追い、海へ引きずり込まれる寸前で細い触手を叩き斬った。

すると、触手は激しくうねり、逃げるように海へ引っ込んでいく。

 

ヒューレ

大丈夫か?

騎士

は、はい。ありがとうございま――

 

ヒューレに起こされた隊員が固まった。彼らが何故か五体の触手に囲まれていたのだ。

しかも隊から孤立してしまっているため、誰も援護ができない。

おかげで他の触手の守りが手薄になり、ハンターたちはチャンスとばかりに斬りかかる。

 

クロロ

ヒューレ隊長ぉぉぉ!

 

ヒューレたちが次にどうなるかは容易に想像できる。

こんなときになぜ、バーニアがないのか。シュウゴは内心で人知れず悔いた。

 

――ドバァン! バゴォォォン! ドガアァァァァァンッ!

 

ヒューレたちへ次々に鉄球が叩きつけられる。

砂塵が晴れると、若い隊員は頭が激しく損壊し即死。ヒューレも腕や下半身を潰され、胸も鉄球の針で大きく裂けて瀕死の状態だ。

 

クロロ

くっそぉぉぉぉぉ!

 

クロロが、そしてヒューレを慕う隊員たちが憤怒の叫びを上げ、ヒューレの元へ駆けつけようとする。

だが、細い触手が二人に絡みついた。

 

クロロ

ま、待て! 待ってくれ!

 

クロロが必死に叫ぶも、敵は虫の息のヒューレと隊員の死骸を海へと引きずり込んだ。

 

騎士

そ、そんな……

騎士

ヒューレ隊長がっ

クロロ

くっそぉぉぉ

 

隊員たちは皆、その場で立ち止まり絶望する。

もちろん、触手は活動を止めない。

先端にべったりと血を付けた鉄球が立ちつくすクロロの目の前まで迫るが、彼は魂が抜けたかのように微動だにしない。

 

シュウゴ
なにやってるんですか!? クロロさん!

 

シュウゴが必死に呼びかけるも反応しない。

シュウゴがクロロの死を覚悟したそのとき、海が大きく波打った。

その後、触手が次々に海へと引いていく。

やがて、触手は全て海へ帰り、浜辺には静寂が訪れた。

 

騎士

……助かった、のか?

 

一人の隊員がその場に膝を落とす。

クロロは立ったまま目の端から涙を溢れさせる。

カムラは多大な被害を受けたものの、なんとか生き残ることに成功したのだった。