第七章 カムラ急襲
あれからメイとニアは少しずつ打ち解け、今では一緒に服やアクセサリーなどを買いに行く仲だ。
メイいわく、可愛らしい服や綺麗なアクセサリーを見せたときのニアの反応を見るのが楽しいらしい。
自分の給料で買ってあげたりもしているようだ。
メイの休日、二人がウキウキと上機嫌で出かけていくのを見届けたシュウゴは、山脈で集めた素材を持ってシモンの鍛冶屋へ向かった。
――なんの用だい? 『ハーレム設計士』くん
シモンはシュウゴの姿を見ると、眉をしかめ吐き捨てるように言った。
シュウゴは来て早々に喧嘩を売られ、目を吊り上げる。
そう吠えるが、内心では中々上手いことを言うのものだと感嘆していた。
僕は知ってるんだぞ。君は冒険に出かけて、新しい素材じゃなくて、新しい愛人を見つけてきたって! いかがわしいことこの上ないヤツだって聞いたぞ!
メイちゃん
ガタンッ!
シュウゴはずっこけそうになる。
シュウゴは疲れたように肩の力を抜きながら言い放ち、アイテム収集袋を眼前に掲げた。
しかしシモンはそれに目も向けない。
でも、一緒に住んでるんだろ?
ほれみろ! もう君の言葉は言い訳にしか聞こえないからな!
シュウゴはやれやれとため息を吐いてアイテム袋を横の長机に置く。
はんっ、勝ち組の余裕ってやつか。腹立たしいねぇ……まぁいいや。なんの用だい? 例のものなら完成してるよ
シモンはそう言って奥の鋼鉄製の台に置いていたランスを持ってくる。
ランスの名は『バーニングシューター』。マンティコアの素材からシュウゴが設計したデュラの武器だ。
見た目は通常の長く鋭い騎士用のランスだが、持ち手を守る傘の部分『護拳』と穂の部分が着脱可能な機構になっている。
持ち手のボタンを押すことで、マンティコアの内部器官を加工した護拳が、瞬間的に小さな内部爆発を起こし、穂を前方へと射出するという構造だ。
また、穂の中心と護拳はアラクネの糸で繋がっており、下のボタンを押すことで、オールレンファング同様の巻取り機構が作動し、ランスを元の状に戻すことが可能。
ちなみにオールレンジファングの巻取り機構は、風魔法の吹きつけによって回転機構を回すが、バーニングシューターでは、押し込み力を回転エネルギーに変換する機械的な手法を用いている。
シュウゴはそれを受け取って全体を見回すと、完成度の高さに感嘆した。
おっと、ここでは射出するなよ? 試射はフィールドでやってくれ
シュウゴはそれを横の壁に立てかけると、持ってきていたカラス天狗の服と翼をシモンへ渡す。服はニアが元々着ていたものを譲り受けた。
さすがに魔物の服を着ると目立ちかねないためだ。ニアに聞くと、山脈では他に着る服がなかったために、カラス天狗を倒して奪い取ったらしい。さすがは野生児。
ついでに、山脈で採れた性質不明の頑強な鉱石も渡し、アークグリプス戦で傷ついた隼の補強を依頼した。
――その龍王の娘のことはバラム会長に言ったのかい?
シモンはシュウゴの全身を見回し、隼の簡易的なメンテナンスをしながら問う。
いや、今回は言ってない
なんでだ? 後で問題にでもなったら面倒じゃないか?
シモンが理解できないというように顔をしかめて首を傾げるが、シュウゴは迷うことなく横へ首を振った。
ニアの見た目は、そこら辺の女の子となんら変わらないし、角だってアンナたち獣人のものと似ているから、気付かれることはないと思う。それに、メイのときのことを考えると、また無駄な混乱を生みたくない
本音だった。
いくら理解を得られるとしても、キジダルのように保守的な人間は必ず竜人との共生に反対してくるだろう。
そうなると良くない噂が流れる危険性があり、ニアも嫌な思いをすることになる。
シュウゴはどうしてもそれを避けたかった。
はぁ。そういうもんかねぇ――ほいっ、目視点検完了。結構激しい戦いだったって言ってたけど、意外にダメージは深くないな。さすがはナーガの鱗と蓄電石だ。とはいえ、新しい鉱石を装甲の強化に使うなら、性質の解析をするために時間をもらうよ
ああ、それで構わない。よろしく頼む
シュウゴは期待に満ちた声で答えると、隼をスペアに交換しシモンの鍛冶屋を去る。
後日、シュウゴの渡した鉱石の性質が判明した。
数は全部で三種類。
雷を受けて光を発する黄土色の『エレキライト鉱石』、雷を受けて熱を発する橙色の『ジュール鉱石』、そして特に性質は持たないが、今まで発見された鉱石の中で最硬度を誇る茶色の『アース鉱石』だ。
シモンがなぜそんな性質を発見できたかというと、隼へ打ち直す前に稲妻の帯電に耐えられるか試験をしたおかげだ。
つまり戦闘時、隼には雷魔法を収束させるため、エレキトライト鉱石とジュール鉱石は強化に使えず、アース鉱石のみでの強化となった。
それからシモンは、新しい鉱石の性質詳細を情報屋に売り、情報屋は広場の掲示板に公開。それにより、鉱石を求めて商人たちが多くのクエストを発注し、竜の山脈への行き来は活発になる。
ある日の夜……もう深夜の時間帯。シュウゴは補強の完了した隼と共にシモンから返却された、『エレキライト鉱石』と『ジュール鉱石』を一かけらずつ持って広場のベンチに腰掛けていた。
悩みに眉を寄せながら、深いため息を吐いている。
う~~~ん……
なにかが思い浮かびそうなのに、あと少しというところで出てこない。
そんな歯がゆい状況で、寝ようにも寝れなかったのだ。
巷では雷魔法によって発熱、発光する石はほんの一瞬だけ人々の関心を集めた。
しかし、雷魔法で発熱したところで炎魔法がある。発光したところでフラッシュボムやランタンがある。すぐに大した有用性がないと判断され、二つともただの珍しい石というだけのものになってしまった。
もったいないよなぁ……
シュウゴはそう思い、なにかに使えないかと必死に思考を巡らせた。しかし、中々その糸口が掴めず、ぼんやりとした前世の記憶となにかが結びつきそうな予感はしたものの、最後のひらめきにまでは至っていなかった。
シュウゴは右手に黄土色のエレキライト鉱石、左手に橙色のジュール鉱石を持ち、キラキラと光るそれらをジッと眺め深いため息を吐いく。
――どうされたんですか? お兄様
突然声を掛けられ、シュウゴはビクッと肩を震わせる。
深く考え込むあまり、人の気配にも気付かなかった。
シュウゴが顔を上げると、目の前にいたのは心配そうに表情を曇らせているメイだった。普段着である紺のお嬢様衣装を着こみ、真っ暗な夜の広場でランタンを持って佇む様は、儚げで神秘的だ。
メイ? なにかあったの?
シュウゴは落ち着いて問いかけた。
深夜の広場には蛍光灯のようなものはなく、深夜営業をしている酒場もないため真っ暗だ。シュウゴはランタンをベンチに置いており、遠くからでも目立つ。
なにかあったのかとシュウゴは心配したが、メイは柔らかく微笑みゆっくり首を振った。
いいえ。ふと目覚めたら、お兄様がいらっしゃらなかったので心配になって。お兄様こそ、なにか悩み事があるのですか?
メイはそう言ってシュウゴの隣に座ると、彼の手元の鉱石を覗き込んだ。
シュウゴも視線を手元へ戻し、悩みについて語り出す。
そうだな。この二つの鉱石が特別な性質を持ってるから、なにかの役に立つと思うんだけど、それが全然思いつかなくて
なるほど、それは難儀しますね。でも、さすがはお兄様です。そうやって次から次へと新しいものを生み出していけるからこそ、今のカムラがあるんでしょうね
メイは「ふふふ」と楽しそうに微笑んだ。
どうしたんだよ急に。なんだか照れくさいじゃないか
シュウゴは頬を緩ませ照れくさそうに後頭部を掻く。
メイはシュウゴを真横から見つめハッキリと言った。
私にはお兄様のように素敵なアイデアを出すことはできませんが、お兄様の能力を信じています。だって、私が今ここにいるのは、お兄様が色々なモノを設計されて、それに助けられてきたからなんですよ?
そう、なのかな……
はいっ!
メイは満面の笑みで頷く。
シュウゴは、先ほどまでの強迫観念にも似た苦悩が和らぎ、自然とリラックスできた。
私に手伝えることがあれば、なんでも言ってくださいね
メイが期待満ちた瞳でシュウゴを見上げる。シュウゴの役に立ちたいという純粋な思いが伝わって来て、シュウゴもなんだか背中がむず痒い。
そうだなぁ~。メイはこの鉱石の性質についてどう思う?
シュウゴはそう言ってメイの目の前までエレキライト鉱石とジュール鉱石を持ち上げる。
う~ん、そうですねぇ……雷に反応するというのは面白い性質だと思いますけど、魔法を使えない私からすると、宝の持ち腐れになってしまいます。せめて、火のように魔法以外でも雷を発生させられればいいんですけど……
メイは申し訳なさそうな表情になった。しかし、シュウゴにとっては大きな収穫だ。もし魔法以外に雷……電気が扱えるのであれば、可能性は広がる。
発電装置ってことかぁ……
はつでん? それは一体なんですか?
電気を発生させる機械だよ。それがあれば、魔法がなくても電気を作れるんだけど
しかし発電といえば、水力、火力、風力など発電方法は豊富なものの、様々な準備が必要になる。
磁石やコイル、導電線、他にもエネルギーを変換するための機械類など様々。
とてもではないが、この時代に作れるものではない。
無理かぁ
シュウゴが腕を組み残念そうに唸っていると、メイが呟いた。
溜めるだけなら出来るんですけどねぇ
蓄電石のことを言っているのだろう。
シュウゴが目を見開く。脳裏に、ある図面がひらめいたのだ。
っ!! それだっ!!
興奮したようにそう叫び、シュウゴが突然立ち上がる。
きゃっ!
メイはびっくりしてベンチに着こうとした手が逸れ、横へ倒れそうになる。
シュウゴは手に持っていた鉱石を地面へ落とすと、倒れゆくメイの腕を反射的に掴み、胸元へ抱き寄せた。
おっ、お兄たまっ!?
あまりに急の出来事でメイは目をグルグルと回し、思いっきり噛んだ。元々雪のように白い顔が一気に赤くなる。
しかしシュウゴの意識は転がった鉱石へ向けられていた。
そうだ、発電機の代わりになるものがあるじゃないか……メイ、ありがとう! おかげで面白いものが出来そうだよ
シュウゴは鼻息荒く腕の中のメイに言うと、メイをベンチに座らせ落とした鉱石を拾い、家へ向かって速足で歩き出した。
キョトンとしていたメイはようやく落ち着きを取り戻すと、遠ざかるシュウゴの背へ叫ぶ。
んもうっ! お兄様ったらっ!
しかし、もうシュウゴの耳には入らない。