第七章 カムラ急襲
シュウゴの設計ではまず、蓄電石に雷魔法で電気を溜める。次に、それとエレキライト鉱石、ジュール鉱石を、導電性のあるアラクネの糸の二回線で直列に繋ぐ。つまり、『電気回路』を作ったのだ。
それにより、蓄電石からアラクネの糸のプラス側を通って鉱石へ電気を流し発熱、発光し、電気がマイナス側の糸から蓄電石に戻るという閉回路によって、溜めていた電気の分だけ使用可能な仕組みだ。
この設計図をシモンへ提案すると、彼は喜んで買い取った。
それから、カムラの町はさらに発展した。
山脈の上層では魔物が少なく、良質な資源が豊富に採れるため様々な商品の単価も安くなり、豊かになって心に余裕のできた人々は、新たな設備の開発に着手できるようになる。
まずは湯沸し機能の変革による銭湯の高効率運用と増設。
今までは住宅街の近くに一か所しかなかったが、倉庫街近辺と孤児院近辺に一か所ずつ増設した。
今までは炎魔法で湯を沸かしていたため、お湯の温度を上げるのに時間がかかる上に、すぐ冷えてしまっていた。しかし湯沸し機能を電気によるジュール鉱石の発熱に変えた今、蓄電石の充電時間を長くすることで長時間の温度保持が可能となったのだ。
これにより、水浴びだけで我慢していた人々も、頻繁に銭湯を利用するようになり健康面が大きく改善する。
次に、長時間点灯が可能な灯の全域設置。
これも今まではランタンに火を灯していたため、小規模での運用と点灯時間の短さから夜などは真っ暗な外を、小さな灯のみで出歩かなければならなかった。
しかし、これも炎によるランタンの点灯から電気によるエレキライト鉱石の発光に変わることで、長時間の使用が可能になる。
それにより、町全体にこれを設置することで夜でも安全に出歩くことができ、居酒屋の深夜営業の開始によって町はこれまで以上に賑わうことになった。
それぞれ商業区の鍛冶屋たちが考案したものであり、この画期的な発明にヴィンゴールも大喜びで報奨金を与えたという。
ちなみに、シモンが電気回路のことを他の鍛冶屋たちに広めたことがキッカケでアイデアが集まり始め、商業区の鍛冶屋たちで協力して開発を進めたようだ。
もちろんシュウゴの望み通り、シモンは電気回路の設計者については伏せている。
――だが、盛者必衰というように、カムラの繁栄はいつまでも続きはしなかった――
その日、シュウゴは広場の掲示板に見入っていた。メイは孤児院へ仕事に行き、ニアは昼寝、デュラは自宅待機をしている。
シュウゴが読んでいたのは、討伐隊による大陸開拓の報告書概要だ。
討伐隊は、呪われた渓谷を出て竜の山脈とは逆の西を探索したが大して有用そうな採取スポットは見つからず、汚染された都市の西側も探したが、特になにも見つけられなかったらしい。
むしろ、何者かに食い荒らされていたような状況だったようだ。
鵺の仕業に間違いない。シュウゴはそう思った。
汚染された都市の北には、密林を発見したそうだが、全体的に腐敗が酷く沼地の比でなかったそうだ。
また、獣のおぞましい咆哮が何度も連続で響き渡っていたという。
それで討伐隊は立ち入りを諦めた。
十分な情報を得られ、シュウゴが掲示板から目を離そうとすると、ある貼り紙に目が止まった。赤毛のハンターについて書かれていたのだ。
最近、討伐隊の最高責任者である総隊長が病気で死去したらしく、そこでヴィンゴールの側近のうちの一人を新たな総隊長へ就任させることが決定した。
本来であれば、総隊長の下にほぼ同列で大隊長、総務局長、参謀などの幹部がいるが、体制変更によって隊内を混乱させたくないというヴィンゴールの思惑もあり、元討伐大隊長であり経験豊富な側近を総隊長へあてがうことにしたという。
それについては誰も異論はないらしい。
ただ、問題はヴィンゴールの次の側近だ。
今いるもう一人の側近は、クラスBハンターから引き抜いた猛者であるため、今回もクラスBハンターから補充したいとヴィンゴールが言い出した。
それ自体についてはキジダルも反対はしていないが、人選が良くない。
ヴィンゴールはシュウゴを指名したのだ。
それでキジダルやプライドの高い討伐隊上層部は、シュウゴには前科があり危険であるとして慎重になっており、噂を聞いた他のクラスBハンターたちも公平でないとして猛反対している。
シュウゴは心底嫌そうに顔を歪め、ため息を吐く。
なぜシュウゴにだけその情報が回って来ていないのかは定かでないが、彼はもし正式に依頼されたとしても断ろうと思っていた。
シュウゴが今度こそ家へ戻ろうと歩き出すと、広場の南口で小さな人だかりができていた。少し気になったシュウゴは人だかりの最後尾に行き、聞き耳を立てる。
――嘘を吐くな!
本当なんだって! 実際に行って見てみろよ!
どうやら一人の男が浜辺の柵から海になにかがいるのを目撃したらしい。
彼は必死な表情で訴えるが、他の領民たちは全く信じようとしていない。
一人の細身の男を豪胆そうな大男たちが取り囲み、まるでいじめのようだ。
結局、他の領民たちは細身の男に案内され、仕方なく浜辺へ向かって歩き出した。
シュウゴは眉をひそめる。なんだか胸騒ぎがしていた。
――ほら、なにもいないじゃねぇか!
一人の男が苛立たしげに細身の男を睨みつける。
シュウゴも浜辺の柵の前まで来てみたが、海はいつもと変わらず濁った群青色で波一つ立てていなかった。
さ、さっきは本当になにかいたんだよ! 信じてくれよ!
男は必死に訴えるが、もう誰も彼の言葉を信じない。
さっきまでは好奇の視線を向けていた数十人の人たちも興味を失って帰って行く。
大陸側での話であれば、正門の見張り台には人が交代で常駐しているため男の話の虚偽はすぐに分かる。だが、海の灯台には誰も人がおらずさび付いているため、真実を確かめられないのだ。
いたたまれない気持ちになりながらも、自分も帰ろうとシュウゴが踵を返した、そのとき――
――お、おいっ! あれ見ろよ!
急に別の場所から声が上がった。
辺りが急にざわめき出す。
シュウゴが背後を振り向き海を見ると、カムラから数十メートル離れたところで海が数メートルほど盛り上がっていた。そして生物のものらしき灰色でゴツゴツとした肌が僅かに浮上する。
な、なんだあれ……
魔物の頭じゃないのか?
バ、バカ言うな! あんなデカい魔物がいてたまるかよ
おっ、おい! こっち来るぞ!
謎の生物は、まるで人間の騒ぎに反応するかのように、こちらへまっすぐに向かってきた。ザザーッと静かに波を掻き分けクルーザーのように直進してくる。
人々は恐怖に顔を引きつらせながら、慌てて逃げ出す。
シュウゴは絶句し後ずさるしかできなかった。
そして、謎の生物が浜辺の前まで接近し、頭を海中へひっこめた直後――
――ドゴォォォォォォォォォォン
地震が起きた。波が立ち桟橋や浜辺を飲み込む。幸い、柵の内側までは到達しなかったため、シュウゴたちは助かった。
しかし、巨大な触手が海から次から次へと出現。
ザラザラした灰色の肌でとてつもなく太く、先端は鋭利な棘が無数に生えた鉄球のような形をしていた。
それは五本、十本……十五本と次々海から現れ数を増やしていく。
そして、そのうちの数本が暴れ出し、灯台を、浜辺を、桟橋を力任せに叩き潰していく。
――う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
その瞬間、カムラはパニックに陥った。