第七章 カムラ急襲
その日、シュウゴは討伐大隊長グレンへ竜の山脈の報告に来ていた。
今回は一対一で応接室のソファに座っている。
――それは大変だったな
グレンは真剣な表情でシュウゴの報告に耳を傾けていた。
短い金髪に厳つい顔だから無駄に迫力がある。今回はいつも背に納めているツヴァイハンダーを部屋の外に置いており、信頼を得られているのだと実感する。
クラスA相当のアークグリプスに近づくのは確かに危険だ。誤って初心者が遭遇しないよう、開放ランクはCからにしておくか……
シュウゴは頷く。
山頂へ続く山道の前には、クラスAモンスターのアークグリプスが待ち構えており、山頂への道を阻んでいるとシュウゴは説明した。
また、山頂からは猛々しい龍の咆哮が響き渡り、非常に危険だとも言っておいた。カムラの人間が山頂へ近づかないための嘘だ。
ちなみに、デビルテングのランクはどれほどのものだ?
分かった
そう言ってグレンは律儀にメモをとる。
自分の報告は以上だとシュウゴが告げると、グレンは「ほぅ」と感心したように頬を緩めた。
貴重な情報だ。助かるよ。実は、君の少し後にも山脈に登ったハンターがいたんだが、急に凶霧が濃くなったり、気温が上がったりして引き返したらしくてね
魔神が現れたときのことだろう。あれは黒い冷気を発し、ドラゴンソウルはそれを消し去るだけの熱量を放った。
なにか心当たりはあるか?
それも当然か。ともかく協力に感謝する。ハナメくんにもよろしく伝えておいてくれ。それと大隊長代理の席もまだ空いていると、それとなく伝えておいてくれると助かる
ハナメの実力と人格を見込んだ討伐隊のオファーだろう。
だがシュウゴは、大隊長代理の話は忘れていたことにしようと思った。ハナメが好みそうにない話だからだ。
それじゃあ、これからも協力を頼むよ
グレンはそう言って立ち上がると、手を差し出した。シュウゴも立ち上がりその手を握る。
シュウゴは応接室を出ると、討伐隊員たちの好奇の視線を浴びなら駐屯所を去った。
――お? シュウくんだ~おかえりなさ~い
家に戻ると、布団に寝転がっていたニアが顔を上げ間延びした声を上げた。
ニアをカムラへ連れ帰ってからというもの、この狭い家に四人で住んでいる。
デュラは壁際に片膝立ちしているからまだいいが、寝るときはシュウゴが美少女二人からサンドイッチにされるという、なんともけしからん状況になっていた。
シュウゴはニアを連れ帰った日のことを思い起こす……
…………………………
――お兄様……一体どういうことでしょうか? 出先で妹を作って来るなんて
シュウゴはカムラに帰還してすぐにハナメと別れ、紹介所へ寄る前にニアを匿おうと家に戻った。
メイは帰って来たシュウゴの元に駆け寄ろうとしていたが、ニアの姿を捉えると表情を凍らせ、シュウゴの前に仁王立ち。デュラも立ち上がってすぐに固まる。
メイは笑みを作ってはいるが、声は氷点下だ。
シュウゴは異様な緊張感に内心ビクビクしながら口を開く。
言い訳は聞きたくありません。だから心配だったのに……
メイは「はぁ~」と深いため息を吐いた。
シュウゴはあくまで自分の無実を主張しようとする。
メイが「むぅ~」と黙ってジト目をシュウゴへ向けていると、ニアがシュウゴの横に並んだ。
シュウく~ん、この娘もお嫁さん~?
シュウゴはぎょっとした。この娘はなんてことを言い出すんだと。それに、
シュウゴは冷や汗を掻きながらニアにアイコンタクトを送る。するとニアは花が咲くようにぱぁっと微笑んだ。
シュウゴはガクッと肩を落とす。
おっ、おおお嫁さん!? な、なんて破廉恥な!
メイは顔を真っ赤にしながら頬を引きつらせた。ショックで後ずさっている。
シュウゴは思わず突っ込んだ。メイのピンク耐性はゼロどころかマイナスか。
それに比べデュラはニアの前に膝を立て、その手の甲に口(兜の口の部分)をつけている。いつの間にかニアに忠誠を誓っていた。
お~くるしゅ~ないぞ~
ニアは楽しそうだ。
デュ、ラ、さ、ん~~~
メイの怒りの声が聞こえた途端、デュラはビクッと肩を震わせ、慌てて定位置の壁際に戻り、そっぽを向いた。
デュラさん、信じていたのに……
シュウゴが苦笑しながらメイに落ち着くよう言うと、彼女は頬を膨らませはしたが一旦気を落ち着かせる。
シュウゴは相好を崩しホッと息を吐いた。
龍王の娘と聞いて、メイは驚いたように目を見開いた。当然の反応か。
ニアはアンデットと聞いても特に動じず、ニコニコしながら先ほどの質問を繰り返す。
よろしく~。シュウくんのお嫁さんじゃないん~?
こちらこそよろしくお願いします。私は妹です
メイはキッパリと言った。
じゃぁいいや~
ニアは興味を失ったようにメイから視線を外して室内を見回す。
そして最後にシュウゴを至近距離で見つめると、
シュウくん、カッコいい~
ニアは満面の笑みを浮かべシュウゴの腕に頬ずりしてきた。
シュウゴはびっくりして素っ頓狂な声を出す。
ぐぬぬぬぬぬ
メイが忌々しげに眉をしかめ、唸っていた。
そしてメイは、シュウゴの腕に押し当てられているニアの豊満な胸を見て、頬を膨らませながらそっぽを向く。
お兄様は、慎ましやかなのがお好きなんです
え~? 父上言ってたよ~? 男は皆、大きなおっぱいが好きだって
ニアはそう言って両脇から胸を押して強調し、勝ち誇ったような薄笑いを浮かべる。
シュウゴは内心で突っ込んでいた。それにしても、いたいけな少女にそんなことを教えるなんて、あの竜とんだエロ親父だ。
ぐぬぅぅぅ~
むふぅぅぅ~
らちが明かないと思ったシュウゴは、こっそり二人から離れ、デュラに手伝ってもらいながら戦利品の整理や装備の収納を始めた。
ふんっ!
やがてメイはぷんすかしながらそっぽを向いた。
――メイはそれからしばらく機嫌が悪かった。
別になにもないです
そう言って口を尖らせる。拗ねているのが丸分かりだ。
当のニアは、能天気に目を輝かせながら、家のアイテムボックスをガサゴソと漁っている。魚を漁る猫じゃあるまいし……
メイは、ニアが動くたびに揺れる胸に恨みがましい視線を送っている。相当根に持っているようだ。
ハナメさんもお胸が大きいですもんね!
メイは急にそんなことを言って口を尖らせた。
シュウゴは小さく嘆息すると、メイの両肩を掴み自分の方へ向かせた。
真剣な表情でそんなことを言った。
メイはみるみる頬を紅潮させる。
も、もぅお兄様ってば……
メイは満更でもなさそうに「にへら~」と表情を緩ませ、頬に手を当てている。
そんな二人の元へニアが歩いてきた。
む?
メイは警戒心をあらわにする。
しかしニアは、ニコニコと笑ってメイを見つめていた。
柊くんより~私の方が年上だから、私がお姉さん~。だから、メイも私の妹~
ニアはそう言ってメイの頭を撫でた。
そ、そんなので、私は手なずけられたりなんて……
いつの間にかメイは気持ちよさそうに目を細めていた。
無邪気なニアに、メイもすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
むふふ~。グリプスもこうやると気持ちいいって言ってたの~
さすがは野生児。見た目以上にたくましい。