第六章 竜種絶滅秘話
父上~いずこ~?
突然、ドラゴンソウルの後方から少女の眠たげな声が聞こえてきた。
その声の主は、ひょっこりと玉座の後ろから顔を出す。
おおっ、ニアか。丁度客人が来ているのだ。紹介しよう
ドラゴンソウルの声は、今までの威厳を吹き飛ばすかのように優しく弾んだ声だった。まるで子煩悩な親のように。
おっ?
ニアと呼ばれた女の子は玉座の横に立った。
メイと同じか少し年上ぐらいの若干野性味のある美少女だ。
薄い褐色の肌で色素の薄い青髪に、おっとりした目元とまだ幼さが残る愛嬌ある顔立ち。身に纏っているのはボロボロになったデビルテングの装束。
彼女は瞳を輝かせて八重歯を覗かせ、シュウゴに見入っていた。
シュウゴ、ハナメ、紹介しよう。この娘の名は『ドラニア』、竜人だが私の娘だ
シュウゴが驚きの声を上げた。
驚くのも無理はない。本来は蛇竜だったが、凶霧の影響でこの姿になったのだ。理性を完全に失う前に凶霧を払えたおかげで助かった。ニア、そちらの客人はシュウゴとハナメだ。ニアっ?
ニアは父の話を聞かず走り出していた。美少女がとてとてとシュウゴに駆け寄って来る。
おぉぉぉ……男の人~? カッコよい~
彼女は興味深々といった様子で遠慮なくシュウゴに触ってくる。
声がとても柔らかく、間延びしていてなんだか和んだ。
なにぃぃぃっ!?
ドラゴンソウルが衝撃を受けたように吠えた。
私のことはニアって呼んで~? よろしくねシュウくん~
ニアは至近距離でシュウゴを見上げ、柔らかく微笑む。
うふふっ
シュウゴは彼女の愛らしい仕草にグラッときたが、なんとか顔に出さないよう踏み止まる。
普段メイと一緒に生活しているおかげで美少女耐性がついていたようだ。
ドラゴンソウルは無言だったが、強く睨みつけられているような雰囲気はヒシヒシと伝わって来た。
ニアは次に、ハナメの目の前に立つ。
警戒しているハナメの顔を色んな角度から見回しながら、ニコッと笑みを浮かべた。
女の人~? 可愛いねぇ~
え? あ、ありがとう
ハナメは顔を少し赤らめながら、どもるように礼を言う。嬉しかったのか髪の毛先をいじっている。
仲良くしてね~
ニアが手を差し出すと、ハナメはためらいがちに握った。
なんとも和む光景だ。
ニアはその後、アークグリプスの元に走って行き、彼の首元の毛皮に顔をうずめていた。
もふもふ~
クゥゥゥン
アークグリプスも嬉しそうに目を細めている。
ドラゴンソウルは一度大きく咳払いすると、感情を抑えるようにゆっくりニアのことを語った。
ニアは竜人になってからずっとここにおる。だから我とアークグリプスしか話相手がおらず、人との交流がないのだ。是非ともニアと仲良くしてやってくれ
それは父親としての頼みだった。
シュウゴとハナメは悩むことなく頷く。
異論はありません
恩に着る。そなたらのことは友と呼ばせてくれ
そのとき、シュウゴに衝撃が走った。
龍王に友と呼ばれ、言いようのない喜びを覚えたのだ。
嬉しさのあまり、今すぐシモンにでも自慢したい気分だ。
固まっていたシュウゴの代わりにハナメが応えた。
こちらこそ、光栄です
シュウゴも慌てて首を縦に振る。
それからシュウゴは、山脈への出入りについて交渉した。
資源が豊富なこの山に人間たちが出入りし、素材を採取することを許してくれないかと。
ドラゴンソウルは悩んだ後、この山頂へ続く山道の下までは許してくれた。もし山頂へ行こうとした者がいれば、アークグリプスが攻撃するという条件で。
シュウゴとその仲間だけは山頂に登ることを許すとも約束してくれた。
――そんなところでどうだ? 足りぬか?
それだけの領域を行動できれば、資源の回収は十分だ。カムラが豊かになるに違いない。
これであらかたの交渉は済んだ。
シュウゴはそろそろカムラへ戻ろうかと思い、ハナへ振り向いた。
……シュウゴくん
ハナメは神妙な表情で気を張っていた。
そのとき、シュウゴもようやく違和感に気付く。近くに不気味な気配と冷気を感じたのだ。
さっきまではなかったもので、突然のことにハナメも困惑している。
――友よ
ドラゴンソウルが低い声でアークグリプスに語り掛けると、彼は翼を広げ飛んだ。
山道にそって降下していく。
あれ~? どしたの~?
今にも眠りそうだったニアは、目をこすりながら問う。
しかしドラゴンソウルは優しく言った。
なんでもないぞ
そぉなん~?
ニアは眠いのだろう。再び地面に蹲る。
ドラゴンソウルはニアに極力聞こえないようシュウゴに問う。
シュウゴ、気配を感じたか?
ただ者ではないが、もしここまで来ようと言うのであれば容赦はできない。そなたらの仲間ではあるまいな?
おそらく違います。ですが、俺たちも確認に行ってきます
頼む
シュウゴとハナメは顔を見合わせて頷くと、山道を下っていった。
二人の姿が見えなくなった後、ドラゴンソウルはニアに語り掛けた。
ニア、そなたは大人しく昼寝でもしておれ……ニア?
しかしニアの反応は返ってこない。
寝ているのかと思われたが、先ほどまでニアがいた場所にその姿はなかった。
まさかっ!?
ドラゴンソウルは嫌な予感がしていた。好奇心旺盛なニアが行くところなど一つしかない。
ニア……そなたは必ず守ってやる。この命に代えてもな
ドラゴンソウルは一人悲しげに呟いた。
シュウゴたちが山道を降りると、広場のような円形の岩地で戦いが始まっていた。
アークグリプスが対峙していたのは、呪われた渓谷で襲ってきた異形の者だった。
相変わらず漆黒のローブで全身を覆い隠し、足を引きずるようにのっそりと歩いている。
ハナメが対峙するのは初めてだ。
知ってるの?
敵の視線の先は山道。いや、シュウゴか。アークグリプスの攻撃にさらされようとも、シュウゴへ向かってひたすら歩き続ける。
――クヲォォォォォッ!
アークグリプスが剣の羽根や風の円盤を次々放つ。
しかし異形の者は空間に歪みを発生させ無効化。
アークグリプスは驚いたように目を見張るが、前足の爪に圧縮された風を纏い突貫する。
敵の頭上から振り下ろそうとするが、周囲の空間が裂け、内側から先が槍のように尖った鋼鉄の触手が次々飛び出した。
アークグリプスは攻撃を中断し、自分へ襲い掛かる触手を爪で払い、避けながら敵の後方へと飛翔。
攻撃を終えた触手たちは異形の者の周囲に引っ込み、ゆらゆらと次元の狭間から先端を覗かせながら待機する。
ここまでアークグリプスと激闘を繰り広げていた敵は、一度もシュウゴから視線を逸らさなかった。
シュウゴは戦慄する。
でも、なんで?
ハナメが困惑して問うが、シュウゴには答えられない。
だがなんとなく、敵の狙いがシュウゴであることは渓谷のときから感じていた。
恐怖のあまりそう思いたくなかっただけだ。
敵は背後のアークグリプスなど目もくれず、のっそりと山道に立っているシュウゴへ近づいて来る。
だがそれを許すアークグリプスではない。
グヲォォォォォッ!
彼は異形の者の頭上で滞空すると、強く羽ばたき荒々しい竜巻を呼び起こす。
シュウゴとの一騎打ちで最後に作り出した竜巻のドームだ。
樹木や鉱石などを巻き上げながら、暴風は二体を包み覆う。瞬く間に竜巻のドームが完成した。あれの中では異形の者でも防ぎきれまい。
だが次の瞬間――
――グワァァァァァン
アークグリプスの叫び声が響いた後、竜巻のドームの外に空間の亀裂が生じた。
そして亀裂の隙間から大きな青白い手が二つ出てきたかと思えば、空間を強引にこじ開ける。
中から異形の者が這い出してきた。
シュウゴの背筋が凍る。ハナメも恐怖に顔を歪め、後ずさっている。
一体どんな手品なのか、敵は異次元を移動して竜巻の中から脱出したのだ。
ローブがボロボロになっていることが、先ほどまで竜巻の中にいたなによりの証拠。
そして激しく回転していた竜巻は方向性を失い、徐々に発散していく。
視界が晴れ、中の様子が見えたとき、アークグリプスが血まみれになって真っ逆さまに落下していた。
一体なんなのあれは……
シュウゴの足がすくむ。あんな能力聞いたこともない。
今までに出会った魔物たちとは明らかに一線を画していた。
敵は突然、攻撃を受けてもいないのにのけぞった。今の力の反動のようだ。
その場で立ちくらみを覚えたようにフラフラとぐらつくと、再びシュウゴへ顔を向け歩き出した。
シュウゴはブリッツバスターとショックオブチャージャーに稲妻を充填し始めた。
ハナメも般若面を顔に下ろし、背のアギトに稲妻を送る。
そのとき、新たな乱入者が現れた。
グリプス~?
シュウゴたちの背後で気だるげな声を上げたのは、ニアだった。
シュウゴの背筋に悪寒が走る。嫌な予感がしていた。
シュウゴが必死に叫ぶがニアは言うことを聞かず、アークグリプスの元へ行こうと駆け出した。
ニアちゃん、危ない!
ハナメも叫ぶ。
ニアは敵の横を大きく迂回しようとしているが、それでも極めて危険だ。
思いのほか竜人の脚力は強く、想像を超えるスピードでシュウゴたちの側面を通り過ぎて行った。
近かったシュウゴが止めるために走り出そうとするが、最悪のタイミングで敵が無数の触手を放つ。
それらはシュウゴとハナメ、そしてニアにそれぞれ狙いを付けて襲い掛かった。
え?
自分に攻撃が迫っていることに気付いたニアは立ち止まる。
シュウゴはバーニアを噴射し、全速力でニアに追いつく。
オールレンジファングを放ち間一髪のところでニアの腕を掴むと、自分の元へ抱き寄せ一回転し触手からかばう。
――ザクっ!
シュウゴくんっ!
先行していた複数の触手がシュウゴの背をかすめた。
シュウゴは怯まずバーニアを対地噴射し、飛び上がる。
直後、シュウゴたちの元いた場所に無数の触手が殺到する。
ぎゅっと目を瞑っていたニアは、シュウゴの腕の中でゆっくり目を開けた。
揺れる瞳でシュウゴを見上げる。
シュ~くん? どうして?
そしてニアはすぐに気が付いた。シュウゴの口の端から血が垂れていることに。
まさか、私をかばって……ごめん、なさぃ……
ニアは顔を歪ませ申し訳なさそうに目を伏せる。
これでは可愛らしい顔が台無しだ。
シュウゴは極力痛みを顔に出さないよう、微笑んだ。
っ!
ニアはなにも言わず目を見開いた。
その目の端からは一滴の涙がこぼれる。