第六章 竜種絶滅秘話
竜巻の内部では暴風が荒れ狂い、風圧によってシュウゴの全身が切り刻まれていた。
ここでは、重力が何倍にもなったかのように重くのしかかり動けない。
うずくまるシュウゴの前に、アークグリプスがゆっくりと舞い降りる。
すぐには攻撃しようとせず、苦しむシュウゴを見下ろしていた。
やがて、暴風と共に襲い掛かっていた風の乱撃が止んだ。
シュウゴの全身には小さな切り傷が数え切れないほどあるが、それでも立ち上がろうとする。
しかし、暴風で体を地面に押し付けられ思うように動けない。
アークグリプスは戦いの幕を下ろそうと、シュウゴの頭上で爪を高くかかげた。
――クア?
アークグリプスが目を見開き硬直する。
シュウゴがゆっくり立ち上がったのだ。激しい暴風をものともせず。
その理由は、彼の全身にみなぎる稲妻にあった。
彼は戦いながらして、ショックオブチャージャーに蓄電していたのだ。魔力消費が早いのも無理はない。
今は全身から解き放った稲妻で、押し寄せる暴風を一時的に押し返している。
シュウゴは瞳に闘志の炎を燃やし、ブリッツバスターを両手で握って中段に構えると、アークグリプスを睨みつけた。
すると、アークグリプスも見事だというように小さく頷く。
シュウゴは場違いにも思わず笑みをこぼした。
相手がまるでデュラみたいだと思ったのだ。
アークグリプスはシュウゴに襲い掛かっていた風を全て、かかげていた爪へ集める。
全身が軽くなったシュウゴは、開放状態の稲妻をブリッツバスターに集める。
今、お互いの渾身の一撃が激戦に幕を下ろそうとしていた。
最後の力が激突する、その刹那――
――やめよっ!
咆哮のような威厳ある低い叫びがどこからか轟き、アークグリプスの張った竜巻の防壁を引き裂いた。
それを聞いた途端、アークグリプスは飛び退き、発生させていた全ての風を消し去った。
急に視界が晴れ、嵐の後の静寂が場を支配する。
シュウゴくん!
シュウゴが混乱していると、外にいたハナメが駆け寄って来る。
ハナメっ! 無事か?
うん! それよりシュウゴくん、酷い傷……
ハナメは仮面を外し、痛ましいものを見るように眉尻を下げた。
しかし、それはお互いさまだ。彼女だってたくさんの傷を作っている。
二人はアークグリプスが臨戦態勢を解いているのを確認すると、アイテムポーチからポーションを取り出し飲み干した。
――友よ、客人を我の元まで案内せよ――
再び声が轟いた。
山脈に響き渡り、体の芯まで貫くような力強い声。
どうやら、山頂の方角から発されているようだ。
カアァッ!
アークグリプスはシュウゴたちへ短く叫ぶと、踵を返し山頂へ続く参道へ飛んだ。
すぐに止まって滞空すると、シュウゴたちへ横顔を向け、着いて来るように目で語りかけてくる。
ハナメは警戒するように眉を寄せた。
シュウゴくん……
とりあえず、行ってみよう
うん、分かった
シュウゴたちは戦いの疲労も癒せぬままアークグリプスに続いた。
二人はすぐに山頂へ辿り着く。
山頂から見る景色は壮観だった。
周囲に視界を阻むものはなく、蒼く広い空がどこまでも続いていた。
崖から下を見下ろすと、様々な色や形状の凶霧が渦巻いており、景色としては面白いとさえ思えてしまう。
シュウゴとハナメはあまりの優美さに圧倒されながらも、着地したアークグリプスに続き奥へと歩いていく。
やがてアークグリプスが立ち止まり横へ移動すると、現れたのは不思議な色をした小さな炎だった。
高さ一メートルほどの岩の台の上で少し浮き上がり、漆黒の炎と蒼い炎が入り混じった火の玉がメラメラと燃えている。
その対角線上には、二メートルほどに隆起した岩が四つ、尖った先端を上へ向け立っている。
まるで玉座を守っている壁のようだ。
アークグリプスがその横でお座りのような姿勢をとった。
シュウゴが困惑していると、炎が揺らめき声を発す。
客人よ、先ほどは我が友が失礼した。彼もここを守るのが使命ゆえ、どうか許してやってほしい
声量は抑えているが、先ほど山道の下まで響いてきた声に間違いない。
シュウゴとハナメが目を見開く。
ひ、火がしゃべった!?
驚かせてすまない。自己紹介をしていなかったな。我が名は龍王『応龍』、今はわけあって体を失っているから『ドラゴンソウル』とでも呼んでくれ
シュウゴの声が上ずる。
ドラゴンソウルの迫力に畏怖を抱いてはいたが、姿は違えど憧れの龍王に出会えたことに心の底から歓喜した。
ドラゴンソウルは声の調子を変えることなく厳かに言った。
ああ、かつてこの大陸で龍の王を務めていた。そういうそなたらは何者だ?
シュウゴは恐縮したように顔を強張らせ、自己紹介と港町カムラ、地上の現状について説明を始めた。
ハナメはシュウゴの横で警戒を続けながら黙って聞いている。
――そうか、人間や弱き種族の生き残りがまだ……
地上の状況を聞いたドラゴンソウルは興味深そうに呟いていた。
はい。俺たちは未だに絶滅の危機から脱していません
ふむ、そうよな。凶霧とは恐ろしいものだ
ドラゴンソウルはしみじみと言った。
まるで凶霧のことをよく分かっているかのように。
そこでシュウゴは気になっていたことを尋ねる。
そういえば、この山脈はなぜ凶霧に侵されなかったのでしょうか?
……いや、一度は侵された。ふむ……そなたらは凶霧の秘密を暴こうとしているのだったな?
はい
シュウゴは真剣な表情で答える。
ドラゴンソウルはしばらく沈黙した後、なにかに感じ入ったかのように穏やかな声を発した。
そなたの眼差しには強い意志が宿っているな。そなたの熱意に免じて話すとしよう。我が竜種に訪れた悲劇について
お願いします
――かつての我々は、空を支配していた最強の種族であった。だが同時に、強者としての誇りを忘れず、他種族との争いを避けるようにしていた優しき種族でもあった。それで平和を保っていたのだ。だがある時、おぞましい『なにか』が堰をきったかのように空から降り注いできた。それも大陸の中心に。それから突然凶霧が蔓延し、あらゆる生き物を飲み込んでいった
初耳だった。
凶霧があらゆる生き物を飲み込んでいったという話は有名だが、その前に空からなにかが降って来たという話は聞いたことがない。
ハナメも目を見開いて固まり、心底驚いているようだ。
おそらく山から俯瞰していた竜種だからこそ、知りえたことなのだろう。
我々も例外ではなく、凶霧はこの山まで上がって来た。凶霧に飲まれれば、誇り高き同族たちですらも、ある者は凶暴化して仲間を襲い、またある者は病に侵されて息絶え、飲まれて消滅してしまったものまでいる。それでも我々は最後まで戦い抜いた。その結果、山の凶霧はあらかた払えたものの竜種はほぼ絶滅。我も体を凶霧に侵食され滅びるしかなかったが、古来より龍王にのみ伝わる不滅の儀式によって、魂だけは留まることができたのだ
そんなことが……
竜種は壮絶な歴史を辿っていた。
シュウゴはドラゴンソウルの無念を感じ取り胸を痛めた。
王として戦い、仲間たちの死を見てきた彼に、かけられる言葉が見つからなかった。
同情しているのか? そなたは優しいな
ドラゴンソウルは穏やかな声色で言った。
い、いえ、俺はそんな……
隠さんでいい。赤の他人の事情など普通はどうでもいいはずだ。優しさという強さがなければな
シュウゴは急に照れくさくなり目を泳がせた。
ドラゴンソウルはクククククと笑う。
そういえば、なにやら聞きたいことがありそうな表情をしていたが?
いいだろう。我はその光景を『空の涙』と呼んでいる
ドラゴンソウルは、空の涙について詳細に話してくれた。
当時、空は曇っていたそうだが、なんの前触れもなく、どす黒い液体が溢れる涙のように流れ落ちてきたという。
それが落ちた場所が当時の大商業都市、今では汚染された都市だ。
その液体は勢いを増し、大陸全土を覆うのではないかと思われたが、すぐに気化した。
空からの落涙は数時間で止まったが、大陸を覆うには十分な瘴気を発生させていたという。
やはり、都市の中心にいるダンタリオンが全ての始まり……
都市に立つ悪魔のことか。我にはよく分からん。なんせ、空の涙が落ちてきたときには、悪魔の姿などなかった。そのダンタリオンとやらが他の魔物と同様、凶霧によって発生したものだとしか思えぬ
それは……
シュウゴは反論できなかった。ドラゴンソウルの言う通りだ。
ダンタリオンが意思を持っているようには到底思えない。
むしろ自然にできたモニュメントといった雰囲気だ。
まぁそう悩むことはない。この大陸を歩き続ければ、おのずと真実は見えてくるはずだ。必要であれば力を貸そう
ほ、本当ですかっ!?
久方ぶりに楽しませてもらったからな。その礼だ
ドラゴンソウルは朗らかに笑う。
ただ、力を貸そうにも残念ながら戦力にはなれんが
それは仕方のないことです。竜種がもう、あなたとアークグリプスしかいないのでは……
うん? ああ、生き残った竜種はもう一人おるぞ
そのときシュウゴの頭に今の言葉が引っ掛かった。
ドラゴンソウルは「もう一人」と言ったのだ。「もう一体」ではなくて。
すぐにその理由を知ることになる。