第六章 竜種絶滅秘話
頂上へ近づくにつれ、凶霧は消え失せ魔物もいなくなった。
頂上を覆うのは澄んだ雲。
清々しい気分になるが、登るにつれ息苦しくもなってくる。
シュウゴが弱音を吐いていると、前を歩いていたハナメが心配するように振り返った。
シュウゴくん大丈夫? おぶるぐらいならできるよ
シュウゴはやせ我慢をした。やせ我慢せざるを得なかった。
さすがに同年代の女性におぶってもらうなど、情けなくて出来なかった。
そう? でも無理はしないでね?
シュウゴは無理やり笑みを作り根性で足を動かした。
ひたすら登り、彼らはとうとう山頂へ続くであろう山道まで辿りついた。
それは傾斜の急な一本道。
まるで境内の階段のように、長方形の岩が奥へと段々に積み重なっている。
その入口はそびえ立つ背の高い尖った岩に挟まれており、手前は広い平地だった。
シュウゴは疲労でぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していたが、ようやくここまで来たと頬を緩ませる。
ハナメも表情を引き締め、奥をじっくりと眺めた。
あと少しってところかな?
シュウゴは今のうちに息を整え、ハナメは装備の確認などを済ませてから山道へ向かった。
シュウゴたちが岩で挟まれた門をくぐる直前――
――クアァァァァァッ!
猛々しい獣の叫び声が響く。
シュウゴたちが身構えていると、突然風の流れが変わった。
声の主は、山頂の方角からまっすぐに羽ばたき、荒々しい突風を吹かせながらシュウゴたちの背後へ降り立つ。
ハナメは反射的に般若面を顔へ下ろす。
な、なんなの? この魔獣の恐ろしい覇気は……
玉座の守護者アークグリプス。
上半身は鷲で顔から首までは白く上質な毛皮で覆われ、背には灰色な鋼鉄の翼、下半身は獅子で全身赤褐色をしている。
二人でクラスAを相手取るとなると、いささか分が悪い。
アークグリプスは、鋭い瞳を侵入者のシュウゴとハナメへ向けていた。
そして、憤怒で顔にしわを寄せ吠えると、地を蹴りシュウゴたちへ猛然と突進。
その鋼鉄の右翼を剣のように横から薙ぎ払ってきた。
シュウゴはブーツの底から噴射し飛び上がって回避。
ハナメは前方へスライディングし、アークグリプスの足の間をすり抜ける。
滑りながらアギトを地面に刺し、それを支点にしてくるりと旋回する。
シュウゴはアークグリプスの頭上へ飛び上がった際、オールレンジファングを放ちアークグリプスの背を掴んでいた。
アークグリプスの剣翼による風圧を全身で受けながらも、巻取り装置とバーニア背面噴射により、アークグリプスの背へ反撃の一撃を叩き込もうとする。
しかしアークグリプスもすぐさま半回転し、今度は左翼を薙いできた。
シュウゴは間一髪アイスシールドで防御するが、呆気なく吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
敵はまだ、追撃の手を緩めない。
――バサァァァッ!
アークグリプスは両翼を大きく広げると前足を高く振り上げ、翼と共に振り下ろした。
翼を前方へと羽ばたいた瞬間、無数の羽根が射出されまっすぐにシュウゴへ向かう。
シュウゴは目を見開いた。
その羽根はもはや剣。
切っ先は刃のように鋭く輝いており、十分な殺傷力を秘めている。
シュウゴが急いで膝を立てたときには、眼前に無数の刃が迫っていた。
シュウゴくん!
アギトを背に納めたハナメがシュウゴの眼前に颯爽と立ち塞がり、二刀の小太刀を抜く。
はあぁぁぁぁぁっ!
直後、数え切れないほどの金属音が甲高く鳴り響く。
ハナメが直撃のコースをとっている刃だけを選びとり、小太刀で弾いていたのだ。
シュウゴは唖然と呟くしかできなかった。
華麗に舞うハナメ。しかし全てを受け切れるわけではない。
刃の嵐が止んだときには、ハナメもその柔肌に多くの切り傷を作っていた。
大丈夫だよ。全てかすり傷。そっちはまだ動ける?
なら次、来るよ!
アークグリプスは翼を小刻みに羽ばたかせ、風を集めていた。
そしてシュウゴたちの方へ大きく振るうと、圧縮された風の円盤が四つ、鋭い風切音を響かせながら放たれる。
見ただけでとてつもない切れ味だと分かる。
ジグザグとゆっくりな軌道をとってはいるが、明らかにシュウゴたちへ軌道を修正していた。
ハナメとシュウゴは左右別方向に駆け出す。
風の円盤は二手に分かれて追尾するものだと思われた。
しかし、四つ全てがハナメへ飛来する。
シュウゴは足を止め叫ぶ。
しかしハナメは焦ることなく告げた。
チャンスだよ。私はいいからシュウゴくんはアークグリプスを!
ハナメは後ろへと向き直り、円盤に追走されながら全力で駆け出した。
風の円盤は、ハナメのスピードに比例して速くなっていく。
一つは地面すれすれで並走。一つは高い高度から狙いをつけて飛来。
二つは左右から、でたらめな軌道をとり周囲の岩壁などを切り刻み進む。
四つ全てが別々の軌道を辿っていた。
その追尾性能は高く、簡単に振り払えるものではない。
だからハナメはあえてスピードを落とし、円盤をギリギリまで引きつける。
そして少し大きめの岩へ真正面から突進すると、
はっ!
大きく跳んで岩を片足で蹴り、後ろへ宙返り。迫ってきていた円盤をすれすれで回避し、その後ろへ着地する。
獲物を見失い急な方向修正ができない円盤たちは、まるで肉を裂くようにたやすく岩を切断し、あらぬ方向へ飛び去って行く。
ふぅ……
ようやく一息ついたハナメは額の汗をぬぐい、シュウゴの方へ目を向けた。
彼はアークグリプスと壮絶な空中戦を演じていた。
中距離では、シュウゴの電撃とアークグリプスの羽根射出で弾幕を張り、接近してはブリッツバスターと風を纏った爪が激突し、また距離をとる。それをひたすら繰り返していた。
しかしシュウゴのバーニア噴射量を見るに魔力消費が尋常ではないはずだ。
待っててシュウゴくん、今行くよ
ハナメはどうにか加勢せねばと、足を向けるが、背後からまるで金属を削るかのような甲高い風切音が迫ってきた。
んなっ!?
ハナメが振り向くと、振り切ったはずの風の円盤が四つ全て戻って来ていた。再びハナメへと軌道を修正してすぐそこまで迫ってきている。
今はそれどころじゃないのに
ハナメは忌々しげに奥歯を強く噛み、駆け出した。
一方、シュウゴは雷を充電しながらアークグリプスの背中を追っていた。
敵は大きく翼を広げ、悠々と低空飛行をしている。
その背中へ狙いをつけ、ブリッツバスターを振り上げる。
翠玉に輝く稲妻の斬撃だ。
その狙いは正確で敵の背へ直撃の軌道を辿るが、急上昇され軽々とかわされる。
轟音を響かせながら羽ばたき、そのまま宙返りの要領で反転したアークグリプスは、回転しながら無数の鋭い羽根を射出してくる。
シュウゴは敵への突進速度を緩めアイスシールドで防御。頭上からの刃の雨を受け止める。
敵はそのまま落下し、シュウゴ目掛けて風を纏った爪を振り下ろした。
――ガギイィンッ!
直撃を受けたアイスシールドは簡単にひび割れ、あまりの破壊力でシュウゴ自身も叩き落される。
――バシュゥゥゥゥゥッ!
バーニアを最大まで噴射し、地面への激突をすんでのところでとどまった。
アークグリプスはその場で再び羽根を射出し、シュウゴは地面すれすれを並走しながらジグザグに回避していく。
そして攻撃が止んだタイミングで方向転換。飛び上がり敵へとまっすぐに突進した。
アークグリプスは羽根の束を連続で放ってくるが、シュウゴは肘のバーニアを巧みに操り回転してかわしていく。
アークグリプスへ肉薄したシュウゴは、大剣で斬り上げた。
――キィィィィィンッ!
敵は翼で防御。
シュウゴは歯を食いしばりながら、それでもと押し返す。
力の均衡は一瞬。
敵はもう片翼で羽ばたいて背後へ飛び退くと、口に溜めていた風をシュウゴへ放った。
――キュオォォォォォォォォォォッ!
放たれたのは、激しい竜巻。
アークグリプスの口からレーザーのように極太のサイクロンがシュウゴへ迫る。
アイスシールドで受け切れる威力ではないと判断したシュウゴは、バーニアの瞬発噴射で横へ回避。
その圧倒的な威力のブレスは、後方の岩壁を軽々と砕き次々と落石を起している。
山を削り景観を一変させるほどの破壊力だ。
シュウゴの背筋が凍る。
しかしまだ終わりではない。
アークグリプスは顔を横へと動かし、射線をシュウゴへとゆっくり移動させてくる。
横から迫る猛威に、シュウゴは逃げるしかない。
どうにか高度を変えたりして飛び回るが、敵の狙いは逸れない。
もう少しでブレスが吐き終わるかに思われたが、空中戦で魔力を激しく消耗したシュウゴの魔力がとうとう枯渇する。
真横には既に、空を破壊する竜巻のブレス。
シュウゴは残る魔力でアイスシールドを展開し、横から薙ぎ払われた竜巻をガードする。
しかしいともたすく吹き飛ばされた。
勢いよく飛ばされ、空中で何回転もしながら地面へ真っ逆さま。
体を激しく地面に打ち付け、大きく跳ね上がり吐血する。
放射を終えたアークグリプスはうずくまるシュウゴの頭上に滞空すると、トドメとばかりに周囲で竜巻を巻き起こした。
一方、ハナメはシュウゴたちの戦いが激化しているのを耳で聞き取りながら、風の円盤から逃げ回っていた。
体の切り傷は刻一刻と増えていく。
はぁ……はぁ……はぁ……
ハナメの体力も限界に近付いていた。
しかし円盤の追撃は弱まることなくハナメをじわじわと追いつめていく。
今は背後に二つ、右斜め前方から一つ、真正面から一つというように、あらゆる方向からの突進を許してしまっていた。
はっ!
前方からの突進をスライディングでかわし、背後から追いついてきた円盤に対しては側転でなんとかかわす。
円盤たちはすぐに旋回し、大回りになりながらハナメへと帰って来る。
…………
ハナメはついに立ち止まった。
周囲四方向からほぼ同じ距離で円盤が迫る。
各々がスピードを調整して逃げ場を塞ごうというのだ。
しかしハナメは、冷静に背の雷充刀アギトを握る。
この太刀の切れ味、存分に味わいなさい――
前方の円盤がアギトの間合いに入った直後、ハナメは抜刀し振り下ろす。
その一太刀で風が雷に切り裂かれた。
しかしハナメの攻撃は二連撃。
太刀を斜めに振り下ろしたその体勢から、一つ、また一つと、残る全ての円盤が間合いに入るのを見極め――
――はぁぁぁっ!
その場で回転し薙ぎ払った。
残る三つの円盤は収束していた風をふわりと霧散させ、消え失せる。
ハナメの振るったアギトの刀身には、エメラルドグリーンの稲妻を纏った刃が形成されていた。
ハナメはすぐに頭を切り替え、アギトを納刀する。
シュウゴくん!?
そのとき、シュウゴが竜巻のブレスで吹き飛ばされ、地面に落下した。
ハナメが慌てて駆け寄ろうとするが、アークグリプスが突風を巻き起こし、シュウゴをドームのような半球体で囲むかのように、竜巻で覆い隠してしまう。
これでは近づけない。
ハナメはシュウゴの身を案じ、必死に叫ぶことしかできなかった。