第六章 竜種絶滅秘話
しばらくして竜の山脈は開放された。
だが今回フィールドにかけられた条件は、クラスBハンターのみしか立ち入れないというものだった。
竜種のことを文献で調べた今なら、シュウゴにもその理由はなんとなく分かる。
他のクラスBハンターたちも躊躇していた。
シュウゴとハナメを含め、現在のクラスBハンターはカムラに五人しかいない。
そして、他の三人はシュウゴ同様にパーティーメンバーが皆下位のランクであり、クラスB同士で協力し合ってはいない。
その理由は単純明快。もし出世の機会が巡って来たとき、仲間に同じクラスBがいたのでは、まずそこでどちらが出世するかの争いが起こる。
クエストの報酬なども同様、力関係がはっきりしていれば、自分の意向である程度自由に分配できるのだ。
もしクラスBが同じパーティーにいたりしたら、どちらの方が武勲を立てたかという争いになり、利益が半減してしまいかねない。
だからクラスBがリーダーのパーティーでは、他の仲間がクラスBに上がったら独立し、新たな仲間を募るのが通例だったりする。
もっとも、シュウゴはそんなこと全然気にもしていない。
もしデュラとメイがクラスBに上がろうと、なにも変わらないから。
そんな理由があって、クラスBハンターたちは自分一人でも未知のフィールドへ行くべきか悩んでいるのだ。
ちなみにシュウゴは恵まれた環境にいるので、悩むことはないが――
シュウゴは夕方、ハナメの訓練所へ押しかけ教え子たちが帰るのを待ってから、ハナメへ詰め寄った。
訓練所と言ってもあまり大きくはない。
事務手続きをするための小さな小屋がまずあり、その奥の扉の先に竹の柵で正方形に囲まれた庭がある。
入口付近には様々な武器が立てかけてあり、庭内は砂地でところどころに段差がある。
戦場の一騎打ちなんかで使われそうな舞台だ。
シュウゴは、ハナメが庭の片付けを終わらせ、小屋に戻って来たところで早速頼み込んでいた。
待って待って! ちゃんと説明してよ!
ハナメが「もぅ」と呆れたように苦笑する。
シュウゴはハナメが分かっているものと思っていたが、勘違いだと気付き詳細に状況を説明した。
ふぅん?
ハナメは気のない返事をしながら着ていた白の道着の砂を払い、壁際に立てかけてある箒をとろうとした。
しかしなにかに気付いたようにピタッと止まる。
そのまま動かずシュウゴへ問うた。
……もしかして、二人きりってこと?
まるで電撃が走ったかのようにハナメの肩がビクッと震えた。
シュウゴが固まってしまったハナメへ恐る恐る聞くが、ハナメは期待通りの反応を返してこない。
ハナメはなにやらボソボソと呟いていたので、シュウゴはそーっと近づき、聞き耳を立ててみた。
そ、それって……まるでデ、デデ、デデデデデっ
ハナメが黒髪をポニーテールにしているため、後ろからでも耳が真っ赤になっているのがよく分かる。
しかしハナメがなにを言おうとしているのか、見当もつかない。
んもうっ! ふざけないで!
ハナメが急に振り返り抗議の声を上げた。
突然のことにシュウゴは驚き、「うわぁっ!?」と無様に尻餅をつく。
彼女は緊張したように顔を強張らせながら、シュウゴを見下ろしていた。
とにかく、二人っきりなのね?
そのときハナメはバッ!と頭に乗せていた般若面を降ろし顔を隠した。
そして、蚊の鳴くような声でシュウゴの願いに応える。
……わっ、分かった。一緒に行く……
なにが起こったのかシュウゴにはよく分からなかったが、とりあえずハナメの協力は期待できそうなので、足早に訓練所を出た。
なにより、般若面で至近距離から見つめられて怖かったのだ……
――お兄様が戦場へ赴かれるのに一緒に行けないなんて、不甲斐ない妹で申し訳ありません……
思わず突っ込むシュウゴ。
早朝、彼は準備を済ませ竜の山脈へ向かうところだった。
ハナメとは紹介所で落ち合う予定で、メイとデュラが家の前に出て見送ってくれている。
全然大丈夫じゃないですっ!
メイがぷくぅと頬を膨らませた。
シュウゴは目を白黒させる。メイの言ってる意味がまったく分からなかった。
メイの横でデュラが頷く。
シュウゴは左手にデュラのクリアランサーを持っていた。
先日回収したマンティコアの素材から新たな設計図を思いついたためだ。
お兄様、お気をつけて
シュウゴはメイの言葉を背に家を発つ。
道中でシモンに設計図とクリアランサーを渡し強化を依頼してから、紹介所でハナメと合流した。
転石で転移したのは、山の中腹辺りにある小さな木造の小屋だった。室内には空の棚や損壊した机などがあり、ずっと使われていなかったことが分かる。
討伐隊もよくここまで上がってこれたものだ。
シュウゴがギギギという音を立て古ぼけた扉を開けると、ハナメが外へ出て山を見上げていた。彼女は放心したようにウットリと呟く。
綺麗……
天空には凶霧などほとんどなく、澄んだ青空の下、森林と蒼白に覆われた山がそびえ立っていた。
それに対して、下を見下ろすと灰、紫、黒の凶霧がところどころ入り混じりモワモワと大陸一面を覆っているのがよく分かる。
そうだね
シュウゴたちは近くにまっすぐな登り坂の山道を見つけ歩き出す。
周囲を取り囲んでいるのは、まさしく自然。凶霧に覆われている地上ではありえない光景だった。
そこら辺に転がる岩には綺麗な緑色の苔が生え、山道の脇に咲く花は瑞々しさを保ち、そびえ立つ岩壁に生い茂っている木々は太くたくましい。
しばらく歩いていると、シュウゴは縦長の岩が折り重なり作っている影に光るものを見つけた。胸を高鳴らせながら駆け寄る。
ハナメがシュウゴの手を横から覗き込む。シュウゴが手にしていたのは濁った茶色の鉱石だった。
色の濃淡が渦巻きのように作られ吸い込まれそうだ。
どうやら岩の亀裂からボロボロと崩れているようだった。
シュウゴの声は感動に打ち震えているかのようだった。
ハナメも驚嘆し声を弾ませる。
まさか、まだこんな場所があるなんて
シュウゴは興奮したように破顔し、勢いよくハナメの方へ振り向いた。
「「っ!」」
すると、ハナメがシュウゴの手元を覗き込もうと顔を近づけていたために、二人は至近距離で見つめ合うことになってしまう。
目が離せなくなり固まってしまう二人。ハナメの顔はみるみる赤くなっていく。
異様な緊張感に、シュウゴはごくりと生唾を飲んだ。
次の瞬間――
――ガゴォンッ! ドガッ!
シュウゴたちの背後で衝撃音が静寂を破った。
シュウゴが慌てて背後を振り向くと、大きな岩が落ち衝撃で二つに割れていた。
上を見ると、崖の一部が欠けパラパラと小石が落ちてきている。
自然な落石のようだ。
ハナメがゆっくりシュウゴから体を離し呟いた。
思ってたよりも危険ってことかな?
シュウゴは回収した鉱石をアイテム袋へ入れると、さっきまでのことを忘れようと首を横に振る。
すると今の音に反応したのか、新種の魔物が現れた。
カラスの顔に天狗の着るような装束を身に纏い、背中には悪魔の翼を生やした魔物。
シュウゴはそれに見覚えがあった。
モンスターイーターに登場する『デビルテング』にそっくりだ。
さらに、その背後から二体のイービルアイが姿を現す。
シュウゴくん、陽動は任せて!
ハナメはシュウゴの静止を聞かずデビルテングたちの前へ躍り出る。
イービルアイの注意が自分に向いたことを確認すると、彼女は横へ走った。
次の瞬間、デビルテングが風を切り高速でハナメの背中へ迫る。
速いっ!?
ハナメは猛スピードで迫りくるデビルテングに驚愕し目を見開く。
デビルテングは風を操る力を使えない分、とにかく速い。
上空から素早く獲物を捕らえ空中で喰らうという極悪非道な魔物なのだ。
シュウゴがハナメとデビルテングの間に割って入り、デビルテングの突進をアイスシールドで阻んだ。
敵は頭から衝突し、よろけて下がる。
シュウゴは生まれた隙を見逃さず、バーニアで突進。
背のブリッツバスターを抜くと同時にデビルテングへ振り下ろした。
敵は慌てて身を捻るも避けきれず、片翼を斬り落とした。
カアァァァァァッ!
デビルテングは悲鳴を上げ、無様に地面へと落下する。
それを見逃すハナメではない。
彼女は即座に足の向きを横にして後ろへ向き直ると、ザザザザザと慣性で滑りながら小太刀の二刀を抜いた。
落下してきた敵へと跳び、切り刻む。
デビルテングが地面に体を打ち付けたときには既に絶命していた。
――ビイィィィィィンッ!
短い攻防の間に、イービルアイはレーザーの充填を完了させ放ってきた。
前に出ていたハナメへ二本のレーザーが集中する。
シュウゴはハナメの前に降り、アイスシールドで受け止めた。
ありがとう
ハナメは礼を言うと般若面を顔に降ろし、シュウゴの脇から飛び出してイービルアイへと走る。
レーザーの照射が終わり、その場で滞空しているイービルアイへ、ハナメは二刀の小太刀をブーメランの要領で回転させながら投擲。
――キイィィィィィッ!
それが片方の羽へ見事に命中、大きく傷をつけ、バランスを崩して落下を始めた。
ハナメは背から雷充刀アギトを抜くと、切っ先をイービルアイへ向け、地を蹴る。
――ザグゥッ!
アギトはイービルアイの目玉を深々と貫通し、彼女は空中でイービルアイの体を足場にすると、強く蹴りもう一体の方へと跳んだ。
はぁぁぁっ!
目玉を一刀両断する。
――キイィィィィィッ!
華麗に着地したハナメのすぐ後に、イービルアイの死骸がドスンッと落ちた。
ハナメは仮面を外すと緊張が解けたように息を吐く。
ふぅ、助かったよシュウゴくん
シュウゴは自分なんて一体も倒せていないと笑い、デビルテングの素材を回収すると、再び頂上を目指し歩き出した。