第六章 竜種絶滅秘話
シュウゴたちは呪われた渓谷から戻り、マンティコア討伐の報告をした。
シュウゴが回収したマンティコア素材の鑑定や根城の確認など、討伐隊での事実確認を完了した後日、シュウゴがクエスト報酬を紹介所へ受け取りに行くと、中年の討伐隊長の姿があった。
メイを廃墟と化した村で保護したときに対立した、クロロの所属している部隊の隊長だ。
彼は相変わらず白く短い髪と髭を生やし、神経質そうに顔に深いしわを作っている。

久しぶりだな、赤毛の。そういえば名乗りがまだだった。俺の名は『ヒューレ』だ。今回は協力に感謝する
最初の硬い声を聞いた瞬間、まだ以前のことで嫌悪されているかと思ったが、そんなことはないようだ。


他に変わったことはなかったか?
謎の敵のことと麒麟のことについては話すか迷った。
もし信用がない場合、麒麟に助けられたなどと言っても、嘘をついたと吹聴される恐れがあるからだ。
とりあえず、「麒麟は自分たちには目もくれず、人型の魔物と戦っていた。もし渓谷を通るなら注意した方がいい」そんな風に言っておくことにした。

分かった。今の話を広場の掲示板へ載せるよう、情報屋へ依頼しておこう
情報屋は討伐隊から金をもらって仕事をすることもある。
それが今回のようなカムラ全体で共有すべき内容などだ。
討伐隊が自分たちですれば済む話ではあるが、情報屋もプロだ。
簡潔で読みやすい文章の作成、読む人を引きつけるキャッチコピー、広告としての有効な貼り方など、彼らに頼むことで何倍もの効果を生む可能性がある。
故に情報屋はバカにできない職業なのだ。
ヒューレは「これで渓谷の先へ進むことができる」と言って、シュウゴへ報酬金を直接渡し去って行った。

わざわざ礼を言うために隊長自ら会いに来るとは思わなかったので、シュウゴが思わず呟くと、後ろでユリがクスクスと笑った。

ふふっ、あの方って誤解されやすい雰囲気ですけど、根は意外と優しいんですよ?
シュウゴはヒューレに対してのイメージを改める。
メイのことで対立したときは、頭の固い人なのだと思っていたが、真にカムラのことを思っての行動だったのだ。
シュウゴも顔を緩ませながら紹介所を去った。
数日後の夜、シュウゴはなんとなく酒場へ足を運ぶ。
家を出る直前まで、またしてもメイとデュラが着いてこようとしたが、今日は知り合いと約束があるからと適当な嘘を言って断った。
メイに「シモンさんですか?」と聞かれ、なにも考えずに違うとシュウゴが答えると、メイが疑うようなジト目を向けてきた。
その目はまるで、「お兄様にシモンさん以外のお友達なんていないでしょ?」と言っているようだっただが、気のせいだと信じたい。

虚しさを感じながらシュウゴが酒場に入ると、中央の辺りでガヤガヤとどんちゃん騒ぎをしている団体がいた。
見たところ討伐隊のようだ。
一人で静かに食事を楽しみたいシュウゴは、トイレ近くの人が少ない席へ移動するが、トイレから出てきた討伐隊員に捕まってしまう。
短い茶髪と適度に焼けた肌、若々しく明るい笑みを浮かべていたのはクロロだった。

あっ! あんたは赤毛のハンターじゃないかっ!? お久しぶり!

シュウゴはそう言って軽く会釈し、座ろうとする。
しかしクロロがそれを許さない。
彼は満面の笑みでシュウゴの肩に手を置いた。

せっかくだしこっち来なよ!

シュウゴのテンションはガタ落ちだった。
これならデュラを連れて来て守りを固めた方が良かったとさえ思う。
シュウゴは一番関わりたくなかった、どんちゃん騒ぎしている討伐隊の方へクロロに引っ張って行かれる。

みんな! 特別ゲストのお出ましだ!
クロロが大声で注目を集め、シュウゴは勘弁してくれと言わんばかりに苦笑する。
シュウゴの姿を見た討伐隊員たちの反応は様々だった。
好意的な笑みを見せる者、ムスッとして邪魔者が来たというように目を背ける者、そもそも誰なのかピンと来ていない者。
そして、どういう感情を抱いているの分かりずらい硬い表情で声をかけてきたのは、隊長のヒューレだった。

マンティコアの件では世話になったな

そうそう! おかげ様で心置きなく先へ進めるよ!
ヒューレの横からクロロが割り込んだ。
それを他の隊員たちが上から押さえ楽しそうにゲラゲラと笑っている。
クロロはするりと抜けて、若い隊員と肩を組み、麦酒を一気飲みする。
彼は普段からは想像できないほどハイテンションだった。というか、酒臭かった。
既に出来上がっているようだ。
シュウゴは運ばれてきた葡萄酒入りのグラスを手に取り、何気なくヒューレへ問いかけた。

ヒューレは顔をしかめる。
誰が聞いているかも分からないような、開けた場で聞かれたくないことだったのだろう。
シュウゴもそれはよく理解していたが、酔った勢いで口が軽くなれば儲けものだと考えていた。
だが、口が軽くなっていたのは部下の方だった。

おうよ! 次の目的地も決まってるぜ!
いつの間にか戻って来たクロロが横から割って入った。

クロロ!
ヒューレの雷がクロロの脳天に落ちる。破壊力抜群のげんこつだ。

痛っ!
クロロは頭を押さえ涙目に。一瞬で酔いが醒めたようだ。
ヒューレはため息を吐くと、サッと周囲を見回し小声で言った。

……仕方ない。お前は重要な協力者だから、話しておこう

シュウゴはヒューレに、内心ではクロロに礼を言った。

想像の通り、呪われた渓谷は既に越えた。次の目的地は北に連なる山脈だ
これもシュウゴの予想通りであった。
自分の地図で見た際も、目指すなら山の方角だと思っていたのだ。一応、他に理由がないかも聞いておく。


一番の理由は凶霧が薄いことだ。実際に西まで見渡してみると、大陸の中心に向かうほど霧が濃くなっている。おそらくダンタリオンの影響だろう。カムラの発展のため、新たな採掘地を求めるのであれば、凶霧の影響が少ない場所の方が好ましい
シュウゴは納得した。
なるほど、採掘地というのであれば、凶霧の薄い山脈の方が良質な草木が生え、まだ見ぬ性質を持った鉱石や結晶が採れるかもしれない。
さらに言えば、凶霧が薄いということは、凶霧によって発生した魔物も少ないということだ。

あたかも専門家のように冷静に分析するシュウゴに、ヒューレが「意外と詳しいんだな」と目を見張る。
シュウゴはドヤ顔で「いえいえ」と言うが、実際は前世でドキュメンタリー番組を見たことがあるだけだ。
ヒューレは難しい顔で低く唸った。

……安全かと言われるとそうでもない


あそこはかつて、『竜の山脈』と呼ばれ、強大な力を持った竜種の一族が根城にしていた

シュウゴは少しばかりの感動を覚えていた。
ドラゴンは、前世で憧れていたモンスターであり、一度でいいから生で見てみたいとさえ思っていた。
それがまさか存在しているとは、さすがはファンタジー……いや、今はダークファンタジーか。

ああ。彼らの力はあらゆる魔物を凌駕していたが、高い知性もあった。気性の荒い者だけでなく、心優しい者もいて、中には竜人という人の姿をした竜もいた。かつては人々と共に暮らしていたんだ
シュウゴは感嘆の声を漏らし、熱心に聞き入っていた。ここではない活気溢れる港町を想像しながら。
そこでふと気づいた。


いや、凶霧の発生と共に竜種は絶滅したと聞いている

今度はあからさまに落胆する。あまりにコロコロとテンションが変わるものだから、ヒューレが変な奴だというように頬を引きつらせていた。
ヒューレは遠慮がちに聞いてきた。

酔っているのか?

シュウゴは葡萄酒が空になったグラスを持ち、あははと苦笑する。思いのほか竜種のことで興奮していたのだと気付いた。しかし竜種への興味はどんどん溢れてくるばかりだ。

酔っているといえば、こいつはまったく……
そう言ってヒューレがクロロに目をやる。他の隊員たちが大声で談笑する中、クロロは机に突っ伏していた。酔いつぶれてしまったらしい。

こんな奴でも、討伐隊の誇りを誰よりも持っている気骨ある若者だ。これからも仲良くしてやってくれ

シュウゴは自然に返事をしてしまったが、特に嫌だとは思わなかった。

シュウゴが頭痛に顔を歪める。
彼は翌日、二日酔いで吐き気に耐えながらも領主の館へ来ていた。
別にヴィンゴールに会おうというのではなく、一階にある書庫で目的の文献を探しているのだ。
――竜種がそんなに気になるなら、領主様の館に行くといい。一階の書庫に竜種のことをまとめた文献が残っているだろうからな――
昨夜、いつのまにか遅くまで飲んでいたシュウゴは、おぼつかない足どりで立ち上がり、ヒューレに別れを告げた。
そのとき、彼が文献のことを教えてくれたのだ。
目が覚めても興奮が冷めなかったシュウゴは、早速調べようと意気込んでいる。
酔いも覚めていないので、気分は悪いが……
結局、自分で探しきれなかったシュウゴは、受付の女性事務員に探し出してもらった。

シュウゴは思わず大声で礼を言う。

いえ。ここではお静かに、お願いします
事務員は突き放すような冷たい声で注意すると受付に戻っていった。
シュウゴはしょんぼりと肩を落とす。

シュウゴは「まさか酒臭いのでは!?」と心配になるが、ここまで来てしまっては仕方ない。
なにはともあれ求めていたものは見つかった。
シュウゴは書棚の横の椅子に座り、早速ページをめくり始めた。
――かつて、この大陸には強大な力を持つ竜の種族がいた。
竜は大きく分けて四種類。蛇竜、翼竜、鳥竜、竜人だ。
蛇竜は文字通り蛇のように長い体躯で強力な神通力を宿す種族、翼竜は背中に大きな翼を持つトカゲ型で肉弾戦に強い種族、鳥竜は翼竜に似た姿をしているが硬い竜鱗で覆われておらず身軽で機動性に特化した種族、そして竜人は人の姿をしており戦闘力は低いが知性は最も高い種族である。
個体の多い鳥竜は、主に渓谷や森林などに生息し、竜人は都市や村などで人に紛れ生活していた。
個体数の少ない蛇竜と翼竜は山の頂上付近で静かに暮らし、その中でも竜の王が君臨する山こそが『竜の山脈』と呼ばれた。
北東の端にある大陸で一番高い山だ。
頂上には全ての竜種の王である天空の覇者『応龍』が座し、玉座の守護者『アークグリプス』が頂上へ続く山道を守っている。
アークグリプスは鳥竜最強のクラスAだ。
上半身は鷲で剣のような鋼の翼を持ち下半身は獅子。
神聖な領域を穢そうとする愚者に容赦なく襲い掛かる。
応龍は天候を司る者とされ、『クラスU』と認定されていた――

シュウゴのページをめくる手が止まる。
初めて聞くクラスだった。
よく見ると、クラスUの文字の横に注釈のマークがついており、別の解説ページで説明されていた。
クラスUとはクラスS以上の力を持ち、尚且つその力を計り知れない種別につけられるクラスだ。
大抵はその存在を確認されていないものが多く、主に天空神ウラヌスや海王神ネプチューンなどの『神格』、魔王サタンや冥府の魔神ナベリウスなどの『魔神』、天空の覇者応龍や神龍リンドブルムなどの『竜種』の最上位、そして無限に成長を続ける異形の魔物が該当する。

すっかり読み入っていたシュウゴは、頬を緩ませる。
見たこともない強者たちをクラス分けしていることが、ファンタジー世界ならではで面白い。
シュウゴはふと鵺のことが頭に浮かんだ。

そう考えた途端、シュウゴの全身に鳥肌が立った。
神にも匹敵する存在と戦っていたのかと戦慄する。
故に、鵺を野放しにしてさらなる成長を許していることが、どれだけ危険なのかを理解した。
この手の文献は読み物として読めば面白いが、この世界においては自分たちの存亡に関わることであるため心臓に悪い。
結局、文献は最後に凶霧発生以降、竜種が他の種族たちと同様に姿を消し、それから彼らの姿を見た者はいないと締めくくられていた。

シュウゴはため息を吐く。
受付から事務員が睨んできていたので、慌てて文献を元あった棚に戻しに行った。
文献はおまけとして、最北西の地に封印された『覇王龍ミドガルム』について少し触れていたが、今は興味がない。