第六章 竜種絶滅秘話
シュウゴたちは、マンティコアの死骸から翼や尻尾などを剥ぎ取り、アイテム回収袋に詰めていった。
体内に見たことのない器官を見つけたシュウゴは、それも袋に入れる。
おそらく、マンティコアが炎を生み出していた特殊器官だろう。
このとき、シュウゴは既に新たな武器の設計図を思い描いていた。
しばらく他に有用な部位がないかマンティコアの死骸を眺めていたシュウゴだが、突然どこからか異様な気配を感じた。
手を止め黙々と作業しているデュラに後を任し、周囲を見渡すと――
――お兄様、あれを
先に見つけたのはメイだった。
シュウゴは、怯えたように低い声を発したメイの指さす方向を見た。
彼らが元来た道、そこにいたのは不気味な人影だった。
それは、装飾品一つない漆黒のローブで、全身を覆い隠した者。
サイズが大きすぎて裾が地面に広がっており、顔も手足もまったく見えない。
その不気味な人影は足を引きずるように歩きながら、シュウゴたちの元へのっそりと迫っていた。
体の周囲には空間が歪んで見えるほどの禍々しい空気を纏い、まるでさまようゾンビのようだ。
メイが怯えたように声を震わせる。
気味が悪いです
シュウゴが大声で呼びかけるが相手は特に反応を示さず、ひたすら歩く。
そんなシュウゴの前にデュラが立ち、ランスの切っ先を相手へ向け突進しようとするが、シュウゴは慌ててデュラの肩を掴んだ。
そう言ってシュウゴはブリッツバスターを背から抜き、帯電を始めた。
シュウゴはそう呼びかけるが、相手は歩みを止めない。
シュウゴは大した怪我にならないような熱量に調整し電撃を放った。
数十メートル離れたこの距離では、精密なコントロールが難しいのだ。
しかし残念なことに、電撃は相手への直撃コースを辿る。
驚くべきことが起こった。
電撃が相手に直撃する寸前、目に見えぬ壁に阻まれ霧散したのだ。
相手は何事もなかったかのように、足を引きずり歩き続ける。
シュウゴは冷や汗を掻きながらメイへ指示を出した。
え? し、しかし……
メイは戸惑いの声を上げた。
トライデントアイのレーザーでは、火力が違い過ぎて危険なためだろう。
だが、それは杞憂に終わるとシュウゴは直感していた。
奴の雰囲気、どこかダンタリオンに近いものを感じるんだ。もしかすると、ここを呪っている張本人かもしれない
そんなまさか……
メイは恐怖に頬を引きつらせ敵を見る。
そしてやむ無くトライデントアイに一発分のレーザーを充填し始めた。
止まるなら今のうちだぞ! 次の一撃は冗談じゃすまないからな!
シュウゴは根気強く呼びかけるが状況は変わらない。
……メイ
ごめんなさい――
――ビュィィィィィンッ!
高出力のレーザーがトライデントアイの先から放たれる。
しかしそれでも、敵の目の前の空間が突然歪み、透明な盾のようにレーザーの熱を受け止めた。
ダメかっ?
シュウゴが悔しげに奥歯を強く噛む。
それから何度呼びかけても反応はなく、シュウゴたちが次の手を考えているうちに敵は十数メートル前方まで迫っていた。
くっ……一体なにをするつもりだ……
シュウゴが大剣を構え敵へ向けると、敵は足を止めた。
……止まって、くれました……
あ、ああ――
――ピキッ!
シュウゴたちが安堵したのも束の間、敵の周囲で空間に突然亀裂が入った。
それは別の個所でも次々に発生する。
シュウゴにはなにが起こっているのか分からなかった。
ただ唖然とその光景を眺めていると、亀裂が横に裂け内側から青白い人の手が無数に出てきた。
ひっ!
メイが口を押える。
シュウゴは驚愕に目を見開き、デュラも心なしか体を震わせているように見えた。
ただただ不気味だった。
そしてそれらは、勢いよく伸び一斉にシュウゴたちへ襲いかかってきた。
っ!
いやぁぁぁぁぁっ!
数えきれないほどの人の手が、凄まじい勢いでシュウゴたちへ迫る。
シュウゴは思わず後ずさり、メイは屈みこんで頭を抱え、デュラは懸命にも主を守ろうとシュウゴの前に出る。
だが、とうてい受け切れる数ではない。
得体の知れないものに飲み込まれる。それをシュウゴが覚悟した、次の瞬間――
――ズバァァァッ! ズザザザザザァァァァァンッ!
雨も降っていないのに突如雷鳴が鳴り響き、シュウゴの周囲に連続で白銀の雷が落ちた。
あまりの眩しさに腕で目を覆っていたシュウゴは、雷鳴が止んでから腕をどけ目を開ける。
っ!
目の前の光景に瞠目した。
敵の腕が全てちぎれ、宙を舞っていたのだ。
それらは、まるで霧のようにうっすらと消え失せていく。
たす、かった?
メイが信じられないというように呆然と呟く。
シュウゴも唖然としながらも、目の前の地面一帯が真っ黒に焦げているのを見て悟った。
雷は、シュウゴたちに襲い掛かった手を焼き払ってくれたのだと。
そしてその雷を放った者――いつの間にか現れていた圧倒的な存在感。その気配に目を向ける。
岩盤の上にある突き出た崖、その上に四足で立ちシュウゴたちを見下ろしていたのは、麒麟だった。
だが、以前とは雰囲気がまるで違う。
角は蒼白に輝き纏っている雷も穢れなき純白。
以前の荒々しさはなく、威風堂々と佇む様は神々しかった。
(これが、天雷の霊獣『麒麟』……)
シュウゴはその真の姿に瞠目する。感動すら覚えた。
だが、異形の者は相変わらずのマイペースで、麒麟に攻撃されたことなどお構いなしに第二波を放ってくる。
再び雷鳴が響いたかと思うと、一瞬の後に麒麟がシュウゴたちの前に現れていた。
デュラは麒麟の邪魔にならないよう、後ろへ下がりシュウゴの横につく。
敵の周囲で空間が裂け、無数の青白い手がシュウゴへと勢いよく伸びてくるが、その手前に立ち塞がる麒麟の目前で全て弾かれた。
まるで磁気のフィールドを張っているかのように、敵の手を寄せ付けずバチバチと弾く。
らちが開かず、敵が一旦手を引っ込めると、麒麟はその角に稲妻を充填し前足を高く振り上げた。
ヒヒィィィィィンッ!
そして気高く嘶くと、お返しとばかりに白銀の雷球を放った。
それはうねる雷の軌跡を描き、まっすぐに敵へ迫る。
だが敵は、またも空間が歪んだような歪な障壁を前方へ展開する。
稲妻の斬撃やトライデントアイのレーザーを防いだものだ。
シュウゴはこれも防ぎ切られると思った。
――っ!?
しかしそれは違った。
障壁の直前で突然雷球が直角に曲がり、上へと直進したのだ。
そしてある程度上がると、光が弾け小さな雷の雨となって敵の頭上から降り注ぐ。
突然の上空からの奇襲に、前しか守っていなかった敵は防ぎきれない。
――す、凄い……
メイがしゃがんだままの状態でポカンと口を開いていた。
雷が直撃し、ついに敵は膝をつくように上体を倒した。
ローブがところどころ燃えている。
………………………………
しばらく微動だにせず、シュウゴを見つめていた敵だったが、麒麟が再び角に雷を溜め始めるとゆっくり背後へ向き直り、歩き去っていった。
……助かった、のか?
急に緊張が溶け、シュウゴが間の抜けた声で呟く。
唖然とするシュウゴたちの目の前で再び雷光が走り、麒麟が崖の上に戻っていた。
シュウゴはハッとして麒麟の姿を追いかける。
色々と聞きたいことがある。
たとえ言葉は発せなくてもなんらかの手がかりは得られるはずだ。
ま、待って!
慌てて叫ぶが、麒麟はお辞儀するように律儀に頭を下げ、すぐに眩い雷光を放って消え去った。
私たちを助けるために来てくれたんでしょうか?
メイが立ち上がりシュウゴの横にピッタリつく。
シュウゴは首を振りながら言った。
分からない
シュウゴたちが以前、彼を呪いから開放したから助けてくれたのか、それともあの異形の化け物と敵対していたから助けたのか。
それは定かではないが、シュウゴはなんだか清々しい気分になっていた。
(礼ぐらい、言わせてくれよ)