第六章 竜種絶滅秘話
シュウゴたちは、回遊しているカトブレパスやサイクロプスを極力避け、時には部位破壊で無力化しながら、薄暗く湿った大地を踏み荒らし進んでいく。
ここは高い岩盤に囲まれているとはいえ、平地自体は広く障害物が少ないので、魔物に発見されるタイミングが早いと避けるのが難しい。
アイテムには目もくれずひたすら進んでいく。
基本的にまっすぐの道が続き、たまにある分岐もクエスト発注書の指示通り進み、シュウゴたちはようやく目的地に辿り着いた。
道が急に狭くなり、三メートルほどの高さはある岩が至るところに転がっている。
周囲の岩壁が欠け落下したものだろう。
シュウゴが突然叫び、手前の土色の岩の背に隠れた。
メイとデュラも続く。
シュウゴたちが慎重に岩から頭を出し空を見上げると、マンティコアが飛んでいた。
そしてその下には先客――四人組のハンターがいる。
大声で仲間たちに指示を出しているリーダー格の大男は、革製の厚い甲冑を着こみロングソードを持っている。
その背後にも装備の質がやや劣る筋肉質で短髪の男が長い槍を両手で握りしめ、マンティコアの下を走り回っていた。
残る二人は弓使いが一人と氷の杖を持った魔術師が一人、後方で遠距離攻撃を行っていた。
彼らの攻撃は上空を自由自在に飛び回るマンティコアには当たらない。
遠目で見る限り、大したダメージは与えられていないようだ。
マンティコアは、もはやそのまま根城へ戻ってしまいそうな雰囲気すらある。
マンティコアの根城は、岩壁の中腹辺りにある小部屋のように丸くくり抜かれた空洞の中。
しかしマンティコアは腹が減っているのか、翼を大きく広げ旋回、滑空しながら徐々に高度を下げ、槍使いのハンター目掛けて飛びかかった。
う、うわあぁぁぁ!
真正面から猛獣が迫ったハンターは、ヘッドスライディングの要領で横へと飛び込みギリギリのところで回避。
着地したマンティコアはハンターたちへと吠えた。
ガルルルゥゥゥッ!
その姿はシュウゴの想像していた通りだった。
人面に近い獅子の顔に、土色の胴体で背には赤褐色の翼、暗く赤紫のサソリの尻尾を生やした四足獣だ。
ゲームに出て来るマンティコアは、顔は醜い中年おやじの顔立ったりするが、こちらは獅子の面影を残していて猛々しい。
前衛二人のハンターが勇猛果敢に立ち向かおうとするが、マンティコアは体勢を低くし唸ると全身に炎を纏い始めた。
ハンターたちは足を止め攻撃を中断する。
弓矢と魔法で牽制だ!
リーダー格の男が叫び、すぐに矢と氷魔法が飛来するが、マンティコアは翼を羽ばたき矢を弾く。
氷魔法は炎で威力が低減し、マンティコアの体に当たっても溶け崩れるだけだ。
近接攻撃も遠距離攻撃も効かないことにハンターたちは打開策を必死に考えるが、先に敵の攻撃を許してしまう。
マンティコアがその場で大きく一回転した。
それにより長い尻尾を円周上に薙ぎ払われ、リーダーは跳び退いて間一髪回避するが、槍使いがその切っ先に直撃してしまう。
があぁぁぁぁぁ!
地面に叩きつけられ跳ね上がり、仰向けに倒れたハンターの腹は、薄く裂かれ傷口から猛毒が入り込んでいた。
マンティコアはさらに、固まって動けない弓使いへ向けて火炎の球体を吐き出した。
弓使いの男が気付いたときにはもう遅い。
もう間に合う距離ではなかった。
彼は目を閉じ、徐々に迫る熱気に身を任せていたが、
シュウゴがアイスシールドを展開し、受け止めていた。
弓使いが慌てて横へ逃げたのを確認すると、シュウゴは火炎玉を斜め後ろへ逸らし受け流す。
マンティコアが攻撃で硬直していた隙に、デュラが炎の壁を潜り抜けクリアランサーを突き立てた。
ガルゥアッ!
マンティコアもまさか火の防御を突破されるとは思わなかったのだろう。
慌てて後ろへ跳び退き、翼を広げ飛び上がった。
ランスで刺された部分からは血が滴り落ちているが、致命傷にはなっていない。
メイはマンティコアの尻尾で負傷したハンターの元へ駆け寄り、ポーションと解毒剤で応急処置をしていた。
リーダー格の男がシュウゴを見て驚きの声を上げる。
あ、あんたは!? クラスBに昇格したっていう赤毛のハンターか!?
リーダー格の男は仲間たちの状況を見て迷っていた。
ここで退くということはクエスト失敗を意味するからだ。
シュウゴは同情するが事態は刻一刻を争う。
やむなく声を張り上げた。
わ、分かった。助けてくれたこと、感謝する
リーダー格の男は負傷して動けない槍使いに肩を貸し、他の二人の仲間にも撤退を指示すると元来た道を引き返していく。
それを見送ったシュウゴは気を引き締め、頭上へ顔を向けた。
マンティコアがシュウゴたちの真上に陣取り、火炎玉を連続で投下してくる。
シュウゴはバーニアで加速し、近くにいたメイのところまで行くと頭上にアイスシールドを展開し防いだ。
計六つの火の玉が地上へ降り注ぎ、爆音を響かせながら視界が火の海と化す。
火の勢いが収まり周囲を見渡すと、デュラも盾を頭上へ構えきっちり防いでいた。
頭上を見上げると、マンティコアは高度を落としシュウゴを睨みつけている。
マンティコアは一度大きく旋回し再びシュウゴへ体を向けると、シュウゴの前方斜め上空からミサイルの如き勢いで空を切り突進してきた。
シュウゴはそう言うとアイスシールドを解除し、メイが前へ出る。
メイは両手で握っていた三又の杖をマンティコアへ向けた。
ビームアイロッドを強化した『トライデントアイ』だ。
それこそ、シュウゴの設計通りにシモンが苦労して完成させた、鵺の左腕からの派生形。
それぞれの三又の先にはビームアイロッド同様に光を収束できるが、それぞれにイービルアイの目玉三つ分が集約されており、三発同時に放てばビームアイロッドの九倍の威力を発揮する。
また、三又それぞれに個別の収束ボタンがあり、以前のように押した状態で収束を続けるのではなく、一度押せば引っ掛かりによって目玉への刺激は継続され自動で最大まで充填が可能。
それによりボタンを押し続けることなく、三つの発射口それぞれに光を充填したまま維持できる。
ただ、なにかの拍子にボタンの引っ掛かりが外れては危ないので、むやみやたらに充填はしないというのが、シュウゴとメイの約束だ。
メイはマンティコアが旋回を始めた段階で左右の二ヵ所に充填を始めていた。
そして、マンティコアが真正面に迫ると、ボタンを押し刺激部の引っ掛かりを解除することで、一発目のレーザーを放つ。
メイはマンティコアの胴体を狙って撃ったが、手が震え射線が逸れてしまう。
しかしそれでも左の翼を掠めた。
グガァァァァァッ!
マンティコアは叫ぶと、空中でバランスを崩し体当たりをするかのような姿勢でシュウゴとメイの元へ飛来する。
シュウゴはメイを抱きかかえ間一髪でその場を離れた。
――ズザァァァァァンッ!
シュウゴたちが先ほどまでいたところを通過しマンティコアは地面に激突。
ガリガリと地面を削りながら滑り、何回転か転がるとようやく止まった。
しかし大したダメージはないようで、マンティコアは頭をブンブン振りながら立ち上がると、メイを視界に捉え威嚇するように吠えた。
シュウゴはすかさずバーニアを噴射し、マンティコアの真正面から斬りかかる。
さらに呼吸を合わせ、左横からデュラも突貫をしかけた。
――カチチッ!
マンティコアが歯を噛み鳴らした次の瞬間、その周囲で突然爆発が起こる。
シュウゴとデュラは慌てて盾で防ぐが、二人とも爆風で吹き飛ばされる。
メイが溜めていたもう一発のレーザーを放つが、マンティコアは翼を広げ飛び上がった。
シュウゴは内心で舌打ちする。
さきほどのメイの攻撃でマンティコアは飛べなくなったものと勘違いしていたのだ。
マンティコアはシュウゴたちを見向きもせず、大きく羽ばたき高度を上げていく。
このまま逃げ切るつもりのようだ。
しかし敵は気付いていなかった。真下まで迫っている機影があったことに。
次の瞬間、マンティコアの下に隠れていた左手がその後ろ足をガッチリ掴んだ。
シュウゴは左腕の巻き取り機構を起動し、同時に腰からバーニアを噴射する。
飛び去ろうとするマンティコアへ糸で導かれ、急速に接近する。右に持ったブリッツバスターには激しく迸る稲妻が収束――
マンティコアに肉薄したシュウゴは、至近距離で稲妻の斬撃を放つ。
――ズバアァァァァァンッ!
強い光の発散と共にマンティコアは悲鳴を上げ、真っ逆さまに墜落した。
左の翼は切断され、胴体からは血をまき散らしながら。
マンティコアが受け身もとれず、地面に激突し砂塵を巻き上げる。
そして、視界が晴れると目の前にはデュラが佇んでいた。
デュラは瀕死のマンティコアの胸にランスを深々と突き刺し、戦いに終止符を打った。