第五章 怨嗟の奔流
都市の中心部の方へ引き返していくシュウゴたちだったが、どこからか妙な気配を感じた。
シュウゴは立ち止まり背後のデュラたちへ振り向く。
どうされました?
メイは首を傾げており、なにも感じないようだ。
しかしデュラの方はシュウゴの視線を受けた後、右へ視線を向けた。
そっぽを向いたというわけでなく、そこになにかがいるという意思表示だ。
シュウゴが問うとデュラは首を縦に振る。
次のシュウゴの行動を予測したメイが口を挟んだ。
お兄様、お体は大丈夫ですか?
……分かりました
メイはそれ以上なにも言わず、シュウゴたちは中央部から離れ西へと向かう。
その間、回遊している魔物は一体もいなかった。
恐らく、ダンタリオンの周囲では本能的に行動できないのだろう。
そしてもう一つ、気付いたことがあった。
至るところにカオスキメラの死骸があったのだ。
激しく争った跡があったり、衰弱して倒れていたりと、死因は各々異なるがダンタリオンの仕業ではないようだ。
ここまででも既に五体は見ている。同種のクラスBモンスターが一か所に集まっているなど聞いたことがない。
ダンタリオンとは別の不気味さを感じながら、シュウゴたちはある空き家に辿り着く。
シュウゴが確認すると、デュラは頷く。
シュウゴはためらいなく家の扉を開けた。
中に入ると、殺風景で灰色の狭い部屋に古びた書物やわずかに液体の入った瓶などが散乱していた。
当たり前だが長いこと使われていないのが明白だった。
壁際の服掛けの下に落ちていたのが魔術師の着るようなローブであったことから、ここが魔術師の家だと推測できる。
メイが煤だらけの釜戸の前で首を傾げた。
魔物に襲われたんでしょうか?
シュウゴが一歩後ろに下がり今一度部屋全体を見回してみる。
すると、ボロボロにひび割れたテーブルの上に一枚の紙を見つけた。
シュウゴが突然大声を上げメイが駆け寄る。
そしてメイも紙に描いてあった線画を見て目を丸くした。
これは先ほどの?
そこに描かれていたのは、獅子の上半身とヤギの下半身に六又の蛇を尻尾として生やした魔獣。
戦ったシュウゴだから分かるが、かなり精密に描かれている。
シュウゴの背筋を正体不明の怖気が這い上がる。
カオスキメラはそもそも、凶霧発生以降に誕生した魔獣のはずだ。
この家の惨状を見るに、凶霧が発生してからカオスキメラを観察し描く余裕があったようには到底思えない。
それに、この家に辿り着くまでに見たカオスキメラの死骸についても謎のまま。この家の主と無関係とは思い難い。
シュウゴが難しい顔で考え込んでいるとメイが室内をキョロキョロ見回し声を上げた。
ところで、デュラさんはどこへ行ってしまったんでしょうか?
シュウゴは苦笑しメイと共にデュラの名前を呼んでみる。
――ガタンッ!
戸が閉まるような音が響き、部屋の中央にあったテーブルの下からデュラが這い出てきた。
シュウゴが腰を屈め尋ねると、デュラは自分の背後を指さす。
隠し扉ですか?
シュウゴが目を凝らしてテーブルの下を覗き込んでいると、メイが横から口を挟んできた。
それで合っていたらしく、デュラがコクリと頷く。
いえ、私はどうやら夜目が利くみたいなので
さすがはアンデットと言ったところか。
シュウゴは隠し扉の奥に進むべきか迷った。
その先には恐らく自分が知りたい情報が待ち構えていることだろう。
ただ、これ以上は危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。
それでもシュウゴは覚悟を決め先へ進む。
隠し扉の下には長い螺旋階段が続いていた。
暗いためにデュラが先頭を歩き、メイがシュウゴの手を引いて少しずつ降りていく。コンコンコンと三人の足音だけが暗闇に響き渡り気味が悪い。
やがて階段が終わりデュラが扉を開くと、そこには研究室のような部屋があった。
部屋の隅で松明が燃えており、そこら中の棚には書物や液体の入った瓶、実験器具などの小物が綺麗に並んでいる。
部屋の広さとしては上の階の五倍はあり、中央の大きなテーブルには魔物のものらしき羽や爪などが無造作に置かれていた。
さらに、上とは違って最近まで誰かが使っていたかのような雰囲気だ。
あっ、デュラさん!
シュウゴとメイが思いもよらなかった光景に圧倒されていると、デュラが新しい扉を見つけた。
シュウゴたちが駆け寄ると、デュラがドアノブに手をかけシュウゴを見る。
彼が「行こう」と頷くと、扉を開けた。
狭くまっすぐな通路を歩きながらシュウゴが呟く。
すぐに次の部屋へ辿り着いた。
同時に、獣独特の濃い臭いと血生臭い刺激臭が鼻を刺す。
そこもまた広い部屋だった。
先ほどまでと違うのは、テーブルや椅子、棚などのない殺風景な円形の部屋で、円周上に獣を閉じ込めるような檻が多数置かれていた。
檻の中はどれも空だが、獣の骨や血の痕はそこら中に散見される。
シュウゴは異様な光景に目を奪われるが、ふと下を見てしゃがみ込んだ。
……魔法陣、でしょうか?
メイの言う通り、部屋の中央から広範囲に魔法陣が描かれていたのだ。
シュウゴはなんだかこの状況に覚えがあった。
発見された無数のカオスキメラの死骸、魔術師の地下隠れ家、異種族の獣の研究、獣たちが捕らえられていたと推定できる檻、そして巨大な魔法陣。
突如、シュウゴの後方で抑揚のない男の声が響いた。
シュウゴの背筋が凍る。
最初に感じていた妙な気配、それがいきなり背後に現れたのだ。
気付けなかったことに動揺を隠せない。
シュウゴが振り向くと、そこにいたのは不気味な恰好の男だった。
深編の三角笠をかぶった長い黒髪の男で、笠の下からは感情の宿っていない黄金の瞳が覗いている。
長い紺の外套で全身を覆い隠しており、その右肩には獅子の形をした頭骸骨が、左肩にはヤギの形をした頭骸骨が、まるで肩当のように着いていた。
彼が纏う雰囲気は明らかに異質で、人のものでは断じてない。
ただ、魔力を宿していたり、魔獣のような荒々しさを宿していたり、高ランクモンスターのような禍々しさを宿していたりと、まるで大勢の魔物を目の前にしているかのような迫力があった。
デュラは既にランスと盾を構え臨戦態勢に入っていたが、シュウゴは平静を装い前に出た。
ハンター、そんな情報は持っていないな。俺は鵺。この家の主だ
鵺は相変わらず抑揚のない声で続けた。
表情もまったく変えず、なにを考えているのか全く分からない。
シュウゴの頭の隅でなにかが引っ掛かるが、それを考える時間は与えられなかった。
貴様らはただの人間だな? それなら喰らう価値もない
鵺はそういうと、バッ!と外套の中から手を出した。
手の平を開き、外套の内側からまっすぐに伸ばされた腕がシュウゴへ向けられる。
その腕は、まるで墨でも塗ったかのように黒一色だった。
シュウゴは相手の一方的な態度に焦りながらも、必死に交渉しようとする。
しかし、シュウゴが必死に呼びかけるも鵺は応えない。
次の瞬間、鵺の突き出した腕のいたる場所から、無数の目が開いた。
ひっ……
あまりにおぞましい光景に、メイが小さな悲鳴を上げ後ずさる。
デュラも緊張に身体を強張らせていた。
シュウゴがなにかに気付いたときには、鵺の腕が光を収束し輝き出していた。
シュウゴは咄嗟にデュラへ指示し、自分はメイを抱きかかえてバーニアを噴射し左へ飛ぶ。
直後、極太の光線が室内を白光で塗りつぶした。