第五章 怨嗟の奔流
進展があったのは一週間後のこと。
討伐隊は廃墟と化した村の先に広がる濃霧の中、三班編成に別れこまめに位置情報を記録、情報共有しながら進行した。
そして、数々のクラスCモンスターと遭遇しながらもなんとか切り抜け、ようやく目的地にたどり着く。
それが新たなフィールド『汚染された都市』だ。
この大陸の中心にあり、かつて大商業都市として栄えていた。
現在は霧が濃く視界は非常に悪かったが、都市の中央部ほどまでを確かめた後、フィールドを開放。
しかし問題はすぐに起こった。
血気盛んなハンターたちは歓喜し、商人たちも先行者利益を得ようと次々に探索クエストを発注した。
もちろん開拓で疲弊しきっていた討伐隊は、都市の最深部調査をハンターに任せ止めることはしない。
その結果、絶望の象徴が発見されることになったのだ。凶霧を生み出す巨大な悪魔が。
それを最初に見た者は、その巨大さから城だと思ったらしい。
しかし気付くにつれ全貌が明らかになる。
ヤギのように湾曲した角を生やした悪魔の頭部で、肉なきむき出しの骸骨。
背の巨大な漆黒の翼を広げ、全長は五十メートル以上。全身は紫の毛皮で覆われ内側は、臓物のような脈動する紺の物体が詰め込まれている。
それはところどころ、人の顔の形が浮き彫りになっていた。
なによりおぞましいのは、顔に下顎がなく、どす黒いドロドロの粘液を垂れ流し続けているという。
近づいてしまったハンターたちはその粘液に次々飲み込まれ気化し、『凶霧』となった。
命からがら生き延びたハンターによって噂はすぐに広まり、討伐隊は汚染された都市の中央部より先へ進むことを禁じた。
あまりに危険な相手であるため、立ち向かうなということだ。
噂を聞いたシュウゴは汚染された都市に行く前、シモンの鍛冶屋に寄っていた。
シモンの持つ謎の手記にはその名が記されていた。
~~怨嗟の奔流 ダンタリオン~~
この大陸に霧撒く怨嗟の奔流。
巨大な悪魔の姿をしているが理性はなく、凶霧の原液となる汚染水を大地へ垂れ流している。
それらは死んでいった者たちの怨嗟の叫び。
大気の凶霧を吸い込み体内で濃縮するため果てはない。
ダンタリオンが動き出したときこそ、星が終焉を迎えるとき。
恐ろしいだろ? まさか、近くにこんなバケモノがいたなんてな
シモンが小さな丸椅子に座り肩をすくめる。
シュウゴも差し出された丸椅子に座った。
おいおいおいおいっ。君はまさか、ダンタリオンを見に行こうってんじゃないだろうな?
シュウゴがしれっと答えると、シモンは眉をしかめる。
やめとけって。汚染水に飲まれたハンターもいたって話だろ? 死んでしまうかもしれないんだぞ?
シュウゴは最後をはぐらかしたが、ダンタリオンが自分の転生に少なからず関係している……そんな予感があった。
それでもシモンは、いつになく真剣な表情でシュウゴを止めようとする。
そんな不確かな理由で死にに行く奴があるか! たまには我慢てものを覚えろよ
……この頑固野郎が。デュラとメイちゃんは連れて行くんだろうな?
シュウゴは目を丸くした。いつものシモンなら、そんな危険なところにメイを連れて行くなと怒っているところだ。
それほどまでにシュウゴを心配をしているいうこと。
ふんっ、また負傷してきても修理してやらないからな
シモンはふてくされたように背を向けると、武器の加工作業に戻った。
シュウゴは小さく「ありがとう」と呟くと音もなく鍛冶屋を去る。
親友が心配してくれていたことがどうしようもなく嬉しかった。
…………………………
汚染された都市は濃い霧に包まれ視界が悪く、立ち並ぶ高い建物の影がかろうじて見えるだけだった。
瘴気の沼地ほどの毒気はないため、浄化マスクなしでも行動できるのが不幸中の幸いか。
ただ、シュウゴは気が狂いそうだった。
辺りに立ち込める霧には、感情が乗っているかのような生々しい質感があった。
憎しみや悲しみが入り混じったような唸り声の幻聴すら聞こえる始末だ。
お兄様、大丈夫ですか?
メイが不安そうに表情を曇らせ、真っ青な顔で歩いているシュウゴの顔を覗き込んできた。
さすがはアンデットといったところか、精神力は強いらしく特に怯えた様子もない。
デュラも同様で、シュウゴを守るように先頭を歩いている、
一応、素材収集のクエストを受けてきてはいるが、ダンタリオンの確認だけで帰るつもりだった。
クエスト失敗の扱いにしても構わないというスタンスだ。
転移した城下町の正門から中央部へ行く道中、多数のクラスCモンスターと遭遇した。
カトブレパスやサイクロプス、イービルアイなど他のフィールドにも出現する魔物ばかりだが。
シュウゴが戦うまでもなくデュラが先陣を切って突撃し、メイとのコンビネーションで瞬く間に敵を狩っていく。
シュウゴ自身、ここまで頼もしいパーティーを築けるとは思っていなかった。
やがて、禁止区域との境界にあたる商業中心区に辿り着くと、他のハンターたちも来ていた。
彼らはここらが限界だと理解しており、引き返すところだ。
シュウゴは上に目を向け、ぐるりと周囲を見回す。
北東の方角にそびえ立つ影があった。
霧で姿が隠れていようと、その存在感は隠しようがない。
シュウゴたちは、他にハンターがいないことを見回して確認すると、影の方へ足早で歩き出した。
見張りの討伐隊を置けないのも、ここに長時間いるだけで精神に異常をきたす恐れがあるためだろう。
少し歩いてすぐに、それは姿を現した――
シュウゴは口元を抑える。
目の前には汚染水を垂れ流すダンタリオンの姿。
まさに情報通り、異形の姿をした巨大なバケモノだ。
汚染水は地面に溢れかえっているが、空気に触れて少し経つと凶霧へ変わり宙に拡散していく。
胴体から浮き出ている無数の人の顔はどこか見覚えがあり、激しい頭痛と吐き気を催した。
お兄様……
メイが心配そうに呟きシュウゴの手を握る。
なにかが掴めそうな気がしていた。
より強くなる怨嗟の幻聴には、聞き覚えのある声があった。
それが誰なのかは思い出せない。
シュウゴはなにかを求め無意識にダンタリオンへと手を伸ばす。
――ガシャン!
その手は、シュウゴの前に突然立ち塞がったデュラに握られていた。
デュラはゆっくり首を横へ振る。
シュウゴはそれを見てため息を吐くと、なにかを悟ったように目を瞑った。
シュウゴは穏やかな表情でそう告げると、ダンタリオンへ背を向けた。