第五章 怨嗟の奔流
――おや、モテ期は終わったのかい?
シュウゴが鍛冶屋の暖簾をくぐると、シモンの開口一番がそれだった。
シュウゴは眉をしかめ言い返す。
この店の方針は、わざわざ足を運んできた客を怒らせることだったのか? 俺にモテ期なんて来たことはない、バカにするな
いや怒るとこ違くない? ……まあいいや。デュラの装備なら完成してるよ
シモンは壁に立てかけてあったランスと盾を指さす。
ランスはメタリックな質感に加え、エメラルドグリーンに輝き今まで使っていたものよりも、格段に鋭さを増していた。
盾は前面が宝石のようにエメラルドグリーンの光沢を放ち、縁は灰色の蓄電石で囲ってある。
どちらも、ナーガの鱗や牙を始めとした素材を用いて設計したクラスA装備だ。
デュラは興奮を抑えるかのような足取りで武器の前に立つ。
『クリアランサー』と『サンダーガード』ね。これでようやく一式だよ
これでナーガ素材の装備が一式揃った。
というのも、デュラのマントの下には既に、ナーガの鱗で強化されたアーマーが輝きを潜めているのだ。
これらは前週で強化作業を終わらせており、クリアランサーとサンダーガードだけ時間がかかった。
感動したようにボーっと新装備を見つめていたデュラだが、ようやくランスの切っ先を引っ込め、盾を蝶番のように折ると両腰に装着する。
そして、バッ!とシモンへ手を差し出した。
うおっ!? び、びっくりしたぁ……一体なんだい?
シモンは差し出されたデュラの右手をおっかなびっくり睨みつける。
普段、シュウゴをからかってはデュラに反撃されているから警戒しているのだろう。
シュウゴはやれやれと口を挟む。
デュラは感謝してるんだよ。ただの握手さ
そ、そういうことか。まあ、どういたしましてと言って――うがあぁぁぁっ!?
シモンがデュラの手をとった瞬間、デュラは上下にブンブン振り回した。
本人は嬉しくて仕方ないのだろうが、シモンは体がついていけず凄い顔になっている。
ちょっ、デュラやりすぎだって!
シュウゴが慌てて止めると、デュラはピタリと止まり手を離した。
シモンはただ握手をしただけなのに、ぜぇぜぇと息切れしている。
くそぉ……感謝は、受け取る前に全て振り飛ばされたぞ
悪気はなかったんだよ
なおさらたちが悪いわ! まあいい。ところで、ここまで準備を整えたんだ。行くんだろ? 『呪われた渓谷』へ
シモンはさも当然のように言うが、シュウゴは初耳だった。
なんだそれ?
は? 知らないのかい? 最近発見されたっていう噂のフィールドを。色々と問題があってクエストとしての開放はまだだから、その手伝いはクラスBハンターに依頼されると睨んでたんだけど……他にとられたか?
全然知らなかったよ。ちょっと掲示板見て来るわ
いや、紹介所の受付嬢に聞いた方が早いんじゃないか? 彼女たちなら討伐隊からの特別依頼も管理してるし
それもそうか。分かった、ありがとうシモン
シュウゴは礼を言ってナーガ装備の代金を渡すと、紹介所へ向かった。
紹介所は今までにないほど盛況だった。
フリースペースのテーブルで四人パーティが作戦会議をしていたり、掲示板に貼りつけてあるクエスト発注書のコピーを複数人で取り合っていたり、見ない顔の若いハンターもたくさんいた。
受付に群がっていた一団が手続きを終え去っていくと、ようやく受付が見えユナと目が合った。
あっ、シュウゴさん! デュラさん! お疲れ様です
ユナは金のハーフツインを可愛らしく揺らし破顔した。
ユナさん、お疲れ様です。それにしても凄い人の数ですね
そうなんです。シュウゴさんたちの活躍で沼地や洞窟の行動範囲が広がって、ハンターの皆さんも活気づいているんです。忙しいですけど、やりがいがあるので嬉しい限りですよ
ユナは太陽のように眩しい笑顔を浮かべる。本当に嬉しそうだ。
シュウゴもなんだか嬉しかった。
大抵の人はシュウゴのことなどハナの戦いを援護する協力者としか認識しておらず、気にも留めない。
目立たないためとはいえ、少しは認めてもらいたいというジレンマがある。
だからこそ、面と向かって自分の活躍だと言われ、無性に嬉しくなった。
? どうされました?
ユナが疑問符を浮かべ、シュウゴは自分がだらしない顔をしていたことにようやく気付いた。
それから、シュウゴはユナと少しだけ雑談した後、本題に入る。
そういえば、新しいフィールドが発見されたという噂を聞きました。討伐隊から協力要請って出てるんですか?
呪われた渓谷のことですね。協力依頼は出ていますよ。ただ、クラスBハンターの方々への案内が遅れていて……申し訳ありません
ユナは申し訳なさそうに眉尻を下げ、シュウゴたちへ頭を下げた。
責任感の強い女の子だ。
自分の努力が足りないと思っているのだろう。
周囲の視線が集まっていることを察したシュウゴは慌てる。
い、いえ、別にそんなことを咎めようというのではなくて、あるなら内容を確認しようと思っただけです! だから気にしないでください
お心遣いありがとうございます
礼を言ってユナが顔を上げると、シュウゴの隣を見てクスリと笑った。
デュラが堂々とした佇まいで親指を立てていたのだ。
おそらく、「グッジョブ!」と言いたいのだろう。
こらデュラ! ふざけちゃ失礼だろ!
シュウゴが慌ててデュラの親指を握って隠す。
お気になさらないでください。デュラさんも、お心遣いありがとうございます
ユナはデュラにも礼を言うと、デスクの引き出しから紙の束を取り出した。
それをシュウゴの目の前に置き、説明を始める。
こちらが討伐隊から受け取った特別クエスト発注書です。フィールド名『呪われた渓谷』。瘴気の沼地の北北西にあり、高い岩壁に囲われた深く薄暗い谷となっています。まるで呪われているかのように黒い冷風が吹き荒び、枯れた大地を痛めつけるかのように赤い雷が降り注いでいるため、その先には進めていません。そこで、赤い雷の原因究明と排除を依頼するというものです
これまでに比べ、クエストの難易度は非常に高かった。
しかし今であれば不可能な内容ではない。蓄電石が簡単に手に入るからだ。
雷に打たれて先に進めないというのなら、蓄電石で加工した防具を身に付ければ容易に進めるはず。
討伐隊は税金で動いている以上、たった一回のために蓄電装備をそろえるわけには行かないのだろう。
ぜひ受注させてください
シュウゴはチャンスだと思った。
これはまさしく早い者勝ちの構図。
早めに情報を掴み、最速で装備を整え、真っ先に突撃した者だけが利益を得ることができるのだ。
かしこまりました。ただ、本日中に各ハンター様宛の案内を用意し送付しますので、受注可能となるのは明日からとなります。それでもよろしいでしょうか?
はい。また明日来ますので、よろしくお願いします
できれば今すぐにでも行きたかったが、別に明日であっても既に装備の完成しているシュウゴの優位性は揺らがない。
シュウゴは自分の分の案内状だけその場でもらうと、久々の高揚感を感じながら帰って行った。
メイに相談すると、彼女も翌日は孤児院が休みだというので、連れて行くことにした。
…………………………
呪われた渓谷は想像以上に荒れていた。
高い岩壁に囲まれ薄暗く湿っており、大地には枯れ果て黒く変色した木々が力なく倒れている。
黒の冷風が吹き荒び、そこら中で赤の雷が地を砕く。
メイは歩きながら心細そうに呟いた。
呪いというのは、何者かの意志が介在しているかのような、この不気味な雰囲気のことを言っているのでしょうか?
シュウゴ、デュラ、メイは周囲の動きに気を配りながら慎重に進んでいく。
シュウゴの隼には、全身に蓄電石が打ち込まれており雷が吸収可能。
デュラに関しては肉体がないため、雷を受けてもナーガの鱗を傷つけるほどの熱量がない限り痛手にはならない。
メイの防御力が一番低いが、ローブをベヒーモスの毛皮で強化しているため、かなりの軽減効果を持っている。
万全の体制だ。
シュウゴの予想通り、既に装備を整えていたのはシュウゴたちぐらいのものだった。
紹介所へ向かう際、慌てて商業区へ向かっていくハンターを複数見たが、彼らが到着する前にケリをつければ問題ない。