第五章 怨嗟の奔流
シュウゴ、デュラ、メイ、ハナメの四人は、瘴気の沼地に来ていた。
標的はクラスAモンスター『瘴気の蛇神 ナーガ』。
ベヒーモスと同等の力を持つ強敵だが、シュウゴたちも準備は万全だった。
シュウゴが肩に担いでいる漆黒の大剣は『ブリッツバスター』。
ベヒーモスの右の帯電角と牙によってグレートバスターを強化したものだ。
隼も全体的に蓄電石で打ちなおし、『ショックオブチャージャー』という電撃を吸収する特性を持たせた。
ハナメの手には、ベヒーモスの左の帯電角、牙、顎で強化した大太刀『雷充刀アギト』が握られている。
メイとデュラの装備も同様にベヒーモスの毛皮や爪などで強化されており、クラスA装備によって全体の戦闘力を大幅に底上げしていた。
エメラルドグリーンに輝く沼へ到着すると、四人は各々配置に着く。
シュウゴとハナメは先頭に並んで沼の前に、後ろにデュラ、その背後にメイ。
ハナメはそう答えると般若の仮面を顔に合わせ、アギトを両手で握りしめた。
シュウゴとハナメはそれぞれ、武器を両手で逆手に持ち魔力を込め始める。
――チ、チチッ、ジジジジジジジジジジ!
ブリッツバスターとアギトの周囲に稲妻が収束し始め、次第にその激しさを増していく。
それこそがベヒーモスとの戦いを活かし、シュウゴが新たに設計した武器の真骨頂。
シュウゴの背の装甲には雷の杖が加工して埋め込まれており、雷魔法が使用可能になっていた。
それにより、あえてブリッツバスターに雷魔法を収束させることで帯電し強力な電撃を放つことができる。
また、全身の蓄電石に溜めることで、ベヒーモスの第二形態のようにハイパーモード化することも可能。
ハナメの肩当にも雷の杖が加工してあり、雷をアギトに収束させることで破壊力を格段に上昇させる。
ある程度の充填が完了すると、刀身がバチバチと小さく放電を繰り返し、白く輝き出した。
シュウゴとハナメは刃の切っ先を沼に浸け、稲妻を開放する。
稲妻は瞬く間に沼中へ広がり、ナーガを急襲した。
――ズシャァァァァァァァァァァンッ!
大きな水飛沫と共に沼の中央からナーガの上半身が飛び出す。
低い唸り声を上げながら長い髪を振り乱してもがき、水面に顔を出した無数の蛇たちも痙攣している。
シュウゴはすぐさまバーニアを噴射し、ナーガへと飛び出した。
ここまでは作戦通り。
ハナメは再びアギトの充電を開始し、メイもレーザーの収束を始める。
しかしナーガも伊逹にクラスAではない。
すぐに体勢を立て直し本体はシュウゴへ向き直り、沼の中から飛び出した無数の蛇はハナメたちへ一斉に襲い掛かる。
シュウゴに襲い掛かるのは両腕の大剣と、ナーガの体の一部である四体の大蛇。
シュウゴは真っ先に突撃してきた二体の大蛇を側面噴射で避ける。
振り下ろされた大剣も身を反らし紙一重で躱すが、横から薙ぎ払われたもう片方の大剣は躱せない。
冷静に氷結の盾で受ける。
しかしナーガの力はその巨体に見合ったもので、いとも簡単に押し飛ばされた。
バーニアを背面噴射しなんとか踏み止まるが、前方からは四体の大蛇、下からは無数の蛇たちが迫っている。
シュウゴは目を閉じ冷静に、先ほどの充電で全身に溜めていた雷を感じとった。
雄叫びと共に全身から雷鳴と閃光を解き放ち、迫りくる蛇を迎え討つ。
圧倒的なまでの力と速さを身に宿し、蛇どもの追随を許さない。
空中で雷を迸らせながら、傍若無人に暴れまわる姿は雷神の如く。
――はぁっ!
勇ましい掛け声とともに一閃。
同時に三匹の蛇の首が飛ぶ。
ハナメは器用にも、アギトへの雷の収束を継続しつつ襲い掛かって来る蛇を切り伏せていく。
倒し損なっても、デュラに背中を預けているから隙は無い。
デュラはランスと盾で攻防を繰り返し、メイがレーザーの単発射出で援護する。
キリがありません。早くお兄様の援護に……
メイが表情を曇らせ呟き、奮闘しているシュウゴへ目を向ける。
ハナメは華麗に舞いながらも冷静だった。
大丈夫、もう少しで――きた!
とうとう、アギトへの充電が完了する。
ハナメがその場で立ち止まり、横一文字にアギトを薙ぎ払った瞬間――
迫っていた蛇たちの首が一斉に切断された。
充電の完了したアギトは、凄まじいまでの熱量を刀身に宿し、まるでレーザーのように収束した白い刃を形成していた。
それはアギトの本来の刃渡りを三メートルほどまで伸ばし、今なおビームソードのように揺らめいている。
それこそ、アギトを設計したシュウゴの目的だった。
ブリッツバスターは収束した雷を必殺の一撃として敵へ放つのに対し、アギトは武器自体の殺傷力を極限まで高めるようにしていた。
無論、これを形にすべく奔走していたシモンが死にかけていたことは想像に難くない。
おかげで蛇の第二波が来るまでの隙ができた。
今よ、デュラくん! メイちゃんは援護よろしく!
ハナメの呼びかけでデュラは盾を水平に持ち彼女へ向ける。
ハナメが盾の上に跳び乗ると、デュラはナーガへ向けて彼女を放り投げた。
メイは一歩前に出ると、水面上へ向けて最大出力のレーザーを放つ。
うぅぅぅっ!
アンデットの力を最大限に発揮し、照射しているレーザーを真横に薙ぎ払う。
これでハナメへ襲い掛かろうとした蛇の大半は倒した。
後はお願いします、ハナメさん
一方、シュウゴはナーガと接戦を繰り広げていたが決定打がなく、開放した雷も枯渇しかけていた。
メイの放ったレーザー照射はナーガの腹部へ当たっていたものの、強靭な鱗に阻まれ火傷程度の傷しかつけられないでいた。
距離が離れるほど威力が分散するため仕方がない。
シュウゴは大蛇の噛みつきを紙一重で避け、その首を断つ。
ナーガが苦しそうに唸った。これでやっと二体目。
シュウゴはナーガが怯んだ隙にエーテルを飲み、雷を収束し始める。
シュウゴくん!
ナーガの近くまで飛んできたハナメが叫んだ。
シュウゴが目を向けると、デュラに投げ飛ばされたハナメは既に勢いを失っており、間もなく重力に負けようとしていた。
シュウゴはオールレンジファングをハナメへ放つ。
ハナメがシュウゴの左手をしっかり掴むと、腕の噴射を止め巻き取り機構を作動させながら、ナーガへと振り投げた。
ハナメはシュウゴの左手を離すと、体勢を立て直しナーガへまっすぐに向かった。
もちろん、それを見逃すナーガではない。
グシャアァァァァァッ!
二体の大蛇と二本の大剣がハナメへ襲い掛かる。
しかし、シュウゴにとっては腕が密集した今こそ好機。
残っていた全身の雷と、たった今収束した雷をブリッツバスターに込め、必殺の一撃を放つ。
グヲォォォォォッ!
緑の稲妻纏う斬撃は、ナーガの全ての腕を切断した。
これでハナメの行く手を阻むものはなにもない。
シュウゴの声を背に受け、ハナメは雷光迸るアギトを振り上げる。
そして、成す術なく白い眼で睨みつけることしかできないナーガに肉薄し、
はあぁぁぁぁぁっ!
左肩から大きく袈裟斬りにした。
グワアァァァァァァァァァァンッ!
ナーガはひときわ大きい断末魔を上げると、ゆっくりと真後ろへ倒れ、最後に盛大な水飛沫を上げた。
水面上に顔を出していた蛇たちも、目の光を失い力なく浮かび上がる。
同時に、この付近から噴き出していた瘴気が徐々に収まっていった。
シュウゴはすぐにバーニアを噴かし、沼の波にのまれそうになっていたハナメをしっかりチャッチする。
現代でいうところの『お姫様抱っこ』で。
へっ?
……う、うん……
シュウゴが声を掛けると、ハナメはさっきまでの勇ましさはどこへやら、蚊の鳴くような声で答えた。
仮面をつけているために表情は見えない。
すぐにメイたちの待つ岸へ着地するとハナメを降ろした。
あ、ありがとう
ハナメが仮面を外すと心なしか顔が赤くなっていたが、シュウゴは戦闘での疲労せいだと考えた。
だから、駆け寄って来たメイが頬を膨らませていたのも、シュウゴがナーガに手こずり戦いを長引かせたためだと考えた。
ハナメさん、ズルいです……
その小さなヤキモチがシュウゴに届くことはなかった。
――それが一か月ほど前のこと。
ナーガを討伐したことで、沼地に蔓延していた瘴気は浄化マスクなしでも活動可能になるほどには薄まった。
それにより、沼地に訪れるハンターは増え、沼地でしか採れない薬草や鉱石類などのカムラでの流通量が増えた。
医療技術は発展し、商業はより盛んになり、カムラの生活水準が上がったのだ。
また、シュウゴたちがミノグランデを倒したことで蓄電石が容易に採取できるようになり、シュウゴの設計した電撃剣もハンターや討伐隊に人気の武器となっている。
ハナメはナーガ討伐を最後にハンターの仕事から一線を退き、商業区北西の空いた土地に訓練所を設立した。
その際、ハナメからの推薦という名目でシュウゴは無事クラスBへの昇格を果たした。
とはいえ、ハナメはシュウゴの頼みならいつでもクエストに同行するので、戦力ダウンはない。
その日、シュウゴは珍しくデュラを引き連れ商業区を歩いていた。
商業区は以前よりも店と行き交う人が増え、そこら中で元気な呼び込みの声が響き渡り活況となっている。
しかし、シュウゴは少しばかり寂しかった。
ハナメは訓練所で教え子たちの指導につきっきりで、メイも孤児院で一生懸命働いている。
最近ではデュラと二人で無難なクエストに挑むことが多く、これまでの波乱万丈な日々に比べ、どこか物足りなさを感じるのだ。
……
シュウゴはデュラも同じ気持ちか問うが、デュラはゆっくり首を横に振った。
まるで自分にはシュウゴがいれば寂しくないとでも言いだしそうな雰囲気だ。
これほどまで主を慕う臣下はそうそういない。
シュウゴはなにやら感動していた。
ジーンときた表情をしている。
そして、そこに水を差すように明るい声が彼らを呼び止めた。
お~い、シュウゴ~
シュウゴが振り向くと、そこにいたのはアンナとリンだった。
二人の恰好は以前ハンターをやっていたときと大きくは変わらず、アンナは褐色の肌に肩やへその出た露出度の高いレザーアーマーに、背には巨大な斧。
リンはすらりとした肢体にカーキ色で長袖の民族衣装とスカートを着こみ、上から金属の胸当てや膝当てを装備している。
おう。見ての通りさ
アンナは二カッと豪胆な笑みを浮かべると、石化の後遺症で動かなくなったはずの右腕を振り回した。
シュウゴは首を捻る。浄化魔法でも治らなかったものをどうやって治したのか、見当もつかなかった。
すると、話に加わりたかったのか、リンが先に答える。
沼地に生息する植物の中に、石化治療に有効な棘を持ったものが発見されたんです。カトブレパスの魔眼で石化した人が完治したって聞いて、それでもしかしてと思って
そうそう。リンが教えてくれてな、自力で採りに行ったんだ。おかげさまで、またハンターになれたってわけさ。ほんと、感謝してるよ
まったく、アンナってば次に会ったときには右腕が完治したなんていうから、ビックリしたわよ
ははっ! いいじゃないか
陽気に笑うアンナは特に気にしていないようだった。
しかしシュウゴは後ろめたい気持ちになる。
当事者である自分が、何一つアンナの手助けをできていないことに。
アンナはシュウゴの表情に気付くと、バンバンとシュウゴの肩を叩き笑い飛ばした。
そんな顔すんなって! あんたはあんたで凄く活躍してたらしいじゃないか。シュウゴはあのとき、コカトリスの猛毒で左腕を失った。それでも前に進み続けた。私たちもゆっくりではあったが、諦めずに前に進んだ。だから、私らの気持ちは一緒だった。それでいいじゃないか
そうですよ。シュウゴさんの活躍は、私たちに再起する力をくれました
シュウゴは二人の思いがけない言葉に瞳を揺らす。純粋で高潔な人たちだと思った。
アンナはシュウゴの背後で直立不動を貫いているデュラに目を向けた。
そういやクラスBに上がったんだってな? 強そうな仲間まで引き連れやがって。私らもすぐに追いつくから、それまで決して倒れるなよ
またいつか、一緒に戦いましょうね
シュウゴが朗らかな表情で返すと、二人は雑踏の中に去っていった。
そんなことをしみじみと感じながら、シュウゴは雑貨類の買い出しを済ませた。