第五章 怨嗟の奔流
先へ進むにつれ、冷風は強くなり落雷は激しくなっていく。
あまりに雷が激しすぎて、ここまで一体も魔物に遭遇していない。
至近距離に幾度となく落ちた雷が、とうとうシュウゴたちへ降り注ぐ。
最初に狙われたのはメイだった。
真っ先にデュラが動き盾でメイの頭上をカバーする。
シュウゴも咄嗟の勘で横へ跳び、落雷の直撃を回避した。
メイが上目使いでデュラを見上げ礼を言うと、デュラはコクリと頷く。
二人の無事にシュウゴが安堵していると、頭上に強烈な気配を感じた。
この絶望感を感じさせる覇気は、アンフィスバエナと同じ――
シュウゴが見上げた先――岩壁の小さな足場に立つ輝く獣がいた。
それは四足で立ち、碧玉のような翡翠の鱗と眩い白光放つ毛皮に全身覆われた、幻想的な獣だった。
顔には雷を纏った長い髭を生やし、頭頂部から天を貫くかのように真っすぐ伸びている鋭利な角は、赤い稲妻を溜め紅に輝いている。
シュウゴはその幻想的な霊獣に覚えがあった。
だが、シュウゴの知っているものとは大きく異なる点があった。
麒麟は穏やかな性格のはずだが、頭上でシュウゴたちを見下ろしているそれは、瞳を憤怒で真っ赤に染めている。
また、赤い雷もあれが発生させているもので間違いなさそうだが、麒麟といえば清廉で美しい純白の雷光を放つはず。
であれば、シュウゴにとって倒すべき敵。
シュウゴの指示を受け、メイがビームアイロッドにレーザーを収束し始める。
麒麟がその熱量に気付き顔を向けた。
それと同時にメイの頭上から連続で雷が降り注ぐが、デュラがしっかりと防御。
そして八割ほどまで収束を終えると雷が止んだ隙を狙って、杖を麒麟へ突き出しレーザーを放つ。
白光はまっすぐ麒麟へ伸び――
――そんなっ!?
麒麟を貫く直前、その姿が赤い雷光の発散と共に消えた。
シュウゴが周囲を見回していると、
――ズギャァァァン!
突然背後に雷が落ちた。
シュウゴが振り向くと、そこには麒麟が立っていた。
しかし、メイとデュラに目を向けておりシュウゴには背を向けている。
シュウゴは先手必勝とばかりにバーニアを噴かせ急接近し、その背中にブリッツバスターを振り下ろした。
――ズバァンッ!
麒麟は振り向きもせず後ろ足でシュウゴを蹴り飛ばす。
その蹴りは赤い稲妻を纏った光線を放ちシュウゴを焼いた。
ショックオブチャージャーがなければ、全身丸焦げで即死していただろう。
だがさすがは麒麟。
今の一撃だけでショックオブチャージャーの蓄電量が限界に達した。
メイたちへと優雅に歩いていく麒麟へ向け、シュウゴはブリッツバスターを振りかぶる。
――ズバァァァァァンッ!
赤の稲妻を纏った特大の斬撃を放った。
それは麒麟に見事直撃し大爆発を起こす。
しかし爆風が止むと、麒麟には傷一つついておらず歩みを止められていなかった。
ブリッツバスターの一撃は完璧だった。一撃必殺、のはずだった。
ショックオブチャージャーで全身に溜めた雷をブリッツバスターに流し込み一気に放つ。なに一つミスはしていない。
ならば、麒麟の体毛か鱗が雷を無効化する性質を持っているということ。
シュウゴは気持ちを切り替え、再び麒麟に斬りかかる。
今度は蹴られないよう、真横に回り込んで。
しかし、大剣の一撃は当たらなかった。
麒麟が赤い閃光を放ち再び消えたのだ。
すぐに麒麟は落雷と共に現れ、シュウゴはめげずに追いかける。
だが肉薄するたび麒麟は瞬間移動のように消えては現れるを繰り返す。
ひっ……
麒麟はジグザグな軌道で移動しながらも、確実にメイたちへ迫っていた。
敵がすぐそこまで迫ると、デュラが脇を締め盾を固定し、ランスを麒麟へ向け突進する。
麒麟は立ち止まり猛進してくるデュラを冷静に眺めていた。
そしてデュラが間合いに入ると、麒麟は自身の角を振り下ろし、ランスを下へ弾く。
そのまま反動をつけ、デュラを下からすくい上げるように投げ飛ばした。
デュラさんっ!
デュラは空高く飛ばされ、岩壁に激突し地上へ落下する。
シュウゴは怒りに顔を歪めながらも、その隙にメイの元へと戻った。
状況は絶体絶命。
クエストの目標である赤い雷の原因究明は果たしたが、これの排除などとてもではないが無理だ。
麒麟の力は、少なくともベヒーモスやナーガを軽く凌駕している。
シュウゴは忌々しげに奥歯を噛みしめた。
――ズザァァァンッ!
赤い雷光が閃いた次の瞬間、麒麟がシュウゴの目の前に現れ角を振り上げていた。
シュウゴは反射的にアイスシールドで受け止めるが、あまりの圧力で結晶の表面がひび割れていく。
お兄様っ!
シュウゴの後ろから、メイが横へ飛び出し杖を麒麟へ向ける。
レーザーの収束はまだ六割ほどだが、至近距離であれば怯ませる程度は可能だ。
しかし、なんの予兆もなしにメイの手元で赤い稲妻が弾けた。
きゃっ!
メイは衝撃で尻餅をつき、杖を遠くへ飛ばされてしまう。
シュウゴのアイスシールドもついに砕け、同時に麒麟の角が眩い赤光を放つ。
ショックオブチャージャーは瞬時に蓄電量を超え、シュウゴは呆気なく吹き飛ばされ地面を転がった。
麒麟はその場で両前足を高く振り上げ、地面に叩きつける。
――ズバァァァッ! ズザザザザザァァァァァンッ
半径十メートルほどの範囲内で雷が連続で降り注いだ。
シュウゴとメイは息を吐く暇もなく、体のいたるところを雷に打ち付けられ、地面に貼りつけられる。
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
激しい落雷が振り続ける中、麒麟はゆっくりシュウゴへと歩み寄り、その頭上で角を振り上げた。
トドメを刺すつもりだ。
シュウゴはかろうじて顔を上げるが、振り下ろされる一撃をただ見つめるしかできなかった。
そのとき、この落雷に怯まずデュラが割って入った。
――キイィィィィィンッ!
サンダーガードで麒麟の角を受け止める。
そして体を幾度雷に打たれてもビクともせず、デュラはカウンターとばかりに、クリアランサーで麒麟の角を突いた。
――バヂンッ!
なにかが弾けたような音がした。
麒麟は急に弱ったような声を上げ、五メートルほど後方へ瞬間移動する。
同時に降り注いでいた落雷の雨が止んでいた。
シュウゴがデュラに支えられながら立ち上がり麒麟を見ると、その赤く輝いていた角が欠けていた。
否、内側の白い角が見えていたのだ。デュラの一撃で充電部を削ったのだろうか。
麒麟の様子が変だった。
紅に輝く瞳が点滅しだし、まるでもがき苦しむように麒麟が動き回っていた。
まるで理性のせめぎ合いをしているようだ。
麒麟が暴れまわる間、落雷は幾度もあったがシュウゴたちを狙ってはこない。
メイを抱き起したシュウゴたちが麒麟から距離をとり、様子を見守っていると、やがて麒麟は岩盤に自身の角を叩きつけた。
ヒヒィィィィィィィィィィンッ!
そして天へと叫ぶと、岩盤の上を駆け上っていく。
頂上にたどり着くと、白い雷光で辺り一帯を包み込み、視界が晴れたときには消えていた。
シュウゴが気の抜けた声を漏らす。
渓谷の落雷はすっかり止み、黒い冷風だけがシュウゴたちを襲っていた。
赤い落雷の原因究明と排除……つまり、クエストは成功したのだ。
それを認識すると、シュウゴはガクンと膝を落とす。
お、お兄様っ!?
シュウゴはメイの必死な叫び声を聞きながら、意識を手放した。