第五章 龍二の百鬼夜行
――ズザァァァァァンッ!
突如、目の前で右から左へと地面を砕きながら巨大な衝撃波が走った。
敵は突進を止めて飛び退く。
強風の吹き荒れた後には、地面が大きく裂け、まるで龍二と敵とを遮る境界のようだ。
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既視感を感じた。
般若と遭遇したときに自分を救ってくれた謎の攻撃だ。
だが前回とは違い、今回はその正体を現す。
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――遅れて申し訳ありません、龍二様
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目の前にあったのは、見覚えのある大きな背中だった。
紫の竜紋の刺繍がされた灰色の羽織に行灯袴を着た、白銀の髪の男。
以前、夜に不良たちと遭遇したとき、助けに入ってくれた謎の男だ。
しかし前は妖気を感じられなかったが、今は強大な妖気を身に纏っていた。
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お下がりください。あやつは私が片付けますので
銀髪の男は龍二へ横顔を向け、そう言った。
龍二にはなにがなんだか分からなかった。
彼が何者なのか、なぜ自分を助けるのか。
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――陰雷
そのとき、龍二の視界から鬼面の男の姿が消えた。
声を上げようとしたときには既に遅かった。
――キィィィィンッ!
銀髪の男が目にも止まらぬ速さで腰の刀を抜き、瞬時に距離を詰めた敵の刃を受け止めていたのだ。
だがそれだけでは終わらない。
互いに刀を引き、無数の剣閃が走る。
次々と火花が散り、数え切れない激突音が響くが、龍二には目で追えない。
最後に大きな金属音が響いたかと思うと、鬼面の男が飛び退いて距離をとっていた。
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貴様、何者だ? 俺の邪魔をするつもりか
敵が苛立ちを滲ませた声で問う。
白銀の男は、龍二を一瞥すると名乗った。
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……龍の臣・元頭首補佐『鬼鼬』の『嵐魔』
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龍二は目を見開く。
彼が父の百鬼夜行の一員であることは、ある程度想定していた。
しかし、まさか頭首補佐だったとは予想だにしなかった。
事実上の百鬼夜行・龍の臣におけるナンバーツー。
もちろん、その事実に驚いていたのは龍二だけではない。
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バカな……龍の臣の幹部は、頭首がいなくなって去ったんじゃなかったのか……
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我が忠義、お前ごときの尺度で図るなよ、半妖
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貴様……
挑発するような嵐魔の言葉に、雰囲気を変える鬼面の男。
懐から形代を取り出し、くしゃりと形が変わるほど握りしめる。
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頭首補佐、鬼鼬……知っているぞ。側にいながら頭首を守れなかった奴が、今さらしゃしゃり出てくるなっ――式術開放『紫電』!
怒りの叫びと共に雷鳴が轟き、巨大な薄紫の電撃が迫る。
嵐魔の横顔はわずかながら、悔しげに歪んでいた。
それと同時に纏う妖気も鋭いものへと変わり、刀身へと吸い込まれるように風が集まっていく。
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断風
刀を両手で握り上段から振り下ろす。
強大な妖気を風に変えた斬撃は、空を裂き強烈な衝撃波となって地面を砕きながら進む。
そして紫電と激突し轟音を響かせた。
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強大な力は弾け、電撃と衝撃波が四方八方へ飛散する。
電撃は地面を砕き、衝撃波は周囲の壁を破壊して砂塵を巻き上げる。
しかし龍二は、目の前で嵐魔が盾になっていたため無傷だった。
対する鬼面の男は斬撃の余波を受けたようで、コートはところどころ裂けて鬼の仮面もひび割れ、右手からは血が滴り落ちている。
嵐魔は刀を横へ払うと厳かに告げた。
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俺は確かに守れなかった。そんな奴が頭首補佐を名乗るなど、許されていいことではないだろう。だが、あのお方に誓ったのだ。もう二度と、主を奪わせはしないと
その言葉には、確かな決意と熱い想いが籠っていた。
疑いようもなく、彼も父に仕えた妖なのだと龍二は確信した。
そのとき、ひび割れていた敵の鬼の仮面が亀裂を一気に広げ、ついに割れた。
鬼面は地面に落ち、男の素顔があらわになる。
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しかし包帯は顔全体にも巻かれおり、かろうじて見えるのは右目だけだ。
それ以外の肌はすべて包帯で隠れている。
だが違和感があった。
頭の右半分は、黒髪が包帯の隙間から出ているのに対し、左側はそれがなくゴツゴツとしていて、なにか鋭利なものが突き出ていた。
包帯が巻かれていても、それが角であることは想像に難くない。
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貴様、よくも……
敵は右目の目元を怒りに歪ませ、刀の切っ先を向けてくる。
左手には形代を握り、また新たな術を繰り出そうとするが――
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――そこまでだ!
路地裏へ繋がる通りのほうから声が響いた。
そちらへ目を向けると、複数の陰陽技官たちが呪符を手にたたずんでいた。
陰陽庁の増援がようやく到着したのだ。
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ちっ――陰雷
男は嵐魔を睨みつけながら苛ただしげに舌打ちすると、稲妻が弾け姿が消える。
その直後、技官たちの悲鳴が響いた。
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そちらへ目を向けると、数人の技官たちが血をまき散らしながら倒れるところだった。
敵の逃走を許してしまったのだ。
路地裏に張り詰めていた緊張が徐々に霧散していく。
あまりに早すぎる展開に、龍二は状況の整理が追いつかない。
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視線を戻すと、嵐魔の姿もいつの間にか消えていた。
技官たちはさらに人員を派遣するよう、支局へ連絡すると龍二と修羅へ駆け寄った。
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龍二は今度こそ、戦いは終わったのだと黒災牙を背の鞘へ納めた。
漆黒の髪は銀へ戻り、妖気も抑制されていく。人の姿に戻ると同時に傷の痛みが襲ってきて、激痛に顔をしかめる。
だがなにより、安堵によってどっと疲れが押し寄せ尻餅をついた。
修羅のほうは、気絶している間に完全に犬神化がとけていた。
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そんな……
一人の技官が首なしに殺された同僚たちの遺体を前に膝を落とす。
彼らの惨状に慟哭する姿を見て、龍二は改めて生きていることを実感するのだった。
…………………………
陰陽技官たちをすれ違いざまに斬って逃走した半妖は、川にかかる橋の下で息を整えていた。
もう嵐魔が追って来るような気配はない。
左手で怒りに歪む顔を押さえ、柱に寄りかかっていると、足音がして橋の影から一体の妖が姿を現した。
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そこにいたのは般若だった。
愛用の外套は失い、古めかしい紺の道着と籠手はそこら中裂けたり焼け焦げたりしていて、色白な鬼の顔にも切り傷が刻まれていた。
よほど手こずったのが分かる。
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えらく強い陰陽師がいての……
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どんな奴だ?
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赤く長い髪の男で、だらしのないへらへらした男だった。まったくやる気のなさそうな雰囲気だったが、実力はとんでもなかったぞ
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そうか、神野時雨がこの町にいるのか
半妖は声のトーンを落とした。
般若は知らない名前のようで、首を傾げる。
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知り合いか?
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さあな。だがあれは、お前の勝てる相手じゃない
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そんなことはない、と言いたいところだが、この有様ではなにも言えんな
般若は悔しそうに声のトーンを下げると、拳を強く握った。
半妖の男は興味なさそうに「ふんっ」と小さく鼻をならすと、歩き出した。
そこで般若は周囲を見回し、慌てて声をかける。
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待て、首なし殿はどうした?
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龍血鬼たちにやられた
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なんと……
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それだけじゃない。龍の臣の幹部が奴を守っている
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は? それでは鬼夜叉殿の言っていた話と違うではないか!?
般若が焦ったように声を上げ、半妖はバカにするように鼻を鳴らした。
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ふん、あの女も元は龍の臣の幹部だろ。俺は最初から信用していない。だから俺が来たんだ
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やはり、おぬしの独断か……
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頭首様には俺のことは報告しないでいい。とにかく、今は一旦退くぞ
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承知した
二体の妖は闇夜に溶けるように妖気を霧散させると、姿をくらますのだった。