第五章 龍二の百鬼夜行
※イラストのほうは間に合ってなくて、申し訳ございません……
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龍二は手短に告げると、焦りまくし立てる通話相手の声を無視して通話を切る。
横の修羅が怪訝そうに眉をしかめた。
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なに!? 般若か?
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龍二はため息を吐く。
山田の話では、もう事態は収束したということなので、じきに技官もここへ到着するだろう。
ようやく肩の力が抜ける。
もう戦うこともないだろうと思い、龍二は黒災牙を背の鞘へ納めようとした。
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――式術開放『陰雷』
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突如、仄暗い路地裏に薄紫の雷光が迸る。
遥か遠くで雷鳴が轟きそれが耳に届いたときには、龍二と修羅の間に割って入るように、謎の男が立っていた。
胸元に白銀の細鎖のアクセサリーを着けた、膝より下までを隠す漆黒のロングコートを着て、腰のベルトには刀を帯刀している。
顔には真っ赤な鬼の仮面を着けて素顔を隠し、隙間からのぞく肌はほとんど白い包帯が巻かれて隠れており、左手には黒い手袋、唯一肌を晒している右手は、まぎれもない人のもの。
突然現れた不気味な男に、二人は反応が遅れる。
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強烈な妖力を感じて来てみたが、これはどういうことだ?
誰に問うでもなく呟き、首なしの死骸へ目を向ける。
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なんだこの体たらくは? 幹部上席が聞いて呆れるな
同時に、目の前の男から微かな妖気を感じた。
その瞬間、龍二の背筋に冷たいものが這い上がる。
目の前の男は危険。
本能がそう告げていた。
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叫ぶと同時に、体は勝手に動いていた。
背に納めようとしていた黒災牙を目の前へ振り下ろす。
――キィィィンッ!
しかし男は顔を向けることなく、刀を逆手に抜いて受け止めていた。
両手で柄を握り力を込めるが、ビクともしない。
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龍二は直感する。
目の前の男は桁が違うのだと。
まだ戦意も見せていないというのに、そこにいるだけで息が詰まりそうなほどの覇気を内包していた。
しかしどういうことか。
妖気を感じるのに、先ほどの術は間違いなく式神の術。
時雨の話では、妖力と呪力は互いに打ち消し合うため、同時に扱うことはできない。
修羅が大太刀を振るっている中、陰陽術を使わなかったのはそれが理由だ。
もちろん、それは龍二にも当てはまり、龍血鬼の力を解放している間は使えない。
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なんなんだよっ、コイツは!?
遅れて修羅が大太刀を振り上げる。
しかしそれを振り下ろす直前、彼の目の前には形代を握った右手が突き出されていた。
それはジリジリと薄紫の稲妻を帯電している。
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――式術開放『紫電』
――ズバァァァァァンッ!
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ぐわあぁぁぁぁぁっ!
形代が突如、紫の雷光を盛大に放ち弾けた。
直撃した修羅は弾き飛ばされ、勢い良く壁に激突。
コンクリートを砕いて体をめり込ませると、ガクリと首を垂らし気絶した。
その胸元には黒い焦げ跡が広範囲に広がっている。
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龍二は叫ぶが、気をとられた一瞬の隙に、敵は刃を受け流し右の拳を突き出してくる。
慌てず黒災牙の刃を返して防御しようとする。これが見た目通り人の手なら、刃で裂けるはず。それを起点に反撃するつもりだった。
だが敵は、まるで手品のように右手を捻って掌を突き出すと、袖の内側から呪符を出した。
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界
黒災牙の刀身に触れる直前で障壁が生じ、動きが止まる。
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龍二は目を見開いて固まり、その隙に刀の切っ先が龍二の左脇腹を貫いていた。
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……つまらんな
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龍二は口の端から血を垂らしながらも、黒災牙の刀身へ黒炎を集め、障壁ごと薙ぎ払う。
鬼面の男は即座に刀を引き抜き、軽々と跳び退いた。
初めから予想していたかのような軽やかな動き。
元より力押しするつもりはなかったようだ。
龍二は脇腹を押さえ、苦痛に顔をしかめながらも立ち上がる。
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お前はいったい何者だ? なんの目的があって襲いかかって来た!?
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これから死にゆく者に答える意味はない
鬼面の男はなんの感情も乗せず、淡々と答えた。
話の通じる相手ではない。
だが目的はおそらく、般若や首なしと同じで龍の血のはず。
龍二は黒災牙の柄を両手で握ると、上段に構えた。
目を瞑り呼吸を整え、妖気の流れに集中する。
すると、刀身の周囲で風の流れが生じ、彼の妖気から変質した逆巻く黒炎が集束していく。
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ほぅ……
微動だにせず、その様子を凝視していた男は小さく感嘆の声を漏らす。
そして刀を地面へ突き刺すと、呪符をばら撒いて素早く両手を交差し、九字印を結び始めた。
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臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前――
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っ!
龍二の集中が一瞬だけ途切れ、炎がゆらめく。
九字護身法。
それは彼ら陰陽師が扱う結界の中でも、高位に位置するとされる術だ。
扱えるのはプロの陰陽師でもそうはいないという。
龍二は、いよいよ自分がなにと戦っているのか、分からなくなってきた。
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くっ!
それでも、歯を食いしばり最大の一撃にすべてを込める。
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闇焔――
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天より高覧せし大いなる太極よ、邪気を払いて、畏み申す――
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――炎殺!
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急急如律令
龍二の振り下ろした黒災牙から漆黒の炎が放たれ、それは巨大な熱波となって怒涛のように押し寄せる。
敵はそれを光り輝く障壁で受け止めた。
すべてを焼き尽くさんと押し寄せる灼熱の波はしかし、最強の防御を破ることはできない。
激しい熱波にさらされた後、深く削れ焼け焦げた地面と壁がその威力を雄弁に語っていた。
それでも、その中心に立つ男は無傷。
だがそれは、龍二にとってただの『目くらまし』。
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……まだやるか
龍二は深く腰を落とし、黒災牙を後ろへ引いて抜刀術のような構えをとっていた。
刀身へは研ぎ澄まされた妖気を纏い、それを灼熱の黒炎へと変える。
男は地面から刀を引き抜くと、腰の鞘へと納め、彼も抜刀術の構えをとった。
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闇焔・断空!
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……陰雷
向かい合って構えていた二人の姿が消える。
直後、刃と刃が激突する、甲高い金属音が響いた。
それを追うように、一直線に描かれた『漆黒の炎』と『薄紫の雷』の一閃が交差する。
その先に現れる龍二と敵の姿。
二人は互いに位置を入れ替え、背を向けて刀を振り抜いていた。
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そん、な……
龍二が驚愕と絶望に顔を歪ませ、瞳を揺らす。
龍二は無傷、しかし敵もまた無傷。
首なしですら圧倒した技を完全に無効化されたのだ。
その精神的ダメージは計り知れない。
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ふんっ、龍の血というのはこの程度か?
鬼面の男が呆れたように吐き捨て、硬直していた龍二は慌てて振り向く。
黒災牙の切っ先を向けるが、手が微かに震えていた。
悠々とたたずむ男を前に、勝てる気がまったくしないのだ。
彼は、首なしや般若よりも遥かに強い。
男は刀を構えずゆっくりと歩き出し、一歩ずつ近づいてくるたびに圧迫感が増すようだ。
増大していく恐怖心に耐え切れなくなった龍二は、地を蹴り肉薄。隙だらけの左肩から斬りかかる。
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――なっ!?
しかし、黒災牙の刃は黒い手袋をした左手に掴まれていた。
とてつもない力と硬さだ。
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雑魚が
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くっそぉっ!
刀身に黒炎を集め、手から焼き切ろうとするが、蹴り飛ばされる。
地面を擦って勢い良く転がり、慌てて立ち上がろうと膝を立てたとき、胸に激痛が走った。
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(なんだ?)
下へ顔を向けると、胸が一文字に大きく斬り裂かれ、血が溢れ出していた。
なにがなんだか分からず、男のほうを見ると、彼の刀からは血が滴り落ちている。
蹴られて吹き飛ぶ際に、斬られていたのだ。
龍二には速すぎて見えなかった。
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ごほっ
遅れて、口からも血の塊を吐き出す。
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もういい。お前の血、さっさと俺に寄越せ
肩で息をしながら前を見ると、男は刀を構え走り出していた。
黒災牙を地面に突き立て、それを支えに立ち上ろうとするが、体がぐらついて膝をついてしまう。
そんなことをしているうちに、敵はすぐ目の前へ。
修羅へ目を向けるも、彼は壁に寄りかかって気絶したまま。
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くそぉっ――