#20 新たな刺客【半妖の陰陽道 第五章】

第五章 龍二の百鬼夜行

※イラストのほうは間に合ってなくて、申し訳ございません……

 

龍二
――はい、俺も修羅も無事ですよ。今は商店街の路地裏にいます。ええ、『熊』が出たっていう場所です。早く技官を寄越してください

 

龍二は手短に告げると、焦りまくし立てる通話相手の声を無視して通話を切る。

横の修羅が怪訝そうに眉をしかめた。

 

修羅
誰だ?
龍二
塾の山田講師だ。俺たちが奴と戦っている間、塾が襲撃を受けたらしい
修羅

なに!? 般若か?

龍二
詳しくは分からん。けど、それで技官の到着が遅れているらしい

 

龍二はため息を吐く。

山田の話では、もう事態は収束したということなので、じきに技官もここへ到着するだろう。

ようやく肩の力が抜ける。

もう戦うこともないだろうと思い、龍二は黒災牙を背の鞘へ納めようとした。

 

――式術開放『陰雷いんらい

 

修羅
龍二
「「っ!?」」

 

突如、仄暗い路地裏に薄紫の雷光が迸る。

遥か遠くで雷鳴が轟きそれが耳に届いたときには、龍二と修羅の間に割って入るように、謎の男が立っていた。

 

胸元に白銀の細鎖のアクセサリーを着けた、膝より下までを隠す漆黒のロングコートを着て、腰のベルトには刀を帯刀している。

顔には真っ赤な鬼の仮面を着けて素顔を隠し、隙間からのぞく肌はほとんど白い包帯が巻かれて隠れており、左手には黒い手袋、唯一肌を晒している右手は、まぎれもない人のもの。

 

突然現れた不気味な男に、二人は反応が遅れる。

 

強烈な妖力を感じて来てみたが、これはどういうことだ?

 

誰に問うでもなく呟き、首なしの死骸へ目を向ける。

 

なんだこのていたらくは? 幹部上席が聞いて呆れるな

 

同時に、目の前の男から微かな妖気を感じた。

その瞬間、龍二の背筋に冷たいものが這い上がる。

目の前の男は危険。

本能がそう告げていた。

 

龍二
修羅! 逃げろ!

 

 

叫ぶと同時に、体は勝手に動いていた。

背に納めようとしていた黒災牙を目の前へ振り下ろす。

 

――キィィィンッ!

 

しかし男は顔を向けることなく、刀を逆手に抜いて受け止めていた。

両手で柄を握り力を込めるが、ビクともしない。

 

龍二
なんて力だ……

 

龍二は直感する。

目の前の男は桁が違うのだと。

まだ戦意も見せていないというのに、そこにいるだけで息が詰まりそうなほどの覇気を内包していた。

 

しかしどういうことか。

妖気を感じるのに、先ほどの術は間違いなく式神の術。

時雨の話では、妖力と呪力は互いに打ち消し合うため、同時に扱うことはできない。

修羅が大太刀を振るっている中、陰陽術を使わなかったのはそれが理由だ。

もちろん、それは龍二にも当てはまり、龍血鬼の力を解放している間は使えない。

 

修羅

なんなんだよっ、コイツは!?

 

遅れて修羅が大太刀を振り上げる。

しかしそれを振り下ろす直前、彼の目の前には形代を握った右手が突き出されていた。

それはジリジリと薄紫の稲妻を帯電している。

 

――式術開放『紫電しでん

 

――ズバァァァァァンッ!

 

修羅

ぐわあぁぁぁぁぁっ!

 

形代が突如、紫の雷光を盛大に放ち弾けた。

直撃した修羅は弾き飛ばされ、勢い良く壁に激突。

コンクリートを砕いて体をめり込ませると、ガクリと首を垂らし気絶した。

その胸元には黒い焦げ跡が広範囲に広がっている。

 

龍二
修羅っ!

 

龍二は叫ぶが、気をとられた一瞬の隙に、敵は刃を受け流し右の拳を突き出してくる。

慌てず黒災牙の刃を返して防御しようとする。これが見た目通り人の手なら、刃で裂けるはず。それを起点に反撃するつもりだった。

だが敵は、まるで手品のように右手を捻って掌を突き出すと、袖の内側から呪符を出した。

 

 

黒災牙の刀身に触れる直前で障壁が生じ、動きが止まる。

 

龍二
っ!?

 

龍二は目を見開いて固まり、その隙に刀の切っ先が龍二の左脇腹を貫いていた。

 

龍二
かはっ!

……つまらんな

龍二
くっそぉぉぉっ!

 

龍二は口の端から血を垂らしながらも、黒災牙の刀身へ黒炎を集め、障壁ごと薙ぎ払う。

鬼面の男は即座に刀を引き抜き、軽々と跳び退いた。

初めから予想していたかのような軽やかな動き。

元より力押しするつもりはなかったようだ。

 

龍二は脇腹を押さえ、苦痛に顔をしかめながらも立ち上がる。

 

龍二

お前はいったい何者だ? なんの目的があって襲いかかって来た!?

これから死にゆく者に答える意味はない

 

鬼面の男はなんの感情も乗せず、淡々と答えた。

話の通じる相手ではない。

だが目的はおそらく、般若や首なしと同じで龍の血のはず。

 

 

龍二は黒災牙の柄を両手で握ると、上段に構えた。

目を瞑り呼吸を整え、妖気の流れに集中する。

すると、刀身の周囲で風の流れが生じ、彼の妖気から変質した逆巻く黒炎が集束していく。

 

ほぅ……

 

微動だにせず、その様子を凝視していた男は小さく感嘆の声を漏らす。

そして刀を地面へ突き刺すと、呪符をばら撒いて素早く両手を交差し、九字印を結び始めた。

 

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん――

龍二

っ!

 

龍二の集中が一瞬だけ途切れ、炎がゆらめく。

九字護身法。

それは彼ら陰陽師が扱う結界の中でも、高位に位置するとされる術だ。

扱えるのはプロの陰陽師でもそうはいないという。

 

龍二は、いよいよ自分がなにと戦っているのか、分からなくなってきた。

 

龍二

くっ!

 

それでも、歯を食いしばり最大の一撃にすべてを込める。

 

龍二

闇焔――

天より高覧せし大いなる太極よ、邪気を払いて、畏み申す――

龍二

――炎殺!

急急如律令

 

龍二の振り下ろした黒災牙から漆黒の炎が放たれ、それは巨大な熱波となって怒涛のように押し寄せる。

敵はそれを光り輝く障壁で受け止めた。

すべてを焼き尽くさんと押し寄せる灼熱の波はしかし、最強の防御を破ることはできない。

激しい熱波にさらされた後、深く削れ焼け焦げた地面と壁がその威力を雄弁に語っていた。

 

それでも、その中心に立つ男は無傷。

だがそれは、龍二にとってただの『目くらまし』。

 

……まだやるか

 

龍二は深く腰を落とし、黒災牙を後ろへ引いて抜刀術のような構えをとっていた。

刀身へは研ぎ澄まされた妖気を纏い、それを灼熱の黒炎へと変える。

男は地面から刀を引き抜くと、腰の鞘へと納め、彼も抜刀術の構えをとった。

 

龍二

闇焔・断空!

……陰雷

 

向かい合って構えていた二人の姿が消える。

直後、刃と刃が激突する、甲高い金属音が響いた。

それを追うように、一直線に描かれた『漆黒の炎』と『薄紫の雷』の一閃が交差する。

 

その先に現れる龍二と敵の姿。

二人は互いに位置を入れ替え、背を向けて刀を振り抜いていた。

 

 

龍二

そん、な……

 

龍二が驚愕と絶望に顔を歪ませ、瞳を揺らす。

龍二は無傷、しかし敵もまた無傷。

首なしですら圧倒した技を完全に無効化されたのだ。

その精神的ダメージは計り知れない。

 

ふんっ、龍の血というのはこの程度か?

 

鬼面の男が呆れたように吐き捨て、硬直していた龍二は慌てて振り向く。

黒災牙の切っ先を向けるが、手が微かに震えていた。

悠々とたたずむ男を前に、勝てる気がまったくしないのだ。

彼は、首なしや般若よりも遥かに強い。

 

男は刀を構えずゆっくりと歩き出し、一歩ずつ近づいてくるたびに圧迫感が増すようだ。

増大していく恐怖心に耐え切れなくなった龍二は、地を蹴り肉薄。隙だらけの左肩から斬りかかる。

 

龍二

――なっ!?

 

しかし、黒災牙の刃は黒い手袋をした左手に掴まれていた。

とてつもない力と硬さだ。

 

雑魚ザコ

龍二

くっそぉっ!

 

刀身に黒炎を集め、手から焼き切ろうとするが、蹴り飛ばされる。

地面を擦って勢い良く転がり、慌てて立ち上がろうと膝を立てたとき、胸に激痛が走った。

 

龍二

(なんだ?)

 

下へ顔を向けると、胸が一文字に大きく斬り裂かれ、血が溢れ出していた。

なにがなんだか分からず、男のほうを見ると、彼の刀からは血が滴り落ちている。

蹴られて吹き飛ぶ際に、斬られていたのだ。

龍二には速すぎて見えなかった。

 

龍二

ごほっ

 

遅れて、口からも血の塊を吐き出す。

 

もういい。お前の血、さっさと俺に寄越せ

 

肩で息をしながら前を見ると、男は刀を構え走り出していた。

黒災牙を地面に突き立て、それを支えに立ち上ろうとするが、体がぐらついて膝をついてしまう。

そんなことをしているうちに、敵はすぐ目の前へ。

修羅へ目を向けるも、彼は壁に寄りかかって気絶したまま。

 

龍二

くそぉっ――