#19 激戦の末に【半妖の陰陽道 第四章】

第四章 宿怨

 

 

龍二
っ!?
修羅

なんだっ!?

 

首なしの全身から練り上げられた闘気が解き放たれ、空間を圧迫する。

風が吹き荒れ、それは鋭い衝撃波となって龍二たちを襲う。

一瞬の後に、頬から肩や腹、足の皮膚が裂け血が飛び散った。

 

龍二
ぐぁっ!

 

ありえない。

ただの覇気がここまでの威力を持つなど。

龍二は雷斬を地面に刺し、吹き飛ばされそうになるのをどうにか堪える。

前方を見ると、風に切り刻まれるのも構わず、武戎が首なしと斬り合っていた。

 

しかし首なしは、蒼黒で禍々しい妖気を纏い、圧倒的な力を発揮している。

先ほどまでとはまるで雰囲気が違う。

その妖気は、首なしの背後で鬼のような姿を作っていた。

 

龍二
くっそ……

 

武戎は明らかに押されている。

速すぎる太刀筋を受けるので精一杯だ。

まったく相手になっていない。

 

修羅

はぁっ、はぁ……

 

風が止んだときには、武戎がすぐ目の前で荒い呼吸を繰り返していた。

全身は血まみれで再び満身創痍に陥っている。

だがそれを回復する暇は与えられない。

 

修羅

野郎ぉぉぉぉぉっ!

 

武戎が叫び大太刀を両手で振り上げた次の瞬間、首なしが目の前に立っていた。

龍二が唖然と見守る中で、白い剣筋が十字の軌跡を描いた。

遅れて武戎の胸から血が噴き出す。

 

修羅

がはっ!

 

後ずさる武戎。

だが攻撃は終わっておらず、太刀の切っ先がその心臓へ迫っていた。

彼にそれを避ける余力はない。

しかしその体は後ろへと引かれ、肩を掴んでいた龍二が入れ替わるように前へ出た。

 

首無鬼

…………

 

尻餅を着いた武戎が見上げると、太刀の刃が龍二の胸を深々と貫いていた。

首なしも柄を握ったまま微動だにせず、固まっていた。

龍二の口から大量の血が吐き出される。

武戎が顔を歪め叫んだ。

 

修羅

なん、で……なにやってんだよ、鬼屋敷ぃっ!

龍二
……間に合った……

 

龍二は血を垂れ流す口の端を吊り上げる。

別に狙ってやったわけではない。

気付いたら体が動いていたのだ。

 

首なしは、龍二の胸からゆっくり太刀を引き抜いて血を振り落とすと、腰の鞘に納めた。

そして支えを失い、前へ倒れる龍二の体を受け止め、肩に担いだ。

これで敵の目的は完了したはず。

 

龍二
(逃げろ、武戎……)

 

口に出そうとするが、出てくるのは血と途切れ途切れの息だけだ。

龍二の意識が朦朧となってくる。

もう戦う意志はないというように、茫然自失と座り込む武戎の横を通り過ぎ、立ち去ろうと歩く首なし。

 

修羅

……待てよ

 

首なしが背後を振り向くと、武戎が立ち上がっていた。

しかし様子が先ほどまでと違う。

憎しみに増大した妖気はさらに強く、身体もまだ肥大化する。

髪や牙、爪も同様に伸び、さらに獣へと近しい姿へ変貌。

眩しく輝く琥珀色の目からは、一筋の涙が流れていた。

さらに巨大化した宿怨大太刀を肩に担ぎ、彼は叫ぶ。

 

修羅

お前の相手は、俺だろうがぁぁぁぁぁっ!

 

その咆哮はビリビリと空気を揺らした。

首なしは担いでいた龍二を壁際へ放り投げ、再び抜刀。

瞬時に肉薄してきた武戎の刃と斬り結ぶ。

 

修羅

くっそぉぉぉぉぉっ!

首無鬼
………………

 

先ほどよりも重く強い連撃を繰り出すが、体は軽く、飛び跳ねては左右の壁で反転して四方八方から斬りかかる。

首なしの動きもより速く洗練されていくが、武戎は互角に渡り合っていた。

 

 

冷たい地面に投げ出された龍二は、意識が朦朧とし視界も真っ暗だ。

だが目は見えずとも、武戎がまだ戦っているのが分かる。

彼の怒りがひしひしと肌に伝わり、自分のせいでああなっているのだと思うと、なんだか嬉しかった。

 

龍二
っ……く……

 

どうにかして助勢したいが、体が思うように動かない。

このまま死ぬかと思うと怖かった。心底体が震えた。

唯一の救いは目の前で仲間を死なせずに済んだことか。

 

龍二
(……そういえば、前もこんなことあったっけ?)

 

自然と先日の牛鬼との戦いが脳裏に蘇る。

これが走馬灯かと思うと、いよいよ死が近づいているのだと認識した。

 

龍二
(死にたくない……)

 

強く願う。

記憶を必死に手繰り寄せ、自分が死にかけたとき、なにが起こったのかを思い出す。

あのときも、牛鬼の爪に大きく背中を裂かれて死にかけた。

 

龍二
(……そうか)

 

妖の、龍の血の力だ。

力を解放したとき、確かに傷口は塞がっていた。

考えてみれば、それは武戎も同じ。

犬神の力のおかげで致命傷と呼べる傷を負っても、未だに戦い続けている。

ならば、同じ半妖の龍二に、ここで諦めるという選択肢はありえない。

 

龍二
ごふっ……まだ、戦える……

 

龍二の震える右手は宙をさまよい、背に帯刀していた黒災牙の柄へ届いた。

残る力をすべて込め、それを引き抜く。

 

龍二
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

 

 

溢れんばかりのどす黒い妖気と、漆黒の炎が溢れ出した。

横たわる瀕死の龍二の全身を黒炎が包み、それが一気に弾けたとき、彼の姿はそこになかった。

 

龍二
――闇焔やみほむら龍爪りゅうそう

 

首なしと武戎が太刀を力の限りぶつけ、激しく鍔ぜり合っているところへ、闇の炎を纏った刃が加わる。

 

修羅
首無鬼

「「っ!?」」

龍二
押し切れ!

 

二対一。

宿怨大太刀と黒災牙で、敵の太刀を押し返す。

同時に、黒災牙の刀身から黒炎が放たれ、斬撃の波となって太刀もろとも首なしを押し飛ばした。

 

必死に踏ん張ろうとする首なしだが、足は地面を擦ってそのまま奥の壁へと押されていく。

太刀で受けているものの、妖力が強すぎて斬り裂けないのだ。

そこで腕に力を込めて体を捻り、頭上へと弾き飛ばした。

黒炎の斬撃は建物の上階を破壊し、砕けたコンクリートの瓦礫が首なしへと降り注ぐ。

 

首無鬼
……

 

しかし首なしは、ゆったりと太刀を引き――

 

――ドゴオォォォォォンッ!

 

自分へ直撃する軌道の落下物だけを瞬時に細切れにした。

その周囲に落下した瓦礫で砂塵が巻き上がるが、首なしの全身から荘厳なる覇気が放たれ消し飛ぶ。

その覇気はビリビリと空気を震わせ、背後に陽炎のようなゆらめく鬼の虚像が一瞬だけ現れた。

 

龍二
……さすがだな

 

龍二は黒災牙を肩へ担ぎ、余裕の表情で呟いた。

銀髪は漆黒に染まり、縦長の瞳孔となった深紅の瞳は龍のもの。目元から頬にかけて枝分かれした黒い筋が伸び、黒炎ゆらめく漆黒の羽織を肩にかけている。

武戎は溢れ出る強大な妖気に後ずさり、驚愕の表情を浮かべた。

 

修羅

鬼屋敷、なのか……

龍二
俺は百鬼夜行の主の息子だ。そんな奴が仲間一人救えねぇでどうする

 

龍二は目も向けずに呟くと、こちらへと走り出した首なしを見据え歩き出す。

唖然とする武戎が困惑の表情で動けないでいると、立ち止まり、背中越しに彼の名を叫んだ。

 

龍二
修羅っ!
修羅

っ!

龍二
畳みかけるぞ!

 

そう言って黒災牙を構えて刃に黒炎を纏い駆け出す。

 

武戎――修羅は、久しぶりに名を呼ばれ、懐かしさを感じた。

彼をその名で呼んだのは、小さい頃拾ってくれた恩人ぐらいだ。

組の戦いに赴く彼の背中も、今目の前で駆けている龍二の背中のような安心感があった。

修羅は「ふっ」と頬を緩め、両手で大太刀を握る。

 

修羅

やってやらぁぁぁっ!

 

 

太刀と黒災牙が激突する。

龍二の後方で修羅が地を蹴り、首なしの背後へと降り立った。

大太刀を振り抜くが、首なしは黒災牙を受け流してその場で一回転。

龍二と修羅は、互いに対角線を維持しながら斬りかかる。

 

龍二
ふんっ!
修羅

はぁっ!

 

首なしは体を捻って素早く立ち回り、左右から迫りくる刀を冷静に弾いていく。

龍二の狙いは、首なしの左側。

腕がないおかげで弱点となったそこを重点的に狙う。

修羅は地面、壁と縦横無尽に跳ね回り、頭上からの攻撃を繰り出していく。

 

首無鬼

 

次第に攻撃を受けきれなくなった首なしは、刃を掠め切り傷を作っていく。

どれだけ彼が冷静に戦おうとも、今の龍二と修羅が相手では手数が足りない。

 

それこそ、首なし鬼の位階が上級から下級へと落ちた理由だ。

とはいえ龍二か修羅、どちらかが太刀の衝撃波で押し飛ばされれば、もう片方が一時的にタイマンとなり、極めて危険。

二対一でなくなったとき、均衡は崩れる。

 

龍二
もう、お前の好きにはさせん!
修羅

死んでも食らいつく!

 

息の合った二人の半妖の猛攻は、一縷いちるの隙も作らない。

ついに、修羅の大太刀が首なしの背を斬った。

だが首なしは動じず、刀を弾いて隙のできた龍二へ一閃。

この一撃のためにわざと斬られたのだ。

 

龍二
くっ!

 

龍二は瞬時に跳び上がり、首なしの頭上へ。

同時に跳び上がっていた修羅と上空で交差する。

狙っていたとばかりに、下から太刀を突き上げられるが、修羅が体を捻って大太刀の刀身を盾にする。そのまま壁へ叩きつけられた。

 

だが、首なしの反撃はまだ終わっていない。

素早く身を捻って回転し、背後へ降り立つ龍二を切り払う。

 

首無鬼
!?

 

しかし、切り裂いたのは、黒炎によってできた羽織だけだ。

龍二はその後ろで腰を深く落とし、抜刀術のような体勢をとっていた。

頭上で修羅と交差した一瞬、彼に蹴り飛ばしてもらい、着地の位置をズラしたのだ。

首なしは、ひらひらと舞う黒炎の羽織を一瞬で細切れにすると地を蹴り、覇気を纏った鋭い刺突を龍二へ放つ。

 

龍二
――闇焔・断空

 

太刀の切っ先が龍二の額に当たった瞬間、彼は消えていた。

漆黒の炎が舞い散るようにゆらめき霧散する。

次の瞬間、縦一直線に漆黒の軌跡が描かれ、勢い良く発火。

それは漆黒の炎を纏った刃の一閃だった。

 

首無鬼
!?

 

その一閃を避けられなかった首なしの右腕が黒い炎を発し、切断されて飛ぶ。

龍二は刀を振り抜いた姿勢で、彼の後方に移動していた。

その額からは一筋の血が流れている。あと一瞬でも遅れていたら即死だった。

龍二は力の限り叫ぶ。

 

龍二
仇を討てっ、修羅!

 

対する首なしは、追撃を避けるために慌てて体を回転させ飛び退く。

だが、空中で振り向いた彼の前には、既に修羅が肉薄し大太刀を振り上げていた。

 

修羅

これでっ、終わりだぁぁぁぁぁっ!

 

重く力強い一撃は、首なしを左肩から袈裟斬りにした。

衝撃が突き抜けて強風が吹き荒れ、斜めに切断された首なしは、血をまき散らしながら倒れる。彼は苦しそうに上半身をよじった後、動かなくなり妖気が完全に消失。

殺気の張り詰めていた路地裏に静寂が訪れる。

ついに決着がついたのだ。

 

 

龍二
……

 

龍二は気を落ち着かせるように、ゆっくり呼吸する。

妖は夜目がきくため意識していなかったが、とっくに日は暮れて夜になっていた。

 

彼は手を胸に当てるが、妖気が暴走するような気配はまだない。

これも、時雨との鍛錬で呪力の制御を学んだおかげかもしれない。

龍二は黒災牙を握ったまま、修羅の元へ歩み寄った。

 

龍二
終わったな
修羅

……

 

修羅は反応せず、ただ無表情で首なしの死骸を見下ろしていた。

そこにはなんの達成感も歓喜も感じられない。

 

龍二
修羅……
修羅

……分かってる。これが憎しみの果てだ。復讐なんてしたところでなにも戻ってこないし、なにも変わらない。でも、それが俺の呪いだ

 

淡々と言う修羅。

既に犬神化の状態もかなりおさまっており、憎悪の感情が消失しているのだろう。

だが、また強い憎しみを感じるようなことが起こったとき、彼は今回と同じようにボロボロになるまで戦わなければならない。

それが犬神の呪いなのだ。

龍二は悲哀の感情を抱き、頬を歪ませた。

 

龍二
そうかい。だがお前の戦いは無駄じゃなかった。こいつを生かしていたら、またどれだけの人が死んだか分からないからな
修羅

……お前は、本当に鬼屋敷なのか? 雰囲気も口調もまったく別人だ

龍二
ふっ、それをお前が言うか

 

龍二は頬を緩ませ薄く笑う。

妖の姿になって別人のようになるのはお互いさまだ。

目を丸くしている修羅へ、龍二は言った。

 

龍二
俺は鬼屋敷龍二だよ。人の姿だろうが、妖の姿だろうが、それは変わらない。そしてそれは武戎修羅、お前も同じだろ?
修羅

っ!

 

修羅は言葉を失い瞳を揺らす。

彼は動揺を隠すように、首なしの死骸へ視線を戻すと呟いた。

 

修羅

……俺には分からない

龍二
なにがだ?
修羅

こいつは俺の恩人の仇で、この戦いは俺個人の事情だ。その事情にお前は関係ない。いくらお前が狙われていたからといって、俺をかばって死にかける理由にはならないはずだ

龍二

簡単なことだ

修羅

なに?

龍二

俺がお前を仲間に……いや、お前と友達になりたかったのさ

修羅

バカな……そんな理由で……

龍二

まぁなんだっていいじゃねぇか。さっきは一方的にお前のことを仲間だと言ったが、ちゃんと本心を聞きたい

 

修羅は龍二へ視線を戻す。

今夜は月が出て少し明るかった。

 

龍二

なぁ、修羅。お前の怒りや憎しみ、すべて俺に分けてくれ。俺も一緒に悩むし、戦うからよ

 

龍二はそう言って頬を緩ませ、手を差し伸べた。

仲間へ向ける慈愛の眼差しと共に。

修羅の瞳が揺れる。

 

修羅

……勝手にしろ

 

そう呟き、修羅は背を向けて続けた。

 

修羅

俺は恨み辛みを力に変える妖だが、借りは必ず返す人間でもある

龍二

ふんっ、素直じゃないな

修羅

うっせぇ、ぶっ殺すぞ

 

そう言って二人は笑い合うのだった。

まるで、互いの傷を知る旧友のように。