第四章 ライトニングハウンド
……お兄、様……
メイの麻痺が治ったときには既に遅かった。
シュウゴは電撃になす術もなく吹き飛ばされ、仲間たちは理性を微塵も残さずベヒーモスに飛び掛かっている。
メイは震える足でシュウゴの元へと歩み寄る。
怒りはない。憎しみもない。ただただ悲しかった。
お兄様……
メイがシュウゴの体の横に膝を落とし、悲嘆の声を漏らす。
シュウゴの体は至る所から煙が上がっていた。
あれほどの熱量の電撃であれば当然か。
目をつぶり無防備に脱力している様は穏やかなものだった。
メイはシュウゴの右手を両手で包み、ゆっくりと自分の額に当てた。
お兄様ぁぁぁっ!
メイの慟哭が戦場に響き、涙が荒野に落ちる。
そして――
ハナメとデュラは善戦しているかのように見えた。
縦横無尽に動き回り、本能に任せて襲い掛かる。
そこに緻密な作戦などなく、ただただランダムに動き回っていることが唯一ベヒーモスに渡り合えている理由だった。
しかし、いつまでも上手くいかないからこそのランダム。
冷静に攻撃を受け流していたベヒーモスは、攻撃の合間に溜めていた稲妻を開放する。
っ!
ハナメとデュラは、見えない壁に弾かれたかのように吹き飛ばされ、地面を転がる。
ベヒーモスはさらに追撃を見舞う。
狙いはデュラ。
地面を転がって倒れたデュラの真上から叩きつけるように角を突き刺した。
デュラくん!
デュラのアーマーはまるで紙のように容易く貫かれ、ベヒーモスの角に持ち上げられる。
丁度腹の位置で刺されているが、デュラに生身がなかったことが不幸中の幸いか。
――ジ、ジジッ、ジジジジジッ!
ベヒーモスはデュラを頭上高くかかげた状態で雷を収束し始めた。
デュラは次になにが起こるか察知し、手足をジタバタさせるが、悪あがきにもならない。
くっ……
ハナメは悔しさに奥歯を強く噛む。
たとえデュラであっても、至近距離で電撃を受ければ最悪の場合、粉々だ。
ハナメが立ち上がったときには、収束はほぼ終わっていた。
彼女は絶望しながら、また仲間の最期を見届けるしかできない。
もう……やめて――
――ズバアァァァンッ!
突如、雷鳴とともにベヒーモスの後方から電撃が放たれた。
それは稲妻を纏った緑の斬撃。
直撃したベヒーモスは、その巨体を吹き飛ばされた。
デュラは角から解放され地面に落ちる。
な、なにが……
ハナメが驚愕に目を白黒させながら背後を振り返ると、そこにはシュウゴが立っていた。
体にはベヒーモス同様に緑の雷を纏い、右肩には高熱量を放出した後のグレートバスターを担いでいる。
彼はゆっくりハナメの横まで歩み寄った。
シュウゴくん!? よく無事で……でも、どうして?
ハナメが興奮したようにシュウゴへ詰め寄ろうとするが、シュウゴは大剣を地面に刺し右手を突き出して制した。
デュラも立ち上がり、大急ぎでシュウゴの元へ駆け寄って来る。
腹に大きな穴が空いた状態で走るというのは、どうにもシュールだ。
メイも後ろから合流し、シュウゴは自分になにが起こったのか説明を始める。
そう言ってシュウゴは苦笑するも、三人とも「ちくでん?」と疑問符を浮かべていた。
なんてデタラメな……
ハナメは驚いたような、呆れたような表情でボーっとシュウゴの体を見回す。
――バチッ! バヂンッ!
彼らが話している間に、ベヒーモスは体勢を立て直し、角への帯電を終わらせていた。
そして強敵の出現に憤怒の眼光を強めると、シュウゴだけを睨みつけ駆け出す。
シュウゴも決着をつけるべく、ベヒーモスへと駆け出した。バーニアを使わずとも、そのスピードは稲妻の如く。
グルアァァァァァ!
極限の力が二つ、稲妻の渦となって正面衝突する。
巨体をものともせず、その筋力を活かして俊敏に動き、重い一撃を次々繰り出すベヒーモス。
縦横無尽に駆けまわり、大剣を軽々と振りまわしながら、雷纏った斬撃を乱れ打つシュウゴ。
そのぶつかりあいは、まさしく頂上決戦だった。
息を呑むハナメたちには見守ることしかできない。
お兄様、どうか勝って……
シュウゴくん、私とテオの分までどうか……
――ガシャンッ!
三人の祈りが届いたのか、シュウゴはさらに力を増し、次第にベヒーモスを翻弄していく。
やがて、シュウゴの渾身の一撃がベヒーモスの左顔面に直撃。
ギャオォンッ!
叫ぶベヒーモス。その左角は折れ、閉じられた目から血が流れ出した。
ベヒーモスはその場で大きく一回転すると、後方へ大きく跳び退いた。
そして、ひときわ大きく吠えると、後ろ足のみで立ち上がり、両手を広げ、残った角に雷を収束し始める。
――ジ、ジジッ、ジジジジジジジジジジッ!
それに対し、シュウゴもゆっくりグレートバスターを頭上高くかかげた。
すると、刀身が緑色に輝き出し、雷が収束し始める。
――ジ、ジジッ、ジジジジジジジジジジッ!
互いに、全力の電撃が放たれ、荒野を緑の光で埋め尽くした。
やがて視界が明けると、シュウゴもベヒーモスも倒れていた。
ガウゥ……
ベヒーモスがのっそりと、体をガタガタ揺らしながら立ち上がる。
そしてシュウゴへ目を向けると、今にも倒れそうな息遣いで足を引きずりながら歩き出す。
その角には雷は宿っておらず、先ほどまでの覇気も残っていない。
シュウゴもなんとか片膝を立て、大剣を地面に突き刺し支えにして立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
悔しさに顔を歪めるがベヒーモスはどんどん近づいて来る。
しかし――
――ベヒーモス、覚悟っ!
ベヒーモスの横からハナメが斬りかかった。
敵は突然の奇襲に反応できず、直撃を受けて転がる。
デュラとメイは、満身創痍のシュウゴの目の前に立ち、彼をかばうようにしてハナメの戦いを見守る。
弱りきったベヒーモスの肉体には、容易く刃が通っていた。
ハナメは弱っているベヒーモスの苦し紛れのカウンターを冷静に見切り、幾度も斬りつける。
そしてついに、ハナメの渾身の一撃が、ベヒーモスの右前足を腕の関節部から綺麗に斬り落とした。
ガウゥンッ!
ベヒーモスはガクンと体勢を崩し、頭から地面に倒れ伏す。
無様にも立ち上がることすらできない狂戦獣。その目の前には太刀を強く握りしめ、仁王立ちするハナメ。
この時を、ただひたすら待ち侘びていた
ハナメは震える声で呟くと、太刀を頭上高くかかげる。
そして、綺麗な太刀筋を描いて振り下ろし、ベヒーモスに止めを刺した。
憎しみに囚われた戦いに終止符を――
…………………………
シュウゴたちがカムラへ戻り、ベヒーモス討伐の報告をすると噂はすぐに広まった。
「ハナメが仲間を引き連れ、見事ベヒーモスを討伐した」という噂が。
――一体どういうことですか!?
ベヒーモス討伐の数日後、バラムの執務室でハナメが声を荒げていた。
シュウゴ、ハナメ、メイ、デュラの四人はベヒーモス討伐の功績を称えるということで、バラムから直々にお呼びがかかったのだ。
バラムはハナメの憤りに怯むことなく聞き返す。
なんのことだね?
噂のことです。なぜ私がベヒーモスを討伐したことになっているんですか!? ほとんどシュウゴくんの手柄なのに、彼らの名前は公開されてすらいない
ああ、そんなことか
バラムは特に悪びれもなく涼しげな表情で聞き流す。それがハナメの神経を逆撫でした。
噂を流した張本人がバラムであることは、シュウゴも予想はしていた。そしてそれが、シュウゴたちを助けるためであることも。
だからシュウゴは、ハナメの怒りを鎮めようと割って入る。
そ、それは……
ハナメは口ごもり、メイとデュラを一瞥して下を向く。
畳みかけるようにバラムが口を開いた。
その通りだ。メイくんの正体が町で広がるのはできるだけ避けたい。だから負う必要のないリスクはできるだけ避けるようにしている。釈然としないだろうが、今回は一役買ってくれ。シュウゴのためにも
バラムが丸い顔に柔和な笑みを浮かべるが、元々が悪人面であるため、なにか企んでいるようにしか見えない。
しかし「シュウゴのため」と言われてはハナメも反論ができなかった。
わ、分かりました……
ハナメはシュウゴの方を横目で見ながら渋々といった様子で承諾する。
その後、バラムもシュウゴたちに謝礼なしにするつもりはないと言い、かなりの額の報奨金を渡した。
シュウゴとしては噂のことも、金のことも正直どうでも良かった。
それよりもただ、強大な敵を倒したという達成感がシュウゴを満たしていた。
バラムの執務室を出た後、シュウゴはメイとデュラを先に帰らせ、自分はハナメと共にテオの墓を訪れる。
――やったよテオ。お姉ちゃんはベヒーモスを倒したんだよ
静かで優しい風の吹く中、ハナメは膝を折り、テオの墓石へ語り掛けていた。
墓地は孤児院のさらに南にあり、教会で管理している。
だからもう、心配はいらない。テオ、あなたは安心して眠っていいの
ハナメはそう言って般若の仮面を墓石の前に置く。
それはハナメが頭に付けているものとは雰囲気が違っていた。
妖艶な狂気が宿っているハナメの仮面に対し、それは荒ぶる覇気を宿していた。
うん、テオの。本当はこれも使ってベヒーモスと戦おうと思ってたんだけど、テオを無理やり戦わせているような気がして、どうしても使えなかった
そっか……多分、それで良かったんだと思う
え?
俺だったら、身を挺してまで守った人に戦ってほしくない。だからもし、自分の残した力を使ってなお戦うというのなら、それを残したことを後悔すると思うんだ
……そう、かもね
ハナメは立ち上がり、ゆっくりシュウゴへ振り向いた。
でも、もう大丈夫だよ。テオとあなたに救ってもらったこの命、これからは私自身のために使うよ
うん、それでいいと思う
ありがとう、シュウゴくん!
ハナメの笑みは、これまで失ってきたものを取り戻したかのように、輝いて見えたのだった。