#23 ライトニングハウンド【滅亡世界の魔装設計士 第四章】

第四章 ライトニングハウンド

 

 

廃墟と化した村では――

 

――ブオォンッ!

 

ベヒーモスの振り下ろした前足が宙を裂く。

ハナメは紙一重で横転し回避。

もう片方の前足が連続して迫るが、冷静に太刀で受け流すと大きく跳び退いた。

 

肩で息をしているハナメの顔には般若面が装着され、両手で太刀を握りしめている。

対するベヒーモスは獲物を逃したことなど意に介していないかのように、ゆっくりハナメへと向き直った。

 

ベヒーモスはカトブレパスと同等のサイズ感で四足歩行の魔獣だ。

全身の筋肉が異様に発達しており、獰猛ないかつい顔に鋭く尖った二本の角。圧倒的な膂力はミノグランデの怪力に匹敵するうえに、反射神経がとび抜けている。

まさしく猛獣といったところだが、知性も高く剣のような刃を生やした尻尾を駆使するから隙が無い。

 

ハナメ

くっ……

 

ハナメは反撃の糸口が掴めず奥歯を強く噛む。

鬼の能力を開放しても、ベヒーモスの余裕の態度は覆らない。

テオを失ってからこの日のために鍛え直してきたというのに、なんという体たらくだろうか。

だが、弟の仇を目の前にして憎しみの炎は揺らいだりしない。

 

ハナメ

このぉぉぉっ!

 

ハナメは地を蹴り風を切る。

凄まじいスピードで迫るも、ベヒーモスは冷静に片足を引いた。

次の瞬間、ベヒーモスの体が一回転し、尻尾の剣が薙ぎ払われる。

しかし、その攻撃モーションは昔にも見ていた。

 

ハナメ

見切った!

 

ハナメは咄嗟に跳び上がり、尻尾の斬撃を回避する。

そしてそのままの勢いでベヒーモスへ斬りかかる。

 

ベヒーモス

ギャゥンッ……

 

上空から振り下ろした一撃は見事にベヒーモスの肩を裂いた。

だが、あまりにも硬い筋肉に阻まれ、深くは入らなかった。

 

ハナメ

まだ!

 

ハナメは着地と同時に太刀を横から薙ぎ払う。

 

――ガキンッ!

 

ベヒーモスの首を飛ばす勢いで振るった一閃は、その強靭な牙に挟まれていた。

 

ハナメ

ぐぅぅぅ……

 

敵の咬合力とハナメの力が均衡するものの、ベヒーモスはすぐ攻撃に切り替えた。

太刀から口を離し、隙だらけのハナメに猛烈なタックルをかます。

 

ハナメ

っ!?

 

ハナメはベヒーモスの硬い右肩に突き飛ばされ、荒野を勢いよく転がった。

太刀も手放してしまい、あらぬ方向に飛んでいく。

 

ハナメ

テオの仇を討つまで、私はっ……

 

痛みに顔を歪めながらも憎悪を糧に立ち上がると、ベヒーモスがその鋭い深緑の角をハナメへ向け猛然と駆け出していた。

ハナメの脳裏にテオの最期が蘇る。

あの時も、ピンチのハナメをテオがかばって貫かれたのだ。

しかし今、ハナメにそれを避けるための余力も、助けてくれる人もいない。

 

ハナメ

テオ――

 

ハナメが掠れる声で呟き目を閉じる。

そのとき、耳に届いたのは肉が貫かれる音ではなかった。

 

 

シュウゴ
――ハナメぇぇぇ!

 

シュウゴは全速力で荒野の上空を飛び、ハナメを捉えると左腕を放った。

体から離れ、けたたましい噴射音を響かせたオールレンジファングは、間一髪で立ち尽くすハナメの腕を掴む。

 

シュウゴ
うぉぉぉぉぉ!

 

巻き取り機構を起動し、一気に引き寄せる。

空中でハナメをしっかり抱き止めたシュウゴは、バーニアの噴射を調整し地面に着地。

ぎゅっと目を瞑っていたハナメを地面に寝かせ顔を覗き込んだ。

 

シュウゴ
ハナメ、大丈夫か?
ハナメ

……え? シュウゴ、くん? どうして?

 

ハナメはゆっくり目を開け、信じられないというように目を白黒させている。

 

シュウゴ
なんでって……仲間だからだよ

 

シュウゴはさも当たり前のように言う。ハナメは黙って目を見開いていた。

実際のところ、ハナメの探索をバラムに願い出て、ヴィンゴールの許可をもらったのだ。

 

シュウゴ
無事で本当に良かった……

 

間一髪のところで間に合って、シュウゴは心の底から安堵した。

歓喜で涙すらこぼれそうだったが、今は目の前の敵に集中する。

 

ベヒーモスは今、デュラが足止めしているが、さすがはクラスAモンスター。

デュラの力でもってしても、防御で精一杯だ。

ランスで反撃する隙すら与えられていない。

 

――バコンッ!

 

ベヒーモスが回転しながら横へ跳び、薙ぎ払われた尻尾がデュラを叩き飛ばす。

次にシュウゴのほうを向くと、牙を光らせ地を蹴った。

覇気を纏った猛獣が凄まじい勢いで迫るが、シュウゴは慌てず叫ぶ。

 

シュウゴ
メイ!

 

次の瞬間、ベヒーモスの左方向から白光が迫った。

ビームアイロッドの最大火力だ。

だがベヒーモスはここでも超常的な反射神経を発揮し、直撃の寸前で身を捻り横へ転がって緊急回避した。

 

シュウゴ
くそっ、なんなんだあいつは!
ハナメ

……あれが狂戦獣ベヒーモス。私と弟が鬼の力をもってしても敵わなかったバケモノよ

 

ハナメはシュウゴの肩を借り、ゆっくり立ち上がる。

シュウゴが前を向くと、ベヒーモスは既にメイへ狙いを定めていた。

 

ハナメ

メイちゃんが!

 

ハナメが慌てて叫び走り出そうとするが、シュウゴがその腕を掴んで止める。

困惑の表情で振り返ったハナメへシュウゴが言う。

 

シュウゴ
大丈夫だ

 

そのすぐ後、ドスン!という音が響きハナメは再び前を向いた。

ベヒーモスが倒れていたのだ。

その両前足には白い糸が巻き付き、ベヒーモスが前につんのめって顔を地面に付けている。

メイがスパイダーホールドを張っていたのだ。

 

シュウゴ
今だ、ハナメは太刀を!

 

シュウゴはそう言ってバーニアを噴射し、ベヒーモスへ飛び出す。

ハナメは頷き、太刀を拾うべく走り出した。

 

 

力づくで糸を引きちぎり、驚くべきスピードで体勢を整えつつあるベヒーモス。

その背にランスを突き立てようと、デュラが跳び上がり上空から迫っていた。

機敏にそれを察知したベヒーモスは、あえて前方に身体を倒し尻尾を振るった。

あと少しというところで真横から剣の尾を叩きつけられ、デュラは吹き飛ばされる。だが――

 

シュウゴ
――もらった!

 

ザシュッ!

シュウゴの大剣が無防備になった尻尾を斬り落とした。

 

ベヒーモス

ギャオルゥゥゥゥゥッ!

 

ベヒーモスは叫ぶと大きく跳び退き、追撃を見舞おうとしたシュウゴから距離をとる。

 

シュウゴ
ふぅ

 

シュウゴは着地し息を整える。

シュウゴの視界では、ハナメが太刀を拾い、デュラが立ち上がっていた。

ベヒーモスは余裕を失くしたようにガルルルと唸り、シュウゴを憤怒の瞳で睨みつけている。

そして、ベヒーモスが大きく跳び、シュウゴの頭上から前足を振り下ろす。

 

シュウゴ
皆、いくぞっ!!

 

シュウゴはアイスシールドを展開し受け止める。

ハナメが左側から、デュラが右側から飛び掛かった。

 

ほんの一瞬のうちに繰り広げられるのは、三対一の激しい攻防。

ハナメの太刀は前足の爪で受け止められ、デュラのランスは角に弾かれる。

シュウゴが真正面から大剣を叩きつけようとしてもバックステップで回避される。

 

圧倒的なまでの攻防が幾度も、幾度も繰り広げられた。

決定打がない限り、激闘は続く――

 

メイ

――お兄様!

シュウゴ
っ! 二人とも下がれ!

 

メイの凛とした声が後方から届き、意図を察したシュウゴがハナメとデュラへ叫ぶ。

シュウゴの切迫した声に、二人は反射で跳び退いた。

シュウゴも跳び退きつつ、左腕をベヒーモスの顔面へと放つ。

それを叩き落そうとベヒーモスが前足を振り上げた直後、握られていたフラッシュボムが炸裂。

 

――パアァァァァァンッ!

 

シュウゴ
ちぃっ!

 

シュウゴは目を閉じながら舌打ちする。

ベヒーモスもフラッシュボムが爆発する寸前で目を閉じていたのだ。

 

それだけではない。

攻撃モーションを中断せず、シュウゴの左腕を叩き落した。

その強靭な爪で内部の糸を引き裂かれ、左腕はもう操作不能だ。

 

だが、それも全て想定内。

目的であるベヒーモスの足止めは果たした。

 

シュウゴ
いっけぇぇぇ!

 

白光に包まれた世界をさらに強い光が塗り替える。

最大出力のレーザーがベヒーモスへと迫っていた。

 

これで決まりだ。

誰もがそう確信した。

だが、そのとき誰も気付いていなかった。

ベヒーモスの両角に圧倒的な熱量が帯電していたことに。

 

 

ベヒーモス

ガウゥゥゥゥゥッ!!

 

ベヒーモスは目を開けると、真正面から直進してくるレーザーに両角の先、丁度中間ほどの位置を合わせて鋭い唸り声を上げた。

 

――ドオォンッ! ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 

レーザーはベヒーモスの角で止まる。角の間で緑色の雷光が迸り、レーザーを阻んでいた。

 

メイ

そ、そんな!?

 

メイが杖を握りしめながら驚愕に目を見開く。

やがてベヒーモスの両角がエメラルドに眩しく輝き出し、電撃の光線を発生させてレーザーを押し返した。

そしてレーザーを完全に飲み込むと、電撃を拡散させメイへと降り注ぐ。

 

メイ

きゃあぁぁぁぁぁ!

シュウゴ
メイぃっ!

 

襲いかかった無数の電撃にメイが倒れた。

麻痺でもしてるのか、うつ伏せに倒れた体は小刻みに痙攣している。

 

しかし、他人の心配をしている場合ではなかった。

ベヒーモスが身を屈めると、エメラルドに輝く無数の雷が宙を走る。

そして、極限まで帯電した角を天へと突き出した瞬間――

 

――ズバアァァァァァァァァァァンッ!

 

雷による大爆発が起こった。

その強烈な雷撃の圧力は、周囲のシュウゴたちに襲い掛かる。

 

シュウゴ
っ!

 

シュウゴは大剣の刃を盾にし、吹き飛ばされないようバーニアを噴かす。

ハナメは太刀を地面に刺し耐え、デュラは盾を地面に立て片膝をついている。

 

ベヒーモス
……

 

ようやく雷の激流が止むと、ベヒーモスはシュウゴたちへとゆっくり振り向いた。

その目は憤怒に赤く光っており、角は綺麗な緑光に輝いている。

全身には今にも弾けそうな雷を纏い、歩くたびに電撃を周囲へ伝播させた。

 

シュウゴ
くそっ!

 

先手必勝とばかりにシュウゴが真正面から突貫した。それと同時にデュラとハナメも走りだす。

 

ベヒーモス

グルァァァッ!

 

接近してきたシュウゴの頭上へ、ベヒーモスの角が振り下ろされる。

しかしシュウゴはサイドへ瞬発噴射し回避。通常なら、それで回避できたはずだった。

 

――バヂンッ!!

 

シュウゴの頭上から小さな雷が落ち、地面に叩きつけられる。

そのまま踏みつぶそうとベヒーモスが左前足を上げるが、横からデュラが跳びかかりランスを突き出す。

 

――バゴンッ!

 

前足はシュウゴの代わりにデュラを叩き潰し、地面に押し付けた。

シュウゴは動こうとしても雷で体が麻痺し、思うように立てない。

次に右方向からハナメが迫る。

しかし太刀の有効な攻撃範囲に入る寸前、ベヒーモスは前足を振るった。

 

ハナメ

そんな!?

 

ハナメが驚愕の声を上げる。

届かないのはずの攻撃だった。

しかし、ベヒーモスの爪は帯電しており、緑色の刃がレーザーのように伸び、宙を裂く。

 

ハナメ

くぅっ!

 

ハナメは間一髪、片足で地を蹴り体を逸らすが完全には躱しきれず――

 

――ザシュッ!

 

左肩を肩当ごと切り裂かれ、衝撃で後方へ吹き飛ばされた。

ハナメは勢いよく転がると、鮮血で溢れた肩を抑えうずくまる。

そして獲物を逃すベヒーモスではなく――

 

ベヒーモス

ガルルルゥ

 

角の前に雷を収束し始める。

先ほどレーザーを押し返したものと同じモーションだ。

その照準はハナメ。

 

シュウゴ
ハナメ! 逃げろ!

 

シュウゴが体をピクピクと痙攣させながらも、かろうじて立ち上がり叫ぶ。

しかしハナメも麻痺して動けない。

デュラはベヒーモスに踏みつけられ、メイはまだ倒れている。

そして無情にも、稲妻が激しい音を立てながら収束していき、緑光のレーザーが放たれた。

 

シュウゴ
させるかぁぁぁっ!

 

ハナメにトドメの一撃が刺さる寸前、シュウゴがバーニア最大出力でハナへと迫り、彼女を突き飛ばす。

目を見開き離れていくハナメは、手を伸ばしシュウゴへなにかを言おうとしていた。

 

――ズバアァァァァァァァァァァンッ!

 

しかし、その声は届くことなく雷鳴にかき消された。

 

ハナメ

い、嫌ぁぁぁぁぁ!

 

シュウゴは全身で高熱量の電撃をもろに食らい、エメラルドの光に身を焦がされながら吹き飛んでいく。

ハナメは彼が散りゆく様を唖然と見届けていたが、駆け寄ることはしない。

 

ハナメ

ベヒーモス……私から何度奪えば、気が済むのよぉぉぉっ!?

 

怒り狂い、ベヒーモスを睨みつける。

血まみれの左肩など意に介さず太刀を強く握りしめ、鬼気迫る勢いでベヒーモスへと駆け出した。

デュラも突然激しく暴れ出し、ベヒーモスの足の下から抜け出した。

そして、ただがむしゃらにベヒーモスへ飛び掛かる。