第四章 ライトニングハウンド
――まったく、君という奴は……
ハナメと別れたシュウゴたちはシモンの鍛冶屋に来ていた。
来て早々シモンに妬みを孕んだ目を向けられるが、シュウゴにはその理由に心当たりがない。
どうしたんだシモン?
どうしたもこうしたもあるか! 僕は聞いたんだぞ、君が美人剣士とクエストに出てイチャイチャしてたって!
イ、イチャイチャなんてしてないわ! 魔物を狩ってただけだっての!
……してました
ほら、目撃証言だってあるじゃないか!
思わぬところから攻撃されたシュウゴが横を見ると、メイが不服そうに頬を膨らませてそっぽを向いていた。
その頭をデュラがよしよしと撫でている。
シモンがやれやれとため息を吐いた。
まったく君はいつもいつも……で、唐変朴のシュウゴさんはなにしに来たんだ?
いや見て分かるだろ。隼の修理を頼みたいんだよ
しょうがない。修理費はいつもの三倍でどうだ?
分かった。よろし……って増えてるじゃないか!?
ははっ、冗談だって
シモンはいつもの調子で笑うと、デュラとメイにも目を向ける。
お二人さんは特にないかな?
私は大丈夫です
メイが答え、デュラも頷き意思表示する。
シュウゴはアイテム袋に手を突っ込むと、回収してきた謎の鉱石をシモンへ渡した。
お? へぇ、こんな鉱石があるのかぁ……
シモンが灰色のそれを一つ手に取り、興味深そうにふむふむと眺め回す。
硬そうではあるけど、高ランク鉱石と言うほどの性質はなさそうだな……うん、とりあえず分かった。できる限りのことはやってみよう
ありがとう。よろしく頼む
シュウゴはシモンが店の奥から持ってきたグレーの義手義足を、ひび割れた自分のものと交換する。
これはいざというときのためのレンタル品。
隼を修理に出すときの代替品で戦闘に耐えられる造りにはなっていないが、日常生活を送るには十分だ。
ついでにグレートバスターも強化しとくよ
シュウゴはシモンにグレートバスターを渡し店を出た。
それから数日。
久しぶりに穏やかな日々を過ごすシュウゴだったが、先延ばしにしていた問題をメイが掘り起こす。
お兄様、時は来ました――
というわけで、メイの働き口を求め、シュウゴとメイはカムラの南西にある第一教会に向かっていた。
第一教会はカムラの第三の勢力である教団の本拠地であり、教徒たちを束ねる数名の司祭、白魔法を扱い公務の補助をする神官、そして教団の代表でありカムラの教徒たちの心を一つにまとめた立役者であるシスター『マーヤ』の拠点である。
また、周辺には孤児院と診療所が並んでおり、どちらも教団が運営している。
マーヤはシスターという立場上、直接教団の運営に口を出すことはないが、教徒たちの熱狂的な信頼故、民の代表としてバラムやヴィンゴールと直接意見を交わすこともある。
司祭単独でこれはできない。
シュウゴたちが教会に入ると、奥の教壇で一人の司祭が聖書を音読していた。
その手前の会衆席に十数人の教徒たちが座り熱心に聞いている。
シュウゴたちが入ってすぐのところで立ち止まっていると、脇に立っていた助祭の男が近づいて来た。
白の祭服で手には聖書を持ち、柔和な微笑みを浮かべながらシュウゴに話しかける。
こんにちは。今日はどうされましたか?
助祭は二人の恰好を今一度確認すると、納得したように破顔した。
あなた方がそうでしたか。マーヤ様からお聞きしております。それでは、こちらへどうぞ
シュウゴは助祭に案内され、会衆席の横を通って奥にあるシスターマーヤの執務室に足を踏み入れた。
執務室は質素なものだった。
いや、清貧というべきか。
部屋は狭く掃除は行き届いているものの、特に装飾品などは飾っておらず、マーヤの執務セットと応接用の簡素なソファとテーブル。あとは聖書などが並んだ書棚ぐらいだ。
シュウゴの姿を見ると椅子に座っていたマーヤが立ち上がった。
……シュウゴさん
シュウゴが懐かしさに頬を緩めながら頭を下げ、メイも続いて「こんにちは」と挨拶し頭を下げる。
シスターマーヤは白と黒のベール状の頭巾に、ローブのような黒の修道服を身に纏っていた。
大して上質のものには見えないが、整った色白の顔に全てを包み込むような温かい笑みを浮かべ、堂々とした立ち振る舞いもあり、まるで聖女のような雰囲気を醸し出している。
年齢は四十を超えているはずだが、その美しさに変わりはない。
本当に久しぶりですね。見違えるほど大きくなったわ
マーヤは遠い記憶に想いを馳せるように目を細める。
シュウゴがまだ孤児院にいたとき、教会側は人手不足でマーヤもよく手伝いに来ていた。
シュウゴは彼女を姉のように慕っており、メイの件も彼女なら相談に乗ってくれると思ったのだ。
シュウゴは孤児院を出てからこれまでにあったことを話した。
常にギリギリの生活をしながら素材を集めていたこと、設計した装備を完成させて今はハンターとして活動していること、デュラやメイとの出会いなど……
――大変、だったのですね……よく頑張りましたね
マーヤは真剣な表情で瞳を潤ませていた。
シュウゴは、その言葉だけで救われるような思いだった。
なぜかメイも涙ぐんでいる。
仕事、ですか?
はい。私はシュウゴお兄様たちのお役に立ちたいのです。戦闘ではもちろんのこと、生活費だってお兄様に負担させてばかりではいられません
それがメイの抱えていた悩みだった。
シュウゴと一緒にいることは絶対に変わらないが、一緒にクエストへ行っても、クエストの報酬金が増えるわけではない。
それでもメイの分の家賃や服代などの生活費がかかる。
だからこそ、自分の力だけで生活費を工面したかったのだ。
メイの熱心な口ぶりに、マーヤは口を挟むことなくしっかり聞き届けた。
そしてマーヤは深く頷くと、椅子に座って机から一枚の紙を取り出した。
分かりました。現実から目を逸らさず、懸命に生き抜こうとしているあなたたちのためです
マーヤは急いでペンを走らせると、書き終えた手紙を折り畳みシュウゴへ渡した。
これは私からの紹介状です。メイさんがここに来た経緯、彼女特有の性質、働く目的なども詳細に書いてあります。これを孤児院の院長に渡してください
シュウゴはそれを受け取ると、深く頭を下げた。メイもそれに続く。
いいえ。これぐらいはさせてください。あなたたちの行く末に幸福が待っていること、心からお祈りしていますよ
シュウゴとメイは再度マーヤに礼を言い、彼女の温かい笑みに背中を押されながら教会を後にする。
その後すぐに孤児院へ生き、院長にマーヤの手紙を渡すと、快くメイを職員として受け入れてくれたのだった。
…………………………
その日、ハナメは廃墟と化した村の外れを歩いていた。
以前、シュウゴが撃退したカオスキメラが再び現れたという情報があり、クエストを受けたのだ。
特にカオスキメラに興味はなかったが、なんとなくシュウゴの顔が思い浮かび受けていた。
ハナメが歩いているのは村から出てすぐの荒野で、ゴツゴツと不格好で大きな岩が転がっている。
その先は霧が濃くなり、討伐隊も未だに進めていない。
以前であればまっすぐ進むと大規模な都市があったはずだが、霧の中では方向感覚が狂い思うように進めないようだ。
ハナメは歩きながらシュウゴたちのことを思い出す。
(いい人たちだったなぁ……メイちゃんは純粋で可愛らしいし、デュラくんは犬みたいにシュウゴくんべったりで面白いし……それに、シュウゴくん……)
ハナメは立ち止まり胸に手を当てた。
なんだか不思議と温かい気持ちになってくる。
しかし今はクエスト中。
ハナメは気を引き締め直し、再び歩き始める。
次第にハナメは胸騒ぎを感じるようになった。
目撃情報のあった場所は既に過ぎているというのに、カオスキメラの姿がどこにもない。
ハナメは不審に思って立ち止まると、周囲を見回した。
すると、激しく争った跡を見つけ、そして――
――えっ?
ある岩の影に死骸を見つけた。それは……『カオスキメラ』の死骸だった。
(そんな……一体誰がクラスBなんて……)
バクバクと不安に暴れる心臓の音を無視しながら慎重に近づいていく。
――ガルゥゥゥ
突如、ハナメの背後から猛獣の唸り声が響き、なにかがドスンッ!と着地した。
ハナメが緊張に頬を強張らせながら背後を振り向くと……
っ!?
――ガオォォォォォォォォォォンッ!
――――――――――
その日、隼の修復が完了し、シュウゴはすぐにシモンの鍛冶屋で換装を済ませた。
メイはそろそろ孤児院での仕事が終わる頃だが、デュラが迎えに行っている。
シモンは最後に、隼の稼働を確かめながら言った。
結局、あの鉱石がどんな性質を秘めてるのか分からなかったよ
とりあえず、隼の補強には十分の硬度だから存分に使ったよ。でも次からあまり無茶するなよ? 金のなる木がなくなったんじゃ商売上がったりだ
二人はゲラゲラと笑い合う。
シュウゴが鍛冶屋を出ると、夕方の商業区は人通りがやけに多かった。
特にハンターらしき恰好の者が多く、誰もが不満だったり恐怖だったりを表情に出していた。
変な胸騒ぎがする。
不穏な空気から察するに、なにかが起こっているのは間違いない。
そこで、道行くハンターをつかまえて聞いてみると、「一時的にフィールドへの転移禁止」となったようだ。
彼はフィールドで討伐隊に声をかけられ、今すぐ町へ戻るよう圧力をかけられたらしい。
シュウゴはその理由を知るべく彼らの向かう場所、中央広場へ向かった。
シュウゴが広場に到着すると掲示板に群がる人だかりの中にメイとデュラを見つけた。
二人はシュウゴの声に反応し、人込みを掻き分けてシュウゴの元へ駆け寄る。
メイは動揺に瞳を揺らしていた。
お兄様、なんだか大変なことになってるようです……
『ベヒーモス』が廃墟と化した村に出現したと
シュウゴはクラスAモンスターの出現に戦慄する。
だがそれに加えて気がかりなことができた。
い、いえ。むしろその逆で、一時的にクエスト受注とフィールドへの転移を停止し、まだ村にいる人たちは討伐隊が即刻帰るよう、呼びかけて回っているようです
それを聞いてもシュウゴの胸騒ぎは収まらなかった。
……ハナメは? ハナメの姿を見たか?
い、いえ……
メイとデュラは気まずそうに首を横へ振る。
くっ!
お兄様!?
シュウゴは紹介所へと駆け出していた。
無用な心配である可能性が高い。
それに村への転移が禁止されている以上、カムラで彼女の姿を探すぐらいしか今のシュウゴにできることはない。
だがそれでも、一度は仲間になった人を放置するなんてできなかった。
あんな思い、もう二度としたくない!
シュウゴの脳裏にアンとリンの絶望に彩られた顔が蘇り、胸を締めつける。
あのとき誓ったのだ。
もう二度と仲間を傷つけさせたりしないと。