第四章 ライトニングハウンド
――いらっしゃいませ~
広場の横にある酒場に入ると、以前と変わらず賑わっていた。
生涯孤独の身だと思っていたシュウゴは少しだけ喜びが湧き上がって来る。
しかし、アンナとリンのことを思い出し、浮かれまいと思い直す。
かく言うメイは浮かれていた。
わぁ……お兄様、酒場って笑顔が溢れてるんですね
純粋なメイに苦笑する。
今も着ている豪勢な衣装を見るに、庶民的な店とは無縁の人生を送って来たのだろう。
本人は覚えていないのだろうが、それは間違いないはずだ。
シュウゴは、マントで全身を覆っている不気味なデュラと、目を輝かせて辺りを見回しているメイを連れ、三人で座れる席を探す。
ついでに情報屋の姿も見逃さないよう、仔細に目を配る。
あら? あちらのお姉さんは……
メイの視線の先を追いかけると、ハナメがいた。
今は甲冑を着けていない着物姿だ。
上品な所作で高級そうな酒を楽しんでいる。
防具はないが、相変わらず般若の仮面は頭に乗せている。
優雅で気品に溢れ、周囲の喧騒から隔離されているかのようだ。
それ故に、非常に近づきづらい。
だが折角の機会、逃すにはあまりに惜しい。
シュウゴはメイを真横に抱き寄せ、大人げなくも盾にしてハナメへ突撃する。
ちなみに、メイは突然強引に抱き寄せられたことで、顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。
あなたは昼間の……ええ、構わないよ
シュウゴはハナメの柔らかい笑みに安心して向かいに腰を下ろす。
デュラとメイもその横に続いた。
ハナメの向かいにシュウゴ、左隣にメイ、さらにその左隣にデュラが座り、珍しい組み合わせだと周囲の視線を一斉に集めた。
ハナメも不思議なものを見る目でジッとデュラとメイを観察した。
だがすぐに視線を逸らす。
彼女は周囲の視線など気にせず、桜の花びらをあしらった上質の杯を口に運ぶ。
「ふぅ」と幸せそうに頬を緩めると、シュウゴへ目を向けた。
自己紹介がまだだったね。私はハナメ。堅苦しいのは嫌いだから呼び捨てでいいよ。聞いたと思うけど、ハンターをやってるの
ええ、よろしく
シュウゴが右手を差し出すと、ハナメも微笑みながら右手を伸ばし握手を交わした。
挨拶を終えてすぐに料理が運ばれて来た。
シュウゴには米と肉料理に野菜と火酒、メイには少量の野菜のコンソメスープ、デュラには泡を立てた麦酒が一杯。
ハナメが向かいに並んだ料理を見て、目を丸くする。
……随分と偏っているんだね?
シュウゴは額に冷や汗を浮かべ、無理やり笑みを浮かべる。
デュラはコクリと頷き。メイも「そ、そうなんです」と作り笑いを浮かべた。
ハナメは胡散臭そうなジト目を向けていたが、「そう」と頬を緩ませ話題を変えた。
そういえば、最近よく噂になってた赤毛のハンターって、もしかしてあなた?
シュウゴは自分の噂と聞いて、討伐隊の業務妨害みたいな悪い噂じゃないかと顔が青ざめる。
ハナメもシュウゴが悪い噂を連想しているのを察して笑う。
凄く活躍してるって噂だよ。カオスキメラを撃退したり、コカトリスを討伐したりしてるってね
なぜかメイが興奮したように身を乗り出す。
食事を楽しめないから退屈していたのだろう。
シュウゴはメイに落ち着くよう言い聞かせて座らせる。
ハナメはクスクスと笑っていた。
可愛らしい妹さんね
シュウゴはずっと聞きたかったことを聞いた。
大した質問ではないと考えていたが、ハナメは思いのほか真剣な表情になった。
うん。まだ辞めるわけにはいかないの。『あいつ』を倒すまでは
シュウゴは反射的に聞き返す。
ハナメの雰囲気が戦闘時のように鋭利になり、その瞳に憤怒の炎が見えた。
ハナメはすぐ我に返り、自分の発言を後悔したようだったが、シュウゴたちの心配するような表情に負け、ゆっくり語り始める。
面白い話じゃないけどいい?
……あいつっていうのは、クラスAモンスター『ベヒーモス』のこと
私には弟がいたの。私よりも強くて勇敢な弟が。でも、私たち兄弟はベヒーモスに負けたわ。そのとき弟がベヒーモスから私をかばって……
ハナメの表情が悲痛で歪む。
その先は聞くまでもなかった。
メイがシュウゴの袖をギュッと握り、シュウゴは重苦しい表情でハナメの話を遮った。
それでも、私は戦わなくちゃいけないの
ハナメは弾かれたように顔を上げた。
戸惑いの表情を浮かべている。
え? い、いえ、無関係なあなたちを巻き込むわけには……
……そんなことを言われたのは初めて。でも、相手はクラスAなんだよ? 怖くはないの?
シュウゴくん……ありがとう……
ハナメは頬をほんのりと赤く染めながら、微笑んだ。
酒も適度に回り、シュウゴたちはしばらく話し込んでいた。
ハナメは頬を赤くしているものの酒には強いようだ。
それはシュウゴも同様だが、普段よりは饒舌になり話が弾んだ。
メイは少しずつスープを口に運びつつ、デュラは微動だにせず、静かに二人の会話に聞き入っている。
ところで、そちらのメイちゃんとデュラくんは一体何者なの?
シュウゴはハナメの問いにドキッとした。
デュラは顔を向けるだけだが、メイは肩をビクっと震わせる。
ただ、ハナメは純粋な好奇心で聞いているだけのようだ。
シュウゴは酔っていたために気にも留めていなかったが、今思えばハナメはチラチラと二人を気にしていた。
だって、メイちゃんはここら辺じゃ見ない綺麗な服を着てるし、デュラくんに関してはずっと兜を外さないからお酒も飲んでないし……
麦酒の入ったデュラのグラスからはすっかり泡がなくなってしまっている。
シュウゴは二人の正体について話すか迷った。
だが、これまでの会話から彼女を信用に足る人物だと判断した。
周囲を見回して他に聞こえないよう、身を乗り出し小声で話す、二人の正体を。
――えぇっ!?
ハナメが大声で驚愕の声を上げ、周囲の注目を浴びた。すぐに「ご、ごめんなさい」と謝りしゅんとする。
くれぐれも他の人には秘密にしてほしいんだ
え、ええ、それは心配いらないよ。でも凄く驚いたわ……
ハナメは興奮したように目を輝かせ、メイとデュラを眺めた。
特に嫌悪感を抱いている様子はない。
凄く興味深いなぁ……そうだっ! 三人は近々クエストに行く予定あるのかな?
まだ迷っているところだが、ミノグランデの討伐に行こうかと思っていた。
ハナメは「じゃあさ」と年頃の少女のように歯を見せて笑い、
私もぜひ同行させて! お願い!
思いがけないことを頼み込まれた。シュウゴは目を丸くして聞き返す。
クラスBハンターとクエストを共にできるなど、願ってもないチャンスだ。
ハナメも酔った勢いで言ったのかもしれないが、この機会を逃すまいとシュウゴは二つ返事で承諾――むしろ、クラスBモンスターの討伐に協力してくれと逆に頼み込む。
――じゃあ二日後、楽しみにしてるね
ハナメは弾けるような笑みを浮かべそう言い残すと、店を出て行った。
シュウゴも、メイが野菜スープを飲み終えるのを待ってから、グラスからすっかり泡がなくなってしまっているデュラの麦酒を飲み干し店を出た。
翌日、シュウゴはハナメの経歴について調べて回った。
別に怪しいからではない。
彼女の弟の話を聞いて、過去になにがあったのか気になっただけだ。
まずは、広場の掲示板で一般に出回っている情報を探した。クラスBほどのハンターになれば、モンスターと同様に情報が出回る。それだけ需要があるのだ。
金を持った商人や特別な事情を抱える人などが、個人的に依頼したりするらしい。
シュウゴはその後、紹介所の三姉妹やシモン、最後に情報屋からハナメの情報を買ったりした。
――三年ほど前、廃墟と化した村に恐ろしく強い魔獣が現れた。
討伐隊や数々のハンターが挑んだが、傷一つ付けられずに敗走。
やがてその魔獣は狂戦獣ベヒーモスと命名され、クラスAと認定された。
それからベヒーモスは村に居座り、ハンターたちの狩りを妨げたことでカムラは飢饉に陥る。
だが、ベヒーモスをどうにかしないことにはカムラ領民の絶滅は逃れられない。
そんな絶望の中で立ち上がったのが、クラスBハンターのハナメとその弟『テオ』だった。
二人は勇敢にもベヒーモスに真正面から立ち向かい、見事撃退に成功。
しかしその結果、テオは深手を負い戦死した。
故にハナメは、討伐隊やバラム商会から一目置かれている。
本来は英雄としての扱いを受けていいものだが、ベヒーモスに一矢報いたのはテオだとハナメが言い張り、領主の謝礼を受け取らず、噂を流す者たちにも広めるなときつく言って回ったそうだ。
だからこそ、彼女はベヒーモスと再戦するそのときまで、ハンターを続けるつもりなのだろう。
シュウゴは集めた情報を家に持ち帰り、木造のテーブルにお茶を置いて腕を組み思案にふけっていた。
当時、隼の素材集めに必死だったシュウゴは、一時の休憩ぐらいにしか考えていなかった。
自分がまだ表舞台にすら立っていなかった頃からハナメは最前線で活躍していたのだ。
畏敬の念すら抱く。
シュウゴが難しい顔をしながら「ずずず」とお茶をすすっていると、メイがテーブルの上に置いてあるハナメに関するメモを覗き込んできた。
お兄様は、ハナメさんのような凛々しくて強い女性がお好みなんですか?
メイの急な問いかけにシュウゴは茶を吹き出す。
お、お兄様!? 大丈夫ですか?
メイは慌ててシュウゴに駆け寄り、むせているシュウゴの背中を撫でた。
シュウゴが落ち着いたのを確認すると、壁に掛けてあった布をとり机の上を拭く。
シュウゴは顔を真っ赤にしながらメイに反論した。
ご、ごめんなさい。私はてっきり……
メイは心なしかしゅんとする。シュウゴは落ち着きを取り戻して言った。
シュウゴは特に期待していないといように言い放ち、残ったお茶を飲み干す。
ふふっ、それはどうでしょうかね?
メイが長い袖で口元を隠し、クスクスと控えめに笑う。
シュウゴにはその言葉の意味がどうしても分からなかった。