第四章 ライトニングハウンド
翌日、紹介所で合流したシュウゴ、デュラ、メイ、ハナメは、ミノグランデ討伐のクエストを受注し、孤島の洞窟へと向かった。
初めてここに来たというハナメは、外から差し込む光や仄かに輝く鉱物資源が放つ幻想的な雰囲気に心奪われていた。
だが、さすがは凄腕ハンター。
現れる敵は、容赦なく二刀の小太刀で斬り捨てていく。
今のハナメは裾が短めで花柄の赤い着物に、幅広の頑強そうな肩当、上質な毛皮で編みこまれた黒の籠手、硬質の鱗が光るスカートのような腰当を身に着け、両腰に小太刀が一刀ずつ、そして背には二メートルの刀身を誇る太刀を帯刀していた。
頭の上には相変わらず、般若の仮面を乗せている。
露払いは任せろとばかりに次々敵を切り伏せていくハナメに、シュウゴたちも負けじと並んだ。
さすがのハナメも魔装の隼には驚いたようで、目を丸くしてシュウゴのデタラメな機動に見入っていた。
メイのビームアイロッドにも興味を示し、「凄いね」とメイの頭を撫でていた。
メイも幸せそうに目を細めていたので、シュウゴもなんだか嬉しくなる。
そうやって互いが独自の戦いを披露しているうちに、いつの間にか大きな扉の前に辿り着く。
その部屋の内側からは強力な魔物独特の、肌を刺すような鋭い魔力が漂っていた。
シュウゴが扉の右側の取っ手を掴んで背後を見ると、三人とも緊張の面持ちで頷いた。
ハナメが左側の取っ手を掴み、真剣な表情でシュウゴへ告げる。
行こう!
――部屋の中は真っ暗だった。しかし暗くて見えずとも、目の前に強大な魔物が佇んでいることが肌で感じ取れる。
耳をすませば野獣のような息遣いも聞こえてくる。
そして、開けた扉がひとりでに閉まると、侵入者に反応し周囲の松明が一斉に燃え出した。
視界が明けると、全長二十メートルはある巨大な悪魔が目の前に堂々と佇んでいた。
顔はミノタウロスのような牛のものだが、角は横に曲がって斜め下を向き、鼻は低く悪魔のように口の端が吊り上がっている。
背には巨大な漆黒の翼を持ち、紫の肌色に筋骨隆々の肉体。巨大な斧を両手で握りしめていた。
グオォォォォォォォォォォッ!!
獲物を視界に捉えたミノグランデが雄たけびを上げる。
シュウゴたちはその迫力に怯みながらも、各々散開し戦闘を開始。
まずは真正面からシュウゴが飛び掛かり、敵の頭部へグレートバスターを叩きつけようとする。
――ギイィィィンッ!
大剣の斬撃は斧で防御され、鈍い金属音を上げた。
シュウゴは横から回り込もうとサイドへ腕部バーニアを噴射するが、ミノグランデは左腕を横に払い、シュウゴを軽々と振り飛ばす。
シュウゴはかろうじてアイスシールドで防御したものの、空中で大きく後退。
その攻防の隙に、ハナメがミノグランデの足元を走っていた。
足を伝い、一気に体を駆け上がるつもりだ。
――ブオォンッ!
ハナメの真上から巨大な拳が振り下ろされる。
しかしハナメは大きく前へ跳び回避。姿勢を低くしたミノグランデの左腕に飛び乗り、肩まで駆け抜ける、が――
ミノグランデは勢いよく首を横へ振るい、強靭な角をハナメへ叩きつけた。
ハナメは宙に投げ出され、無防備に。
シュウゴが叫ぶが既に遅く、ミノグランデは右腕を振り上げていた。
巨大な斧をハナメへと力一杯叩きつける。
――ドガァァァァァンッ!
ハナメは部屋の入口付近まで吹き飛ばされ、派手な破砕音と砂埃を上げた。
シュウゴが怒りに任せ、突貫する。
ミノグランデは再び右腕を振り上げるが、左方向へ大きく回避。
ミノグランデの右肩で旋回し、そのまま大剣を叩きつけようとする。
だが、ミノグランデが体をよじり漆黒の翼がシュウゴの頭上から叩きつけられる。
そのまま勢いよく地面に衝突し、急いで立ち上がろうとしたときにはミノグランデの大きな左手に鷲掴みにされていた。
ミノグランデはシュウゴを握りつぶそうと、無慈悲にも力を込める。
隼が軋み、やがて装甲にヒビが入る。アリジゴクの顎にも耐えた装甲が今、呆気なく砕けようとしていた。
お兄様ぁぁぁっ!
後方でメイが叫び、充填の終わったレーザーをミノグランデの胸へと放つ。
しかし斧の刃で収束した光線を割られ防がれた。
それは想像以上の強度で、レーザーである程度削れたものの、本体へ傷をつけることは出来なかった。
そ、そんな……
唖然としているメイの横から、斧がけたたましい風切り音と共に迫る。
デュラが間に入り盾で防ぐが、力が強すぎてメイもろとも叩き飛ばされ地面を激しく転がった。
そして、シュウゴを握る力は弱まることなく、
ほの暗く静かな部屋にシュウゴの絶叫が響く。
ハナメもメイもデュラも吹き飛ばされ、絶体絶命。
このままでは、シュウゴは呆気なく体を潰されて死ぬ。
シュウゴは激痛に意識が遠のいていく。
――はっ!
シュウゴの命尽きるその寸前、なにかが宙を切り、シュウゴを押し潰さんとしていた握力が緩まった。
シュウゴは突然圧迫感から解放され、浮遊感に襲われる。
朦朧とする意識の中で、体は重力に任せ落ちていく。
受け身も取れず、地面に全身を叩きつけられようとしていたその時、空中で何者かに肩を抱かれ、無事に着地した。
シュウゴの霞む視界で捉えたのは、顔に般若の仮面を装着したハナメだった。
仮面は怒りともとれる獰猛で禍々しい熱気を内包しており、全身からも普段のハナメにはない嚇怒のオーラを纏っていた。
ハナメはシュウゴを地面に寝かせると、背後へ振り向く。
ミノグランデが失った左手首を振り回しながら叫んでいた。
ハナメは今の一瞬でシュウゴを掴んでいた左手首を切り落としたのだ。
ミノグランデは怒りに目を光らせよだれを垂らし、ハナメへと斧を振り下ろす。
シュウゴが心の中で叫ぶが、ハナメはその場から動かず――
――ガキィンッ!
斧を横へと弾いた。
その両手に握られていたのは、背に納めていたはずの太刀だった。
刃渡りは二メートルほどにもおよび、たいまつに反射して輝く刃は鋭く、重量感を醸し出している。
ハナメはゆっくり腰を落とすと、敵へと一直線に駆け出した。
そのスピードは先ほどまでの比ではない。
瞬く間にミノグランデに迫る。
ミノグランデはハナメへ蹴りを放つがハナメの姿は一瞬で消え、その膝に音もなく着地した。
そこからさらに跳び、ミノグランデの右腕に着地する。
そして牛の顔を捉えると――
――はっ!
両足で跳び、ミノグランデの両目に神速の刺突を繰り出す。
ガアァァァァァッ!
視力を失ったミノグランデは斧を手から離し、痛そうに目を押さえて絶叫を上げる。
ハナメは片方の手で小太刀を抜くと、ミノグランデの胸に深く突き刺し、そこを支点に張り付く。
苦しげに叫び無意味に暴れまわるミノグランデ。
ハナメはその動きに生まれる一瞬の隙を見出し、その厚い胸板を蹴って上空に飛び上がる。
はあぁぁぁぁぁっ!
憤怒の叫びと共に振り下ろされた一撃は、ミノグランデを頭から真っ二つに叩き斬った。
ミノグランデは最後に断末魔の悲鳴を上げると、仰向けに倒れ部屋中に地響きを伝播させる。
――シュウゴくん!
ハナメが仮面を上へとズラしシュウゴに駆け寄る。
そのときには雰囲気も普段の彼女に戻っていた。
シュウゴはのっそりと体を起こし、無理やり笑みを作った。
無事で良かった……
ハナメはホッと胸を撫で下ろす。
人の心配をしているハナメも額からは血が垂れている。
お兄様! ハナメさん! ご無事ですか!?
シュウゴの背後からデュラとメイも駆け寄って来る。
二人も無事そうで、シュウゴは安心した。
隼は装甲のいたる所がひび割れており、活動限界を感じながらもシュウゴは立ち上がる。
それにしても、ハナメのさっきの力は一体……
これのことだね
ハナメは神妙な面持ちになって頭の般若面に手を乗せる。
そして「やっぱり、隠しきれないかぁ……」とため息を吐くと、ゆっくり語り始めた。
私はね、実は半魔人なんだ
シュウゴは目を見開く。しかし先ほどの身体能力はそうでないと説明がつかない。
半分は人間、もう半分は鬼。この仮面は、魔族としての力を抑えるために昔……凶霧が発生するよりも前に作ってもらったものなの。もちろん、目的は人として生きていくため。でも、今となってはあまり意味がないかな
ハナメが悲しそうに自虐の笑みを浮かべると、シュウゴはその心情を察する。
人間族と平和に暮らすことを夢見ていた半魔の少女。
しかし今はもう、鬼の力が強く求められる世界になってしまったのだ。
その悲しみは計り知れない。
シュウゴはハナメの目をまっすぐ見据えて言った。
意味がないなってことはないんじゃないかな
え?
俺は、人として生きるハナメも、鬼として戦うハナメも必要だと思う。俺たちは君が強いから一緒に戦ったんじゃない。人として、そしてハンターとしての魅力があったから一緒に戦いたいって思ったんだ。
でもそれは、この力があるから……
確かにクラスBハンターと一緒に戦うことに憧れを抱いてた。でも分かったんだ。強さなんて関係なく、君だから一緒に戦いたいって思ったことが。だから、人としての生き方も、鬼としての戦いも、どちらも同じぐらい大事な意味を持ってるんだよ。だってどっちもハナメだろ?
シュウゴくん……
まったく、お兄様ったら……
感激したように目を潤ませているハナメに熱っぽく見つめられ、急に気恥ずかしくなったシュウゴは、赤くなりながらそっぽを向いた。
そ、それじゃあ、素材を回収して先に行くか
うん……ありがとう、シュウゴくん
シュウゴは聞こえないふりをして歩き出した。
ミノグランデの素材を回収し、部屋の奥に進んでいったシュウゴたち。
シュウゴの予想通り、奥には他のルートでは採取できない鉱石の採れる鉱脈があった。
シュウゴ、メイ、デュラは袋一杯に謎の鉱石を詰め込む。
他のものと違い、鉱石特有の光沢はないものの、硬度はあったので隼の修理に使えそうだった。
洞窟の最奥までルート開拓が終わると、四人は転石まで引き返しカムラへ戻った。