第四章 ライトニングハウンド
シュウゴたちは家へ戻るべく、薄暗い倉庫街の通りを歩いていた。
ここら一体は倉庫が多く、日の光が当たりづらい。
大きな建物がたくさん並んでいますね
メイに倉庫街のことを話していると、不意に悲鳴が聞こえた。男のものだ。
メイが怯えたように瞳を揺らしシュウゴを見上げる。
な、なんでしょう……
嫌な予感をヒシヒシと感じたシュウゴは、どうするか迷ったが、悲鳴のあった方向へ歩き始める。怯えるメイの頭を撫で、落ち着くように言い聞かせながら。
複数の男の話し声が聞こえてきたところで、シュウゴは立ち止まり、路地裏の角から慎重に頭を少し出して狭い通路を見る。
ある倉庫の入口に討伐隊らしき男が二人倒れていた。
体からは血が溢れ出し、致命傷であることは簡単に想像できる。
その手前に見張り役のように立っているのは、みすぼらしい恰好をして口にはスカーフをしているスキンヘッドの男。
薄くボロボロの服一枚に、安そうな短い曲刀を持っている。
見た目は貧しいが、討伐隊を倒している以上、実力は確かだ。
……強盗、でしょうか?
いつの間にかシュウゴの顔の下に並んで覗いていたメイが呟く。
それでお金に困って強盗ですか……あっ! 中から誰か出て――
シュウゴは大声を出したメイの口を慌てて塞ぐ。
奥に引っ込めて再び倉庫の方を見ると、男が二人出てきていた。
どちらもやはりみすぼらしい恰好だ。
二人は大きな袋を肩に担いでおり、中身は倉庫の保管品だと推測できる。
三人とも顔を見合わせてニヤニヤと悪意のある笑みを浮かべ歩き始めた。
このままじゃ逃げられるか。メイ、そこの通りを右に曲がってしばらくまっすぐ進むと、討伐隊の駐屯所がある。そこに行って状況を伝えてくれ。俺はここであいつらを食い止める
え? し、しかしお兄様は丸腰です
メイの言う通り、今のシュウゴは戦闘装備ではない。
腰にはバーニアを着けていないし、大剣も持っていない。
あるのは魔力と、オールレンジファング、そしてブーツだ。
(あれ? 意外といけるんじゃ?)
そう考えると、シュウゴは自分が人間ではないように感じて憂鬱になる。しかし今はそのおかげで戦える。
俺は大丈夫。メイ、頼む!
わ、分かりました……
ありがとう。俺が飛び出したら、すぐに行ってくれ
そう言ってシュウゴは一呼吸置き、勢いよく通路へ飛び出す。
その直後、メイも飛び出しシュウゴに背を向けて全速力で駆け出す。
シュウゴの数メートル前方には強盗が三人。
彼らは人影が突然飛び出して来たことで動揺し身構えた。
な、なんだてめぇは!? 見てやがったのか!?
あ、兄貴、それよりも一人向こうへ逃げて行きますぜ
強盗の一人がシュウゴの後方で走っているメイを指さしている。
彼らは盗難品を詰めた袋を地面に置き、剣をシュウゴへ向けた。
おい兄ちゃん、そこをどきな。そうすれば命だけは助けてやる
考えるまでもなく嘘だ。自分たちを見た者を生かしておくわけがない。
あんたらこそ、こんなことをやってただで済むと思うなよ
シュウゴの言葉には怒りが込められていた。
強盗の背後で倒れている騎士たち。
彼らはこの絶望的な世界で、皆が生き抜くために必要な人たちだ。
それがこんな私利私欲にまみれた理由で殺されるなんて、断じて許せない。
シュウゴは憤りを感じながらも冷静に、左腕を敵へ向けた。
この隼は強大な魔物たちを倒し、未来を切り開くための力。
小者ごときにおくれをとりはしない。
ちっ、さっさと死ねやぁぁぁ!
強盗三人が殺意をむき出しにし、シュウゴ目掛けて一斉に駆け出した。
シュウゴもオールレンジファングを放とうと魔力を込め始めた、そのとき――
――助太刀します
凛とした女性の声が耳に届いた。
シュウゴが辺りを見回すと、通りに並ぶ倉庫の屋根を高速で走る人影があった。
そしてそれは、一瞬ののちにシュウゴの目の前に飛来する。
なっ!?
突然現れ目の前に華麗に着地したのは、見眼麗しく凛々しい雰囲気を纏った女だった。
年齢は二十代半ばほどで、長い黒髪を後ろで一つに束ねており、凛々しい切れ長の目と透き通るような白い肌、そして整った鼻筋。
凛々しい雰囲気もあって、可愛いと言うよりは美しい。
赤い花柄の着物を中に着こみ、その上から武者の甲冑に似た肩当や腰当、籠手などを装着している。
手練れの女武者といった風貌だ。
そしてなにより目を引いたのは、頭の左上に自然に乗せている禍々しい般若のお面だった。
彼女はかなりの高さから落ちてきたというのに、何事もなかったかのように立ち上がり、迫りくる強盗たちへ向き直った。
対する強盗三人は、瞠目したものの勢いを落とさず、剣を振り上げてまっすぐに突進してくる。
愚かな
女は低い声で呟くと腹の前で両手を交差させ、腰に差していた小太刀二刀に手をかける。
そして力を溜めるかのようにゆっくり腰を落とし、
――ダンッ!
地を蹴り姿を消した。
っ!
シュウゴは思わず目を見開く。
あまりにも速すぎた。
神速の一閃。
彼女が地を蹴ったとほぼ同時に放たれた一撃を認識した次の瞬間、次の一太刀が走っていた。
また一閃、さらに一閃と……息を吐く間もなく、白の閃光が宙を走り回る。
気付くと強盗三人組は白目をむき、地面に倒れ伏していた。
恐らくなにが起こったのか理解も出来なかっただろう。
血は流れているが致命傷ではなく、手や足などを正確に切り刻まれている。
シュウゴは息一つ乱していない女の後ろ姿を見て、恐ろしくも美しいと感じた。
それは、微かな高揚感でもあった。
お怪我はないですか?
シュウゴが唖然と佇んでいると、女は先ほどまでの抜き身の刀のような雰囲気を霧散させ、シュウゴへ振り向いていた。
その表情には慈愛があり、愛嬌があった。
彼女の印象がガラリと変わったことに、シュウゴは戸惑う。
は、はい……助けて頂きありがとうございました
いえいえ。あなたこそ、丸腰なのに臆さず敵に挑むなんて勇気があるんですね
大したことじゃ……
シュウゴは頬を緩ませ、照れたように後頭部をかく。
実は内蔵している機能があるから手放しで褒められると、なんとなく後ろめたいが、美人に褒められて悪い気はしない。
そうこうしているうちに、メイと討伐隊が到着した。
お兄様!
メイが血相を変えてシュウゴの元へ駆け寄って来る。
その後ろに騎士三人が続き、現状を把握しようと周囲を見回していた。
そこに倒れている三人組が巡回していた隊員二名を殺害し、倉庫の物品を奪って逃げたんです
そうだったのか……ん? あんたはまさか、クラスBハンターの『ハナメ』か?
一番年上と思わしき騎士が驚いたというように声のトーンを変えて問うと、女は頷いた。
それを聞いたシュウゴは驚きに声が出なかった。
まさかこんなところで、凄腕のクラスBハンターに出会えるなど夢にも思わなかったのだ。
協力に感謝する。謝礼は追って――
――いえ、強盗犯たちを追いつめたはそこの彼です。私は横取りしたに過ぎないので、謝礼は彼にお願いします
ハナメはシュウゴへ目を向け、迷うことなく謝礼を断ると踵を返した。
シュウゴは歩き去ろうとする彼女に、慌てて声をかけようとするが、
君、申し訳ないがこの事件の処理を手伝ってくれないか?
そう頼まれ、シュウゴはやむを得ずハナメの背中を見送ったのだった。
シュウゴは事件当時の状況を根掘り葉掘り聞かれた後、討伐隊の駐屯所で謝礼として金品を受け取り家に戻った。
メイも精神的に疲れたのだろうか、新しく買ったカトブレパスの毛皮製のソファでぐったりしている。
シュウゴは床の上にあぐらを掻き、腕を組みながら考え込んでいた。
クラスB、それは現在バラム商会に所属しているハンターの中で最上級のクラスだ。
もちろん、クラスAがないわけではない。
ただ、それに相当するレベルとは、例えばナーガやケルベロスのようなクラスAモンスターを単独で軽々と倒せるレベルになければならない。
そんなこと、どう考えても無理がある。
クラスBハンターとて、クラスAモンスターと対等に渡り合える実力を備えているが、そんな実力を持ったクラスBがAに上がらない理由はもう一つある。
それは強い者ほど、出世して戦場から遠ざかるからだ。
クラスBほどの実力があれば、お偉方の側近になったり、討伐隊の幹部になったりできるので戦って稼ぐ必要がなくなる。
領主の側近のうち一人がハンターの風貌だったのも、そういう事情だろう。
そんな特別な存在だからこそ、シュウゴはハナメに興味を持った。
彼女がハンターをやっている今のうちに、同じパーティで一緒に戦ってみたいと思った。
シュウゴはすっかり日が沈んでいることに気付き立ち上がる。
酒場にもし情報屋でもいたら、クラスBハンターの情報について交渉しようと考え、出かける支度を始めた。
すると膝を立てて微動だにしていなかったデュラが突然立ち上がり、シュウゴへ顔を向けた。
次にメイがソファからのっそりと起き上がり、シュウゴへ目を向ける。
お兄様? 一体どちらに?
そ、そんな……どうか私も連れて行ってください。味覚はなくても隣にいるぐらいは出来ます
メイが急に目を潤ませ、必死に訴えかける。
それに乗っかるように、デュラもガシャンガシャンと首を縦に振る。
シュウゴは当たり前のことを言った。
しかしデュラにとっては思いのほかショックだったようで、勢いよくズシャンッと両膝を床に落とし、悲しげに両手を床についている。
するとメイがデュラに駆け寄ってその背に手を置き、訴えるように潤んだ瞳でシュウゴに懇願する。
お願いします、お兄様。私たちを連れて行っていただけませんか?
シュウゴは「う~ん」と腕を組んで悩むが、結局は二人の『シュウゴと一緒にいたい』という純粋な気持ちに負け、やむなく承諾した。