第四章 ライトニングハウンド

シュウゴはデュラとメイを引き連れ、孤島の洞窟でアイテム採取をしていた。
ここはいつも高価な鉱石や薬草が採れるので重宝している。
三人は袋一杯に鉱石類、特殊な色の薬草、イービルアイの翼やジャックオーランタンの小枝などを詰め込み、洞窟の入口まで戻って来た。
孤島の洞窟の探索はある程度終わり、どこでなにが手に入るのかも整理済みだ。
ただ、ケルベロスの部屋以外で未だに足を踏みていない場所がある。

シュウゴは背後を振り返り、五方向に伸びている道を見た。
このうちの一ルートだけ、誰も開拓に成功していない。
その理由は、クラスBモンスター『ミノグランデ』が待ち構えているからだ。
ミノタウロスとデーモンを融合させたような巨大な悪魔らしいが、シュウゴはまだ戦ったことはない。
道の合流点である洞窟の最奥から回り込もうとしても、途中にある扉が内側から鍵かけてあるせいで正面突破以外の方法がないのだ。
とはいえ、そのルートだけ通れなかったとしても特に困ることはない。
ただシュウゴ個人としては、そこでしか取れないアイテムがあるかもしれないので、なんとしても突破したいところ。

シュウゴは心の中でため息を吐くと、首を傾げているメイとデュラを連れカムラへ戻る。
~~ミノグランデ~~
クラスBモンスターであり、現在の出現情報は孤島の洞窟のみ。
ミノタウロスとデーモンを足して二で割ったような怪物で、悪魔のように暗い紫の肌色に筋骨隆々の巨体。
両手で巨大な斧を持ち、背には黒く大きな悪魔の翼が生えた魔獣だ。
肉弾戦を得意とし、豪快に振り回される斧への対抗策と、鋼のような肉体を傷つけられる攻撃力が必須らしい。

シュウゴは広場の掲示板の前で眉を寄せていた。
デュラは目立つので家に置き、メイは噴水横の長椅子に腰掛けて足をブラブラさせながら、ニコニコとシュウゴを眺めている。
メイは先日の沼地での一件でバラムに認められ、正式にクラスCへと昇格した。
それはデュラも同様で、これでパーティーの三人全員が同ランクとなり、三人とも同じクエストを受けられるようになった。
メイはそれ以来、ハンターとしてシュウゴと行動を共にしている。
とはいえ、彼女は元々サポートタイプなので、前衛はシュウゴとデュラが務め、後衛で遠距離射撃やアイテム使用などの戦闘補助に徹している。
彼女もデュラ同様、真面目で頑張り屋なのでシュウゴとしては文句のつけようがない。
シュウゴはしばらくミノグランデの張り紙と睨めっこをした後、なにやら一人で頷くと、メイへと振り向いた。
その表情は決意に満ちている。


はいっ!
メイはニコッと可憐に微笑んで立ち上がり、シュウゴの隣に並んだ。
メイもシュウゴがミノグランデと戦う決意をしたことはなんとなく察しているだろう。
だが恐れているようには感じられない。
それどころか小さな手を顔の前でギュッと握りしめ、シュウゴを見上げた。

お兄様、私頑張りますねっ!

シュウゴはメイのやる気にけおされたように苦笑すると、ゆっくり頷き歩き出す。
シュウゴはそのまま家に帰らず南下し、港に立ち寄った。

静か、ですね……
メイが呟く。二人は、街と浜辺とを遮る柵の前で衰退した港を眺めていた。
浜辺には削られて歪な形になった石や枯れ果てた流木、そして生物のものらしき骨が散乱していた。
押し寄せる波は黒く濁った群青色の海水。
それを体内に取り入れてしまえばなんらかの異常をきたし、最悪の場合死に至る。
故に、海には誰も近づかない。
汚染された潮風で風化した桟橋の先には船一隻なく、横に建っている寂れた灯台は誰も管理していない。それよりも重要なのは、大陸側からの外敵襲来を察知するための高台だ。
メイは物悲しそうに眉尻を下げ、小さな声でシュウゴに問いかけた。

海にいったい、なにが起こったんですか?

シュウゴも哀愁漂う横顔を晒していた。
以前の世界で、海の美しさと壮大さに感動を覚えていたからこそ、この光景はいつ見ても胸を締め付けられる。

海の生物たちはもういないんですか?


この柵は、一般人が海に近づかないために?


え? 失踪事件?

シュウゴがあやふやな記憶を苦労して引きずり出しながら話し終えると、メイは顔が真っ青……は元からだが、恐怖に震えていた。
年相応の反応にシュウゴは頬を緩める。

そ、それで、失踪した人たちは帰って来たんですか? 新たに被害とかは?


そ、それじゃあ……

明けない砂漠のアンフィスバエナを思い出す。
あれのような超大型モンスターが海底に潜んでいるかもしれない。
アンフィスバエナの発していた黒い霧は有害でなかったものの、もし海に潜む魔物が有害な物質を発していたら手が付けられない。

海、怖いです……
メイが震える声で呟きながら、シュウゴのシャツの袖をちょこんと掴む。
シュウゴは必要以上に怯えさせてしまったことを気にかけ、笑みを向けた。

でもさ、俺らの命綱である水がこの有様なのに、カムラではなぜ普通に人が生活できてると思う?

え? それは……
メイはシュウゴの袖から手を離し、頬に手を当てて考え込む。しかしすぐに「分かりません」とギブアップした。

そこでようやく教会の登場だ

教会、ですか?

そ。領主やバラム商会に並んでこの町を支配する三大勢力の一つさ。シスター『マーヤ』っていう女性が代表を務めていて、孤児院や診療所、畑とかを管理してる。で、そこが運営しているカムラの命綱が『海水浄化所』だ。桟橋の先からくみ上げた海水をそこへ運んで神官が浄化する。その後、特殊な膜で水と塩に分離して容器に入れ、各家庭に配達するのさ
メイは「おぉ」を感嘆の声を漏らし、目を輝かせていた。

毎朝、必ず水が届けられているのは、そういう事情だったんですね

そうそう。月額料金だから毎月教会に水代を払ってるんだよ
上手くメイの興味を引けたシュウゴは、自分の孤児院時代や教会での働き口など、しばらく話すと港を後にした。