第二章 闇に眠る忠誠心
――かしこまりました。それでは、本クエスト『コカトリス討伐』について、お三方の失敗手続きに入らせていただきます
三人は紹介所に戻るとすぐにクエスト失敗を申告した。
本来であれば一度受けたクエストに対して、未完で帰還したとしても、クエストの有効期限内であれば何度でも再挑戦が可能だ。
その分、他のクエストは受けられずそのクエストにのみ集中しなければならない。
しかし、自分には不可能だと悟った場合には違約金を払うことで失敗の手続きを踏み、クエストをキャンセルできる。
今回、最初に失敗申告を提案をしたのはアンナだった。
理由は利き腕が動かなくなったから。
その原因が石化の後遺症であることは明確だった。
浄化魔法を何度かけても、アンナの右腕が未だに白く冷たいままだったのだ。
もちろん、それがなくともシュウゴとリンに異論はなかった。
紹介所にたむろしていたハンターたちのいぶかしげな視線を浴びながら、三人は紹介所を出る。
酷い恰好だった。
三人とも全身泥まみれで、たくさんの擦り傷やアザを作っていた。
腐った卵のような異臭もこびりついている。
アンナは顔に深い影を落とし、動く左手で斧を引きずっており、リンは泣きそうに歪んだ表情で脱力している。
リンは紹介所を出てすぐにアンナの正面へ回り込み、深々と頭を下げた。
本当にごめんなさい。私があのとき、焦って不完全な状態のホワイトスパークを放ったからこんなことに……それに、シュウゴさんも左腕を失うことになるなんて……
アンナは半分ほど顔を上げて呟くが覇気がない。
それほどショックだったのだろう。
今回のクエスト失敗と、右腕の再起不能が。
どんよりとした空気を払拭しようと、シュウゴが慌てて言う。
左腕を失ったのは痛手だが、また作ればいい。
今は三人とも生きて帰れたことを喜ぶべきだと思った。
しかしいくら励ましても、リンは「でも……」と自分を責め続ける。
そうこうしているうちに、アンナがのっそりと歩き出した。
放っておいてくれ。こんなんじゃハンターなんてできないし、あんたたちと一緒に戦うこともできないよ
アンナは哀愁の漂う背を向けたまま告げると、まっすぐに南東の住宅街へ歩いて行った。
しばらくその背中を目で追っていたリンだが、やがて一筋の涙を流した。
……すみません、私も当分はハンターをできそうにありません
掠れる声でそう呟き、彼女は南の方へ走り去っていった。
一人取り残されたシュウゴは、悔しげに歯を食いしばり左の拳を軋むほど強く握る。
無力だった。
隼の性能を過信し、これまで順調に進んでいたからこそ、精神的ダメージは大きい。
だがそれよりも、仲間が深く傷ついたことのほうが何倍も痛かった。
シュウゴは己の無力を責め続け、しばらく立ち尽くすのであった。
翌日、シュウゴはどんよりとした気分を拭えないまま設計図を書き終えると、保管している鉱石素材をかき集めてシモンの元を訪れた。
鍛冶屋に入ると、休憩していたシモンが立ち上がり苦笑する。
君はいつもボロボロだね。それに、僕が苦労して作った隼の腕を失うなんて、勘弁してくれよ
……そういうお前は、いつも休んでるじゃないか
シモンの軽口が今のシュウゴにはありがたかった。
辛い失敗があっても、なにげない日常は変わらない、それだけが心の支えになっていた。
失敬な。うちは分業制だから、細かい製造作業なんかは外注しているんだよ。それだけの金もあるしね
シモンの言う通り、ここ最近は彼自身が製造作業をしているところをシュウゴは見ていない。
とはいえ、アイテムの量産などの細かい作業は鍛冶屋にはあまり向いていないため、見習いの技士を雇った方が効率的だ。
それはさておき、腕の修復に来たんだろ? アイテムを出しな
やれやれと肩をすくめるシモンに促され、シュウゴは腰に下げていた袋から鉱石類を机にばら撒く。
修復と言うよりは、再生産と言った方が正しい。
今はこれだけしかない
うーん……ランクの低い鉱石ばっかだねぇ
一応、沼地の洞窟なんかで少し掘ったりもしたけど、あまりいいものが採れなかったんだよ
そうか。まぁ、数だけはあるし、以前より強度の劣るものなら作れるかな。ただ、アイスシールドについては、氷の杖をよその商人から買い付けてくれ
シュウゴは頷く。
そのくらいでまた盾付きの魔装腕甲を作れるなら、むしろありがたい。
ただ、氷の杖を買うだけの金銭的余裕がないので――
ところで、設計図を買い取ってくれないか?
よしきた!
それを聞いた途端、シモンの目が妖しく光り、頬を緩ませた。
弾むような足取りでシュウゴへ歩み寄る。
シュウゴがくるくる巻きにしていた一枚の紙をシモンへ渡すと、シモンは嘆息しながらその内容にじっくり目を通す。
……ほぅ、『スパイダーホールド』かぁ。これはまた面白い発想だ
~~スパイダーホールド~~
アラクネの糸を利用したトラップだ。
その強靭で高粘性な糸を幾重にも巻き、地面に設置する。
もし魔物が踏めばトラップが作動し、小型種であれば糸に絡まって動きが封じられ、大型種であれば足がもつれ転倒する。
素材は、糸を作る体内器官であるアラクネの糸線と、その他雑材といったところか。
うん、素晴らしいっ! これは需要もあるだろうし、フラッシュボム並みに有用なアイテムになりそうだから、ぜひとも買い取らせてもらうよ。お代はこんなもんでどうかな?
シモンは金額を紙に書いて提示してくる。
それは、氷の杖を何本か買っても余りある額。シュウゴは即断即決で取引を終えると、早速商業区の大通りへと向かうのだった。
その三日後、以前よりも格段に性能の劣る左腕を手に入れたシュウゴの家へ、一通の手紙が送られてきた。
内容は、新フィールドを開拓中の討伐隊に協力してほしいというもので、ランクC以上のハンターへ討伐隊・総隊長から正式に依頼されているクエストだ。
装備が万全でないシュウゴは迷ったものの、とりあえず話だけでも聞こうと紹介所へ向かう。
紹介所へ入ると、普段より多くのハンターが押しかけ賑わっていた。
ハンターたちの塊は三か所あり、右側の窓際テーブルでユリが、左手前のテーブル席でユラが、そして奥のクエスト受付でユナが厳つい顔のハンターたちに身ぶり手ぶりで説明をしている。
恐らく皆、討伐隊からの依頼を受けようとしているのだ。
前回のこともあり、誰かとパーティーを組んで戦うことに気が進まないシュウゴは、他のハンターたちが説明を受け終えるのを待った。
――あっ、シュウゴさん。お疲れ様です
ようやく受付に群がっていた四人のハンターたちが去っていくと、ユナはシュウゴが掲示板の横で所在なさげに立っていることに気付いた。
シュウゴが「どうも」と頭を下げて受付まで歩み寄り、ユナは微笑む。
ただの営業スマイルではあるが、短めのハーフツインという髪型に小動物のような雰囲気も合わさって愛くるしい。
シュウゴの頬も自然と緩んでしまう。
そうでしたか。討伐総隊長様から発注されている新フィールド開拓協力依頼ですね。それでは、私の方から概要を説明させて頂きますので――
ユナは手元にあった薄い資料の束をシュウゴへ渡すと、説明を始めた。
まず、討伐隊は数週間をかけ、明けない砂漠の外周をぐるりと回り、あらたな採取エリアを探していた。
そして先日、砂漠の最東端……カムラから見ても遠い東に位置する絶壁で、海を隔てて離れた場所に孤島を発見したらしい。
討伐隊はすぐに小舟を用意して絶壁の下に転送し、孤島へと辿り着いた。
小さな島でそこら中に木々が多い茂っている密林。その奥に洞窟があった。
少し歩いただけで内部は広く、魔物の気配もあることから、討伐隊は腕利きのハンターたちにも探索の協力を願い出たというわけだ。
本クエストは、『孤島の洞窟』での開拓が目的です。帰還した後、回収したアイテムの二十%を討伐隊へ納品ください。また、行動したエリアを地図に示し、討伐隊へ洞窟内の情報を共有するようお願い致します。依頼内容としては以上になりますが、受注されますか?
シュウゴの答えは決まっていた。
たとえ万全ではない状態であっても、こんな重要なクエストに参加しないなど、ゲーマーとしてはあり得ない。
これは言わば『キークエスト』のようなものだ。それに洞窟であれば高ランクの鉱石も見つかるはず。
即座にクエストの受注手続きを終え、シュウゴは久々の高揚感を感じながら紹介所を後にする。
一旦家に戻ったシュウゴは装備を整え、さらに商業区の雑貨屋でアイテムを十分にそろえると、転石から洞窟へと向かった。
シュウゴが目を開けると、そこはどこか見たことのある幻想的な洞窟だった。
ゴツゴツとした岩が転がり、澄んだ水溜まりが広がる薄暗い鍾乳洞。
申し訳程度に緑色の草が生え、周囲の岩壁からは半透明な鉱石が突き出し、道を仄かに照らしている。
まさしくゲームでよく見るようなダンジョンで、シュウゴの胸が躍る。
転石が設置されていたのは洞窟の入口であり、目の前には五方向に分岐した道が伸びている。
討伐隊が数をそろえたいのも無理はない。
シュウゴは深呼吸すると、グレートバスターを背から肩に担ぎ直し、景色を目に焼き付けながらゆっくり歩き出した。
しばらく歩いていくと、いたるところに絶好の採掘ポイントがあり、クリスタルのような透明に輝く鉱石類を砕いて採取しながら奥へ奥へと進んでいく。
狭い空洞などでは、天井にアビススライムが張り付いていたりして奇襲されることもあったが、バーニアの炎を直接放ち辛うじて切り抜けた。
一つ目のアイテム袋がパンパンになるぐらいアイテムが集まった頃、下の階層へと繋がる細い坂道に出た。
坂の下には大きな湖があり、その先の岩地では討伐隊とハンターたちが武器を構え緊張に身を強張らせていた。
彼らの目と鼻の先には魔物。
シュウゴは気を引き締め、坂を下りるべく駆け出す。
その魔物は、目、鼻、口がくりぬかれた小さなかぼちゃを頭とし、黄土色の樹木でできた細い肢体を黒のマントで覆っていた。
顔のかぼちゃが内部から光っているそれは、
ハロウィンイベントなどで引っ張りダコの大人気モンスターと酷似している。
ジャックオーランタンは二十体程度。対する討伐隊は十人、ハンターは四人だ。
お互いしばらく睨み合うが、シュウゴが坂を半分ほど下ったところで――
――総員、突撃!
先頭の騎士の掛け声によって討伐隊がジャックオーランタンへ走り出す。ハンターたちも慎重に彼らの後ろに続く。
ジャックオーランタンたちは掌に魔力を収束させ、結晶化させた氷を放つ。しかし先頭の騎士たちが幅広の盾で防ぎ、突進を継続。
ジャックオーランタンたちはガシャンガシャンと重い金属音を立てて猛突進してくる騎士たちに恐れをなし、散り散りに広がる。
くらえぃ!
気迫十分。
先頭の騎士が剣を振り下ろす。
ジャックオーランタンの右肩へと振り下ろされた剣は、その体をいとも簡単に切り裂く。
続けて、よろめくジャックオーランタンを真横から切り払い、湖へ落とす。
よしっ! コイツら弱いぞ。一気に押し切れ!
その合図を皮切りに、騎士たちが一斉に斬りかかる。
どの個体も次々に斬り伏せられ、乱戦は討伐隊が優勢に思われた……だが、
ヒィィィッ!
左腕を切り落とされたジャックオーランタンの一体が捨て身の攻撃で騎士に抱きつく。
くそっ! 離せよ!
騎士は引き剥がそうとするが、ジャックオーランタンの力は強く、苛ただしげに叩いた頭部のかぼちゃが突然強く光る――
――ドガアァァァァァンッ!!
大爆発が起こった。
凄まじい爆音に皆固まる。爆心地にはジャックオーランタンの体の破片と、鎧が弾け割れ黒こげになった騎士が倒れていた。
ジャックオーランタンが『自爆』したのだ。
皆唖然として固まるが、敵は待ってはくれない。
まっ、待て!
このっ! 離れろぉぉぉっ!
――ドガアァァァァァンッ!!
連続して爆発音が響く。
叫んだハンターが騎士に走り寄る個体を横から突き飛ばし、斧で頭を胴体から切り離してすぐに湖へ放り投げた。
甲冑による重装甲の騎士とは違い、身軽なハンターたちは冷静にジャックオーランタンを始末していく。
ようやく彼らの元へ辿り着いたシュウゴも加勢し、残るジャックオーランタンをなんとか殲滅した。
結局、三名の討伐隊員が死亡したもののジャックオーランタンの死骸からは大した素材は取れず、割に合わない被害となった。
しかし彼らは足を止めることなく、すぐに先へ進み始める。
シュウゴも他のハンター同様、先行する討伐隊の最後尾で共に進むことにした。