#2 熱血系美少女【半妖の陰陽道 第一章】

第一章 封印されし血統

 

――龍二様

 

誰かの呼ぶ声がする。

振り向くと、そこにはたくさんの仲間がいた。

大きくて広い古風な屋敷の庭にいて、枝垂桜の下で大勢の仲間に囲まれていた。

人だけでなく、異形の姿をした者たちもいる。

 

だが、なぜか怖くはなかった。

目の前に母がいたからかもしれない。

 

月菜
龍二

 

その横にいる男は、もしかして……

一歩前へ足を踏み出し、顔をよく確認しようとした。

 

龍二、幸せになれ

 

龍二

――っ!

 

鬼屋敷龍二が目を開けると、薄暗い部屋の天井が視界に入った。

いつも見る、なんのおもしろ味もないザラザラとしたコンクリートの天井だ。

夢に見た屋敷と違って風情がない。

 

龍二

…………

 

龍二はゆっくり呼吸をし、身体を起こす。

全身を覆ったふかふかの布団に、横にはダークブラウンな木目調の勉強机。

閉まったカーテンの隙間からは、わずかに陽光が差し込んでいる。

 

龍二

いっつつ……

 

先ほど見ていた夢を思い出そうとすると、ズキリと頭痛がした。

なにか大事な記憶のような気がするが、もう思い出せない。

 

寝惚け眼を下へ向けながらぼーっとしていると、階下からドタバタと騒々しい足音が聞こえて来た。

それが少しずつ、龍二のいる二階へと上がって来て、彼はため息を吐く。

そして再びベッドへ横になると、掛布団を頭の上からかぶってアルマジロのように丸まった。

 

 

桃華

――龍二さーん! 起きてますかー!? 朝ですよー!

 

ノックもなく「ドタンッ!」と扉を荒々しく開け放ち、入ってきて早々に凛々しく力強い声が響いた。

その声の主である少女は、真っ先に窓際のカーテンを開ける。

カーテンのフックが横へスライドする音が聞こえ、入って来た陽光が直撃しているのが布団ごしにも分かる。

それでも龍二は微動だにせず、不機嫌さを隠さない低い声で言った。

 

龍二

うるさい……

桃華

なに寝惚けたこと言ってるんですか!? さあさあ朝ですよ! 起きてください!

 

少女は叫ぶようなハイテンションで言い放つと、強引に掛布団をひったくる。

光を遮断するものがなくなり、陽光にさらされた龍二はさらに丸くなり、視界に入った年下の幼馴染を見ないように腕で目元を覆った。

 

龍二

あ、熱い……眩しい

桃華

そんなのすぐに慣れますよ。お天道てんと様に文句言ったら、バチが当たっちゃうんですからね

龍二

違う、熱いのはお前だ……

 

そう、熱い眩しいというのは、陽光に対して言ったのではない。

ベッドの前で仁王立ちする幼馴染『嵐堂らんどう桃華ももか』の、はつらつとした笑顔に対して言ったのだ。

熱血系美少女。

そんなあだ名がぴったりだ。

八重歯の似合う甘くあどけない顔立ちは、子犬のような愛くるしさがあるが、キリッとした目元に翡翠の瞳を持ち、面倒見の良い性格もあって快活な印象を振りまいている。

艶のある長い黒髪を山吹色のリボンで一つに束ねてポニーテールを作っており、頭頂部からくるんと伸びているアホ毛がチャームポイントだ。

学校でも男女問わず人気があるが、その暑苦しさゆえにカノジョにしたいと思う男は多くない。

龍二に熱いと言われた桃華は、まんざらでもなさそうに両手で頬を押さえにへら~とにやけている。

 

桃華

も、もぅ龍二さんったら、お上手なんですから

龍二

は?

 

褒めたつもりはまったくないのに、桃華が不可解な反応をしたものだから、龍二は思わず腕をどけて彼女の顔を見る。

いったいなぜ、彼女は嬉しそうにクネクネとしているのか。

 

桃華

そ、そんな、私が太陽のようだなんて……なに朝っぱらから口説くどいてるんですか~~~

龍二

この能天気娘が

桃華

むぅ、ポジティブって言ってください……って、それよりも早く支度しないと、学校に遅刻しちゃいますよ!?

龍二

分かってる。俺のことはいいから、先に行っててくれ。支度してすぐに行くから

桃華

だーめですー! そう言って龍二さんはいつも遅刻するじゃないですか!? 学年は違っても、窓際の席にいる私にはよく見えるんですからね!

 

身を乗り出して力説する桃華。

龍二は目を逸らしてため息を吐いた。

 

龍二

そーかよ。でも桃華には関係ないことだろ

桃華

そんなことはありません。私はおばさまの出張中、龍二さんのお世話を任されているんですから!

 

自信満々に言い放つ桃華は、両の拳を胸の前で握って鼻息を荒くし、やる気に燃えているようだった。

背後に燃え盛る炎のシルエットが見えてきそうなほどに。

 

龍二

だから熱いって……

 

龍二は観念したようにやれやれと首を横へ振ってため息を吐くと、ベッドから降りた。

大きくあくびをしながら、水色パジャマの上着の裾に手をかけ、まくり上げる。

 

桃華

……ん”っ!? ちょっ、ちょー!?

龍二

なんだ、まだいたのか?

桃華

な、なにいきなり脱ぎ始めてるんですか!? セクハラですよ!

 

桃華は悲鳴に似た甲高い叫び声を上げ、真っ赤になった顔を両手で覆っている。

しかし、指の間はガッツリ開いているあたり、むっつりなのかもしれない。

龍二は一度半脱ぎ状態だった上着を下まで戻し、ジト目を向けて呆れたように言った。

 

龍二

いや、学校行くんだから着替えるのは当然だろ。いつまでも見てないで、出て行ってくれよ、このむっつりスケベ

桃華

んなっ!?

 

桃華は衝撃を受けたようにのけ反り、唇をわなわなと震わせる。

そして、ますます顔を真っ赤にして頬を膨らませ、目の端に涙を溜めながら叫んだ。

 

桃華

む、むっつりじゃないもん! 龍にぃのいじわる~~~~~!

 

彼女は子供のように叫びながら部屋を出て行った。

去り際まで騒々しい。

だがこれも愛嬌だと、龍二は困ったように眉尻を下げた。

 

龍二

……まったく、この年でその呼び方はやめろよな。とんだ人選ミスだよ、母さん。はやく出張から帰って来てもらないと困る

 

そう呟いて机の上に置いていた写真立てを見る。

かつて、嵐堂家の中庭で撮った写真だ。

 

二人の少年少女の後ろに、一人の女性と一組の夫婦が写っている

中央ではじけるような笑顔を浮かべ、ピースサインをしている銀髪の少年が龍二。

手を繋いでいる麦わら帽子に白いワンピースの少女が桃華で、その後ろに彼女の両親である銀次と花が立っている。

 

そして、龍二の後ろで微笑んでいるのが母、鬼屋敷月菜だ。

プロの陰陽師として絶大な強さを持ち、母としての優しさを兼ね備えた女性。

父は物心がついたときからおらず、聞いても教えてはもらえなかったが、彼女が女手一つで龍二を育てた。龍二にとっては誇りであり、尊敬する偉大な人物だ。

今は引退してしまったが、当時の職場での母の先輩にあたるのが嵐堂銀次。桃華の父であり、妻の花と共に月菜の手伝いを快く引き受けてくれたという。

その繋がりで、龍二と桃華は古くからの付き合いなのだ。

 

龍二

まったく、昔から変わらないな

 

写真の桃華を見ながら頬を緩ませ呟いた龍二は、ゆっくり支度をして家を出る――結果、遅刻した。

 

…………………………

 

男子高校生

――おい、面白い噂を聞いたぜ

 

越前えちぜんにある高校の体育館裏、朝から授業にも出ず、六人の男子生徒がたむろっていた。

彼らは、金髪に染めてピアスをしていたり、剃り込みや刺青を入れていたりとガラが悪い。

体育館の外の段差に座り込み駄弁だべっている少年たちの中には、カバンを枕代わりにしてコンクリートに仰向けで寝そべっている龍二の姿もある。

彼は遅刻してきて教室に行くでもなく、不良仲間たちのたまり場である体育館裏へ直行し、朝っぱらから授業をサボっていた。

高校を囲む網の柵の外側は、民家の連なる住宅街となっており、通行人から怪訝な目を向けられることもあるが気にしていない。

彼らは別に親友と呼べるわけでもなく、龍二が荒れていた時期に喧嘩を通じて知り合ったというだけで、惰性でつるんでいる。

満たされない、くだらない日々だ。

 

男子高校生

噂ってなんだ?

男子高校生

妖怪ようかいが出たんだってよ

 

なんでも、全長三メートルほどはある、六本の鋭い足に顔が鬼というバケモノが夜な夜な町を徘徊し、人を喰らうらしい。

つい最近現れ、何人かが既に被害に遭ったようだ。

 

男子高校生

あぁん? お前、そんなもん信じてんのかよ? だっさ

男子高校生

んだよ、悪いかよ

男子高校生

別にいんじゃね? なあ、龍二はどう思うよ?

 

話を振られた龍二は、興味なさそうに空を眺めてボーっとしていた。

信じる信じない以前に、興味がなかったのだ。

龍二とてあやかしの存在は認識しているが、被害に遭う以外に接点のない一般人が知らないのも当然で、わざわざそれを話す気にもなれない。

とはいえ、無視すると面倒なことになるので適当に答えた。

 

龍二

どうだろうな。陰陽庁なんてのもあるぐらいだから、いるのかもな

男子高校生

いや真面目か

 

一人が茶化すように言って、皆がケラケラと下品に笑う。

しかし龍二は気にも留めない。

陰陽庁というのは、財務省や防衛省などと同じ国の行政機関の一つだ。

その主要な目的は、社会の裏にはびこる妖たちから人を守ることにあり、陰陽術を用いて日々戦っている。

龍二の母もその一員であり、今回の出張も妖絡みの事件の調査が目的らしい。

 

男子高校生

たしかお前、陰陽塾なんてのに通ってなかったっけ?

男子高校生

そういえばそうだな。いったいなにを教わってたんだ?

龍二

……なんだったかな。昔のことだし、もう忘れたよ。大したことじゃないさ

 

龍二は興味もなさそうに淡々と答え横を向くが、内心では陰鬱いんうつに感じため息を吐く。

あまり掘り返してほしくない話題だった。

彼も数年前までは母に憧れ、陰陽師になろうと努力していたのだ。

陰陽庁でも実力者として有名な鬼屋敷月菜の息子ということもあって、当初は講師たちも期待していたが、龍二に陰陽師としての才能はなく、周囲の大人たちの絶望や塾生たちの陰口などに耐え切れず挫折した。

それがきっかけで一時期喧嘩に明け暮れ、今の日常に落ち着いている。

 

男子高校生

どした? 龍二

龍二

……なんでもない

 

どうやら無意識のうちに顔が引きつっていたようだ。

過去を思い出すだけでいたたまれない気持ちになるのは、どれだけ時間が過ぎても変わらない。

そんなときだ、授業中の時間帯にも関わらず校内放送が流れたのは。

 

教師

『――三年D組、鬼屋敷龍二くん。今すぐ職員室へ来てください』

男子高校生

お? 呼び出しじゃん。龍二、お前なにやらかしたんだよ?

 

からかうような口調で聞かれるが記憶にない。

声の主はクラスの担任で、校内放送をするということは、龍二が校内にいることを確信しているのだろう。

幼馴染だからと、桃華に聞いたに違いない。

龍二は舌打ちして立ち上がると、カバンを肩に担ぎ、無言で体育館裏を去る。