第一章 絶望の異世界
ある日、シュウゴの家に一通の手紙が届き紹介所を訪れた。
受付嬢のユリからで、内容は『イービルアイの巨眼の確認がとれたから、報酬を受け取りに来てほしい』とのことだ。
「「「――おはようございます♪」」」
お待ちしておりました。二階でバラム会長がお待ちです
先日のカオスキメラ撃退の件で、バラム会長がシュウゴ様にぜひお話を伺いたいとのことです。報酬についてはその後、お渡ししますのでご了承くださいませ
シュウゴは少しばかり辟易しながらも、ユリの後ろを追って階段を上る。
この感覚は、会社でお偉方になにかしらの報告をするときの緊張に似ていた。
なぜ、カムラでもトップクラスの権力を持つ男に会わなければならないのか、サッパリ分からない。
シュウゴの胃は急に不調を訴え始めた。
二階へ上ると、奥にある部屋の扉をユリがノックする。
……どうぞ
失礼いたします
扉を開け恭しく頭を下げたユリに続いてシュウゴも挨拶する。
部屋に入ると、奥の机で書類にサインをしていた肥満体型の男が顔を上げ、羽ペンを机に置いた。
バラム会長、ハンターのシュウゴ様をお連れしました
おぉ、そうだったか。ユリ君は下がっていいぞ。ご苦労だった
ユリは深く頭を下げると、よどみない所作で歩き去った。この権力者を前にこうも淡々としていられるとは、彼女もただ者ではないのかもしれない。
どうしたのかね? カジ・シュウゴくん
シュウゴは我に返り慌ててバラムの机の目の前まで歩み寄る。
すると、バラムも頬を緩ませながら立ち上がる。
彼は脂っこい丸顔に、鼻の下にくるんとカールした髭を生やしていた。
背は低く腹はずんぐりと出ており、腕や首にはキラキラと輝く高級そうな装飾品を身に着けている。
いかにも悪の親玉と言った風貌だ。
その証拠に、常人とは異なる威圧感を放ち、鋭い眼差しでシュウゴを見つめている。
ふむ、そうかしこまることはないぞ。君を呼んだのは、あのカオスキメラを撃退したハンターがいるという噂を聞いたからだ。巨大な大剣を振り回し、勇猛果敢にモンスターへ突貫する赤毛の青年……まあ、想像とは少しばかり異なる印象だが、事実は変わらん
いつの間に噂が流れていたのだろうか。
その割にはここ数日、周囲の注目を帯びている感じはなかった。
まったく注目していなかったハンターだけに、興味が湧いたのだ
バラムは朗らかな表情で告げると、色々と聞いてきた。
幼少時代のこと、いつハンターになったのか、装備はどこで手入れしているのかなど……
しばらく談笑して、もう話すこともなくなってきた頃、バラムは急に真面目な顔になった。
ところでシュウゴ君よ
君はなんのために戦う?
この世界に来て初めての問いで、今までで一番重い問いだった。
本当は元の世界へ帰る手がかりを探すためではあるが、それを言うわけにもいかない。
だからと言って、金だ名誉だなどというつまらない回答は許さないと、バラムの目が告げている。
バラムはシュウゴの目を強く見つめ、小さく唸った。
そして、まるでこの部屋に暗雲が立ち込めるかのように、圧倒的なまでの覇気を身に収束させていく。
それは、我々残った人類の総意でもある。領主様の討伐隊でもなく、我がバラム商会でもなく、シスターの教会でもなく、君がそれを成し遂げると?
その一言を聞いたバラムは瞠目し、すぐにその重苦しい気配を霧散させた。
満足げに「ガハハハハ」と大声を上げて笑い出す。
分かった。君には大いに期待するとしよう。シュウゴ君、今日から君はクラスCハンターだ
バラムはそう宣言すると、机の一番上に置いてあった書類をシュウゴへ渡した。
それはシュウゴのクラスアップ推薦書であり、バラムのサインが既に入っている。
思ってもみない話だった。
クラスDで行けるフィールドはせいぜい『廃墟と化した村』ぐらいだ。
クラスCになれば、新たなフィールドへの移動権限が与えられる。
クラスアップなど、そうそう受けられる話ではなく、またとないチャンスだった。
なにか不満かね?
うむ、期待しておるぞ
シュウゴは最後にもう一度礼を言い、深く頭を下げるとバラムの執務室を後にする。
二階へ降りるとユリが既に手続きの準備を整えていた。相変わらず手際が良い。
シュウゴがユリへ推薦書を手渡すと、すぐにその内容を別の紙に書き写しそれを差し出す。
こちらが証明書になりますので、厳重な保管をお願いします。それではただ今より、シュウゴ様はクラスCハンターへと正式にクラスアップされました。おめでとうございます
「「おめでとうございます」」
それでは私のほうから、ランクCの開放権限について簡単にご説明します。まず依頼ですが、クラスBモンスターの討伐依頼の受注が可能となります。次にフィールドですが、新たに『瘴気の沼地』と『明けない砂漠』での依頼が受注可能となりました。また――
後は、バラム商会が運営する施設を利用する権限が増えたり、討伐隊から助勢の依頼をされるようになったりと、色々なことができるようになるようだ。
シュウゴは最後に先日のクエストの報酬金を受け取ると、カウンターの横にあるクエスト掲示板を確認する。
見たところ、瘴気の沼地での依頼はいくつかあるが、明けない砂漠での依頼はない。
とりあえずいきなり新フィールドへ行くわけにもいかないので、紹介所を出て情報の宝庫である広場へ向かうことにした。
紹介所を出てまっすぐ南へ歩いていくと、住宅街と商業区の間の大通りがあり、さらにその先――カムラの中央やや南に広場はあった。
広場の中央には、今はもう水の出ていない噴水があり、それを囲むように木のベンチがぽつぽつ設置され、横には大きな掲示板が立っている。
周囲を複数の酒場が囲み、夜はそれなりに賑わう場所だ。
シュウゴは掲示板に貼られている紙へじっくり目を通していく。
ここには誰でも情報を貼ることができ、読み専の立場からしても案外役に立つ。
情報の取引を生業としている情報屋なんかは、ここにさわり程度の情報だけ掲示しておいて、詳細な情報を求めてきた客に有料で売るという手法をとっていた。
~~瘴気の沼地について~~
文字通り瘴気の蔓延する沼地で、通常の武装で行動することはできるものの、非常に息苦しくなるようだ。
浄化マスクの着用が推奨されている。
また、そこら中にある沼にも種類があり、ただの泥沼、底なし沼、毒沼などがある。
モンスターの目撃情報としては、『イービルアイ』、『カトブレパス』、『アラクネ』、『アビススライム』がいる。
どちらにせよ、環境が悪いフィールドなので、廃墟と化した村ほどの立ち回りは出来ないと心得ておいた方が良いだろう。
~~明けない砂漠について~~
これについては情報が少なすぎる。
まずその名の由来だが、カムラのすぐ東に広がる広大な砂漠が黒く濃い霧によって覆われているようだ。
それは人体に直接悪影響を及ぼすわけではないが、とにかく視界が悪い。
加えて、そこら中に巨大なアリジゴクが出現するため、簡単には進めないようだ。
あまりの難易度の高さから、このフィールドでの仕事を依頼する者はほとんどいないという。
モンスターの出現情報も不明。
これがゲームであれば中々の作り込みだ。
特に、明けない砂漠はシュウゴの探求心を刺激して止まない。
シュウゴは腕を組んで唸るが、行けないものは仕方がない。
先に沼地の方へ行こうかと思い直し、商業区へと歩いていく。
シュウゴか。とりあえず中へ入りなよ。魔装と武器の整備は終わってるからさ
鍛冶屋の暖簾の前でシュウゴが呼びかけると、奥からシモンが出てきた。
シュウゴが中へ入ると、綺麗に磨かれた隼とグレートバスターが床のシート上に並べて置いてあった。
次のクエストは決まったのか? なにを狩りに行くんだ?
シュウゴはバーニアから一つずつ装着しながら、シモンへ事情を話した。
バラムの推薦でハンタークラスが上がったこと、新しいフィールドへ行けるようになったこと、明けない砂漠の情報が欲しいことを。
――そりゃまた出世したなぁ。将来が楽しみだ。で、明けない砂漠に行ってみたいと?
そうなんだ。ただ、そもそもクエストがないから受けられないけどね
なるほどねぇ……よし、君はうちの大事な取引先だ。ここは僕がひと肌脱いであげるよ
シモンが「任せろ」と言わんばかりに胸を張って言い放ち、一度外に出て人通りがないか確かめた。
なにか良い手があるのか?
そうとも。明けない砂漠でこなして欲しい依頼がないんだろ? なら依頼すればいい、この僕がね
なるほど、そういうことか……でも、そんな手間をかけて迷惑じゃないか?
どうってことないさ。そうだな……砂漠の調査ということで、アリジゴクの素材を持ち帰ってほしい。触覚でも外殻でもなんでも構わない
分かった
それじゃあ、午後には依頼書をまとめて紹介所へ提出してくるよ。明日には紹介所で正式なクエストとして取り扱われるから、横取りされないように注意するんだぞ? あと、こういうやり方はバラム会長に禁止されてるから、くれぐれも僕との繋がりがバレないようにな?
もちろんだ。本当に助かるよ
いいっていいって。面白い土産話を期待してるよ
軽快に笑うシモンに見送られ、シュウゴは鍛冶屋を後にする。
翌日の午後、首尾よくシモンのクエストを紹介所で受けたシュウゴは、紹介所のすぐ右に建っている『第二教会』を訪れた。
ここはカムラの第三勢力である『教団』の管理する施設だ。
小さな三角屋根の建物で内部の作りはよくある教会と変わらず、教壇の前に会集席が四列並んでいる。
そしてそのさらに右奥、石造りの細長い台があり、その上に青く輝く石があった。
それこそが転石であり、神官たちがその管理を行っている。
シュウゴは腰の後ろに回したアイテムポーチを漁り、アイテムの過不足を確認する。ポーション、エーテル、フラッシュボム、素材収納袋。各々の数は申し分ない。
受注書をお見せ下さい
シュウゴは、転石の横に立っていた白装束の神官にクエスト受注書を見せる。
神官がサッと内容に目を通し頷くと、シュウゴは現金を渡した。
それを受け取った神官は代わりに『魔方位石』を渡す。
転石の方向に反応して光る魔石だ。
教団はカムラの畑や孤児院の運営、海水の浄化などをしている組織であり、このように収益を得ている。
最も貧困している組織と言っても過言ではなく、シュウゴも異世界に来た当初は孤児院で世話になったので頭が上がらない。
では、準備はよろしいですね?
シュウゴが頷くと、その周囲を青い光が包んでいく。やがて視界いっぱいに光が広がったかと思うと、転移が完了していた。