#3 十年にわたる戦い【滅亡世界の魔装設計士 第一章】

第一章 絶望の異世界

 

 

廃墟と化した村から少し南へ歩いた方角にある『港町カムラ』。

ここが凶霧に追いつめられた弱者たちの最後の生活拠点であり、シュウゴの拠点でもある。

町の周囲は頑強な鋼鉄の柵で囲い、周囲には高台を設置して魔物の奇襲に備えている。

 

文字通り海に面しているが、今のところ海から魔物が襲い掛かって来る可能性は低い。

それほど海が汚染されているのだ。

ただ、原因は不明で凶霧に似た性質のものによるということだけは確かだ。

奇跡的に浄化魔法が有効であったため、水と塩には困っていない。

 

カムラの領主『ヴィンゴール』は、的確な判断力と聡明そうめいな頭脳を持ち、民の人望も厚い人格者だ。

そしてその直属の組織であるカムラ討伐隊も、勇猛果敢でありながら温厚さも兼ね備えた者たちの集まり。

むしろ彼らが民の税金で働いている以上、高い信用がなければ治安を維持できなくなる。

 

町へ戻ったシュウゴは、領主の館の西にある『クエスト紹介所』へ向かった。

 

ユリ
ユラ

「「「――お疲れ様です♪」」」

ユナ

 

シュウゴが紹介所へ入ると、奥のカウンターに並んでいる受付嬢三姉妹『ユリ』、『ユラ』、『ユナ』から挨拶を受ける。

この木造二階建ての施設はバラム商会の運営する、クエストの紹介所だ。

 

カウンターの横にはたくさんの張り紙が貼られた大きな掲示板が立っており、脇には複数の丸テーブルと椅子が並んでハンターたちが打ち合わせをしている。

また、ここの二階にはバラム商会の会長『バラム』の執務室もある。

 

領主の討伐隊は外の調査や町の治安維持を行っているが、それとは別に『ハンター』と呼ばれるフリーランスの傭兵たちがいるのだ。

彼らはバラム商会からハンタークラスを与えられ、一般市民や商人たちの依頼をクエストとして受注し、完遂の報酬を得て生計を立てている。

そしてそのクエストを一か所に集約し、依頼者の代わりにハンターと契約を結ぶ仲介の役割を担っているのが、この紹介所というわけだ。

 

シュウゴ
クエストを完了しました。目的のアイテムはここに入っています

 

シュウゴは左端に立つ金髪ツインハーフの受付嬢『ユナ』へクエスト受注書の控えを渡し、カウンターの裏から回って来たポニーテールの『ユラ』へ巨大な目玉の入った袋を手渡す。

それを受け取ったユラは、中身を見もせずに微笑んだ。

 

彼女ら受付嬢は姉妹だそうで、三人とも容姿はあまり変わらない。

輝くような美しい金髪に透き通るような白い肌。目は澄んだ碧眼で柔らかい眼差しは、受付に立っているだけでハンターの緊張を和ませる。

三人の違いと言えば髪型ぐらいで、ユナが短めのハーフツイン、ユラが肩ぐらいまでの長さのポニーテール、ユリが腰ぐらいまでその綺麗な金髪をおろしている。

シュウゴは、彼女らの甘ったるい微笑みが苦手だった。その微笑みが自分にだけ向けられているのではないかと、勘違いしてしまいそうになるから。

 

ユリ
それでは依頼主様に確認をとりますので、報酬金のお受け取りはまた後日、よろしくお願い致します
シュウゴ
あ、はっ、はい!

 

シュウゴは、いつも通りのぎこちない返事をして紹介所を出た。

 

少しばかりドキドキしているのを自覚しながら、シュウゴは紹介所の南をまっすぐ歩いていく。

周囲に広がるのは活発な商業区域だ。

大通りのあちこちで商人たちが雑貨や食料、武器などを売っている。

商人も一般客も身なりはあまり良いとは言えず、必死な値段交渉をしていることから、町が困窮こんきゅうしていることは疑いようもない。

 

ただ、彼らには活気があった。まるで交渉を楽しんでいるような……生きることを楽しんでいるような、そんな笑みを浮かべていた。

それも、この商業区がバラム商会によって均衡を保たれているおかげかもしれない。

このカムラ内で商売をするには、バラム商会の許しを得なければならず、場所も商業区の一部を有料で貸し与えることになっている。

また、商業区内での治安維持は討伐隊に委託されており、そのようにして商業を厳密に管理しているのだ。

シュウゴは商業区の活気に心地よさを感じながら、軽く露店を眺めて回る。

 

 

シモン

――おっ!? シュウゴじゃないか!

シュウゴ
……ん? あぁ、シモンか

 

人気の少ない通りの端に差し掛かったところで呼び止められ、シュウゴが振り向くとそこは鍛冶屋だった。

錆付いた小さな屋根の下には数々の鉱石や装備品素材、ハンマーなどの工具類が雑多に散らばり、奥の鋳鉄炉ちゅうてつろが燃え盛る炎によって熱気を充満させている。

 

手前の背の低い椅子に座って休憩している優男が、この鍛冶屋の主でありシュウゴの親友でもある『シモン』だ。

身を袖の短い灰色の法衣と、厚めの包帯のような布を頭や口元に巻いた奇怪な恰好をしている。

鍛冶屋のわりに体が細く穏やかな性格で、不思議な雰囲気を纏った男だ。

 

シモン

新装備の調子はどうよ?

シュウゴ

想像以上の性能だったよ。討伐隊と協力してカオスキメラを撃退することができたんだ

シモン

おぉっ、凄いじゃないか!

シュウゴ

ありがとう。シモンが俺の設計通りに完成させてくれたおかげだ。これからも色々と協力してほしい

シモン

なに水臭いこと言ってんのさ。そんなの当然じゃないか。君が『隼』の設計図を見せてくれたときから僕らは一蓮托生。それに、君が思いつきで売ってくれる設計図にハズレはない。おかげ様で商売繁盛だよ

 

シモンが満更でもないというように朗らかに笑う。

彼の言う通り、シュウゴは多くの設計図をシモンに売ってきた。

元々は明日を生きる金を得るためだったが、『フラッシュボム』や『浄化マスク』など、いつの間にか広く使われるような汎用品となっていた。

 

そしてシモンは設計情報を一切隠し、新商品として商人たちに売ることで多大な利益と強い立場を築いていた。

とはいえ、彼が望んだのは競合との不干渉だ。だから今も、商業区の片隅でコソコソと製造を続けている。

シュウゴはシモンのしたたかさを頼もしく思いながら、新たな案件を持ちかけた。

 

シュウゴ

そうそう、また新しい武器の案を思いついたんだ。構想がまとまり次第、相談させてもらうよ

シモン

本当かい!? それはぜひとも期待させてもらうよ。ところで、念のために装甲の状態を確かめておこうと思うんだが

シュウゴ

ああ、頼みたい。いくらかかる?

シモン

おいおい、見くびってもらっちゃ困るな。そんくらいタダでやるさ

シュウゴ

助かるよ

 

シュウゴは自分の貧乏性を浅ましく思いながらも安堵する。

背のグレートバスターは、刃に布を巻いて壁へ立てかけ、シモンに促されて腰と肘のバーニア、ブーツ、左腕の籠手を外していく。

それらを金属製な縦長の台へ置くと、シモンは腕や足の損傷の有無を確かめ始めた。

目視だけでなく、可動確認や強度の確認などをゆっくり確実に行う。

 

シモン

……うん、大丈夫。ほとんど性能低下はない。さすがはミスリル鉱石やカオスキメラの牙で強化した装甲だ。苦労したかいがあったね

 

シュウゴは苦笑しながら頷く。

カオスキメラは二年前、討伐隊によって一体が討伐された。数十人の部隊が一斉に立ち向かい、多くの犠牲を出しながらも討伐に成功。

しかしその直後、周囲をクラスCモンスターたちに取り囲まれ、カオスキメラとの戦いで力を使い果たしていた討伐隊はやむなくその場を放棄し命からがら逃げ帰った。

持ち帰れた素材は非常に少なかったという。

 

当時、その光景を遠方から盗み見ていたのがシュウゴだ。

この機を逃せば次はないと思ったシュウゴは、討伐隊が退いた後、フラッシュボムやノイズボムをありったけ使ってモンスターの目をくらまし、命からがらカオスキメラの牙と角を入手したのだ。

 

シュウゴ

懐かしいなぁ……今思えば、あんなの命がいくつあっても足りない

 

シュウゴが目を閉じ深いため息を吐いていると、シモンは背の低い丸椅子の上に腰を下ろした。

 

シモン

それじゃあ、剣とバーニアは今日と明日で見ておくよ。君はゆっくり休んで、また入用になったら来てくれ

シュウゴ
よろしく頼むよ。それと、これで装甲の補強もしてもらいたいんだけど……

 

シュウゴは、討伐隊から礼だということで譲ってもらった、カオスキメラのヤギの角をシモンへ渡し店を出るのだった。

 

 

シュウゴがカムラの東にある家へ戻ると、日はすっかり暮れていた。

ここは一般市民の家が集まっている住宅街だ。

とはいえ、別に何階層もある建物が集まっているわけではなく、一階建ての屋根つきボロ家が無数に集まっているだけだ。

中は四畳~六畳といった広さで、シュウゴの家は六畳だ。

 

シュウゴは近くの公衆浴場で汗を流すと、しばらく素材や情報の整理をしてベッドに横たわった。真っ暗な天井を仰向けに見ながらポツリと呟く。

 

シュウゴ
モンスターイーターか

 

昔、大好きだったゲームだ。

今でも数多くのモンスターや武器を思い出せる。

そして似ていると思った。この世界も。

だからこそ、有用なアイテムや武装のアイデアが浮かんできた。

それも前世での技術者としての経験と、この世界で学んだ魔術の知識があったからこそ。

 

シュウゴ
……天職、なのかもな

 

絶望しかなかった心には今、少しばかりの喜びと興奮が湧いていた。

懐かしい感覚だ。

 

シュウゴ
いつかきっと、帰れるさ。それまでは――

 

シュウゴは希望を抱いて明日へと眠る。

 

…………………………

 

十年前、両腕両足を失ったシュウゴは、孤児院のシスター『マーヤ』のつてで鍛冶屋に義手、義足を作ってもらうことで、かろうじて最低限の生活ができるようになった。

それでも、見知らぬ世界に一人で、人類が滅亡しかけているという絶望は変わらない。

 

シュウゴは心折れそうになりながらも、様々なことを必死に学んだ。

この世界のこと、他種族のこと、魔法のことなど様々。

孤児院の近くにあった教会には、あらゆる書物が保管されており一心不乱に読み漁った。

 

そんなあるとき、たまたま孤児院の使いで来ていた商業区で、若い鍛冶屋『シモン』との出会いがシュウゴの魂を再燃させた。

異世界の『ものづくり』に魅せられたシュウゴは、武具の製造・強化方法を一心不乱に学び、ある設計図を完成させる。

 

シモン

――おいおい、なんだこりゃぁ……あんた天才かよ

 

若かったシモンは、設計図を見て笑いながらも鍛冶屋としての情熱を瞳に灯した。

 

シモン

とんでもなく奇抜だし、この製法通り作ったとしても、上手く機能する保証がどこにもない。けど、それでも作りたいってんなら協力してやんよ

 

シモンはニヤニヤと笑みをこぼしながら、必要な素材をメモ紙に走り書きしシュウゴへ渡す。

その内容を見たシュウゴは息を呑んだ。

鉄鉱石、高ランクのミスリル鉱石、カトブレパスの外殻と頭蓋骨、カオスキメラの牙、イービルアイの瞼、炎、風、氷の三種の杖、そしてそれぞれが多数。

 

シュウゴ
そ、そんな……

 

開いた口が塞がらず、それ以上は声が出ない。

とんでもない量と高品質の素材が必要だった。

 

……長い戦いだった。

協力者など見つかるはずもなく、シュウゴ一人で街の外に出てひたすら素材を集めた。

高ランクのミスリル鉱石など、そうそう見つかるものではなく、外を彷徨っている『アビススライム』が食事で体内に取り込んでることに賭け、ひたすら狩るしかいない。

町でかき集めた情報を整理した末に辿り着いた可能性だ。スライムの体内からアイテムを入手できる確率が1%未満であろうと、それ以外に方法はない。

 

魔物の素材収集についても困難を極めた。

カトブレパスやイービルアイなど、街の討伐隊ですら複数のパーティーで挑んでようやく倒せるレベルで、シュウゴ一人に勝てるはずもない。

だから、討伐隊が倒し、素材回収後の捨て置かれた死骸を狙った。

特に、魔物を倒したものの素材回収する前に討伐隊が全滅したときは幸運だった。

そのぶん何度も死にかけたが、百回を越えてからはもう数えていない。

 

杖は魔導書のようなもので各系統の魔術を内包しており、それをもってすれば人間でも魔法が使える。

それらはバラム商会の商人が取り扱っており、魔物のコアや魔術活性素材を凝縮して製造するため、とてつもなく高価だった。

 

……長いこと戦い続けた。

素材を得るため、金を得るため、魔物から逃げ回りながら無様に生き抜いた。

ゲームのように巨大な剣を満足に振るうことはできず、高速ステップのような俊敏さもなく、高く飛び上がって敵の急所を狙うことも叶わない。

 

シュウゴは死にかけるたびに思った。

モンスターイーターのようにもっと軽々と剣を振るい、高速で移動、跳躍できれば……と。

しかし今のシュウゴにとって、これは紛れもない現実だった。

 

ただひたすらに知識を蓄え、異世界の未知の技術で試行錯誤し、戦場で感覚を研ぎ澄ますことで心も体も生まれ変わり、隼が完成した時には十年が経っていた。