第二章 覚醒
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――まだ慣れないのか?
隣を歩くリリーナが呆れたというように苦笑する。
僕らはその日も大通りを歩いていた。
相変わらず周囲の視線を感じ、むずがゆい。
それでも慣れてきたことはある。
クイント家の屋敷では、食事や掃除といった家事全般を僕がしている。
住み込みで雇ってもらっているせめてもの恩返しだ。
僕もずっと一人暮らしだったから、簡単な料理はできるけど、元貴族の口に合うかは自信がなかった。
でも、食材は質が良いものがそろっていたので、なんとかごまかせたようだ。
僕の元々住んでいた借家は、リン・カーネルの代理ということで、ルノ・カーストの姿で解約しておいた。
かつての自分からは考えられないほどの進歩だ。
それでも、女の子の姿は慣れない。
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うぅ~視線が痛いです、怖いです。みんな、心の中では僕の姿に違和感を覚えてるんじゃないでしょうか? あぁぁぁ、破滅するぅぅぅっ
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いやなにを言っているんだ。君はどこからどうみても美少女だ。確かに完全無欠すぎて怪しいといえば怪しいが。ともかく、堂々と胸を張って……いや、そのままのオドオドしている姿も愛らしいな
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ナニヲイッテイルンデスカ
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秘密を内包した君だからこその羞恥心、頬を赤らめてオドオドする頼りなさは、庇護欲を激しくかき立てられる。その美しさとのギャップは、色気すら感じることもある
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はい?
この人はなにを言っているんだろう? まったくもって理解できない……変態? 変態なのかな?
リリーナは一人でぶつぶつ呟いて最後、満面の笑みで言った。
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新手のセクハラでしょうか?
まさか、女の子相手にこんな言葉を使うことになるとは……屈辱です(´;ω;`)
当の本人は楽しそうに笑って受け流してるし。
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ふふふっ、なんとでも言いなさい。今の私はとっても気分がいいから
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(うぅ~やっぱり変態だ、この人。変態にはなにを言っても通じないんだ)
しばらく歩くと、人通りが少なく暗い雰囲気の漂う地区で、地面に絵を並べているみすぼらしい格好の少女がいた。
服はボロボロで肌もカサカサだが、磨けば光りそうな整った顔立ちで、なによりその強い意志を秘めた眼光がリリーナに似ていた。
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絵を見たリリーナが目を丸くしている。
僕はアートなどの美術には詳しくないが、それでも綺麗な絵だと一目見て分かった。
彼女が描いたのだろうか?
もしそうだとすると、かなりの才能を宿しているんじゃないだろうか……
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絵に見入ってしまって気付くのが遅れたが、もう一人、長い髪を後ろへ流して清楚なワンピースを着た令嬢が、目の前の絵へ熱心に視線を注いでいた。
まだあどけない顔立ちだが、表情は無くなにを考えているのかは読めない。
美しい令嬢なため絵になる光景だが、不思議な雰囲気を持つ女の子で近寄りがたかった。
僕は絵などそっちのけで彼女から目が離せず、あちらも顔を上げ目が合ってしまう。
恥ずかしくなって目をそらすが、彼女はなぜか涙を浮かべていた。
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僕はわけが分からず動揺してしまう。
彼女はまるで、安堵しているかのような表情で、とても初対面の相手に向ける顔ではない。
するとリリーナも異変に気付いたのか、声をかけてきた。
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彼女は君の知り合いか? 感動の再会に涙しているように見えるけど
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言ってて虚しくなるけど、ルノ・カーストは数日前に生まれたばかりだ。
そんな短期間にこんな美少女と仲良くなれるわけがない。
まったくこの人は、すぐに僕の正体を忘れるんだから。
でも、まずは事情を聞かないといけない。
僕が今一度視線を見知らぬ令嬢へ戻すと、
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彼女の姿が消えていた。
いったいなにが起こったんだ?
僕がさらに混乱していると、突然視界の外、真下から令嬢の頭がにょきっと現れた。
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驚愕に後ずさる。
な、なんだ今のは!? まさか、彼女も縮地を!?
しかも至近距離で見つめ合うことになってしまい、もうパニックだった。
そんな僕にトドメを刺すように彼女は言った。
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私と結婚してください!
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あなたを一生、幸せにします!
両手を握られ、熱い視線をぶつけられながらプロポーズされてしまった。
あぁ~ダメだ~目がグルグル回る~
もう急展開についていけないよ。
あ、でも、間近で見ても凄い美人さんだ。
そのとき、完全に思考回路がショートしてしまった僕の手を引き、リリーナがかばうように前へ出た。
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ダメだ、許さん
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リ、リリーナさん……
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彼女は身も心も私のものだ
一瞬だけカッコいいと思ったけど、錯覚だったみたいだ。
目の前の令嬢も目を丸くしていて、憐れむような涙目を僕へ向けた。
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え、そうなの? もうこの人と結婚してたの?
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断じて違います。でも、結婚だとか、レズビアニズムとかはごめんなさい
でも友達なら……とは言えなかった。
この手の積極性は、正体がバレてはいけない僕からすれば、恐怖でしかない。
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そう……残念。それなら、あなたの脱ぎたてパンツで今日のところは我慢するわ
へ、変態だぁぁぁぁぁっ!
しかも今日のところはってことは、次もあるってこと!?
だ、誰か助けてぇぇぇ。
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ルノ、この変態は本当に君の知り合いじゃないのか?
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あら、初対面で変態呼ばわりとは失礼ね
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あなたには聞いてない。で、ルノ、どうなんだ?
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本当に初対面です
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それなら変態で正しいな。初対面の同性相手に『結婚してください』はありえないだろう。無論、脱ぎたての下着もだ
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それなら変態でも構わないわ
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セクハラで訴えるぞ
リリーナさん、僕のために面と向かって堂々と言ってくれるのは、カッコいいしありがたいのですが……自分のことを棚に上げて、よく言えましたね!?
それにしても、相手も負けず劣らず堂々としている。
変態でなければ惚れてしまいそうだよ。
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まったく、初対面の女性に告白だなんて……まさか君、女装した男じゃないだろうな?
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ちょっとリリーナさん、なに言ってくれちゃってるの!?
一瞬、自分に向かって言われたのかと思って、心臓が止まりかけたよ!
額にだらだらと冷や汗が浮かぶ。
そんな僕の顔を、令嬢がじーっと凝視していた。
青く澄んだ水晶の瞳がすべてを見透かしているようで、生きた心地がしない。
もしかしてバレた?
しかし彼女は、小さなため息を吐いて淡々と告げた。
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私が女装した男? そんなわけないじゃない。でも、女装した男の人だっていてもいいと思うわ
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……なんか悔しいが、それには同感だ
お? あのリリーナさんが押し負けてる?
わずかでも、悔しそうに頬を歪ませてるなんて貴重な光景だ。
とは言っても、なんだかんだでこの二人、実は気が合うんじゃないだろうか。
変態だし、セクハラするし、女装に寛容だし。
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そういうあなたは、彼女のなんなの? 私と彼女がいい雰囲気になっていたのに、無粋にも邪魔をしてくるなんて
いやどこが!?
どこら辺がいい雰囲気だと思ったの!?
全然空気が読めてないじゃない!
独特な雰囲気を持つ人だとは思っていたけど、いよいよ理解不能だ。
すると、リリーナは勝ち誇ったように胸を張って堂々と告げる。
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彼女、ルノ・カーストのご主人様だ!
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そう、そちらのお嬢さんはルノちゃんと言うのね。では、交渉といきましょう。おいくらでそのご主人様の座を譲って頂けるのかしら?
とうとう金銭的な交渉に発展したぞ。
僕はあわあわと視線を右往左往しながら見守るしかできない。
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まさか君、イケナイご主人様になるつもりか?
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……理解が早くて助かる
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ふんっ、ルノは売り物じゃないのでな。おととい出直して来なさい
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前言撤回。このわからずや。変態ご主人様
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(あっ、それには全面的に同意します)
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なにぃ!?
二人はバチバチと火花を散らす。
いつの間にか通行人たちの注目を集めており、絵画売りの少女も、僕もオロオロするしかできない。
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「「ふんっ!」」
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今日のところは退いてあげるわ。私はアリエス・コリン。ルノちゃんのご主人様、あなたのお名前は?
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リリーナ・クイント
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ではリリーナさん、次会ったときは、ルノちゃんの脱ぎたてパンツを用意しておくことね
まるで「首を洗って待っていることね」とでも言うかのような挑発的な言い方だが、変態でしかない。
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うちのルノには、二度と近寄らないでもらおうか
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お断りするわ。それじゃあルノちゃん、ご機嫌よう
アリエスは丁寧におじぎをして、優雅に去って行く。
う~ん、口さえ開かなければ、相当な美少女なんだけどなぁ……
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僕はなにもしていないにも関わらず、どっと疲れた。
来た道を引き返し、屋敷へと歩きながら、リリーナが頭を押さえてやれやれとため息を吐く。
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まったく、とんでもない変態に出会ってしまったな
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いや、あなたがそれを言いますか
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なにか言ったか?
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さぁ? ご自身の胸に手を当てて聞いてください
僕はつーんと口を尖らせてそっぽを向く。
すると頬を彼女の細い指が突っついてきた。
なんだかんだ言って、僕を守ってくれたのはちょっぴり嬉しかったので、しばらく好きなだけ突つかせる。
ようやく満足して手を下ろすと、リリーナは難しい顔で呟いた。
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それにしても、まさか彼女がアリエス・コリンだったとは
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あの方のこと、ご存知なのですか?
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芸術界では少し有名だからな
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芸術界? ゴスロリのデザイン繋がりでしょうか? もしかして、貴族のご令嬢だったり?
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確かに上品な装いだったけど、彼女は商人の娘だよ。と言っても、ルビー商会という規模の大きい宝石商の会長令嬢だから、それなりに裕福だろうけど
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そうなんですね。ずいぶん熱心に絵を見てらっしゃいましたけど……
こう言っては失礼だが、裕福なお嬢様がああいう貧しい娘の描いた絵に興味を持っていたのは意外だ。
貴族御用達の大きなアートギャラリーのほうが似合う。
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彼女が芸術界で有名だと言った理由はそれだ
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と申しますと?
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天才的な目利きを持つ、アートコレクターなんだよ
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あぁそれで、熱心に絵を見られてたんですね
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彼女は集めるだけじゃない。その絵と画家の素質を見出すことに長けているんだ。なんでも、将来的に価値が高騰する絵を見極め、オークションなどで売買し、莫大な利益を稼いできたのだとか
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す、凄い……
驚いた。
天才には変人奇人も多いと聞くけど、まさか彼女がその典型だったなんて。
確かに、絵を見ていた彼女の雰囲気は不思議で近寄りがたいものがあった。
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金銭的な交渉を持ちかけてきたのも、財力があるからだろうね。それでも君を手放しはしないけど
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はい、頼もしいです
アリエスに正体がバレるのはまずいが、美術における天才的な目利きというのは興味深い。
そんな女の子に見初められたというのなら、僕だって悪い気はしないのだから。
まあ、変態に違いはないけど。
…………………………
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アルゴスの怒鳴り声が空気を震わせる。
その怒りの矛先は、執務机の前で片膝を立てこうべを垂れている護衛の獣人へ向けられていた。
エンヴァ商会との大口取引に失敗したのだ。
資源国から運送していた大量の鉱物資源は、道中の山道で山賊に襲われ、そのほとんどを奪われてしまった。
護衛は死傷者多数で、営業担当の商会員も重傷を負っている。
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獣人は俯いたまま悔しそうに唇を噛む。
命からがら生き延びたというのに、あまりにもひどい仕打ちだ。
さすがに見かねたのか、ナハルが割り込む。
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商品の運送中、想定よりも遥かに多い数の山賊に襲われました。その数は、これまでの比ではなく、今の戦力では明らかに足りませんでした
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それほどの数で襲ってきたというのか。よりにもよって、なぜこの大事なタイミングで……
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山賊たちから漏れ聞いた会話から察するに、リンがいないことを好機として、一斉に襲い掛かってきたようです
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なに? なぜそこで、あの気味の悪い男が出てくる?
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リンの強さは、山賊たちにとっても脅威であり、抑止力となっていたようです
その事実に、アルゴス、ナハル、ボロスの三人は目を見開く。
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なら貴様は、リン・カーネルさえいれば、今回の襲撃も防げたというのか!?
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おそらくは……
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この恥知らずめ! 自分の無能を棚に上げて、リン・カーネルがいなかったから商品を奪われただと? 貴様、自分で言ってて恥ずかしくはないのか!?
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っ……
獣人は拳を強く握る。
リンが抜けたことによる戦力の著しい低下は、何度もナハルへ訴えてきている。
それでも、彼を連れ戻すどころか護衛の一人も増やさず、まともに対応しなかった幹部の責任だ。
しかしリンと同じく、長年アルゴス商会の護衛をしてきた彼には、よく分かっていた。
なにを言っても無駄だと。
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もういい、貴様はクビだ。今すぐここから出て行け!
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……長い間、お世話になりました
淡々と告げ、獣人はなんの未練もなくアルゴス商会から去って行く。
これで護衛のさらなる戦力ダウンは避けられない。
彼が出て行って部屋に静寂が訪れ、ナハルが慌てて言う。
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彼を行かせて良かったのでしょうか? あれでも一番の古株で、腕も立つと評判でした
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黙れぇ! 元はといえば、護衛の戦力を見誤っていた貴様にも責任があるんだぞ!
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ぅっ……
ナハルはなにも言い返せない。
リンが抜けたことによる危険性を聞いておきながら、アルゴスへ報告しなかったのは自分なのだから。
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しかし、今回の損失は大きいですな。仕入れの費用が回収できなかった分、今の在庫を切り売りしていく必要がありますが、こうなると単価を上げざるをえません
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し、しかし、前回も無理を押し通したのですし、今回の損害による財務状況の悪化では、さすがに融資の審査が通らないかと
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は、はいっ!
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か、かしこまりました。リン・カーネルのほうはどうしますか?
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ふんっ、奴などそこら辺でのたれ死んでいるだろうが、もし見つかれば俺の前へ連れて来い。適当な言いがかりをつけて、以前の半分の給金で死ぬまでこき使ってやる
ボロスとナハルが慌てて出て行った後、アルゴスはリンの冴えない姿を思い出し、苛立ちに机を蹴り倒すのだった。