第二章 覚醒
翌日、これから仕事だというリリーナに連れられ、とある店を訪れた。
『カフェ・ハウル』という喫茶店だ。
「「「いらっしゃいませ~」」」
店員たちの声が重なる。
猫耳を生やした獣人の女の子たちがフリフリのエプロンを着けていた。
どうだい、可愛い制服だろう?
なぜかリリーナが誇らしげだ。
彼女が店員にヒソヒソとなにかを耳打ちすると、窓際の席へ案内される。
渡されたメニューを見ると、リリーナは頬が幸せそうに緩んでいた。
しかし、それは僕も同じで――
す、凄い……どれも美味しそうです!
うん、いい反応だ。好きなのを頼むといい
さすがはリリーナさん、太っ腹だ。
せっかくなのでお言葉に甘えさせてもらおう。
ありがとうございます。そうですねぇ、どれも凄く美味しそうで、迷ってしまいます
それなら、これはどう?
彼女が顔をほころばせながら見せてきたページに描かれていたのは、生クリームを挟んだ大きなマカロンだった。
僕が目を輝かせて頷くと、リリーナの分もあわせて注文する。
まだ見ぬ極上のスイーツに思いを馳せて待っていると、周囲の女性客の声が聞こえてきた。
ほら見て、あちらのお二人
まぁっ、お二人ともとてもお美しいわ
ええ、向かい合って座っているだけ絵になるわね
もしかして、昨日噂になってた、凛々しくて美しい謎の令嬢って……
リリーナさんもいらっしゃいますし、おそらく
きゃーっ、素敵~
なんだか落ち着かない。
とはいえ、内装は淡い桃色基調で統一されたオシャレなカフェなので、若い女の子の客が多く、あまり気にはならなかった。
リリーナなんて、ゆったりと優雅に紅茶を飲んでいる。
あれ? 仕事をするって言ってなかったっけ?
まだなにもしていないどころか、スイーツを注文しちゃってるよ。
まあでも、美味しそうだからいっかぁ。
しばらくして念願のマカロンが運ばれてきて、僕はそれに夢中になった。
――美味しかったぁ……
あっという間に食べ終わってしまった。
こういうオシャレな店は、男の僕じゃ入る勇気がないから、内心かなり興奮した。
対面のリリーナも満足そうに頬を緩ませている。
やっぱりスイーツを楽しんでいるときは、年相応の女の子らしくて可愛い。
それからすぐに、店員がやって来てリリーナへ何事かを耳打ちした。
……それじゃあ、行くか
へ? どちらへ? というよりもお代はどうされるんですか?
ついて来れば分かるよ
そう言われてついて行った先は、店の奥の応接室だった。
ここは店内のような甘い雰囲気ではなく、シックで上品な感じだ。
ソファに座っていた柔和な中年の男が立ち上がり、リリーナへ頭を下げた。
リリーナは「どうも」と会釈して彼の向かいに座る。
え、えっと……
ルノ、こちらはカフェ・ハウルの店長のケイトさんだ。ケイトさん、彼女はルノ・カースト。私の護衛をしてくれています
へぇ、とてもお綺麗な方ですねぇ
え? この店の店長さん!?
確かにそんな雰囲気はあったけど、リリーナといったいどんな関係が?
と混乱していると、彼女が目でなにかを訴えかけてきた。
おっと、いけないいけない。
リリーナさんの護衛をしております、ルノ・カーストと申します。ケイト店長、どうぞよろしくお願い致します
はい、よろしく
ケイトは優しげに微笑むと、リリーナへ向き直った。
二人はすぐに商談らしきことを始めるが、内容はよく分からなかったので、僕は護衛としての役目に徹することにした。
長いこと数字の話が続き、僕のまぶたがヒクヒクし始めた頃、リリーナが突然興奮して大きな声を上げた。
な、なんですって!? アイスクリームにコーヒーをかけるぅっ!? なんて大胆な発想……
はい、これがとても美味しいんですよ。間違いなく流行ります
ふむ……少し動揺してしまいましたが、いいでしょう。追加出資の件、前向きに検討します
おぉ、さすがは我らがオーナー様! 良いお返事をお待ちしております
どうやら話は終わったようだ。
ケイト店長が立ち上がって深く頭を下げると、リリーナは「お邪魔しました」と言って部屋の扉を開ける。
僕は慌ててそれについて行った。
どうやらリリーナは投資家だったようだ。
この店の出資者として出資し、利益の一部を配当として還元してもらうことで、稼いでいるらしい。
店側としても、リリーナのアドバイスは若い女性客の人気を得る上で非常に参考になるのだとか。
翌日、今度は服屋に連れて行ってくれた。
その店『ドレスコード・ゴシック』は、リリーナが着ているような、フリルやリボンで飾られた幻想的なドレスの専門店のようだ。
『ゴスロリ』というブランドらしく、夢見がちなお嬢様向け。
なんでも、リリーナがこの手の服を着て歩いているのは、このゴスロリブランドを宣伝するためでもあるらしい。
最近はかなり浸透してきたとか。
店長も、リリーナのおかげで儲けが上がっていると手揉みしていた。
オーナーとして、しっかり店の利益に貢献しているわけだ。
その後は、目を輝かせた店員と、鼻息を荒くしたリリーナの着せ替え人形にされて大変だった。
尊厳破壊はもうやめてっ!
それにしても、スイーツにブランドかぁ。
自分の好きなことに集中しているのは好感が持てる。
もしかすると彼女は、オーナーとしての威厳を保つために普段のような言動をとっているのかもしれない。
今私が出資しているのは、昨日のカフェ・ハウルと今日のドレスコード・ゴシックの二店だけだ
どうしても不思議だった。
元貴族ということは、一度は資産を失ったはず。
いくら大きくない店とはいえ、経営を支えるほどの出資をするのには、膨大な資金がいる。
貧乏人の僕では想像もできないほど。
それは、あの屋敷を担保にして、金庫番からの多額の融資を受けているからさ。不動産の担保があるだけで金利も安くなるし、店からの配当でカバーできる
当然の疑問だ。
高くはないとはいえ、自分への給料や二人分の生活費をまかなっているのだから、出費は少なくないはず。
もし僕の存在が負担になっているのなら、親切心から無理をして雇ってくれているのだとしたら……心から申し訳なく感じる。
それに、貴族の身分でない者が貴族になるには膨大な資産が必要だ。
まず最低条件として、侯爵や伯爵などの高位の貴族の持つ土地の一部を買わなければならないが、その資格として個人単位での莫大な富がなければならない。
土地を買ってすぐに破産したり、貴族としての金銭的余裕を持った振る舞いができなければ、爵位を授けた貴族の品位も疑われるからだ。
他にも戦場で武勲を上げたり、歴史に名を残すような偉業を成し遂げたりすれば、土地と爵位を与えられることもあるというが、あまり現実的ではない。
もし、自分を雇うことでその目標から遠ざかっているのだとしたら、もう彼女のそばにはいられない。
しかしリリーナは、表情を変えず淡々と答えた。
大丈夫さ。金融商品や出資権の短期的な売買もしているから、君の想像以上に儲かっている
彼女はそう言いながら、小さな店に入った。
個人で営んでいる情報屋だ。
リリーナさんか、いらっしゃい
調べてほしいことがある
毎度どうも。今回はなにかな? 他国の金融相場かい? それとも商品の需要調査かい?
いいえ、アルゴス商会について知りたい
僕は彼女の後ろで声を上げた。
アルゴス商会は僕をクビにした鉱石商だ。
彼女の意図が分からない。
金を払ってまで、無関係なアルゴス商会を調査するなんて。
ほぅ、これはまた
主に直近の損失や人員の増減、商売に関すること全般で構わない
そう告げると、リリーナは通貨の詰まった巾着袋をカウンターテーブルに置いた。
へへっ、毎度ありー
店を出た後、その真意を問うと彼女は不敵な笑みを浮かべて告げた。
稼ぎ時だ