最終章 投資家の戦い
それから数日後、ブレイヴドグマにおいて緊急総会が開かれた。
ギルド運営者たちとオーナーたちが一堂に会し、緊迫感ある空気が流れる。
そんな中、ギガスは険しい表情で金庫番の総合番頭『ローエン』へ目を向けた。
さて、ローエン殿、緊急の総会を呼びかけた目的はなんだ? オーナー様方もお暇ではないのだぞ?
ええ、分かっておりますとも、ギガス会長。みなさま、このたびは緊急の総会にご足労頂き、誠にありがとうございます。突然のことでお忙しいところ大変恐縮ではございますが、緊急の決議が必要な事態が判明し、総会を開かせて頂いた次第です
緊急の決議が必要と聞き、オーナーたちも各商会の出席者たちも、不安そうに顔を見合わせる。
しかしグランチェスだけは、いつものように余裕の表情で成り行きを見守っていた。
むしろ、なにかを知っているかのように楽しそうに頬を緩ませている。
ギガスは額に青筋を浮かべ、ローエンへ言った。
もったいぶらずにさっさと言わんか! いたずらにみなさまを不安がらせてどうする!?
大変申し訳ございません。今回の緊急総会の目的、それは我がギルドの会長の人事に関わることです
……は?
ローエンの思いもよらぬ言葉に、ギガスの口から気の抜けた声が漏れた。
静観していたグランチェスは、口元を手で押さえ笑いそうになるのをこらえるので必死だった。
――さて、金になる情報ならいいんだが
総会の行われている会議室の外では、町の情報屋が何人か待機していた。
貴族までもが出資する大御所ギルドの緊急総会。
その内容は誰もが気にするところだ。
その内容をいち早く手にし、売り物とするのが彼らの仕事。
今か今かと目を光らせる情報屋たちの中に、青い小鳥が一羽、床に降り立って待ち構えていた。
ギルドの緊急総会が終わる頃、ヤマトは仲間たちを連れ、再びドグマン邸へ足を運んでいた。
ヤマト以外は、三人ともカーキの色褪せたローブを羽織り、顔をフードで隠している。
大地は茜色に染まり、もう夕方だ。
使用人に言われ、庭の真ん中で待っていると、ドランが現れた。
その後ろには、アヤたちの元奴隷仲間のメイドもおり、横でハンナが息をのむのが分かる。
彼女が思わず前へ出ようとすると、アヤがその腕を掴んだ
だめ、ハンナ。今は我慢して
っ……
ヤマトは内心でそう呟き、歩いて来るドランを見据える。
すると、背後のメイドたちの中に、遅れて歩いて来るシルフィの姿があった。
っ! ヤマトさん!?
二人が互いの存在に気付くと、ドランは愉快そうに口の端をつり上げ、手で制した。
ヤマトはドランをにらみつけ怒りを抑えながら告げる。
シルフィを返してください
それはできないね
彼女は売り物ではないと言ったはずです
勘違いしていないかい? 彼女は自分から私の元へ来たんだ
そんなもの、彼女の望んだことじゃありません。あなた方がそう仕組んだだけだ!
ふんっ、どうであろうと現実は変わらないよ。彼女を解放したところで、追いつめられた君たちには、破滅の道しか待っていないんだ。それなら彼女も、私の元にいたほうが幸せだと思わないかい?
ドランの後方でシルフィがうつむく。
彼女は苦悩しているのだろう。いくらヤマトたちの元へ戻って来たくても、今のヤマトたちには自分を受け入れられるだけの余裕がないのだと。
だからこそ、戻りたいと言えないのだ。
ヤマトは拳を握ると、ドランをまっすぐ見据え告げる。シルフィにもちゃんと届くように。
なにをおっしゃっているんですか? 破滅の道など、とうに脱しましたよ
……なに?
自信満々に告げ、不敵な笑みを浮かべるヤマトに、ドランは眉をしかめた。
そのとき、空からポゥ太が飛来し、一枚の紙をドランの横へ落とした。
クワッ!
使用人の男がそれを拾って内容を確認すると、目を見開き慌ててドランへ渡した。
ド、ドラン様っ! これを!
いったいなにを慌てて……な、なんだとっ!?
内容を確認したドランも目を見開いて固まっていた。
時は少しさかのぼり、ギルドの緊急総会。
ギガスは鼻息を荒くし、総合番頭のローエンへ鋭い視線を向けた。
会長の人事とはどういうことだ!?
そのままの意味です
答えになっていないぞ!
でははっきりと告げましょう。ギガス会長、あなたはギルド会長の座にふさわしくありません
なにぃ?
気色ばんでにらみつけるギガスに、冷徹な瞳で応えるローエン。
会議室の雰囲気は一触即発となっていた。
誰もが冷や汗を浮かべる中、グランチェスが余裕の表情で口を挟んだ。
まあ二人とも落ち着いて。まずはローエン殿、詳しい話を聞こうじゃないか
グ、グランチェス伯爵っ……
ギガスはなにも言い返せず、顔をしかめながらも口を閉じた。
ギルドのオーナーというだけでなく、さすがに貴族としても格が上なため、黙るしかないのだ。
ローエンは頷くとゆっくり語り始めた。
実は以前、ギガス殿の指示で活動休止にした高ランクのハンターパーティがあるのですが、調査の末に驚くべき真相が判明したのです
ほぅ?
調査、だと……
それまで偉そうにふんぞり返っていたギガスの顔が引きつる。
グランチェスはそれを見逃さなかった。
ギガス殿、なにか不都合でもあるのかな?
い、いえ、とんでもございません
その様子を冷ややか目で見ながら、ローエンは続けた。
ことの発端は、彼らに陥れられたという女ハンターの申し立てでした。彼女の話では、自分たちはそのパーティに騙され、騎士に捕まったのだと
その通りだ。ひどい話じゃないか!? 活動休止してしかるべきだと思うがね
ギガスは早口でまくし立てる。
しかし彼を見るローエンの視線は冷ややかなものだった。
それが事実であれば、ですよね?
……なにが言いたい?
スノウというハンターの申し立ては、虚偽だったのですよ
バカなっ、なにを証拠に!?
彼女のかつての仲間である、『マキシリオン』と『ライダ』というハンターに聞きました
っ! バカな……奴らは投獄されているはず……
ギガスが信じられないというように呟き、グランチェスはクスクスと笑った。
ずいぶん詳しいんだね、ギガス殿
い、いえ……私も事実関係をきっちり調べていたもので
つまりです。ギガス会長は、ギルドに最も有益なハンターたちを冤罪によって追いつめたのです
その瞬間、会議室に波紋が広がる。
皆が信じられないとばかりに顔を見合わせざわめき出す。
この中には、ハンターたちと直接取引のある商人や店主もいるため、事の重大さはすぐに理解しただろう。
顔の青ざめたギガスは、慌てて口を開いた。
そ、そうだったのか!? 知らなかったとはいえ、私はなんてことを……
知らなかった? ギガス会長、なにをおっしゃっているのですか?
し、知らなかったのだから、仕方ないだろう!?
虚偽の申し立てをしたハンター、スノウ・ドグマンはあなたの娘さんではないですか。知らなかったで済むわけがないでしょう
っ!
さすがにギガスも開いた口がふさがらない。
もうこれ以上の言い訳は無意味だ。
勝敗は決したと悟ったグランチェスは告げる。
なるほど、ギガス殿はギルドの利益よりも、娘の憂さ晴らしを優先したということか
い、いえっ……そ、それは……
その通りでございます、グランチェス伯爵。ギガス会長の経営者としての資質に疑問を感じたがゆえに、この緊急総会で会長の解任について決議をとろうとした次第です
ちょっ、ちょっと待っ――
うん、よく分かったよ。それじゃあ、ここにいるオーナーですぐに決議をとろうか。ギガス会長の解任の有無と、その後の人事について――
泡吹いて必死に止めようとするギガスの言葉は無視され、すぐにオーナーの決議がとられた。
もちろん満場一致でギガスの解任に賛成。
そしてその後任には、かつて退いたローエンが再び返り咲くこととなった。
すべてが終わり、がっくりとうな垂れてトボトボと会議室から出て行くギガス。
彼の後ろ姿を見ながら、グランチェスは愉快そうに呟いた。
おもしろいものを見せてもらった。かつて会長の座を奪われたローエンを利用し、真相を調査させるとはね。監獄のハンターたちには、釈放金を用意するとでも言って、ローエンが抱き込んだか。なにはともあれ、さすがは未来の大投資家だよ、ヤマト・スプライド