#20 渾身の一手【投資家ハンターの資金管理 最終章】

最終章 投資家の戦い

 

 

ドラン

――バカな……父上がギルドの会長を解任だと!?

 

衝撃の事実に放心するドラン。

彼の手にあるのは、情報屋が走り書きしたメモだった。

おそらく緊急総会が終わった後、出席者の誰かに内容を聞いてメモしたものだろう。

ヤマトはあらかじめ、ポゥ太に頼んでそれを情報屋の手から奪い取るよう待機してもらっていたのだ。

被害にあった情報屋にはさすがに悪いので、後で謝罪と報酬をかねて対応するつもりだ。

 

 

使用人

ドラン様、これはただのメモ書きです。本当の情報かはまだ分かりません

ドラン

そ、そうだな……ヤマト・スプライド、なかなか卑劣な手を使う。こんな偽りの情報でだまそうとは神経を疑うな

ヤマト

それが本当かどうかはすぐに分かることです。覚悟しておいてください

ドラン

くっ……

 

ヤマトの自信満々な言葉に、ドランはわずかに顔を歪ませた。

メモを持つ手は震え、怒りを抑えているのが分かる。

もしこの情報が本当なら、ドグマン家にとっては貴族としての信用を失うかなりの痛手だ。

ヤマトは状況の好転を逃さないため、たたみかけるように話を続ける。

 

ヤマト

これでトリニティスイーツの活動休止は解除されるでしょう。そうなれば、シルフィはまたハンターとして活動できるようになります。つまり、あなたの援助なんて何一つ必要ない!

 

それを聞いて、シルフィがハッと顔を上げる。その顔にはわずかだが活気が戻り、瞳が希望に輝いた。

そんなシルフィへ、ヤマトは優しく微笑み、彼女の目に涙が浮かぶ。

しかしドランは、メモを破り捨てるとドスのきいた低い声で呟いた。

 

ドラン

貴様ぁ……

ヤマト

さあ、シルフィを解放してください

ドラン

この女は渡さない。僕のものだ!

ヤマト

いいのですか?

ドラン

なに?

ヤマト

あなたのお父上が、偽りの罪でトリニティスイーツを陥れたと明らかになったんです。そのパーティメンバーを息子のあなたが縛っているとおおやけになれば、あなたの関与も疑われ、ドグマン家の信用は地に落ちることになりますよ

 

これがヤマトの渾身の一手だった。

たとえギガスの会長解任の件を信じていなくとも、シルフィを抱えているリスクは大きすぎるのだ。

分の悪い賭けを避けるならば、彼女を手放すのが正しい判断というもの。

 

ドラン

……ふんっ、そうはならないさ

ヤマト

なぜそう言えるんですか?

ドラン

真実を知っているお前たちには、消えてもらうからだ!

 

ドランが叫び、背後で使用人の男がパチンと指を鳴らすと、庭のしげみから武装した男たちが出て来た。

おそらく彼の雇った傭兵だ。

彼らは明確な殺意をもって武器をヤマトたち四人へ向ける。

 

 

交渉決裂。

ヤマトたちの背後からも傭兵が四人現れ、シルフィが切羽詰まった声で叫んだ。

 

シルフィ
ヤマトさん!

 

しかしヤマトは動じず、勝ち誇ったように酷薄の笑みを浮かべるドランを見据えた。

 

ヤマト

これはどういうことですか?

ドラン

決まっているだろう? 君たちがいなくなれば、シルフィは僕のものになる

ヤマト

最初からそれだけが狙いか

ドラン

安心しなよ、彼女は壊れないように、じっくりと可愛がってあげるから

シルフィ
ひっ……

 

狂気すら感じるドランの目を向けられたシルフィは、恐怖に顔を引きつらせる。

ヤマトの怒りは今にも爆発しそうだった。

 

ヤマト

彼女には手を出させない! ドラン・ドグマン!

 

しかし状況は最悪。

ヤマトたち四人に対し、敵は前方に六人、背後に四人。

今は互いに硬直しているが、戦闘が始まればヤマトたちが明らかに不利だ。

 

――シュッ!

 

シルフィ

っ! ヤマトさん!

 

そのとき、ヤマトのななめ後ろに立つ木の影から、矢が放たれた。

一番早く気付いたシルフィが叫ぶも既に遅い。

それはまっすぐにヤマトの背中へと迫り――

 

アヤ

――させない!

 

アヤが素早く間に入り、小太刀を振るい矢を弾く。

そして間髪入れず、矢の飛んできたほうへナイフを投げた。

すぐに木の影から悲鳴が聞こえ、刺客が姿を現した。

 

スノウ

ヤマト、よくも……

 

それは憎悪に顔を歪めたスノウだった。

ナイフの刺さった右肩からは血が流れ、左手で押さえている。

右手に持つ弓はひと目で高質なものと分かり、それで狙いが正確だったのだと納得できた。

 

最初からそこに潜んでいたことを考えると、交渉の結果がどうなろうとヤマトを殺すつもりだったということか。

どこまでも救えない。

 

ドラン

クククッ

ヤマト

なにがおかしい!?

ドラン

これは決定的だなぁ。スノウは、屋敷に不法侵入した君たちに襲われ負傷した。それを騎士へ通報すれば、私たちの勝ちだ

ヤマト

この期に及んで、まだそんなことを

ドラン

バカだね。手段なんて選んでいるから、足元をすくわれるんだよ

 

ドランは勝ち誇ったように笑う。

彼の狙いは最初からこれだったのかもしれない。

誰かが傷つけられれば、ヤマトたちから襲われたのだと言って、追いつめるつもりだったのだろう。

そうすれば、トリニティスイーツが本当に冤罪なのか疑わしくなり、ギガスもまだ言い訳ができるかもしれない。

 

だがそれを許すヤマトではなかった。

彼はあきれたようにため息を吐いて仲間の名を呼ぶ。

 

 

ヤマト

……ラミィ

ラミィ
ようやく出番か

 

ヤマトの背後にいた人物がローブを脱ぎ捨てると、白銀の甲冑を着た女騎士が現れた。

トリニティスイーツのリーダーであり、今は騎士のラミィだ。

彼女の姿を見て、シルフィは目を見開き歓喜の声を上げる。

 

シルフィ
ラミィさん!
ドラン

なに? 騎士がなぜここに!?

ラミィ

お久しぶりですね、ドラン殿。以前会ったときはハンターでしたが、今は騎士団に所属しているんですよ

 

ラミィが勝ち誇ったように告げると、ドランの頬が引きつる。

こんなこともあろうかとヤマトが協力を依頼していたのだ。

ヤマト以外をローブで隠していたのは、ラミィの正体がバレないためのカモフラージュ。

彼女はドランをまっすぐに見据え、堂々と告げる。

 

ラミィ

騎士団に通報するという話でしたけど、必要ありませんよ。ずっと騎士の私が見ていたんですから。スノウからの正当防衛ということでヤマトたちに非はありません。そもそも、不法侵入もしていないですし

ドラン

やってくれるな。だが、それでも多勢に無勢だ。そこの女騎士ごと消してしまえばなにも問題はない。こちらの有利は変わらないぞ!

ハンナ

――ねぇ、聞きたいことがあるんだけど

 

緊迫の状況下で口を挟んだのは、ハンナだった。

しかし声には感情がこもっておらず、フードをかぶっているため表情は見えない。

 

ヤマト
ハンナ? なにを……

 

ヤマトが戸惑いの声を上げるが、彼女は反応せず、ドランを見据えゆっくり歩き出した。

 

 

ドラン

なんだお前は!?

ハンナ

他にも奴隷がいたんじゃないの?

ドラン

奴隷だと? なぜそれを!?

ハンナ

質問に答えて

ドラン

ふんっ、なにを期待しているのか知らないが、今いるのは後ろの子たちだけだ

ハンナ

……他の子たちはどうしたの?

ドラン

僕の愛に耐え切れなくて、壊れてしまったよ

 

ドランは二ヤリと三日月のような歪んだ笑みを浮かべた。

その言葉を聞いた途端、ハンナが立ち止まる。

アヤも、ヤマトの横で絶句して固まっていた。

 

ハンナ

……愛、ですって? あんたなんかにそんなものがあってたまるかぁぁぁっ!!

 

 

ついに感情を爆発させたハンナは、ローブを脱ぎ捨てると双剣を抜き駆け出した。

彼女の蹴った地面は砕け、空を切り疾風が吹き荒れる。

あまりのスピードと、初めて目の当たりにする彼女の激怒に、仲間の誰も声が出せなかった。

 

ドラン

おい、なにをしている!? 殺せ!

は、はいっ!

 

慌てて武器を構える六人の傭兵。

ハンナへと一斉に襲い掛かるが、彼女のスピードには到底およばない。

素早く振るわれる無数の剣閃は、すべての攻撃を弾く。

 

な、なんだコイツ!? 早すぎるぞ!

左右から挟み込め!

 

焦り叫ぶ男たち。

しかし俊敏に飛び跳ねるハンナに攻撃は当たらず、縦横無尽に振るわれる斬撃が強靭な肉体を切り刻んでいく。

 

くっ、このおぉぉぉっ!

 

前方から同時に振り下ろされる刃。

しかしそれが届くことはない。

ハンナからすれば、遅すぎるのだ。

 

かはっ

 

彼らが武器を振り下ろしたときには、横一文字の一閃が煌めき、ハンナはその背後、ドランの目の前に立っていた。

すべての傭兵が膝から崩れ落ちると、ドランは恐怖に顔を引きつらせ後ずさる。

 

ハンナ

あんただけは許さない

ドラン

ま、待て! 分かった、シルフィは返そう。だから――

 

――ドゴンッ!

 

最後まで言葉を言い切る間もなく、ドランのみぞおちに小さな拳が食い込んでいた。

 

ドラン

かはっ、くっそぉ……

ハンナ

みんなの苦しみを、少しでも味わえぇっ!

ドラン

ぎゃあぁぁぁぁぁっ!

ハンナに股間を蹴り上げられ、ドランは情けない悲鳴を上げて倒れると気絶した。

あまりに一瞬の出来事で、ヤマトたちとその背後に構えていた傭兵たちは唖然としていた。

 

スノウ

……そんな、ドランお兄様……

 

スノウは脱力しその場へ座り込む。

がっくりとうな垂れ、完全に戦意喪失していた。

ラミィが残りの傭兵たちをにらみつけると、彼らは顔を見合わせ脱兎のごとく逃げ出した。

 

使用人

ド、ドラン様!

 

白目を剥いて倒れたドランに駆け寄る使用人の男。

ハンナはそれをつまらなそうに見下ろしながら、荒れる呼吸を整えると前を向いた。

 

 

ハンナ

シルフィ!

シルフィ

ハンナちゃん!

 

二人は駆け出し抱き合うと、涙を浮かべた。

 

ハンナ

シルフィ、大丈夫? あの変態になにかされてない?

シルフィ

うん、私は大丈夫だよ!

ハンナ

良かった……本当に良かったよぉ

 

先ほどまでの凛々しい姿はなく、泣きじゃくるハンナは年相応の女の子だった。

シルフィもギュッと抱きしめ、安堵の笑みを浮かべる。

ヤマトたちもシルフィの元へゆっくり歩み寄った。

 

ヤマト
シルフィ
シルフィ

ヤマトさん、ラミィさん、アヤさん

ピー助

クェェェッ!

ポゥ太

クァッ!

シルフィ

ピー助さんに、ポゥ太さんまで!

 

二羽の小鳥は嬉しそうに鳴くと、シルフィとハンナの肩にそれぞれとまる。

シルフィとハンナは体を離し、ヤマトに向き合った。

 

ラミィ

シルフィが無事で本当に良かった

アヤ

ええ、本当に

 

皆、無事なシルフィと再会できたことに安堵する。

すると彼女は、ヤマトを見て目を丸くしていた。

 

シルフィ

ヤマトさん、そのコート

ヤマト

え? あっ、これは……

 

シルフィから贈ってもらったコートだ。

彼女を助けるために気合を入れようと着てきたのだが、なんだか急に恥ずかしくなった。

ヤマトが目をそらして赤くなった頬をかいていると、シルフィは嬉しそうにはにかむ。

しかしすぐに真剣な表情になった。

 

シルフィ

ヤマトさん……みなさん、本当にごめんなさい!

 

シルフィは意を決して謝ると、深く頭を下げた。

誰にも相談せず、勝手にいなくなったことを気にしているのだろう。

ヤマトは首を横へ振って微笑んだ。

 

ヤマト

もういいんだ、シルフィ。全部終わったんだよ。帰ろう僕らの居場所へ

 

そう言って手を差し伸べると、シルフィはためらいがちのその手を握って満面の笑みを浮かべるのだった。