第五章 伝説の大投資家
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――そうかぁ。俺、もう一回ヤマトの店に行こうかな
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ガハハ! 分かってるって。ま、店番がヤマトじゃなくて嬢ちゃんたちなら、客足も伸びるだろうさ!
ガーフは豪快に笑いながらヤマトの背中を叩く。
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ドグマン家の圧力によりハンター業を休止させられたことで、ヤマト運用商会はトリニティスイーツのメンバーを正式に雇うことに決めた。
今は受付と事務処理にマヤとシルフィ、警備や営業などにラミィとハンナを割り当て店を運営している。
そうなると、ヤマトも店でヒマしているわけにもいかないので、町で商人や店主などに声をかけているのだ。
ピー助、ポゥ太、キュウ子も血眼になって国内外を飛び回っているが、そう簡単に儲け話は見つからない。
ヤマト運用は厳しい状況に置かれていた。
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さてと、今日はこれで帰ります
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おう! 頑張れよ! 俺もそれとなく知り合いやお得意さんに話してみるわ
ヤマトが店を出ると、既に夕方になっていた。
やはり、いくら飛び込み営業のようなことをしても、簡単に顧客は増えず資金繰りは厳しいまま。
なにかしらの世界情勢の変化や地政学的リスクなど、大きな動きがないと資産運用で大きく儲けるのは厳しいのだ。
そうなると、もっと預かり資金を増やして取れる手数料を増やすしか、人件費をカバーするすべがない。
しかしガーフも、そこまでの余裕はないときっぱり断られてしまった。
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(まぁ確かに、無理に金を出してもらって、短期間で引き出したいなんて言われたら困るけど)
資金の運用には時間管理も重要だ。
しっかりタイミングを見計らなければ、あと少しで大儲けできたところを先に損切りしてしまったり、欲をかいて手を引かずに大暴落に巻き込まれたりと、失敗しかねない。
もしそれを顧客の都合で左右されれば、場合によっては大損することもあるのだ。
だからこそ、ヤマトは慎重になっている。
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なにかいい手があるはずだ。諦めなければ必ず……
ぶつぶつ言いながら歩いていると、自分の店の前にラミィが立っていた。
彼女はヤマトの姿を見つけると、神妙な表情で歩いて来る。
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ただいま。今日もお疲れ、ラミィ
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ど、どうしたの急に? まずは店の中に――
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――いや、まずは君にだけ聞いてほしいの。ついて来て
意を決したような、真剣なまなざしにヤマトはたじろぐ。
なんだか嫌な予感がした。
ラミィの後ろを追って近くの路地裏に入ると、彼女はヤマトへ振り向いた。
しかし薄暗いため、あまり表情が見えない。
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いったいどうしたの?
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みんなには黙っていたんだけど、実は騎士団からの勧誘を受けているの。ハンターの活動を休止する前から
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え? ほんとに!?
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ええ。ハンターとして実力もかなり上がって知名度も上がったし、それで私の実力を見込んでまた戻って来てほしいって
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そうだったのか。でも、騎士団には……
ヤマトは声のトーンを落とした。
以前聞いた話では、ラミィは女だからと差別されていたということだった。
喜ばしいことではあるが、彼女の気持ちを考えると複雑だ。
しかしラミィは表情を和らげ首を横へ振る。
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以前のことは謝られたわ。私に突っかかってきた騎士たちは、問題を起してもういなくなったって
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そっか、それなら良かった
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それで、本題はここからよ。勧誘を断ってしばらくもう声をかけてこなかったんだけど、私たちのハンター活動休止を知って、また声をかけてきたの
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それは凄いな……
喜ばしいことだと思った。
それだけ彼女が騎士団から認められ、その力を求められているということだから。
今の状況こそ、ラミィが目指した道のはずだ。
ハンターとして有名になるのは、自分を差別してきた者たちへ実力を認めさせるための手段に過ぎない。
つまり、ラミィはもう目的を達成していたのだ。
だというのに、彼女は浮かない表情で下を向いた。
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……私、戻りたくない
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ラミィ……
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もっとみんなと一緒にいたい。でも今は役立たずだから、騎士になって稼ぐしか道はないの
違う、とは言えなかった。
騎士の稼ぎを考えれば、経営危機に瀕している商会に縛り付けるなど、できるはずがないのだ。
だからヤマトは、ラミィの判断にゆだねることにした。
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君の思う通りにやればいい。でも、一緒にいたいと思う気持ちはみんな同じなんだ
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ヤマト……
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だって、ラミィが欠けてしまったら、僕の大好きなトリニティスイーツはもう戻ってこないんだから
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でもっ……
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だからもし、また君が騎士になったとしても、またすぐに戻ってくればいいんだよ。君の気持ちはずっと、僕らと一緒にあるんだから
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ヤマトっ!
ラミィの声は震えていた。
彼女はためらいがちにゆっくり歩み寄って来たかと思うと、ヤマトを正面から抱きしめる。
嗚咽を必死に抑えようとしているのが分かった。
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君の存在は、僕たちには必要だ。どんな選択をしても、それだけは忘れないで
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うんっ……うん!
ヤマトは震えるラミィの背中へ手を回し、そっと抱きしめるのだった。
…………………………
ラミィは商会を出て騎士に戻った。
突然のことだったが、ハンナもシルフィもマヤも、引き止めることはできず、笑顔で送り出した。
しかし彼女の選択が正しかったのかは、誰にも分からない。
それからは店に暗い空気が満ちた。
ラミィの不在は、仲間たちの士気を大きく下げたのだ。
それは彼女の存在がみんなの中で大きいことの証明であり、それを感じることができてヤマトは少し嬉しかった。
しかし状況はいまだ最悪。
顧客の増加も預かり資金の増加もこれ以上望めず、運用も損はしていないものの大きな利回りを期待できる状況でもない。
ヤマトは、マヤたちに店を任せ外へ出ていた。
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なにげない呟きでは、後ろを歩くアヤは反応しない。
ヤマトはため息を吐き立ち止まった。
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……はい、ヤマト様
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なにも良い手が浮かばないんだ
悲しげに眉尻を下げながら告げる。
それもなにげない言葉だった。
それでももしかすると、アヤならなにか良い案を出してくれるのではないか、そう期待した。
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ヤマト様なら、どんな窮地でも乗り切ることができます
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……かいかぶりすぎだよ
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いいえ、あなたは絶望から私を救ってくれました。だから信じています
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そっか……
ヤマトは肩を落とすと、再び当てもなく歩き出した。
すると肩の上でピー助が鳴く。
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クェェェ……
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ピー助は、なにも有益な情報を持って帰って来れなったことを詫びていた。
いつも元気な彼がしょんぼりしていると、ヤマトも気が滅入る。
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――ヤマトくん!
突然名を呼ばれ顔を上げると、ハンナが立っていた。
店番をしているはずのハンナが。
肩で息をして焦燥の表情を浮かべており、ヤマトは表情を引きしめた。
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店が大変なの! 早く戻って来て!
彼女はそう言ってヤマトの手を引き走り出した。
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話は後!
すぐに店へ到着し中へ入ると、数人の男たちが受付のマヤとシルフィへ詰め寄っていた。
よく見ると、中小商会の会長であったり店主であったりと、みんな契約済の顧客だ。
ヤマトはわけが分からず、彼らの後ろから声をかける。
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あ、あんたは会長の!
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なぁ頼むよ、金を返してくれ
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思わぬ言葉に目を丸くしたヤマトは聞き返す。
すると、彼らは困ったように顔を見合わせ、言いづらそうに告げた。
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実は、あんたの商売は高い手数料を取る割にまったく儲からないって聞いたんだ
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だから、客から金を取るだけの詐欺まがいの商売だって聞いたんだよ
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ちょっ、ちょっと待ってください! それは酷い誤解ですよ!
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いやぁ、俺たちも金を預けるだけで儲かるなんて、そんなおいしい話があるはずないと本当は気付けたはずなんだけどなぁ……口車に乗っちまった自分の責任だ。手数料の分は支払うから、金を回収させてくれよ
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俺も頼む!
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わ、私も!
ヤマトは唖然とした。
いったいなにが起こっているというのか。
しかしこんな人数の預り金を決済してしまえば、現状では収支がマイナス。
それに加えて、ただでさえ少ない手元の営業資金が減ってしまう。
そう簡単に彼らの要望をのむわけにはいかなかった。
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待ってください! いったい誰からそんなことを言われたんですか!?
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知り合いだよ
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その方は、実際に損をされたんですか?
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そんなの知らないよ。ただ、ヤマト運用は怪しいって……
ヤマトは拳を握った。
この商売は信用がなによりも大事だ。
それを傷つけられてしまえば、商売として成り立たなくなってしまう。
とにかく今は、顧客を説得することと、情報源を断たなければならない。
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信じてください。僕はこれまでにも十分な運用成績を上げてきました。金庫番の融資担当だってそのことは知っています
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そうは言われてもなぁ……
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とにかく今は、落ち着いてよく考えて頂きたいです。資産の運用というものは、短期で儲かるものではありません。長期的に運用してやっと効果が出始めるのですから
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でもそれで毎年の運用手数料をとられて、何年か経った後で失敗しましたなんて言われても困るんだよなぁ
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今一度ご検討をよろしくお願い致します
ヤマトはそう言って深く頭を下げ、カウンターのシルフィとマヤも頭を下げた。
客からすれば不安になる姿だが、彼らも鬼ではない。
気まずそうに目をそらして「また来るわ」と言って帰ってくれた。
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はぁ……
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先生、ありがとうございます。助かりました
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マヤは疲れたように笑みを作り、シルフィが涙目になりながら唇を震わせる。
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二人とも大丈夫だよ。僕がなんとかするから
ヤマトはそう言って、返金を求める客の要望は丁重に断るよう指示し、アヤを連れて店を出た。
とにかく噂の出所を断たねばならない。
しばらく駆け回って、噂を流している人たちには辿り着けたものの、彼らはヤマトの悪い噂を広めるよう指示されていただけで、その依頼主は教えてもらえなかった。
だが、トリニティスイーツの活動休止といい、考えられる可能性は一つだ。