#14 恩人【投資家ハンターの資金管理 第四章】

第四章 『ヤマト運用商会』結成

 

 

翌日の早朝。

ヤマトはいつも通り自分のベッドで目を覚ました。

 

ヤマト
(なんだか体がだるい気がする)

 

病気かとも思ったが、すぐに昨日の夜のことを思い出し、筋肉痛だと悟る。

ラミィたちは日々クエストで体を張っているというのに、自分だけ運動不足で筋肉痛とは情けない。

「早く店に行って準備しないと」と、ヤマトがぼんやり考えていると、布団の中でなにかが動いた。

 

 

ヤマト

 

まだ朦朧もうろうとする意識の中、何気なくかけ布団を剥いでみる。

次の瞬間、想像もしていなかった純白の光景が視界に入り、一気に目が覚めた。

 

ヤマト
んなっ!? ななななな!

 

顔を真っ赤にして困惑するヤマト。

なんと自分の横でいたいけな美少女が眠っていたのだ。

薄い白のキャミソールを着た、小柄な色白の美少女。

むにゃむにゃと幸せそうに頬を緩め、下着が胸の下までめくれて健康的な腹を出している。

 

ヤマト
だ、誰!?

 

動転したヤマトがベッドから転がり落ち、裏返った声で叫ぶと彼女も目を覚ました。

 

少女

ふぇ? ……あぁ、ヤマト様ぁ、おはようございますぅ

ヤマト
おはよう……じゃなくて!
少女

ひゃぃ?

 

寝惚ねぼけまなこの美少女は、うーんと腕を伸ばす。

スレンダーな彼女の小ぶりな胸が協調され目の毒だ。

ヤマトは慌てて目を伏せる。

 

少女

んん? どうしたんです……か……

 

すると、少女もようやく自分の格好に気付いたようで、「きゃあぁぁぁっ!」と悲鳴を上げた。

 

少女

ご、ごごごごごっ、ごめんなさい!

ヤマト

こ、こここここっ、こちらこそ!

 

少女は耳まで真っ赤になって両手で体を隠そうとするが、その細い腕ではなに一つ隠せていない。

彼女は唇を震わせ涙目になりながら言った。

 

少女

もっ、申し訳ありません! どうしても暑かったもので、ヤマト様がお目覚めになる前に着替えればいいと思い、つい……

ヤマト

つ、つい?

 

ヤマトはますます困惑する。

状況がまったく理解できない。

なぜ自分が見知らぬ美少女と一緒のベッドで寝ているのか、いまだに分からないでいた。

 

ヤマト

ちょ、ちょっと待って! 君は誰なんだ!?

少女

……へ? もしかして、昨日の夜のことを覚えてらっしゃらないのですか?

ヤマト

昨日の、よ、夜のこと……

 

ヤマトの顔から血の気が引いていく。

なにかまずいことをしでかしたのではないか、そんな予感がするのだ。

ひとまず腕を組んで首をひねり、う~んと昨日のことについて考え始める。

 

ヤマト

昨日の夜は……マキシリオンとライダに襲われて、それで変な女の子に助けられて、その後騎士に……

少女

ちょっと待ってください

ヤマト

ん?

少女

騎士の前のところです

ヤマト

変な女の子のこと?

少女

変は余計ですぅ!

 

ムッと眉をつり上げる少女。

そのとき、ようやく彼女の正体にピンと来た。

昨日はスカーフで口元を覆っていたから分からなかったが、彼女はマキシリオンたちから助けてくれた黒装束の女の子だ。

 

ヤマト

そ、そうだったのか……でも、どうして僕の部屋に?

少女

それは、ヤマト様に正体を問われたので、話をするためにひとまず場所をここへ移したところ、ベッドに腰かけた途端ヤマト様が眠ってしまわれたんです

ヤマト

そ、そういうことだったのか……

 

ヤマトは手の平で顔を覆った。

疲労のあまり話の途中で眠ってしまうとは、情けない限りだ。

恥ずかしくて顔が上げられない。

 

少女

仕方のないことです。昨日は、商会の初仕事だったわけですし、相当な疲労が溜まっていたのでしょう

 

少女は優しい声で気遣うように言った。

ヤマトは少し気が楽になって彼女を今一度よく見る。

 

美しく長い黒髪を後ろへ流し、肌は病的なほどに白く小柄な少女。

見た目から十代前半か半ば、シルフィやハンナと同じかそれよりも少し下の年齢だろう。

切れ長の目に筋の通った鼻で、人形のように整った顔立ちをしている。

なにより、深紅の瞳が神秘的な雰囲気を作っていた。

 

少女

あ、あのぅ……ヤマト様?

ヤマト

うん?

少女

私に興味を持ってくださるのは嬉しいのですが、あまり見つめられると恥ずかしいです……

 

少女はポッと頬を赤らめ、恥ずかしそうに身をよじった。

それもそのはず。彼女はまだ薄い下着のままでいるのだから。

ヤマトは「ご、ごめん!」と慌てて目をそらす。

だがタイミングの悪いことに、部屋の外からドタバタと足音が聞こえ、ノックもなしに扉が開け放たれた。

 

 

ラミィ

ヤマト! 無事か!?

シルフィ
さっき、マキシリオンさんたちが駐屯所から連れて行かれるのを、見ました……けど……

 

入ってきたのは、ラミィ、シルフィ、ハンナの三人だった。

ヤマトの背筋が凍る。

ベッドの上に薄い下着一枚の美少女がいる、それだけで非常にマズい状況なのは鈍感な彼にも分かった。

ラミィが額に青筋を浮かべ、シルフィは目を見開いて固まる。

 

ヤマト
お、おはよう、ラミィ、ハンナ、シルフィ……こ、こんな朝早くからどっ、どどどどうしたの?

 

頬を引きつらせながら無理やり笑みを浮かべるヤマト。

もちろん、そんなものでこの状況をごまかすことはできない。

 

ラミィ

どういうことだよヤマト!? こんないたいけな女の子を連れ込むなんて!

シルフィ

ヤマトさん、信じていたのにぃ……ぐすん

ヤマト

ご、誤解だよ!

ラミィ

まさか、この状況で言い逃れできるとでも?

ヤマト

ひっ……

 

ヤマトの顔が恐怖で歪む。

怒るラミィの背後で炎がメラメラと燃えているようだった。

シルフィは両手で顔を覆い、ぐすんとべそをかいている。

 

そうしてラミィから怒涛のように問い詰められている間に、少女は着替え終える。

漆黒の毛皮で作られた上衣は胸の下までの長さで、腹部は鎖帷子くさりかたびらで網目状に肌が露出しているため妙に色っぽい。

スカート丈は短く、尻尾を模したような剛毛の布が腰から伸びていた。

俊敏性を重視した装備で、ライダも以前似たような装備を作っていたはずだ。

そして彼女が、長い黒髪を横で束ね、サイドテールを作ると――

 

 

ハンナ

――アヤ?

 

それまで微動だにせず少女を凝視していたハンナがついに声を上げた。

アヤと呼ばれた少女はハンナへ目を向けると、目を丸くした。

アヤ

……え? もしかして、ハンナ?

ハンナ

アヤぁぁぁっ!

 

ハンナが感極まって涙を溢れさせながら少女へ飛びつくと、さすがのラミィもヤマトへの言及はいったん中断した。

 

ハンナ

アヤっ、アヤぁ……無事だったんだね!?

アヤ

う、うん。まさかハンナとまた会えるなんて

ハンナ

良かったよぉぉぉっ!

 

感動の再会に水を差すことはできず、ヤマトたちはハンナが落ち着くまで様子を見守ることにした。

感極まって泣いていたハンナが落ち着くと、ヤマトは事情を説明し始める。

ハンナとアヤは手を繋いでベッドに腰掛け、その横にシルフィが、ラミィは木の椅子に座り、ヤマトだけが立たされていた。

 

ヤマト
実は昨日、マキシリオンとライダに襲われたんだ
ラミィ
やっぱりか。さっき駐屯所を通りかかったときに、二人が騎士に連れられて行くところを見たんだよ。それでもしかすると、ヤマトのほうになにかしてないかと心配してきたんだけど……

 

そう言ってラミィはアヤを一瞥してヤマトへ鋭い視線を向ける。

まるでさっきまでの心配を返せとでも言い出しそうだ。

ヤマトは慌てて話を続ける。

 

ヤマト
か、彼女が助けてくれたんだよ! 危うく殺されるってところで、二人を倒してくれてね
シルフィ
そうだったんですか。アヤさん、でいいでしょうか? ヤマトさんを助けてくださりありがとうございました
アヤ

当然のことをしたまでです。ヤマト様は私が守りますから

 

そう言ってアヤが薄い胸を張ると、シルフィの笑顔が凍り、眉がピクリと動いた。

ラミィもギロリとヤマトをにらむ。

 

ラミィ
ヤマト『様』? そろそろ説明してもらおうかな。二人はいったいどんな関係なのか
ヤマト
え、えっと……

 

ヤマトは冷や汗をダラダラと流し言葉に詰まる。

実際のところ自分も分かっていないのだ。

なぜ彼女が自分のことを知っているのか、後をつけてきていたのかを。

しかし今それを言うと、火に油を注ぎそうなのでアヤの助け舟を待った。

 

アヤ

ヤマト様は私の恩人なのです

ラミィ
恩人?
アヤ

はい。私はかつて、ハンナと同じで奴隷商の元で奴隷として暮らしていました

 

ハンナが俯き、暗い表情で手をギュッと握る。

 

アヤ

ある日、私に目を付けた商人が使えそうだからと、買い取ったんです。もちろん私は嫌でした。ハンナたち同じ境遇の奴隷たちと離れるのは不安で仕方なかったんです

ヤマト
ぶしつけなことを聞いてごめん。そこの奴隷は、みんなハンナやアヤと同じくらいの年の子たちなの?
ハンナ

うん。そこには、孤児や身売りされた女の子たちが集められて、奴隷として調教……育てられていたの

シルフィ
ひどい……
ハンナ

いいのよシルフィ。奴隷商の主人は最悪だったけど、私たちは奴隷同士で身を寄せ合って、なんとかやっていけてたからそこまで辛くはなかった。でも、アヤが奴隷として売られた後、他の子たちもどんどん売られていったわ。奴隷仲間が次々に減り、どんどん心細くなっていって、次は自分の番じゃないかと考えると怖かった。それで残った奴隷たちはみんな一斉に逃げ出したの。それぞれ別の方向へ向かってね

 

自分が出た後のことを始めて知ったようで、アヤは瞳を揺らす。

 

アヤ

そうだったの……でも、売られる前に逃げたのは正解だと思う

ハンナ
え?
アヤ

売られた先での私の扱いはひどかった。もちろん奴隷だからっていうのは理解はしていたけど、それでも服も食事も満足に与えられなかったし、暴力や怒声は日常茶飯事だった

ハンナ

アヤ……辛かったんだね

アヤ

うん。でも、そのとき私を救ってくれたのがヤマト様なの

ヤマト
え? 僕?
アヤ

はい。主からひどい扱いをされていた市場で、ヤマト様と出会いました。あなたは私を見て、彼女を解放してやってほしいと主に告げ、交渉をしてくださいました。そしてすぐに金を渡して、私を主の奴隷から解放してくださったんです。その後、金庫番でご自分の資金を引き出し、それを私に渡して言ってくれました。『辛かったね。これでまたやり直せばいいよ』と

 

アヤの目は潤んでいた。

周囲もしんみりした雰囲気で聞き入っていて、シルフィに関してはハンカチ片手に溢れる涙をぬぐいながら聞き入っている。

しかしヤマトのほうは、そんなこともあったなとようやく思い出した。

 

ヤマト

(確か、彼女をほしいと言ったら、使えないからって安く買えたんだったけ? その後で渡した資金が十分かだけが気がかりだったけど、問題ないみたいで良かった)

 

ヤマトがうんうんと満足げに頷いていると、アヤがヤマトの目の前で片膝を立て頭を下げる。

 

アヤ

あのときはお名前も聞けず、ハンター業をしながらもずっと探し続けていましたが、ようやくお会いすることができました。私を助けてくれて、本当にありがとうございました

ハンナ

ヤマトくん、アヤを助けてくれて本当にありがとう

 

ヤマト
当然のことをしたまでだよ

 

ヤマトが笑みを浮かべながら、さきほどのアヤと同じ言葉で返すと、アヤは嬉しそうに微笑んだ。

彼にとっては、金で救える人がいるのなら惜しまず救うのは当然のこと。

それが師匠の教えでもあり、ヤマト自身の夢でもある。

 

ラミィ
……どっかで聞いた話だね。まったくヤマトらしい

 

ラミィはあきれたように言って肩をすくめる。

シルフィも涙をぬぐいながら苦笑した。

 

シルフィ

はい。でも、ちょっと複雑ですね

 

二人はヤマトと出会ったときのことを思い出しているのだろう。

あのときも、彼は無償で自らの資金を使い、三人を助けた。

昔も今も、ヤマトの行動原理はなに一つ変わっていないのだ。

 

アヤはこうべを垂れ、仰々ぎょうぎょうしく告げる。

 

アヤ

あのときのご恩、今こそ返すときだと考えています。どうか、あなたの護衛として雇って頂けないでしょうか?

ヤマト
……分かった。これからよろしく頼むよ、アヤ
アヤ

っ! ありがとうございます、ヤマト様!

ハンナ

良かったね! アヤ!

アヤ

うん!

 

アヤとハンナは涙を浮かべながら嬉しそうに抱き合う。

そんな姿を見てヤマトも温かい気持ちになるのだった。