#13 商会結成!【投資家ハンターの資金管理 第四章】

 

 

とうとう準備を整えたヤマトは、その日、商会を立ち上げた。

その名も『ヤマト運用』商会。

顧客から資産を預かり、それを様々な投資先や金融商品へ替え、長期的な資産の保全と増大をはかるべく運用する商会だ。

商会の会員はまだ会長のヤマトだけとなっている。

 

ヤマト運用の開業初日、アークの紹介や掲示板での宣伝に興味を持った客が一人、また一人と来店していた。

ヤマトはカウンターの中央に立ち、その右ではシルフィが、左ではマヤが受付をしてくれている。

初日の混雑にそなえ、臨時で雇ったのだ。

ラミィとハンナも店内のすみで成り行きを見守り、アーク商会からはアークとシーアが訪れていた。

 

アーク

ヤマトさん、当商会の資産をよろしくお願いします

ヤマト

はい、喜んで!

アーク

ヤマト運用商会のご健闘、心よりお祈りしております

ヤマト

アーク会長、ありがとうございます!

シーア

ヤマト様、頑張ってくださいね! ずっと応援していますから

 シーアはそう言ってヤマトの両手を握ると、潤んだ目で見つめた。 

美しい令嬢に手を握られ、至近距離から熱い眼差しをぶつけられて、ヤマトは緊張してしまう。

 

ヤマト

シ、シーアさんもありがとう

 

二人が無言で見つめ合い、アークも満足げに頷いていると、横でシルフィとマヤが咳払いした。

そしてシーアの背後からハンナが声をかける。

 

ハンナ

ほら、後ろが詰まってるんだから、横にずれて

シルフィ

シーアさん、手続きは私のほうでしているので、こちらでお願いします

シーア

あ、あなたたち……

 

ハンナに肩を押されて、シーアはムッとしながらもシルフィの前に立ち、乾いた笑みを浮かべながらバチバチと無言で火花を散らせた。

ハンナたちは別に雇っているわけではないのだが、これでは商会の警護をしているようだ。

頼もしいものだが、客ともめるのだけはやめてほしいと内心思う。

 

シーアとアークは書類の記入を済ませると、最後にヤマトへあいさつして帰って行った。

 

ガーフ

――おぅ、ヤマト! 俺のも頼むぜ!

ヤマト
ガーフさん! ありがとうございます!
ガーフ

ったく、いつの間にこんな立派な商人になってたんだよ。ま、今までは、俺の見る目がなかったってことだな

 

ガーフはそう言って苦笑し後頭部をさする。

以前、資源価格の高騰後に、トリニティスイーツの鉱物資源を買い取った素材屋だ。

あのときは、シルフィたちと一悶着あって気まずかったが、今では気さくに接してくれる。

 

シルフィ

お手続きはこちらでお願いいたしますね

ガーフ

はいよ

 

ガーフはシルフィの前に立つと、気まずそうに苦笑した。

以前のことを思い出しているのだろう。

しかしシルフィは、無邪気にニコニコしていて引きずっているようには見えない。

ホッと安心したように息を吐き、手続きを終えたガーフは満足そうに去って行く。

 

それから、町の商会や武器屋など、ヤマト運用の元へはぽつぽつと客が訪れ、開業初日にしてそれなりの成果を上げることができた。

 

ラミィ

――初日でこれだけ集まれば、十分かな?

ヤマト

うん、預かり資金も億は軽く超えてる

 

閉店後、カウンターで書類を整理しているヤマトに声をかけたのはラミィだった。

彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて頷くと、急に真剣な表情をつくった。

 

 

ラミィ

しかしかなりの大金だね。身辺には十分注意したほうがいい

ヤマト

誰かがこの金を狙って襲って来るってこと?

ラミィ

ええ、可能性は否定できないね。実はさっき、客たちにまぎれて怪しい二人組が店に入って来たんだよ

ヤマト

え?

ハンナ

そうなの? 私、気付かなかった

シルフィ
わ、私もです

 

どうやら気付いたのはラミィだけのようで、みんな目を丸くしている。

 

ラミィ

黒いフードをかぶって素顔は分からなかったけど、ただジッとヤマトを見つめていたから、声をかけてみたの。そうしたらなにも言わずに店を出っていったわ

ヤマト

そっか……分かった、教えてくれてありがとう。護衛のほうは、近々募集をかけてみるよ

ハンナ

そんなの水臭いよヤマトくん。私たちに任せてくれればいいのに

マヤ

そうです! 大切な先生の身になにかあっては大変ですので

ヤマト

ありがたいけど、君たちはハンターの仕事があるだろう? こっちはこっちで上手くやるから、気にしないで

ラミィ

……ヤマトがそう言うなら仕方ない。本当に気を付けて

シルフィ

ヤマトさん、困ったらいつでも言ってくださいね

ヤマト

うん。みんな、今日はありがとう

 

その後、ヤマトはまだ事務的な処理があるからと、一人で残り四人を先に帰らせるのだった。

 

…………………………

 

ヤマトが顧客台帳の管理や帳簿の記載などをチェックしてから外へ出ると、すっかり夜も遅くなってしまっていた。

 

ヤマト
しまった……すっかり遅くなっちゃったなぁ……
ピー助

ピエェ……

ピー助も暗闇は怖いようで怯えている。

とはいえ、この国イブリスは治安の良い国なので、夜道を襲われるといった心配はしていない。

ラミィの言っていたことも気にはなるものの、ヤマトはあまり危機感を感じていなかった。

 

ヤマト

あっ、そうだ! 師匠にも商会を立ち上げたこと、連絡しないとね

ピー助

クェッ!

ヤマト

それと、お客さんが集まったからって油断しないようにしないと。みんなの資産をしっかり運用できるかどうかが大事だから。ピー助たちには頑張ってもらわないといけないけど、よろしく頼むよ

ピー助

クァッ!(任せろ!)

 

既にポゥ太とキュウ子は情報収集に飛び回っており、小鳥たちの集めた情報が資産運用の成績を大きく左右する。

そこはもちろん、得た情報を的確に取捨選択し、タイミングを見極めるヤマトの手腕にもかかっているのだが。

 

これからのことにヤマトが胸を躍らせていると、突然ピー助が弱々しく鳴いた。

薄暗く細い通りの先から、二人組が歩いて来ている。

ヤマトは気にせずすれ違おうとするが、二人組はヤマトの進行方向をふさいできた。

不審に思ったヤマトが二人組を確認すると、彼らは黒い外套を羽織りフードをかぶって顔を隠していた。

 

ヤマト

っ……

 

ヤマトの背筋が凍る。

ラミィの言っていた怪しい二人組の特徴と一致しているのだ。

顔を強張らせ後ずさると、男が声を発した。

 

 

マキシリオン

ずいぶんと楽しそうじゃねぇか、ヤマトのくせに

ヤマト

そ、そんなっ……その声は!」

ライダ

久しぶりだね、他人に寄生するしか能のないヤマトくん

 

二人がフードを外すと、そこにいたのはマキシリオンとライダだった。

以前よりも頬がこけ、瞳には暗く濁った陰湿な光を灯している。

そもそも、騎士団に捕まったはずの彼らがここにいること自体がおかしい。

 

ヤマト

どうして二人がここに!? 監獄に入れられてたんじゃないのか!?

マキシリオン

ふんっ、あんなの俺らからしたら、へでもなかったぜ

ヤマト

抜け出して来たのか。もっと罪が重くなるぞ

ライダ

黙れ! 僕らがこんな目にあってるのは、お前のせいだろうが!

マキシリオン

てめぇだけのうのうとしやがって。とにかくてめぇを殺さなきゃ腹の虫がおさまんねぇんだよ

 

ライダとマキシリオンは、憎しみに燃える目でヤマトをにらむと、腰にたずさえていた剣を抜いた。

長剣と言うには短く、短剣というには長い初心者ハンター向けの安い武器で、切れ味も良くないが、それでもヤマト一人を仕留めるには十分だ。

彼は額に汗を浮かべ後ずさるも口を閉ざさない。

 

ヤマト

待ってくれ

マキシリオン

なんだ命乞いか?

ヤマト

違う。スノウはどうしたんだ?

マキシリオン

あいつは俺たちとは違って、すぐに解放されたさ。金の力でな

ライダ

あれでも、貴族のお嬢様だからね

 

ひとまず三対一ではないことを確認できたが、それでも状況は最悪だ。

ピー助は毛を逆立て、彼らが襲い掛かってきたら迎え撃つつもりのようだが、相手が武器を持っている以上は自殺行為。

友達にそんな危険をおかさせたくない。

 

ヤマト

く……

マキシリオン

どうした? おしゃべりは終わりか?

ライダ

なら、さっさと死ねやぁぁぁっ!

ピー助

クェッ――

ヤマト
――ダメだピー助!

 

 

ヤマトは肩から飛ぼうとしたピー助を両手でつかんで止め、両腕で抱きかかえると、一目散に逃げ出した。

とにかく大通りへ。

そこなら、騎士が見回っている可能性がある。

 

マキシリオン

待てやぁっ!

 

さすがに元一流のハンターは足が速い。

必死に逃げるヤマトととの距離は少しずつ縮まっていく。

 

ヤマト
くそぉっ!

 

ヤマトはわき目も振らず薄暗い道を走り抜ける。

やがて、街路灯が照らす大通りへ出た。

運良く前方から騎士が二人、歩いて来るところだ。

 

マキシリオン

てめぇだけでも殺す!

 

しかしどうあがいても、マキシリオンたちがヤマトを殺すほうが早い。

ライダがヤマトの足めがけて剣を投げた。

 

ライダ

逃がすかっ、この臆病者がぁぁぁっ!

ヤマト
しまっ!

 

綺麗に回転する剣が空を裂き、ヤマトの足へ飛来する。

避けるのは困難。

ヤマトはここまでかと内心で諦めかけるが――

 

 

――キィィィンッ!

マキシリオン

な、なに!?

ライダ

……は?

 

ほんの一瞬のうちに、回転する剣とヤマトの間に割り込んだ黒い影があった。

金属のぶつかる音が聞こえたかと思うと、ライダの剣は軌道を変え、彼の目の前の地面に突き刺さる。

束ねられた長い黒髪を横へなびかせ、夜闇に紅い軌跡を描いて現れたのは――

 

少女

――このお方は、あなたたちごときが手にかけていい方ではない

ヤマト

き、君は……

 白刃きらめく小太刀を逆手に構え、漆黒の装束を纏った美少女だった。
 小さな体から溢れる雰囲気は凛々しく鋭利で隙がない。

目を丸くして固まっていたライダは、彼女の姿を見て憤怒の叫びを上げた。

 

ライダ

またお前の女かぁぁぁっ!

マキシリオン

ちぃっ! 邪魔するなら、ガキだろうと容赦しねぇぞ!

 

血走った目で駆け出すライダは、地面に刺さった剣を抜くと少女へ接近し、その後ろへマキシリオンが続く。

しかし少女は冷静に腰を落とすと、一瞬でライダの懐へ入り込んでいた。

ヤマトの目では、もはや追えないほどの俊敏さだ。

 

ライダ

なにっ!?

 

慌てて剣を振り下ろすライダだが、少女はそれを小太刀で受け止め、隙だらけのみぞおちへ拳を打ち込んだ。

 

少女

はっ!

ライダ

がはっ!?

マキシリオン

ちっ! どけぇっ!

 

 腹を押さえ悶絶するライダを押しのけ、マキシリオンが前へ出る。

そして少女へ、力の限り剣を乱れ振るった。

 

マキシリオン

オラオラオラァッ!

 

闇夜に無数の火花が散り、立て続けに金属音が鳴り響くが、少女は難なく太刀筋を見切り受け流していた。

どれだけ鬼人の力が強くとも、受け流されては力を発揮できない。

一瞬の攻防ののち、決着がつく。

 

マキシリオン

ちぃっ、このぉっ!

 

マキシリオンが渾身の力で剣を振り下ろすが、少女はそれを紙一重で回避。

彼の手首を思い切り蹴って剣を離させる。

それでもと拳を振り上げるマキシリオンだったが、その首元には刃の切っ先が当てられていた。

 

少女

もう二度と、ヤマト様の前に現れるな

マキシリオン

てんめぇ……

 

マキシリオンは怒りに燃える瞳でにらみつけるが、彼女の深紅の瞳に見据えられ動けない。

目の前の光景に唖然とするヤマト。

ピー助も興奮したように鳴いている。

ちょうどそのとき、近くにいた騎士二人がようやく駆け寄って来た。

 

 

騎士

おい、お前たち! いったいなにをしているんだ!?

マキシリオン

……クソがっ……

 

マキシリオンはようやく観念し拳を降ろした。

少女は一歩引くとヤマトを守るように前へ立つ。

両者の間に入った騎士たちは、ヤマトとマキシリオン、双方を注意深く見回した。

 

騎士

……おい、これはどういうことだ?

ヤマト
これには事情がありまして……
騎士

詳しく聞かせてもらおうか

 

騎士に問いただされ、ヤマトはすべてを話した。

目の前の二人に突然襲われたこと、そして彼らが監獄から脱走した者ことを。

普通なら、どちらの言い分も聞いて罪の所在をはっきりさせるところだが、相手が脱走者ともなると騎士も判断に迷いはない。

 

そして騎士たちは、暴れるマキシリオンとライダを取り押さえ、駐屯所へ連行していくのだった。

騎士たちが去った後、ヤマトは漆黒の少女と向き合う。

 

ヤマト
君はいったい……

 

少女

ヤマト様、ご無事で良かった。あなたは必ず、私がお守りします