第三章 逆転する立場
そうですか……それでは残念ですが、フレイムワイバーンのクエスト失敗手続きに入らせて頂きます
ソウルヒートはその日、緊急討伐依頼の出ていたフレイムワイバーンに挑んだ。
しかし結果は、大したダメージを与えることもできず逃がしてしまう。
それどころか、フレイムワイバーンはギルド管轄外のエリアへと飛び去り、討伐失敗となったのだ。
それでは、クエスト失敗による契約未遂行ということで、違約金を頂きます。お一人5000ウォルですので、4人分で2万ウォルとなります
ちっ……
金額を聞いて一瞬顔をしかめたマキシリオンは、舌打ちしつつ乱暴にウォル通貨をカウンターテーブルへと叩きつけた。
受付嬢が驚いてビクッと体を震わせる。
行くぞ
マキシリオンが怒りを抑えた低い声で告げ、クエスト仲介所の出口へ向かって歩き出すと、ライダたちも無言で後ろへ続く。
すると、一連のやりとりを見ていた周囲のハンターたちがざわめき出した。
すべて本人たちにも聞こえている。
しかしマキシリオンもライダもスノウも反応しなかった。
彼らはじきに、最強パーティーとしての威光を失うと理解していたのだ。
マキシリオン、ライダ、スノウ、マヤの四人は、仲介所の近くにある路地裏へ移動していた。
ライダがため息をついて壁へ寄りかかり、マキシリオンは壁を怒りに任せて殴る。
くそがっ! 腹の虫がおさまんねぇ!
なんでこんなことに……
たまたま受けたクエストが悪かっただけですわ
あぁん? 元はと言えばスノウ、お前が攻撃を外しすぎるからいけねぇんだろうが!
そ、それは仕方のないことですわ! 維持費が高いからって、今まで使っていたものよりも狙いが安定しない弓に変えたんですから
彼らは今、資金不足を解消するために高級装備を売り払い、昔使っていたランクの低い装備に替えていた。
今までの彼らなら、モンスターの弱点に合わせて万全の装備で挑むところだが、それを準備していたヤマトはもういない。
せめてもの対策として、フレイムワイバーンの弱点である氷属性の付与された矢をスノウに持たせていたのだが、そもそも弓の精度を武器の性能まかせにしていた彼女ではまったく当たらなかった。
しかしこのままじゃマズいな……
ああ。緊急クエストで大量の報酬がもらえると思ってたのに、むしろ減っちゃったからね
頭を抱えるライダ。
クエストのために準備したアイテムの購入費も損してしまっている。
マヤはなにも言わずに無表情でたたずむだけだが、パーティーの危機はひしひしと感じている。
てか、なんでこんなことになってるんだよ
そんなの決まってますわ
ああ、すべての元凶は一人しかいない
三人が口をそろえると、マヤは身構えた。
どうせまた、自分の資金管理ができていないのが悪いのだとか言ってくると予想したからだ。
しかし、彼らの口から出た言葉は予想の範疇を超えていた。
……あの無能だな
ええ、間違いありませんわ
マヤは目を見開く。
彼らはようやくヤマトの有用性に気付いたのかと。
あの野郎、俺らに秘密で別の仕事で稼いでやがったんだ
そうだろうね。それでソウルヒートの資金を補填してたんだ。だから、資金が尽きることなんてなかった
……は?
マヤはあきれてものも言えない。
これまでソウルヒートの資金管理をしてきた彼女なら分かる。
たった一人の収入ごときで、このパーティーの出費はカバーできないと。
それにも気付かず、スノウが真顔でたずねる。
しかしどうしますか? 今さら彼を連れ戻したところで、すぐには状況が改善しそうにありませんが
おいおい忘れたのか? あいつはまた、他のパーティで活動してるじゃねぇか。しかもそこは、急成長してるんだぜ
なるほどね。ヤマトの稼いだ金に任せて成り上がってるってわけだ
おうよ。だから、ヤマトをぶっ潰してその金をすべて奪い取る
マキシリオンが邪悪な笑みを浮かべると、ライダとスノウも得心したように頷いた。
あまりにも救えない者たちだとマヤは思う。
彼らを止めるべく、割り込もうとするマヤだったが、上空にあるものを見つけ目を見開いた。
あれはっ……どうやら心配は不要だったようね
マヤは、ふっと笑みを浮かべる。
そして、今日をもってソウルヒートから脱退することを告げるのだった。
…………………………
「「「いってきまーす!」」」
いってらしゃい!
いつも通り彼女らが戦っている間、消費するであろうアイテムの調達や情報収集をするつもりだ。
商業区への近道をすべく、人気の少ない裏通りを歩いていると、ピー助が呼びかけるように鳴き、ヤマトの肩から飛んだ。
クエェッ!
ん? どうしたのピー助?
空中で滞空し、背後をにらみつけているピー助の視線を追うと、そこにはフードを深々とかぶって素顔を隠した、全身黒ずくめの三人組がいた。
彼らはヤマトを見据え、ゆっくりと歩いている。
ヤマトは緊張に頬を強張らせ後ずさると、すぐさまきびすを返し脱兎のごとく走りだした。
追えっ!
くっ!
必死に走るが、通行人が少ないため助けは期待できない。
それに、すれ違う人々は厄介ごとに巻き込まれたくないというように、目をそらしている。
クエッ!
邪魔だっ、どけぇ!
ピー助が弾丸のごとく飛び出し追手へ突撃するも、腕で叩き飛ばされ地面を転がった。
ピー助! くそぉ!
ヤマトは悲痛に顔を歪めるが、ただ逃げることしかできない。
とはいえ、普段から運動不足の彼ではすぐに体力の限界がおとずれる。
息を切らしたヤマトは、人気のない路地裏へと追い込まれていた。
ここなら人に見つかる可能性が低く、肩にも相棒がおらず、絶体絶命だ。
――ようやく観念したか、ザコがよ
ふっ、気付いたか?
三人組がフードをとると、その正体を明かした。
マキシリオン、ライダ、スノウ!?
よぉ、調子はどうだ?
い、いったいなんのつもりだ!?
おいおい、警戒すんなよ。これでも長い間仲間だったじゃねぇか
不本意ではありましたけどね
スノウはそう言って背の弓をつかむ。
同時に、ライダとマキシリオンもそれぞれ、大剣と片手剣を抜いた。
張り詰める緊張感にヤマトは後ずさる。
……マ、マヤさんはどうした?
あぁ? あいつは自分からパーティーを出て行ったさ
そうか
彼女が関わっていないと知り、ヤマトはホッと胸をなでおろすが、ライダはそんな余裕そうな態度にいらだちの声を上げた。
相変わらずムカつく奴だなぁ
まぁ落ち着けよライダ。こいつもマヤも、しょせんはただの無能なんだ。腹を立てるまでもねぇ
マヤさんが無能?
そうですわ。彼女、あなたほどの役にも立たなかったんですから。おかげさまで、苦労させられましたわよ
ふざけるな……
ヤマトの脳裏に、マヤの寂しそうな表情がよみがる。
ふつふつと怒りの感情が芽生え、拳を強く握った。
あぁ? なんか文句あんのか!?
マヤさんは確かに結果を出せなかったのかもしれない。でもそれは君たちのせいだ。それが分かってても、彼女は一生懸命役に立とうと頑張っていたはずだ。そんなの、少し話しただけの僕でも分かる
なに言ってんだ、コイツ
えぇ、さっさと痛めつけて、貯めこんでいる資金を出させましょう
スノウが弓に矢をつがえてヤマトへ向け、マキシリオンとライダは武器を構えて駆け出す。
逃げ場はなく、対抗する武器も持たず、どうあがいても勝ち目はない。
しかしヤマトは動じず、まっすぐに彼らを見据えていた。
――ヤマトくんは傷つけさせない!
「「「なっ!?」」」
二人が左右から同時に剣を振り下ろすが――
――ガキィィィンッ!
右の大剣も、左の片手剣も、同時に左右の双剣で受け止められていた。
渾身の一撃を、少女の細い片腕に受け止められて驚愕の表情を浮かべる二人。
しかし少女は、難なく二人を押し返すと、横顔をヤマトへ向け可愛らしくウインクした。
お待たせ、ヤマトくん♪
強力無比な力を秘めた双剣を装備し、ヤマトの前に現れたのはハンナだ。
頼もしいその姿に、ヤマトは動じることなく不敵な笑みを浮かべる。
焦るマキシリオンの背後から凛々しい声が響き、彼は反射的に背後へ大剣を薙ぎ払う。
しかし、疾風のごとく急接近したラミィの長剣によって弾かれた。
彼女は両手で柄を握り、その刃の切っ先をマキシリオンへ向けると叫んだ。
くっ、クソがぁぁぁっ!
邪魔だ、どけぇっ!
マキシリオンがラミィへ、ライダがハンナへ、剥き出しの殺意と共に武器を振るう。
い、いったいどういうことですの!?
彼らを援護しようと、スノウが弓矢の狙いを定めるが――
――ヒュンッ!
っ!?
背後から飛来した矢が足をかすめ、膝をつく。
その直後、スノウの額には汗が浮かび、歯をガタガタを震わせ始めた。
正確に彼女を射たのは、シルフィだ。
麻痺の矢です。モンスターなら一発当てただけでは痺れませんが、人が相手なら肌をかすめるだけで十分です
わ、私が、こんな……
スノウは声を震わせながら、令嬢にあるまじき歪んだ表情でヤマトをにらみつけるが、やがて全身から力が抜けバタリとうつぶせに倒れた。
ぐぁぁぁっ!
がはっ!
すぐにマキシリオンとライダも弾き飛ばされ、倒れたスノウの前へ転がる。
マキシリオンは、大剣を地面へ突き片膝を立てると、ヤマトをにらみつけた。
な、なぜだ!? こいつらはさっきクエストへ行ったはず……
それは、君たちをおびき寄せるためのフェイントだよ
バカなっ!? なぜ俺たちが、お前を襲うことを知って――
いだっ!
そのとき、上空からピー助が舞い戻り、マキシリオンのつむじをくちばしで突き刺した。
そして優雅に羽ばたき、ヤマトの肩へ乗る。
すべてピー助が盗み聞きしていたというわけだ。
ちぃっ、そういうことかよ……
なぁ、マキシリオン、ライダ、スノウ、これでこりただろう? 一度、自分たちの身の丈にあった生活をするように見直すんだ。そうすればまた――
――ふざけるな! 財布の管理しかできない無能が、何様のつもりだ!?
ライダ?
僕たちは最強のハンターパーティなんだ! お前ごときが仲間でいられたこと自体が奇跡なんだよ! 身の丈にあってないのはお前のほうだ。だから、今までの礼として、金を渡せよっ!
ライダは、傷だらけになった顔を醜く歪ませ叫ぶ。
もう、最強パーティとして町の女の子たちからキャーキャー言われていた彼の面影はない。
ヤマトが口を開こうとするが、ラミィが遮るように剣の切っ先をライダへ向けて告げた。
ライダは彼女をにらみつけるが、騎士然としていて堂々とした眼差しに心を折られ、ガックリとうな垂れる。
これで決着はついた。
後は彼らをどうするかというところだったが、そこへ思わぬ乱入者が現れる。
――お前たち、いったいなにをやっている!?
ぞろぞろとやって来たのは、この町の治安維持を目的とする国直属の騎士団だった。
ヤマトもラミィたちも、突然のことに固まる。
事前に情報をつかんでいない限り、こんなタイミングで路地裏へやって来るなどまずありえないのだ。
ハンターパーティのソウルヒートと、トリニティスイーツだな?
は、はい……
隊長らしき長身の男の問いに、ヤマトは唖然と頷く。
すると、ひざまづいていたマキシリオンがニィッと頬をつり上げた。
そ、そうです! 俺たちが歩いていたら、突然こいつらに襲われて!
ヤマトたちは絶句する。
この期におよんで、マキシリオンはあきらめず、この状況を利用しようとしているのだ。
騎士たちから見れば、明らかにヤマトたちが加害者でマキシリオンたちが被害者。
簡単にこの印象をくつがえせそうにない。
しかし、騎士の男は目を丸くして告げた。
そうだったのか? 俺が聞いている話と違うな
へ?
そのとき、騎士団長の後ろから歩み寄って来たのは、マヤだった。
マヤの姿を見たマキシリオンの目が輝き、ますます勢いを得る。
でかしたぞ、マヤ
お前からも言ってやってくれよ。こいつらに襲われたんだって
はぁ……この期におよんで、私に頼ろうとするの?
は? お、おい、そりゃどういう……
言ったわよね? パーティを抜けると。私はもう、あなたたちの仲間じゃないわ
ま、待てよっ、マヤ! わ、分かった、俺たちの元へ戻ってきていい! だから――
私がバカだったわ。なにも分かっていなかったの。ソウルヒートが最強になれたのは、あなたちの実力が凄かったからじゃない。ヤマトさんがあなたたちの浪費を超えるスピードで資金を増やしていたからよ!
くっ……
騎士団長さん、先ほども伝えた通りです。このマキシリオン率いるソウルヒートは、ヤマト・スプライドが一人でいるところを襲撃し、パーティーの資金を奪おうと計画していまいた
ふむ、間違いないか? この状況からそうとは判断できないのだが
私がソウルヒートを抜ける前、そういう相談をしていたのを聞きました。しかし、ヤマトさんたちもそれを知って、対策をしていたのでしょう。正面からぶつかり合えば、勝つのは間違いなくヤマトさんたちですから
……そうか。あのソウルヒートがこんな追いはぎまがいの犯罪に手を染めていたなんて残念だ。おい前たち、こいつらを留置所へ連れていけ!
このアマァァァァァッ!
マキシリオンが怨嗟の叫びを上げるが、騎士たちはソウルヒートの三人を無理やり立たせ、路地裏から連れて行く。
スノウの麻痺も解けていたようだが、彼女はぐったりとうな垂れ、ライダも一気にふけたような呆けた顔で抵抗しない。
やがて路地裏へ静寂が訪れ、ラミィ、ハンナ、シルフィが見守る中、ヤマトとマヤが向かい合っていた。
やっぱり、無用な心配だったわね
マヤさん、どうして……
ああいう人たちは、こうでもしないと反省しないのよ
でも、あそこまでする必要は……
はぁ……ヤマトさん、あなたは甘すぎるわ。まぁでも、それも魅力的なんだけどね
マヤはそう言って照れたようにはにかむ。
んな!?
相変わらずモテモテだね
呆けるヤマト、驚愕の事実に焦るシルフィとハンナ。
ラミィは、いつも通りクールに微笑を浮かべ、やれやれと呟く。
マヤは頬をほんのりと赤くしながらコホンッと咳払いした。
それでヤマトさん、私をあなたの――
なっ、なななななっ
ちょ、ちょっとー!
今にも衝撃的な言葉が出て来そうな空気に、シルフィとハンナが慌てて駆け寄ろうとする。
――弟子にしてください!
「「「……ん?」」」
ヤマトさん……いえ、先生! あなたの実力に惚れました。どうか私にも、あなたの技術をご指導いただけないでしょうか!?
マヤが深く頭を下げると、シルフィとハンナはずっこけた。
ラミィは「ほぅ?」っと顎に手を当て、ニヤニヤしている。
どんな形でもいいですから、色々教えてほしいんです。そのためなら私、なんでもしますから!
はいアウトー! マヤちゃん、女の子が男に向かって、なんでもするとか言っちゃダメなんだよー!
そ、そうです! ハレンチですぅ!
二人が顔を真っ赤にして口を挟んでくる。
ヤマトはうーんとうなり、どう断ろうか悩んでいると、ラミィが彼の肩へ手を置いた。
ラミィ? どうしたの?
私は構いませんよ
マヤをトリニティスイーツに加えるのはどうだろう? ヤマトはメンバーとしては登録していないから、あと一人枠が空いているし、一緒に活動していく中で、マヤはヤマトのやり方を学べばいいんじゃないかな?
なるほど、そういうことか。まぁ、それなら僕は構わないよ。マヤさんはどう?
ぜ、ぜひお願いします!
ヤマトは逡巡したものの承諾し、マヤは目を輝かせ頭を下げる。
シルフィとハンナはなにやら「新しいライバルがぁ」とヒソヒソささやき合っていたが、反対はしなかった。
ラミィは満足げに頷くと、リーダーとして告げた。
今ここに、新たな最強パーティが誕生したのだった。