#5 トリニティスイーツ始動【投資家ハンターの資金管理 第二章】

第二章 快進撃

 

 

 

それから一か月が経った。

マキシリオン

どうした? 遠慮はいらねぇからたくさん飲めよ、マヤ

 

マキシリオンが高級ぶどう酒入りのグラスを片手に、マヤへ告げる。

しかしマヤは、不機嫌そうに眉をしかめてため息を吐いた。

 

マヤ
……私はこの一杯だけで十分だわ

 

その日の夜、ソウルヒートは高難易度クエストクリアの達成感に酔いしれるべく、高級料亭で打ち上げを行っていた。

とは言っても、酔いしれているのは三人だけで、マヤは最後まで反対していたが。

 

ライダ
元気ないねぇ、マヤちゃん。なにか悩みがあるなら、僕が相談になってあげるよ

 

肩を抱こうとライダが伸ばしてきた手をはたき、マヤは冷たい目を向ける。

 

マヤ
それなら、すぐに派手な散財をやめてちょうだい
ライダ
またそれかぁ……
スノウ
ちょっとマヤさん。こんなときまでなにを言ってらっしゃるの? いい加減にしてくださらないかしら?

 

優雅にナフキンで口元をふきながらスノウが告げると、マヤは彼女をキッとにらんだ。

 

マヤ
何回も言ってるじゃない!? もう既に余剰資金のうち3割近く減っているのよ!? あんなに潤沢にあったのに。私たちには今まで通りの生活をする余裕はないわ
ライダ
確かに3割はでかいね。でも、それは資源が高騰してるせいだろ?
マヤ
もちろんよ。私たちだけじゃなくて、他のハンターたちだって今は苦しいの

 

一か月ほど前から、世界最大の資源国であり輸出国でもある『ヴァルファーム』を中心に、周辺諸国へ疫病が蔓延し始めた。

それによって、重要資源であるダークマターやエーテル鉱石、ミスリル銀鉱石などの採掘量が減り、各国への供給不足によって資源価格が高騰しているのだ。

そんな状況だと言うのに、マキシリオンたちはマヤの言うことも聞かず、武器の強化や製造、消耗品の大量購入を続け、それ加えてマキシリオンとライダはキャバクラや娼館通い、スノウは高級アクセサリーの物色をやめないのだから、もの凄い勢いで資産が減っていくのも無理はない。

しかし、マキシリオンは余裕の表情で酒をあおり、言い放つ。

 

マキシリオン
心配するな、どうせすぐに価格は戻るだろ。そうすりゃまた稼ぎ放題だ。俺たちは超高難易度のクエストだって攻略できるんだからな

 

しかしマヤはますます表情を曇らせる。

いくら高難易度のクエストをクリアしたところで、出費が報酬より多いのだからいずれは底をつく。

彼らはそれが分かっていないのだ。

 

ライダ
そうだぜマヤちゃん。心配すんなって。ヤマトも似たようなことをたまに言ってたけど、俺らはそれを一度も聞かなかった。それでもなにも問題はなかったんだから
マヤ
ヤマト?
スノウ
あなたの前に資金管理をしていた無能ですわ
マヤ
っ!

 

マヤはようやく思い出した。自分より前にソウルヒートの資金管理をしていた者がいたことを。

最初は戦闘メンバーたちにばかり目がいって、資金管理をしている青年のことなど眼中にもなかった。

しかし今になってようやく自分の認識が間違っていたのだと痛感する。

マヤが目を見開き固まっていると、マキシリオンが「お前ら、もっと飲めや!」と言い、再び騒ぎだした。

マキシリオンたちが酒と食事に夢中になる中、マヤはぼそりと呟く。

 

マヤ
ヤマトさん……彼はいったい、どうやってこのパーティを管理していたのかしら――

 

…………………………

 

 

一方のトリニティスイーツ。

ヤマトが宿の部屋のイスに座ってのんびり本を読んでいると、扉の外で慌ただしい足音と甲高い声が聞こえてきた。

ハンナ
――わわっ、待って待って!
シルフィ
そうです! ラミィさん落ち着いてください! 今はヤマトさんを信じて待ちましょうよ!
ラミィ
いいや、もう待てない! ヤマトー!
 ドタバタ騒ぎながら扉を勢いよく開け、飛び込んできたのはラミィ、ハンナ、シルフィの三人だった。

勢いよくなだれ込んできて、ヤマトの目の前に倒れるが、すぐに立ち上がりそそくさと身なりを整えた。

 

ヤマト
みんな、そんなに慌ててどうしたの?
ラミィ
どうしたもこうしたもないよ! もう我慢の限界なんだ!
ハンナ
にゃははぁ……こうなったらラミィちゃん止まらないんだよね~
シルフィ
ヤマトさん、突然押しかけてごめんなさい

 

苦笑するハンナと申し訳なさそうにペコペコ頭を下げるシルフィ。

ヤマトはなんとなく、ラミィの言わんとしていることが分かった。

 

ヤマト
……もしかして、クエストの件かな?
ラミィ
そうだよ。いい加減教えてほしい。いくら強い装備を作るためには素材が必要だからといっても、一か月も鉱石採取だけなんてあんまりじゃないか!
ハンナ
わ、私も理由ぐらいは知りたいかにゃ~なんて……
シルフィ
ヤマトさん……

 

実はこの一か月、彼女たちにひたすら鉱石採取をさせていた。

魔物と戦うことをかたく禁じ、消耗アイテムの使用や武器の修理や製造・強化なんてもってのほか。とにかく出費を抑えさせ、鉱物資源を蓄えさせたのだ。

そのせいで、微々たる報酬に生活は困窮し、とうとう不満が爆発したということだろう。

とはいえ、ヤマトの言葉に強制力はないので、彼女たちが今まで根を上げずにアドバイスを聞き入れたことに感心していた。

それだけ信じてもらえていることがなんだかむずがゆい。

 

ラミィ
最近は、私たち以外にも鉱石素材を求めるハンターが大勢いるせいで採取クエストが取り合いになってね。そろそろ採取できる資源も枯渇してきてるらしいんだよ
ヤマト
……潮時か
シルフィ
ヤマトさん?
ヤマト
今まで僕の言葉を信じてくれてありがとう。それじゃあ、今まで集めた素材を売りに行こうか
ラミィ
へ? 売りに?
ハンナ
武器の強化に使うんじゃないの??
ヤマト
そんなもったいないことできなよいよ

 

ヤマトの意図が分からず首を傾げる三人だったが、ハッとしたラミィは首をブンブンと横へ振る。

 

ラミィ
待ってヤマト。まださっきの質問に答えてもらってないよ
ヤマト
行けば分かるよ。それまでのお楽しみさ
ラミィ
分かった……ヤマトがそう言うのなら

 

ラミィはあまり納得していない様子だが、渋々頷き保管してある素材を回収しに行く。

彼女たちが部屋へ戻った後、ヤマトは机の引き出しを開け、数枚の券を取り出した。

 

ピー助
クェッ!
ヤマト
そうだね、いくらで売れるか楽しみだ

 

それは、鉱物資源の先物取引に使われる所有券という金融商品だった。

彼は自己資金を使い、ダークマターやミスリルなどの所有券を買いだめていたのだ。

そして資源価格が高騰している今、その真価を発揮する。

 

…………………………

 

 

ヤマトたち四人は、それぞれ鉱物資源の詰まった袋を持って、喧騒でにぎわう大通りの市場へと移動した。

ヤマトはすぐに素材屋の店を見つけると扉を開ける。

ソウルヒートのメンバーだったときに常連だった店だ。

 

ヤマト
こんにちは、ガーフさん
ガーフ
おぅ、ヤマトじゃねぇか。久しぶりに見たな
ヤマト
はい。最近、色々ありましたから……

 

ヤマトが困ったような笑みを浮かべながら言うと、ガーフは髭をなでながらそのいかつい顔に薄ら笑いを浮かべた。

いつもの嫌な感じだ。

 

ガーフ
知ってるぜぇ。お前さん、ソウルヒートを追いだされたんだってな
ヤマト
え? ま、まぁそうですけど
ガーフ
いつかはそうなるだろうと思ってたぜ。パーティーのメンバーが戦ってるときに、買い出しをしてるようなひ弱な男じゃなぁ。あっ、勘違いするなよ? 俺のお得意先はヤマト、お前じゃなくてソウルヒートなんだからな
ヤマト
は、はぁ、そうですか……

 

ガーフ
そうだとも。いくらお前さんが金に困ってても、値切り交渉には一切応じないからそのつもりでな。とはいえ客は客だ。ほら、さっさとなにが欲しいか言いな
ヤマト
いえ、今日来たのは購入目的ではないんです

 

ヤマトはなんとも思っていないというように、淡々と言いながら、小袋をカウンターの上に置く。

ガーフが眉をしかめながらその中身を確認すると、目を見開いた。

 

ガーフ
なに!? エーテル鉱石にダークマター、ミスリス銀鉱石まであるじゃねぇか!? 今は手に入りづらいってのに、よくこんなに集めたもんだ
ヤマト
いいえ、それだけじゃありませんよ。三人とも……あれ? どうしたの?

 

ヤマトが後ろを振り向くと、トリニティスイーツの三人は不機嫌そうに眉をつり上げ、ガーフをにらみつけていた。

その迫力にヤマトは息をのむ。

すると、ハンナがガーフを指さし言った。

ハンナ
なにこの失礼なおじさん
ヤマト
ちょっとハンナ、どうしたのさ? この人は店長のガーフさんだよ。ほら、集めた素材を売ろうよ
ハンナ
ヤマトくん、こんな人に売るのやめて、他のとこへ行こ?
ラミィ
同感だね
 穏やかでないハンナの提案に頷くラミィ。

彼女もまた険しい表情だった。

さすがのガーフも、額に青筋を立て低い声で言う。

 

ガーフ
お嬢ちゃんたち、ずいぶんな言い草じゃねぇか

 

ヤマト

ちょ、ちょっと二人とも待ってよ! 鉱物資源なんてどこで売っても同じだよ!?

ガーフ

……は? ちょっと待てヤマト! まさかあの嬢ちゃんたちが持ってる袋に入ってるのは……

ヤマト

はい、すべて価格が高騰してる鉱物資源ですよ。ずっと使わずにためておいたんです

ガーフ

そうかそうか。よし、いい値段で買い取ってやろうじゃねぇか

 

先ほどまで怒りを滲ませていたガーフだったが、急に上機嫌になる。

しかし、ハンナはぷぃっとそっぽを向いた。

 

ハンナ
やだ
ガーフ

は?

ハンナ
あなたに売るぐらいなら、遠出してでも別のところで売る
ガーフ

ちょ、ちょっと待てよ! せっかく持ってきたってのに、それはねぇだろ?

 

ガーフは少し焦りを見せていた。

無理やり笑みを浮かべ、ハンナの機嫌を損ねないようにしているのが露骨に分かる。

彼はヤマトに目配せし、「お前もなんとか言ってやれ」と訴えてくるが――

 

シルフィ
――謝ってください

 

強い口調でそう告げたのは、シルフィだった。

彼女にしては珍しく感情的になっており、怒りの表情を見るのはヤマトも初めてだ。

しかしガーフは笑みを消し、いらだたしげに声を震わせる。

 

ガーフ

なんだと?

シルフィ
ヤマトさんに謝ってください。それでないと交渉はできません
ヤマト
シルフィ……

 

ヤマトもなにも言えず、女ハンターたちににらまれたガーフは次第に顔をひきつらせ、ついに折れた。

 

ガーフ

……す、すまなかった

ヤマト
い、いえ、僕は別に……
ガーフ

いや、俺が間違ってた。今までお前さんのことを無能だと思っていたが、そうじゃなかったみたいだ

ヤマト
え?
ガーフ

これだけの素材をためてたってのは偶然じゃないじゃずだ。今回の資源高騰を予測してのことだろ? それならお前さんは、とんでもない先見の明を持っていたってことさ。これからもうちで取引をしてくれ

 

ガーフに頭を下げられ、ヤマトは嫌な気がしなかった。

認められたことが嬉しかったのだ。

三人へ目を向けると、彼女たちもニッコリと笑みを浮かべている。

 

ヤマト
……もちろんですよ。これからもよろしくお願いします

 

顔を上げたガーフは、心の底からホッとしたように頬を緩ませるのだった。

 

…………………………

 

ラミィ
――さっきは本当にごめん!
ハンナ
私も言い過ぎちゃってごめんなさい
シルフィ
出過ぎたことをして、本当に申し訳ありませんでした

 

大金を手にしたヤマトたちが、広場にある噴水の前で立ち止まると、ラミィ、ハンナ、シルフィが頭を下げてきた。

さっきまでの迫力がウソのようだ。

ヤマトは照れくさそうにはにかみながら告げる。

 

ヤマト
ううん、別にいいよ。もし、あのまま取引してたら、安値で買いたたかれてたかもしれないし
シルフィ

わ、私も後悔はしていません

ハンナ
シルフィの言うとりだよ。あのおじさん、ヤマトくんに対して凄い失礼だったし

 

シルフィとハンナの言葉を聞いて、ヤマトはなんだか嬉しかった。

自分のために怒ってくれたと思うだけで、心が満たされるようだ。

しかし二人とは違い、ラミィが神妙な表情で再び頭を下げた。

 

ラミィ
本当にごめんなさい!

 

ヤマト
へ? いやだから、別に気にしてないって――
ラミィ
――違う、さっきのことじゃない
ヤマト

「どういうこと?」

ラミィ
少しでも君を疑ってしまったことだよ。まさか、私たちに採取系のクエストだけをやるよう言ったのは、これが理由だったとは思いもしなかった。君に任せると言っておきながら疑ってしまい、本当にごめん!
ヤマト
別に構わないよ。理由を説明しなかった僕が悪いんだし
ラミィ
ヤマト……

 

ラミィは顔を上げ、潤んだ瞳でヤマトを見つめた。

ヤマトは気恥ずかしくなって目をそらす。

 

ハンナ

それにしても、凄い大金だよねぇ~

シルフィ

はい、100万ウォルは超えていますよね? なんだか夢みたいです!

 

ハンナとシルフィは、興味津々に巾着袋に詰まったウォル通貨をのぞき込んでいた。

それを見てラミィは問う。

 

ラミィ
でも、ヤマトはどうしてこの状況を早くに予想できたの?
ヤマト
情報を集めるのが少し得意なだけだよ

 

さすがに情報源を明かすことはせず、ヤマトはごまかそうとした。鳥と話せると言っても混乱させるだけだ。

すると、両肩の上でポゥ太とピー助が自慢げに鳴く。

それを見てシルフィは「可愛い」と頬を緩ませた。

彼女がポゥ太の頭を撫でると、ポゥ太は気持ち良さそうに目を細める。

 

ハンナ
ヤマトくんは、いつも小鳥ちゃんを肩に乗せてるよね
ヤマト
うん、友達なんだ
ラミィ
へぇ、なんか素敵だな
シルフィ
はいっ、ヤマトさんは素敵な方です。憧れちゃいます
 三人から羨望の眼差しを向けられ、ヤマトは頬を少し赤くしながらも、咳払いして話をそらす。
ヤマト

さてと……ハンターとして活動していくのに十分な資金は調達できた。ハンターに必要なのは金だ。でも、まだ焦っちゃいけない。今の相場が落ち着きを見せ始めてから、僕たちの新たな戦いを始めよう

ラミィ
ハンナ
「「「はい!」」」
シルフィ

 

三人は活気に満ち溢れた表情で頷いた。

そしてそれから一週間、地道な準備をしながらも極力出費をしないよう耐えに耐え、ようやく疫病の特効薬が開発されるに至った。

それにより、ヴァルファームを始めとした資源国で経済活動が再開し、資源価格は下落して安定。

トリニティスイーツはついに動き出す。