第二章 快進撃
それから一か月が経った。
どうした? 遠慮はいらねぇからたくさん飲めよ、マヤ
マキシリオンが高級ぶどう酒入りのグラスを片手に、マヤへ告げる。
しかしマヤは、不機嫌そうに眉をしかめてため息を吐いた。
その日の夜、ソウルヒートは高難易度クエストクリアの達成感に酔いしれるべく、高級料亭で打ち上げを行っていた。
とは言っても、酔いしれているのは三人だけで、マヤは最後まで反対していたが。
肩を抱こうとライダが伸ばしてきた手をはたき、マヤは冷たい目を向ける。
優雅にナフキンで口元をふきながらスノウが告げると、マヤは彼女をキッとにらんだ。
一か月ほど前から、世界最大の資源国であり輸出国でもある『ヴァルファーム』を中心に、周辺諸国へ疫病が蔓延し始めた。
それによって、重要資源であるダークマターやエーテル鉱石、ミスリル銀鉱石などの採掘量が減り、各国への供給不足によって資源価格が高騰しているのだ。
そんな状況だと言うのに、マキシリオンたちはマヤの言うことも聞かず、武器の強化や製造、消耗品の大量購入を続け、それ加えてマキシリオンとライダはキャバクラや娼館通い、スノウは高級アクセサリーの物色をやめないのだから、もの凄い勢いで資産が減っていくのも無理はない。
しかし、マキシリオンは余裕の表情で酒をあおり、言い放つ。
しかしマヤはますます表情を曇らせる。
いくら高難易度のクエストをクリアしたところで、出費が報酬より多いのだからいずれは底をつく。
彼らはそれが分かっていないのだ。
マヤはようやく思い出した。自分より前にソウルヒートの資金管理をしていた者がいたことを。
最初は戦闘メンバーたちにばかり目がいって、資金管理をしている青年のことなど眼中にもなかった。
しかし今になってようやく自分の認識が間違っていたのだと痛感する。
マヤが目を見開き固まっていると、マキシリオンが「お前ら、もっと飲めや!」と言い、再び騒ぎだした。
マキシリオンたちが酒と食事に夢中になる中、マヤはぼそりと呟く。
…………………………
一方のトリニティスイーツ。
ヤマトが宿の部屋のイスに座ってのんびり本を読んでいると、扉の外で慌ただしい足音と甲高い声が聞こえてきた。
勢いよくなだれ込んできて、ヤマトの目の前に倒れるが、すぐに立ち上がりそそくさと身なりを整えた。
苦笑するハンナと申し訳なさそうにペコペコ頭を下げるシルフィ。
ヤマトはなんとなく、ラミィの言わんとしていることが分かった。
実はこの一か月、彼女たちにひたすら鉱石採取をさせていた。
魔物と戦うことをかたく禁じ、消耗アイテムの使用や武器の修理や製造・強化なんてもってのほか。とにかく出費を抑えさせ、鉱物資源を蓄えさせたのだ。
そのせいで、微々たる報酬に生活は困窮し、とうとう不満が爆発したということだろう。
とはいえ、ヤマトの言葉に強制力はないので、彼女たちが今まで根を上げずにアドバイスを聞き入れたことに感心していた。
それだけ信じてもらえていることがなんだかむずがゆい。
ヤマトの意図が分からず首を傾げる三人だったが、ハッとしたラミィは首をブンブンと横へ振る。
ラミィはあまり納得していない様子だが、渋々頷き保管してある素材を回収しに行く。
彼女たちが部屋へ戻った後、ヤマトは机の引き出しを開け、数枚の券を取り出した。
それは、鉱物資源の先物取引に使われる所有券という金融商品だった。
彼は自己資金を使い、ダークマターやミスリルなどの所有券を買いだめていたのだ。
そして資源価格が高騰している今、その真価を発揮する。
…………………………
ヤマトたち四人は、それぞれ鉱物資源の詰まった袋を持って、喧騒でにぎわう大通りの市場へと移動した。
ヤマトはすぐに素材屋の店を見つけると扉を開ける。
ソウルヒートのメンバーだったときに常連だった店だ。
ヤマトが困ったような笑みを浮かべながら言うと、ガーフは髭をなでながらそのいかつい顔に薄ら笑いを浮かべた。
いつもの嫌な感じだ。
ヤマトはなんとも思っていないというように、淡々と言いながら、小袋をカウンターの上に置く。
ガーフが眉をしかめながらその中身を確認すると、目を見開いた。
ヤマトが後ろを振り向くと、トリニティスイーツの三人は不機嫌そうに眉をつり上げ、ガーフをにらみつけていた。
その迫力にヤマトは息をのむ。
すると、ハンナがガーフを指さし言った。
彼女もまた険しい表情だった。
さすがのガーフも、額に青筋を立て低い声で言う。
ちょ、ちょっと二人とも待ってよ! 鉱物資源なんてどこで売っても同じだよ!?
……は? ちょっと待てヤマト! まさかあの嬢ちゃんたちが持ってる袋に入ってるのは……
はい、すべて価格が高騰してる鉱物資源ですよ。ずっと使わずにためておいたんです
そうかそうか。よし、いい値段で買い取ってやろうじゃねぇか
先ほどまで怒りを滲ませていたガーフだったが、急に上機嫌になる。
しかし、ハンナはぷぃっとそっぽを向いた。
は?
ちょ、ちょっと待てよ! せっかく持ってきたってのに、それはねぇだろ?
ガーフは少し焦りを見せていた。
無理やり笑みを浮かべ、ハンナの機嫌を損ねないようにしているのが露骨に分かる。
彼はヤマトに目配せし、「お前もなんとか言ってやれ」と訴えてくるが――
強い口調でそう告げたのは、シルフィだった。
彼女にしては珍しく感情的になっており、怒りの表情を見るのはヤマトも初めてだ。
しかしガーフは笑みを消し、いらだたしげに声を震わせる。
なんだと?
ヤマトもなにも言えず、女ハンターたちににらまれたガーフは次第に顔をひきつらせ、ついに折れた。
……す、すまなかった
いや、俺が間違ってた。今までお前さんのことを無能だと思っていたが、そうじゃなかったみたいだ
これだけの素材をためてたってのは偶然じゃないじゃずだ。今回の資源高騰を予測してのことだろ? それならお前さんは、とんでもない先見の明を持っていたってことさ。これからもうちで取引をしてくれ
ガーフに頭を下げられ、ヤマトは嫌な気がしなかった。
認められたことが嬉しかったのだ。
三人へ目を向けると、彼女たちもニッコリと笑みを浮かべている。
顔を上げたガーフは、心の底からホッとしたように頬を緩ませるのだった。
…………………………
大金を手にしたヤマトたちが、広場にある噴水の前で立ち止まると、ラミィ、ハンナ、シルフィが頭を下げてきた。
さっきまでの迫力がウソのようだ。
ヤマトは照れくさそうにはにかみながら告げる。
わ、私も後悔はしていません
シルフィとハンナの言葉を聞いて、ヤマトはなんだか嬉しかった。
自分のために怒ってくれたと思うだけで、心が満たされるようだ。
しかし二人とは違い、ラミィが神妙な表情で再び頭を下げた。
「どういうこと?」
ラミィは顔を上げ、潤んだ瞳でヤマトを見つめた。
ヤマトは気恥ずかしくなって目をそらす。
それにしても、凄い大金だよねぇ~
はい、100万ウォルは超えていますよね? なんだか夢みたいです!
ハンナとシルフィは、興味津々に巾着袋に詰まったウォル通貨をのぞき込んでいた。
それを見てラミィは問う。
さすがに情報源を明かすことはせず、ヤマトはごまかそうとした。鳥と話せると言っても混乱させるだけだ。
すると、両肩の上でポゥ太とピー助が自慢げに鳴く。
それを見てシルフィは「可愛い」と頬を緩ませた。
彼女がポゥ太の頭を撫でると、ポゥ太は気持ち良さそうに目を細める。
さてと……ハンターとして活動していくのに十分な資金は調達できた。ハンターに必要なのは金だ。でも、まだ焦っちゃいけない。今の相場が落ち着きを見せ始めてから、僕たちの新たな戦いを始めよう
三人は活気に満ち溢れた表情で頷いた。
そしてそれから一週間、地道な準備をしながらも極力出費をしないよう耐えに耐え、ようやく疫病の特効薬が開発されるに至った。
それにより、ヴァルファームを始めとした資源国で経済活動が再開し、資源価格は下落して安定。
トリニティスイーツはついに動き出す。