#2 実はオーナーでした【投資家ハンターの資金管理 第一章】

第一章 運命の出会い

 

そこは都心から少し離れた郊外。

ヤマトはパーティを追放されてショックを受け、沈痛の面持ちで歩いていた。

パーティ全員の生活費もソウルヒートの口座で一括管理していたため、現金の持ち合わせはほとんどない。

 

ヤマト
はぁ……
ピー助
クエェッ!(元気だせよ!)
ヤマト
ピー助、僕をはげましてくれるのかい?

 

ヤマトの肩に乗っている白い小鳥『ピー助』が羽をジタバタさせながら鳴いた。

ピー助のエールに癒されながらしばらく歩いていると、やがて木造の大きく立派な屋敷につく。

 

受付嬢
――いらっしゃいませ!

 

中に入ると、いたる所で様々な種類のアクセサリーが並べられており、女性客でにぎわっていた。

アクセサリーの販売をなりわいとしている、『ウルティマ商会』の本店だ。

華やかな雰囲気に、少し居心地の悪さを感じながらも、ヤマトは受付の若い女の子に声をかける。

 

ヤマト
すみません
受付嬢
はい、本日はどうされましたか?
ヤマト
ヤマト・スプライドという者ですけど、アーク商会長はいらっしゃいますか? お会いしたいのですが
受付嬢
……はい?
ヤマト
あれ? もしかして、どこかに出かけてらっしゃる?
受付嬢
い、いえ、そういうわけではなく……

 

受付嬢は眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべていた。

 

受付嬢
失礼ですが、当商会のことはご存知でしょうか?
ヤマト
はい。アクセサリーの専門店を広く展開しているウルティマ商会です

 

ヤマトはニコニコしながら答え、受付嬢は頬を引きつらせて苦笑する。

 

受付嬢
あのですねぇ……
――ヤマト様っ!?

 

突然、受付嬢の後ろから可憐な声が響き、ヤマトがそちらを向くと――

 

ヤマト
シーアさん?

 

このウルティマ商会の会長であるアークの娘、『シーア』が歩み寄って来た。

 

女店員
シーアお嬢様!?
シーア
ヤマト様がここへいらっしゃるなんて、珍しいですね
ヤマト
アーク会長にちょっと用事があったので。シーアさんはどうしてここに?
シーア
実は、私がデザインしたアクセサリーを新しく販売することになったんです。それで、お客様の反応はどうかなって、見に来たんですよ~
ヤマト
へぇ、それは凄いね
シーア
ぜひともヤマト様に見つけて欲しいです

 

シーアは「えへへ」とはにかむ。

心なしか頬が赤い。

すると、ピー助が突然羽ばたき、ヤマトの肩からシーアの胸元へと飛び込んだ。

彼女の豊満な胸で跳ねた後、優しく抱きしめられる。

 

シーア
あらあら、ピー助さんも興味を持ってくださるの?
ピー助
クゥゥゥン
ヤマト
……このスケベ鳥が
シーア
はい? ヤマト様、今なにかおっしゃいませんでした?
ヤマト
ううん、なんでもないよ
シーア
ふふふっ、変なヤマト様

そんな二人の様子を見て固まっていた受付嬢の元へ、ガタイの良いベテラン風の男がやって来た。

 

店員
おい、どうした?
受付嬢
あ、えっと……こちらの方がアーク会長にお会いしたいとおっしゃっているのですが……
店員
会長に? ……って、ヤマトさんじゃないですか!?
ヤマト
どうも

 

見知った顔の商会員に、ヤマトはにっこりと笑みを浮かべ会釈する。

すると、男は慌てて頭を下げた。

 

店員
も、申し訳ありません! この、まだ新人なもので!
受付嬢
へ?
店員
こちらのお方は、うちの出資者オーナー様だ! 早くアーク会長の元へご案内して差し上げろ!
受付嬢
え、えぇぇぇっ!? ヤ、ヤマト・スプライド様、先ほどの非礼、誠に申し訳ありませんでした!

 

顔面蒼白にした受付嬢が必死に謝ってくるが、ヤマトは「気にしないでください」と苦笑する。

誰だってこんな若い男が大商会の出資者だなんて思わない。

商会員たちがいちいち大げさなのだ。

 

周囲の女性客たちも何事かとこちらに注目し始めていたので、ヤマトは受付嬢に案内をお願いしアークの執務室へ向かう。

シーア
ヤマト様っ
ヤマト
うん?
シーア
この後、もしお時間ありましたら、お食事でもご一緒にいかがでしょう? 私、ヤマト様に聞いてほしい話がたくさんあるんです

 

シーアが耳まで真っ赤にして、指の先をつんつんさせながら上目遣いに聞いてきた。

 

ヤマト
うん、分かった。じゃあ、また後で
シーア
本当ですか!? ありがとうございます! それでは、お待ちしておりますね!

 

シーアは目を輝かせ、溢れんばかりの笑みを浮かべた。

ヤマトはそれを背に、受付嬢の後ろについてアークの執務室へ向かう。

 

…………………………

 

アーク
――酷い……そんな身勝手なやり方が許されていいのでしょうか

 

高級そうな毛皮で編まれた衣服をスマートに着こなした40十代ほどの男『アーク』は、ヤマトの事情を聞くと、拳を強く握り自分のことのようにいきどおっていた。

 

ヤマト
仕方ないです。僕が無能なのが悪いのですから
アーク
なにをおっしゃいますか!? ヤマトさん、あなたは尋常じんじょうならざる先見の明をお持ちだ。なんといっても、我がウルティマ商会が弱小の頃から、うちのアクセサリーを見ただけで近い将来必ず人気が出ると予見され、多額の出資をしてくださったのですから。それが無能だなんて、冗談にしてはたちが悪い
ヤマト
大げさですよ。確かに出資はしましたけど、僕の言葉を信じ、赤字覚悟で商品の大量生産と店舗の拡大を判断したのはアーク会長です。僕は大したことはしていません。それに、素敵なアクセサリーが徐々に人気を獲得していると教えてくれたのは、この子たちですし
ピー助
クァッ!(もっと褒めろ!)
アーク
ご謙遜なされないでください。あなたの出資がなければ、我が商会はここまで大きくはなっておりません
ヤマト
そこまで言って頂けると嬉しいです。でも、パーティの預金口座へ干渉する権利はもう僕にはありません。そこに今まで投資や取引で得た利益も入っているので、深刻な現金不足なんです 
アーク
そ、そんなっ……では、我が商会がこれまで返礼としてお支払いしてきた配当金も奪われてしまったのですか?
ヤマト
はい……本当に失敗したなぁ、パーティの運営を支えるためには、同じ口座に預けておくのが効率的だったから 
アーク
今からでも、ソウルヒートのリーダーに事情を話して、個人で得た分の利益ぐらいは取り返せないでしょうか?
ヤマト
今さら無理なんです。だって何回も説明したのに、彼らはまったく理解していなかったんですから。今さら言ったところで、嘘つき呼ばわりされて追い返されるだけです 
アーク
なんと……恩人が酷い仕打ちを受けているとなれば、我々も穏やかではいられません! ハンターギルドに押し入ってでも、ソウルヒートに報いを受けさせましょう!
ヤマト
い、いえ、そんなことしなくて大丈夫ですから! 本当に! 出資していた資金を償還しょうかんさえして頂ければ、当面は生きていけます 

 

鼻息荒くまくし立てるアークを慌てて止める。
本当にすぐにでも行動を起こしそうな勢いだ。
ヤマトがここへ来た理由は、出資の中断と出資金の償還――返金依頼だった。

 

ヤマト
本来であれば、商会の都合を一切考えない身勝手な出資打ち切りですが、今のウルティマ商会なら僕の出資がなくなったところで問題ないと判断しました。本当に申し訳ありません 
アーク
意志は固いようですね。分かりました。ヤマトさんに出資頂いてから、当商会の事業規模は急速に拡大し、資産は何倍にもなりました。すぐに会計係に計算させますが、ヤマトさんからの出資金はおそらく、10倍以上の額でお支払いできるかと
ヤマト
いえ、元本がんぽんだけで十分ですよ。値上がり益は必要ないですから、会員の方々の給料にでもあててください 
アーク
そんな! それでしたら、一部のみの減資という形で、ヤマトさんにはまだ当商会のオーナーを続けて頂きたいです
ヤマト
いえ、こちらの勝手な都合ですから、せめてもの罪滅ぼしです 
アーク
ヤマトさん……
ヤマト
大丈夫ですよ。元本だけでもかなりの額ですし、それでまた新しいことを始めますから 

 

それからアークは、何度もヤマトの申し出を断って無利子の資金援助をするなど提案してきたが、ヤマトは意地でも意見を変えなかった。

アーク
――ヤマトさん、このご恩は一生忘れません。たとえ、オーナーでなくなったとしても、私どもはヤマトさんのためなら無償で働きます

 

義理堅い男だと思った。

ヤマトは最後にかたい握手を交わすと、清々しい気持ちでウルティマ商会を去る。

 

商会を出た後、シーアとランチを済ませたヤマトは、町へ戻る。

彼女もヤマトの事情を聞いて、「なんて身勝手な! 決して許せません!」と憤慨していた。

そして、「なにか困ったことがあれば、なんでも相談してくださいね!」と何度も言ってくれたのだ。

親子そろって義理堅く、ヤマトにとっては彼女たちと知り合えただけで十分満足だった。