#3 美少女パーティ救出【投資家ハンターの資金管理 第一章】

第一章 運命の出会い

 

――いい加減にしろ!

 

活気のないさびれた通りをヤマトが歩いていると、薄暗い路地裏のほうからドスのきいた怒鳴り声が聞こえて来た。

 

ヤマト
ん?

 

建物の影に隠れて様子をうかがうと、そこには商人風の身なりをしたオークと、ハンターらしき装備の女三人が言い合っていた。

彼女らの装備は、新米ハンターが身に着けるような簡素なものばかりで、お世辞にもランクが高そうには見えない。

 

ヤマト
頼む、ピー助
ピー助
クワッ!

 

ピー助はヤマトの肩から飛び立ち、偵察に向かう。

 

少女
――どうにか待ってもらえませんか?
オーク
ダメだ! それでどれだけ待ったと思っている!? もうとっくに返済期限は過ぎているだろうが!

 

まんまる顔のえ太ったオークに怒鳴られ、ダークエルフらしき銀髪の少女がビクッと肩を震わせ、目の端に涙を溜めていた。

どうやら、金銭的なトラブルのようだ。

主に、オークが金貸しで、借りた女ハンターたちが返済できず交渉しているといったところか。

 

女ハンター
そこをなんとか……
オーク
ダメなものはダメだ!
少女
な、なんでもしますから
女ハンター
ちょっとハンナ!?

 

ハンナという獣人らしき少女の言葉に、先頭で交渉していたリーダー格の女戦士が振り向く。

すると、オークは二ヤリと顔を醜く歪め、邪悪な笑みを浮かべた。

そして、そのイボだらけの大きな手を先頭の女戦士の胸元へ伸ばし――

 

ヤマト
――待ってください
オーク
あぁ?

 

突然の制止の声に、オーク手を引っ込め不機嫌そうに振り向く。

乱入したのは、人の良さそうな微笑を浮かべたヤマトだった。

その肩にはピー助が乗って、気丈にオークをにらみつけている。

 

ヤマト
割り込んでしまってすみません。気になってしまって……なにかトラブルでもあったんですか?
オーク
なんだあんたは? この嬢ちゃんたちの知り合いか?
ヤマト
いいえ、通りすがりの元ハンターですよ
オーク
ふん、ただの同業者ってわけか。こいつら、俺から金を借りるだけ借りて、期限までに返せないって約束を破りやがったんだ
ハンナ
だ、だって……金利が高すぎて、どんどん返済額が多くなっていくんだもん!
オーク
黙れ!

 

猫耳を生やした獣人の少女が否定するように訴えるが、オークはドスのきいた声で一喝いっかつする。

ヤマトは気の毒に思った。

目の前の男が極悪非道な高利貸しであることは想像にかたくない。

パーティーの資金繰りに困っていた彼女たちは、言葉たくみにまんまと乗せられ、通常ではありえないような金利での借金をさせられたのだろう。

 

ヤマト
金額は?
オーク
……600万ウォルだ
少女
え? さ、さっきは500万ウォルだってっ……
オーク
あぁん?
少女
ひっ……

 

気弱そうな銀髪の少女がオークににらみつけられ、胸の前で抱いていた弓をギュッと握る。

ヤマトはため息を吐いた。

500万ウォルだとしても、この国の人々の平均年収を軽く超えている。

しかも目の前にいる女三人組は、ハンターのようだが装備の質からして稼ぎが良さそうでない。

そんな彼女たちが生活費を稼ぎながら500万ウォルを貯めるなんて、すぐには無理だろう。

 

ヤマト
……分かりました、僕が出しますよ
オーク
は?

 

オークはあんぐりと口を開けて固まり、少女たちも唖然と目を丸くしている。

 

オーク
おいおい、冗談よせよ。600万ウォルなんて大金、そんなポンポン出せるもんか! それも、こんな見ず知らずの他人のために。俺をからかってるんなら、営業妨害で騎士団に通報するぞ!
ヤマト
冗談なんかじゃありませんよ。ちょうど今日、利益を上げたところだったんです。証拠ならこの取引契約書で十分でしょう?

 

ヤマトは肩にかついでいた小さな風呂敷から、クルクルと丸められていた一枚の紙を取り出してオークへ見せる。

 

オーク
んなっ、商会への出資金の償還だと!? あ、あんたはいったい……
ヤマト
今はただの無職ですよ。はい、これが小切手こぎってです

 

そう言って100万ウォルに相当する小切手を6枚渡す。

これを金庫番に持っていけば、現金と交換できるのだ。

 

信じられないというように、恐る恐る受け取ったオークはやがて、悔しそうな表情を浮かべて無言で去って行った。

おおかた、借金地獄から抜け出せなくなった彼女たちを奴隷商にでも売り払うつもりだったのだろう。

穏便に事が済んで、ヤマトはホッと胸をなでおろした。

女ハンター
な、なにが起こったの?
ハンナ
わ、分からにゃい……

 

女ハンターたちは理解が追いついていないようで、ポカンとしている。

ヤマトは爽やかな笑みを彼女らへ向け、「それじゃ」と手を振ると背を向けた。

 

少女
っ~~~

振り向きざまに銀髪エルフの少女が視界に入ったが、彼女は可愛らしい頬を桜色に染め、感激したように目を潤ませてこちらを見つめていた。

 

 

ハンナ
――ちょーっと待ったぁぁぁぁぁっ!
ヤマト
ぐぇっ!

 

路地を何事もなく去ろうとするヤマトだったが、突然背後から飛びつかれた。

両腕を顔に回されて視界が暗転、足を絡められて危うく転ぶところだったが、足を踏ん張ってなんとかこらえる。

背中に柔らかいなにかが押し付けられているが、気にしている余裕はない。

 

ハンナ
ちょっと待ってよ、お兄さん!
女ハンター
ナイスよ、ハンナ! その人逃がさないで!
ヤマト
ちょっ、ちょっと!? 離して!

 

逃げようにも逃げられない。

とりあえず顔に貼りついた腕をはがそうとするが、今度は右腕を柔らかい体に包まれた。

 

少女
え、えいっ
女ハンター
ファインプレーよ、シルフィ。よし! ハンナ、もういいわよ
ハンナ
はいよ!

 

ようやく背中の重量から解放され視界が明けると、目の前にはリーダー格と思われる、ポニーテールの凛々しい女の子が立っていた。

背にはロングソードのような長剣を装備して、色あせた革製の防具レザーアーマーを身に着けている。

そして素早く、ハンナと呼ばれていた猫耳を生やした獣人の女の子が左腕に絡みつき、右腕は銀髪ツインハーフのエルフ少女にぎゅぅっとしがみつかれていた。

 

女ハンター
さっきは助けてくれてどうもありがとう!
ハンナ
ありがとねー
シルフィ
あ、ありがとうございました

 

三人がその体勢のままで礼を言ってくるが、ヤマトは困惑に頬を引きつらせてツッコミを入れる。

 

ヤマト
あのぅ、言ってることと、やってることが違うんですが……
女ハンター
だってあなた、私たちの礼もないまま、さっさと立ち去ろうとしていたじゃない!?
ヤマト
いや別に、お礼がほしくて借金を肩代わりしたわけじゃないし
女ハンター
んなっ!?
ハンナ
な、なんて優しい人なの……
シルフィ
す、素敵ですぅ

 

ポニーテールの女の子が衝撃を受けたかのようにのけぞり、左右からはささやくような小さな声が聞こえた。

それよりも、左右から柔らかい体に包まれているから、花のような甘い香りが漂ってきて、ヤマトは耳まで真っ赤になりのぼせそうだった。

 

ヤマト
わ、分かったから、とりあえず離れてほしいんだけど

 

ヤマトが唇を震わせながらそう言うと、少女二人は名残惜しそうに眉尻まゆじりを下げて体を離し、正面に並ぶ。

 

ラミィ
改めて自己紹介するわ。私はラミィ。このパーティーのリーダーなんだ
ハンナ
ハンナだよ
シルフィ
シ、シルフィです。よろしくお願いします

 

リーダーのラミィは堂々と胸を張って告げ、獣人のハンナは二パッと快活な笑みを見せ、エルフのシルフィは恥ずかしそうにはにかみながら、丁寧におじぎしてくる。

 

ヤマト
ど、どうも……
ラミィ
ねぇ、あなたの名前を教えてよ。お仕事はなにしてるの? どこに住んでるの?
ヤマト
え、えっと……僕は――
シルフィ
――わ、私知ってます!
ヤマト
え?

 

声を上げたのは大人しそうなシルフィだった。

なぜか頬をほんのりと赤らめ、目を輝かせて両手を胸の前で握っている。

 

シルフィ
ハンターパーティ、『ソウルヒート』のメンバーのヤマトさんですよね!?
ラミィ
えぇっ!? そうだったの!?
ハンナ
た、確かに、言われてみれば見覚えのあるような……

 

ヤマトは驚いた。

確かにソウルヒートは有名だが、人気なのは豪胆で目立つマキシリオン、イケメンのライダ、美女のスノウの三人で、ヤマトなんて注目もされていない。

しかしそれを聞いたハンナとラミィも、目を輝かせて詰め寄ってくる。

 

ラミィ
ま、まさかあのソウルヒートのメンバーと出会えるだなんて!
ハンナ
これはぜひともお近づきに

 

喜びの絶頂にいる彼女らとは対称的に、ヤマトは暗い表情を浮かべ目をそらした。

期待させてしまったことで、少し後ろめたい気持ちになっているのだ。

 

ヤマト
期待させてごめん。僕はもう、ソウルヒートのメンバーじゃないんだ

 

恐る恐る三人の反応を見てみると、意外にも落胆している様子はなかった。

シルフィは「それがなんだ」というようにキョトンと首を傾げている。

ラミィとハンナは顔を見合わせ――

 

ラミィ
つまりそれは……
ハンナ
チャンスってことだね!
ヤマト
……は?

 

ヤマトは困惑から抜け出せないうちに、両手を引かれ、三人の宿へ連れて行かれるのだった。

しかし久しぶりに握った人の手は、温かかった。

 

…………………………

 

ラミィ、ハンナ、シルフィの泊まっている宿の部屋は狭かった。

少しベッドの大きい一人部屋を三人で借りて住んでいるようだ。

綺麗に清掃され、部屋には甘い香りが漂っているが、ぜいたくをしている様子はない。

ヤマトはベッドに座らされ、目の前を三人の美少女に囲まれていた。

 

ハンナ
ねぇねぇ、ヤマトく~ん、私たちのパーティ『トリニティスイーツ』に入ってよぉ
ラミィ
ぜひともお願いしたい。報酬の取り分はヤマトの好きにしていいから
シルフィ
お、お願いします! ヤマトさん!

 

三人とも必死だった。

しかし「報酬の取り分を好きにできる」というのは、大胆すぎはしないだろうか。

必死なのは分かるが、それが先ほどのオークのような高利貸しにつけ込まれる隙になる。

ヤマトは彼女たちの行く末が少し不安になった。

とはいっても、そもそもヤマトにハンターは向いていない。

 

ヤマト
申し訳ないけど、僕には魔物と戦うだけの力はないし、もうハンターをやるつもりもないよ
ハンナ
そ、そんなぁ……

 

ハンナが目を潤ませ、ヤマトは「ぅっ……」と頬を引きつらせた。

女の子の涙には弱い。

そのせいで、スノウの無駄な買い物を許してしまっていたぐらいだ。

 

ラミィ
分かったよ。パーティに入らなくてもいい。それでもせめて、ソウルヒートにいた経験から、私たちのパーティになにが足りないのか、どうすれば改善できるのか、アドバイスをもらえないかな? もちろん、パーティに加わらずクエストに行かなくても、稼いだ金はヤマトの好きなように使って構わないから
ヤマト
どうしてそこまで…… 
ラミィ
私たちは誓ったんだ。一流のハンターになって、自分の価値を認められるようなるんだって
ヤマト
自分の価値?
ラミィ
ええ、私たちは元々、弱者として強者にしいたげられて来たのよ。私は元騎士だけど、男たちに利用され、泣き寝入りするしかないところをなんとか抜け出して来た
ハンナ
にゃはは……私、実は奴隷だったんだよねぇ。それで逃げ出してきたの
シルフィ
わ、私は……この褐色の肌のせいで、エルフの仲間たちから嫌われて……

 

三人が苦しそうに自分たちの事情を話す。

ラミィは性別のせいで差別され、ハンナは人としての尊厳すら与えられない奴隷の日々を抜け出し、シルフィは容姿によって同族から忌避されたのだという。

だから彼女たちは、自らの力で這い上がり、己の価値を認めさせようというのだ。

そんな願いに、ヤマトは強く共感した。

 

ヤマト
そうだったのか……
ラミィ
別に、君の同情を得るために話したわけじゃないよ。今のことは忘れて、私たちの仲間になることを検討してほしいんだ
ヤマト
分かった。さっき言ってくれた条件は僕からすれば十分魅力的だよ。でもそこまでの条件を与えてくれるなんて、君たちは大丈夫なの? 君たちがせっかく稼いだお金を僕が浪費するかもしれないのに
シルフィ
私たちには、こんなことしかできませんから

 

シルフィが申し訳なさそうに微笑んで言う。

そんな表情を見て、ヤマトは拳を強く握った。

彼女たちを放っておけば、また借金に手を出しかねない。

それどころか、悪質な商人に利用され、もう二度とハンターとして這い上がることもできなくなるかもしれない。

だから、そうはならないように、投資家として応援したいと思った。

 

ピー助
クエェェェ

 

ピー助も肩の上で鳴いて、賛成の意思を伝えてくる。

 

ヤマト
分かった、君たちの仲間になるよ。ただし、僕はパーティメンバーとしてクエストには同行しない。資金管理とちょっとしたアドバイスをするだけだ。それでもいいかな?
ラミィ
本当かい!? それで十分だよ! 本当にありがとう!
ハンナ
やったぁーっ!
シルフィ
ありがとうございます! これからよろしくお願いしますね、ヤマトさんっ

 

三人が深く頭を下げ、ヤマトは結局断り切れなかったとため息を吐く。

しかし不思議と後悔はない。

そして、弱小女パーティ『トリニティスイーツ』を、誰もが認めるような最強パーティへ導くと誓うのだった。

もう二度と彼女たちが泣かなくてすむように。