第八章 たとえ、カムラを敵に回しても
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お兄様ぁぁぁ!
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シュウく~んっ!
北の方角から滑空してしてくる二人の少女の姿があった。
ニアが竜の翼を広げ、メイを抱きかかえている。
それを見た領民たちが再びざわめく。とうとう魔物が現れたと。
騎士たちも立ち止まり、身構えている隙に二人はシュウゴの隣に着地した。
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シュウゴは感極まり、駆け寄った二人を両腕で抱きしめる。
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お兄様、こんなになるまで耐えられて……
二人は目の端に涙を浮かべた。
シュウゴは懐かしさに頬を緩ませ、二人の頭を優しく撫でる。
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はいっ、マーヤ様が匿ってくださって……お兄様が処刑されると聞いてからは、ハナメさんのお家にいました
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そのとき、前方の騎士たちの背後で野太い悲鳴が上がった。
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――シュウゴくん、遅くなってごめんなさい
倒れた騎士の後ろに立っていたのは、小太刀を手に凛々しく佇むハナメだった。
その横にアンナとリンが並ぶ。
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処刑場に動揺のざわめきが広がる。
領民たちはわけが分からないのだろう。なぜ大罪人を助けようとする人間がいるのか。
特にハナメは、訓練所の主でもあり知名度が高いため、より混乱を加速させる。
しかし討伐隊の参謀は、想定通りというように怯まず指示を出した。
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待機中の全隊を奴らの確保に当てろ!
すると処刑場と見物人たちを隔てていた柵の外側から騎士が次々に入って来る。
処刑台の後方にいた幹部の護衛たちも一斉に動き出した。
騎士の数は二十名ほどで、シュウゴたちとハナメたちの方へ分かれて向かってくる。
アンナは巨大な棍棒を振り回して騎士たちを薙ぎ倒し、リンがホワイトスパークや風魔法で援護する。
ハナメはシュウゴの元へ向かおうとする騎士たちに跳びかかり、華麗に蹴散らしながら叫んだ。
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ニアちゃんは、シュウゴくんを空から逃がして!
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う、うん!
ニアは、メイとクロロが下がったことを確認すると、シュウゴの背後から両腕を回し大きく羽ばたいた。
しかし次の瞬間、シュウゴの視界の隅で火の手が上がる。
すぐにシュウゴたちの上空から火の玉が降り注いだ。
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シュウゴはニアの腕を振りほどいて叫ぶと、メイを抱きかかえ横へ跳ぶ。
シュウゴの元いた場所には火の玉が落ち、ゴウゴウと燃え盛っていた。クロロとニアも回避に成功して無事だ。
シュウゴが火の発生源へ目を向けると、五人の魔術師が処刑場の奥に並び、杖を掲げて魔力を溜めていた。
炎魔法による弾幕で空からの逃走を防ごうというのだ。
凶霧の魔物へは対して力を発揮できない魔術師も、対人戦では中々に手強い。
それを見たハナメはすぐさま方向転換し、
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アンナ、リン、ここはお願い!
魔術師たちの元へ殺到する。
――キイィィィンッ!
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くっ
ハナメの行く手を阻んだのは短い金髪の猛将、グレンだった。
豪快に振り下ろされたツヴァイハンダーを、ハナメは二刀の小太刀を交差させ受け止めている。
グレンは精悍な顔を悲しげに歪めながら言った。
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そんなこと、やってみなければ分からない!
ハナメは超重量のツヴァイハンダーを右へ受け流し、左へ大きく跳び退く。
そして左の小太刀を納刀し、頭の仮面に手を伸ばすが――
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させるかっ!
左から一人の男が猛然と突進してきた。
ハナメはやむを得ず、左の小太刀を再び抜き、両腕で攻撃を防いだ。
敵はクラスBハンターの『クノウ』だった。
長身痩躯の狡猾な男で、防御力を捨て俊敏性に長けた暗紫色の装束にアサシンクロークを羽織り、双剣を操る。スピードで敵を翻弄し、鋭い刃とたっぷり塗り込まれた猛毒は、あらゆる魔物をいたぶり殺す。
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アイツを助けさせるわけにはいかないねぇ
クノウは陰険に笑う。白の長い前髪が片目を隠しており、不気味さを強調していた。
ハナメは驚きに目を見開く。
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どうしてハンターが……
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キジダルの旦那は恐ろしい人さ。念には念を入れて、聴衆に手駒のハンターを紛れ込ませていたんだからな
それを聞いたハナメは慌てて辺りを見回す。
敵の数はさらに増えていた。
他にクラスBハンターの『ガウン』と『バロキス』のパーティーも参戦し、シュウゴたちやアンナ、リンもハンターと討伐隊の波状攻撃にさらされていた。
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くそぉ、こいつらっ!
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キリがない……
アンナとリンは大勢に囲まれ、一定の距離でヒット&アウェイを繰り返されている。
アンナの棍棒は当たらず、リンは飛来する矢を風魔法で防ぐのに精一杯だ。
まさしくジリ貧、これ以上は戦況を保てない。
シュウゴたちはそれぞれが完全に孤立させられ、各個撃破されようとしていた。四人とも体の切り傷が次々に増えていく。
ハナメも鬼の力を発揮できないまま手練れ二人を相手にし、油断を許さない。
クノウの剣に塗り込まれた猛毒は、魔物相手なら徐々に弱らせていくだけだが、人の身で食らえば瞬殺だ。ハナメは神経をすり減らしていく。
柵の外の群衆は固唾をのんで見守り、誰一人としてカムラの命運を左右する戦いから目を逸らさない。
そして、とうとう決着がつく――
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――そこまでだ!
勇ましい声に戦場の全員が動きを止めた。
戦いに終止符を打ったのは、討伐総隊長のゲンリュウだった。
長い白髪を後ろで一つに纏め、重く頑強そうな鋼鉄の鎧を身に付けながらも軽快に暴れまわる老将。
ヴィンゴールの側近を務めていたその実力は衰えることなく、キジダルに匹敵する知力を兼ね備えているのだから桁が知れない。
覇気のある声に反応し、戦っていた者たちもカムラ領民たちも一斉に処刑台へ注目する。
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反乱者どもよ、武器を捨てよ
彼は顔に深い皺を作り厳かに告げた。その手には太く長い片手剣『グラディウス』が握られ、跪かせたシュウゴの首に添えられている。いつでも首を刎ねられる状況だ。
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ハナメは冷静に周囲の戦況を見回した。
アンナとリンは既に膝をつき、騎士たちに取り囲まれて剣の切っ先を向けられている。
処刑台では、クロロが台から落とされ二人のハンターに足蹴にされており、メイとニアは複数の騎士に取り押さえられている。
彼女たちなら簡単に振りほどけるだろうが、シュウゴを人質にされては動けない。
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ーーおい、早くしろよ
嘲笑うかのような軽い声と共に剣を向けるクノウに応え、ハナメはやむを得ず小太刀を手放した。
敵の全員が武装解除したことを確認したゲンリュウは、険しい表情で怪訝そうに言った。
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愚かな者たちだ。そなたらの行動はなんの意味もない。ただいたずらに処刑人へ希望を与えてしまった。この者は、潔く死のうという覚悟のできた傑物であった。だというのに、そなたらはその覚悟に泥を塗ったのだ。それがどれだけ罪深きことであるか、今からしかと学べ
ゲンリュウはシュウゴに対して一定の敬意を示していた。
だからこそ、彼を助けようとする者たちに理解を示せない。それが武人としての生き方なのだ。
そして、自身の役割を全うすべく、グラディウスを頭上高く振り上げた。
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や、やめて……
メイが唖然とした表情で呟く。兄を失うという恐怖で体が動かない。
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シュウくんっ!!
ニアが端麗な顔を酷く歪め、騎士たちの腕の中で暴れる。
しかし、剣が振り下ろされる前に駆け寄るには、距離がわずかに遠い。
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ま、待ってっ!
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やめろぉぉぉ!
アンナとリンが叫び身を乗り出す。向けられた剣の切っ先が額や肩に刺さり血が流れるが、気になどしていられない。
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ハナメはストンとその場に崩れ落ち、唖然と目を開いたまま涙を溢れさせた。
ただただ謝った。助けられなかったこと、今までもらった恩に報いることができなかったことを。
処刑場の柵の外からも、シュウゴを信じている人たちの悲痛の声が響いた。ユリ、ユラ、ユナ、マーヤ……
そして、皆のシュウゴへの思いはしっかりと届いていた。
シュウゴは最後に、顔を上げ満面の笑みを浮かべた。目の端には涙が溢れている。そして今、万感の想いを込めて――
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