第六章 竜種絶滅秘話
隼の右腕の再生産とビームアイロッドの強化が完了する頃には、呪われた渓谷も正式に開放されていた。
結局、シュウゴが麒麟と遭遇して以来、再び麒麟が姿を現すことはなかった。
現在、呪われた渓谷には変わらず黒い冷風が吹き荒び、カトブレパスやサイクロプスなどの魔物が回遊している。
開放当初は多くのハンターが探索に出向いたが、呪われた渓谷という名は伊逹ではなく、瘴気の沼地や孤島の洞窟のように高質なアイテムは採れなかったようだ。
環境条件は悪いが特に入り組んだ地形ではなく、駆け出しハンターでも探索しやすいと一部では人気を博している。
呪われた渓谷の採取ポイントがあらかた発見され、ハンターたちの仕事も落ち着いてきたある日、シュウゴは自宅のテーブルに大陸地図を広げていた。
シュウゴが感嘆の声を漏らした。
これは商業区の露店で情報屋から買ったもので、最新の開拓状況が反映されている。
シュウゴはざっと一面を眺めると腕を組み唸った。
背後からデュラが静かに覗き込んでいた。
メイは孤児院での仕事があるため、今は二人だけだ。
シュウゴは折角だからと、呪われた渓谷へ行く前に今までの情報を整理し、今後の方針をしっかり定めようとしていた。
シュウゴがゆっくりと港町カムラが描かれた部分に人差し指を置く。
カムラは大陸の中央から南南東に下っていたところにあり、ここから南は海に面している。
西へは海を渡ってすぐに港町があるはずだが、今は海を渡れずどんな状況になっているかは分からない。
カムラの東には広範囲にわたって明けない砂漠が広がっている。
ここはアンフィスバエナが支配しており、あの巨大な体躯に対抗するすべがない以上、近づかないのが無難だろう。
明けない砂漠の最東端には、孤島が連なっており、ここの洞窟の最奥にはケルベロスが立ちふさがっている。
シュウゴとしてはケルベロスの守る冥界の扉を見てみたいとは思っているが、クラスAモンスターと戦ってまですることではない。
そもそも、ケルベロスの討伐依頼がどこからも発注されておらず、ハンターたる者、労力に見合った報酬がないのであれば、無理してケルベロスと戦うつもりもないのだ。
カムラから少し北上すれば廃墟と化した村がある。ここでやるべきことはもう残っていない。
カオスキメラの生き残りが南下してくる可能性はあるが、現在のハンターの装備の水準を見るに勝てない相手ではない。
ハナが訓練所を開いているおかげで、討伐隊やハンターの実力もかなり上がっているはずだ。
廃墟と化した村から北西へ行くと汚染された都市がある。
ここが大陸の中心で凶霧の発生源だと思われるダンタリオンが発見された。
奴を倒してしまうのが最も手っ取り早いのだが、アンフィスバエナ同様、まともに立ち向かえる相手ではない。
一旦その周辺の地域を開放してから準備を整えたいところだが、鵺が食い荒らして回っている可能性が高く、奴との遭遇を避けるためにも都市周辺は後回しにするのが妥当か。
一旦戻り、廃墟と化した村から明けない砂漠の北を掠めて、東にずっと行くと瘴気の沼地がある。
ここもナーガを倒したことで、頭を悩ませる課題はなくなった。
瘴気は完全に消えていないが、それは大陸全土を覆っている凶霧の影響だと思われる。
沼地最北端のナーガの沼を越えると、呪われた渓谷がある。
黒い冷風の発生源が不明で、麒麟の行方が分からないのが不気味ではあるが、この先へ進むのが今最も確実だと思われる。
地図を見る限り、渓谷の先には山しかなさそうだが、ゲームで言えば希少なアイテムの宝庫だ。
シュウゴの胸が期待で膨らむ。
シュウゴは背後のデュラへ顔を向けた。
デュラはシュウゴの対面へ移動すると、反対側から指を地図の上に置いた。
そこは呪われた渓谷の先。
シュウゴが嬉しそうにニッコリと口角を上げ、デュラも異論はないと言うように頷いた。
その後、シュウゴはメイの休日に合わせ、デュラと三人で紹介所へ向かった。
討伐隊が呪われた渓谷の先へ進むために障害となるものがないか、実地へ探索に行くためだ。
家から出てすぐ、住宅街の道を歩いている途中でシュウゴはメイに尋ねた。
いいえ、お兄様が危険な場所へ行かれるんですもの。着いて行かないわけにはいきません。それに、私の体なら疲れを知らないので大丈夫です
メイはニコッと微笑んだ。
するとデュラがメイの後ろから彼女の頭を撫でる。
まるで頑張ってる妹を褒めようとしているようだ。するとメイは満更でもないように「えへへぇ」と楽しそうに目を細める。こうしていると年相応だ。
はい! お兄様もそうしてくださいね
メイのどこか咎めるような言葉に、シュウゴはぐうの音も出なかった。
紹介所へはすぐに到着した。
シュウゴは受付のユリ、ユラ、ユナに挨拶すると、早速依頼掲示板の前に立った。
シュウゴはメイとデュラにそう指示すると、クエスト地が呪われた渓谷と書いてある貼り紙を片っ端から手に取った。
『渓谷に生息する魔物の生態調査』、『新たな採取場所の探索』、『岩盤から良質な結晶類の採取』など、クエストは色々とある。
無難なものにしようと思っていたシュウゴは、採取クエスト『変色した丈夫な流木の回収』を手に残し、それ以外の貼り紙を元の位置に戻した。
――あっ、デュラさんそれ……
メイが急に声を上げシュウゴが振り向くと、デュラの手には一枚の貼り紙が握られていた。
シュウゴが横から覗き込む。
その依頼は討伐隊からのものだった。
なんでも、呪われた渓谷の先へまっすぐ進んでいたら、凶暴な魔獣の根城があったらしい。
どうもそこを通らなければ北へ抜けられないということで、依頼を出したようだ。
シュウゴは今の自分たちにピッタリの依頼だと思った。
煌めくように綺麗で長い金髪を後ろへ流し、柔らかい笑みを浮かべていたユリへ、クエスト発注書を手渡した。
少々お待ちくださいね。ユラ、最新の魔物調査書をとってくれるかしら?
はいっ、お姉ちゃん
ユラは明るく返事をすると、すぐさま背後の書棚から一冊の書物をとる。
それを受け取ったユリはまず目次を見て、すぐにマンティコアのページを開いた。
これが討伐隊の方々から共有された情報になりますが、詳しいことはまだ……
ユリが申し訳なさそうに伏し目がちになる。
シュウゴはそれで十分だと言って、その書物の内容を確認した。
~~マンティコア~~
暫定クラスBモンスター。
全体的な姿かたちは獅子と類似した四足獣だが、顔はどこか人間の男に近い造形をしている。
背中には赤褐色の翼が生え、猛毒液を分泌するサソリの尻尾を持つ。
厄介なのは、基本的に空を飛んで攻撃することと、体中に火を纏い接近戦を受け付けないことだ。
シュウゴは確認を終えると書物をユリへ返した。
かしこまりました。クエストに失敗したハンターの方々からも、危険な相手だとお聞きしておりますので、大怪我などされないよう、どうかお気を付けください
ユリは心配そうにシュウゴを見つめて言うと、慣れた手つきで素早く手続きを終わらせた。
シュウゴは内心ドキドキしていたが、それを隠すように元気よくユリに答え、紹介所を去った。
あまりタジタジしていると、メイにジト目を向けられると学んでいるのだ。
しかし当のメイは、シュウゴが手続きをしている間、手の空いていたユラにお菓子をもらって楽しそうに談笑していたが……